こんばんは
先程、帰ってきました。今日は職場の医療従事者ではない方からいろいろご質問をいただきました。
Twitterの方に書いたのですが、こんな話でした。
「医師って資格がいろいろあるけれど、外傷はやはり外科医でないと見れないんですか?」
「いや、資格がいっぱいあるわけではないのですけど…専門の人が見るかどうかは大きく変わると思う」
「例えば銃で撃たれたとして、外科医だったら誰でも対応できるんですか?」
「いや、誰でもというわけではないと思うけど、基本的なことはできるんじゃないかな。たとえば銃で撃たれたところの洗浄、止血、縫合が可能なら縫合するところまで行くかもしれない。まぁ、銃創だったら縫合じゃなくて抗菌薬投与だと思うけど」
「どうして専門の人が見ると見ないでは違うのでしょうか」
「そうですね。たとえば外科医でもお腹を中心に見ている先生がいます。そういった先生が…銃創で行くのであれば肩口を打たれた傷をどうやって治療していくか。細かいことを言うと血管とか神経とかの走行、その部位のことを本当によく知っているのはそこの専門家です」
「つまり、結果に差が出るということですか?」
「そうですね。一般的なことやある程度の治療は…標準治療的なところはある程度の外科医ならできるでしょう。しかし、その部位の専門家かどうかでBestの結果になるかどうかは差が出ると思います」
「Bestの結果になってほしいですね」
「そのためには、たとえば今言った話だと血管などの縫合ができるような血管外科や形成外科などもチームにいないとベストの結果にはならないでしょう」
「なるほど、それだけの医師を集めるのは事実上難しいでしょうね」
「そうです。実際のところはどこまで行うか…その総意が得られていればそれに合わせたシステム作りをすることができます」
「うちの職場でそれを作れそうなのは先生だと思いますが…」
こんな会話をしておりました。
総合医を主体に専門医をどう連携させるか。それは考え方の一つだと思いますが、国民の総意を得て、方向性を国が決定しなくては意味がないと思います。国民の望むことは何か。何が実際にできて、何ができないのか。国民の判断・考えを知り、実際にできることを国民が理解し、その総意を基にして医療を作らなくてはならないと思います。
総合医がいなくては成り立たないかもしれない。もちろん、専門医と言われている人たちがほかの分野を見れないわけではない。しかし、持っている情報は標準的なものを持っているだけであり、それ以上を求めない。
おそらく、ある一定の、すなわち死なない疾患であれば標準であればよいというと思うが、命に係わると知ればBestを尽くしてほしいと思うのが人の常だと思う。
それでよいのであれば、手術だとか手技がかかわるもの、白血病などの抗癌剤治療、そういったものは専門病院へ。ほかの疾患は総合医へと分けてしまうという手もある。
ただ、生活習慣病と言われている「すぐには死なない」疾患も長期的に見れば命にかかわってくる。
すなわち外来での管理能力によって長期的な結果に差が出ると思う。何よりも生活指導の影響が大きいかな?
病気で命にかかわらないというのは最終的には風邪などの「Self limited」な疾患、すなわちほっといても治る疾患だけかもしれない。そう、外来通院している疾患は何故通院しているかと言えば、最終的に命にかかわってくるからだ。
それも含めて皆様はどこまでBestに近づけたいと思いますか?
いつも読んでいただいてありがとうございます。今後もよろしくお願いいたします。