先ほど、自宅に無事に帰着しました。
ふ~ぅ、疲れた・・・
帰りの新幹線の中で、この記事を書き始めまして、できることなら東京駅に着くまでに完成させたかったのですが、余計なことをしたり、列車の加減速のGでマウスが勝手に動いて作業の邪魔をしたりと、結局途中でPCを閉じました。
ということで、書きかけに終わった部分から記事の本題が始まります
現在、東海道新幹線で東京に向かっている途中ですが、先走って「今年二度目の関西遠征2日目のダイジェスト」のつづき、ダイジェストとしては最終回です。
今日のここまでの旅程は以下のとおり。
ホテル⇒徒歩⇒心斎橋駅⇒御堂筋線⇒なんば駅・大阪難波駅⇒近鉄難波線・大阪線・奈良線(急行)⇒大和西大寺駅⇒近鉄橿原線(急行)⇒西ノ京駅⇒徒歩⇒唐招提寺⇒徒歩⇒西ノ京駅⇒近鉄橿原線(急行)⇒大和西大寺駅⇒近鉄奈良線(急行)⇒近鉄奈良駅⇒徒歩⇒元興寺⇒徒歩⇒興福寺⇒徒歩⇒近鉄奈良駅⇒近鉄奈良線・京都線(特急)⇒京都駅⇒東海道新幹線(ひかり)⇒・・・
大阪から奈良に向かう近鉄電車の中で、ふと、久しぶりに唐招提寺に行ってみたくなって、急遽、大和西大寺駅で電車を乗り換えました。
前回、私が唐招提寺に行ったのは、MISIA星空のライヴVの大津クリスマス公演(記事はこちら)で遠征した2009年12月のこと(旅行記はこちら)で、2011年3月に西ノ京に出かけたときは薬師寺だけを拝観しましたので、今回は逆に唐招提寺だけを拝観しました。
今回は時間に余裕がありませんでしたし・・・
唐招提寺に行きたくなったのには、単に「久しぶり」というだけではない理由がありました。
それはこちら
芭蕉の
若葉して 御目(おんめ)の雫(しずく) 拭(ぬぐは)ばや
という句碑が立つ「開山堂」です。
このお堂は、
御堂の老朽化をうけて改修工事を行い、鑑真大和上円寂から1250年になる平成25年(2013)、大和上のお姿を写した「御身代わり像(おみがわりぞう)」がつくられ、再び開山堂として落慶致しました。
というもので、説明板によれば、
御身代わり像(御影像)は、年間通して数日(例年6月5, 6, 7日の3日間)しか開扉していない国宝の和上像に代わって、毎日参拝していただく目的で平成25年に制作したものです。
またこの像は奈良時代の脱活乾漆技法を忠実に踏襲した大変貴重な摸造です。
この平成御影像も国宝和上像と同じく、大和上の遺徳を永く伝えていく拠所となります。
だそうです。
ここで新幹線車上でのブログ書きは終わってしまいました・・・
完全に書きかけの唐招提寺のことを含め、この後の奈良の街歩きのこと、そして、またもや遭遇した電車のトラブルのことは「後編」に廻すことにして、お風呂に入ります
つづき:2015/10/14 今年二度目の関西遠征 3日目(最終日)のダイジェスト (後編)
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