yuuの夢物語

夢の数々をここに語り綴りたい

十七歳の海の華・・・3

2008-02-21 15:23:16 | 創作の小部屋
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十七歳の海の華
                

 飯場に帰ると若い女と年老いた男が朝飯の用意をしていた。女はせっせと釜戸に木っ端を投げ込み、男は幾本もの大根の漬物を切っていた。女が省三に気づきにっこりと笑った。男は鋭い視線を向けていた。
省三は誰が何時から何時まで仕事をしたかを手帳に書き込み、それを労務台帳に記載し、賃金計算をするのが仕事だった。
 この現場には、現場監督の鳴海と事務の高山、班長の角次夫妻、大工に鳶に土方、賄い夫婦の総勢五十人ほどであった。
 鳴海は図面を覗いて測量をし、直ぐ何処に行くのかいなくなった。元町の女のところへ行くのだという噂があった。高山は工事材料の調達と経理全般の仕事をしていた。工事現場を見ることもなく神戸のダンスホールに浸かっていた。
角次は現場を見て歩きそれ以外のときはオートバイを磨き町に出て行った。
 工事は昼夜進められた。
工事は潮の満干に左右された。潮が満ちているときは休みだった。干潮の時に鳶が海岸に鉄のパイルを杭打ちし、太い鉄筋を縦横に組み、足場の丸太を立てた。大工がパネルを打ち据えナットで締め上げる。足場の上にバター板を敷きレールが走り、土方の押すコンクリートと入ったトロッコが行き交う。発動機で動かされるコンクリートミキサーは重い唸り音を出してガラガラと回った。サーチライトとガス燈がその風景を照らし出す。
 十一月下旬の海辺は潮風が冷たく、夜になるとスコップを握る手も悴み、モッコを担ぐ肩も軋んだ。
 省三は砂浜で焚き火をして見ていた。サーチライトが煌々とした光を放ち、足場丸太の所々にぶら下げられたガス燈は蛍火の様に青白い灯かりを落としていた。その光は海にこぼれ夜光虫が群がっているように見えていた。
「省三、どんどん燃やしとけ、もう直ぐ小休止をするからな」
 ニッカズボンを穿いた角次が足場の上から叫んだ。
 砂浜の人夫たちは大きな鉄板の上にモッコを担いで砂を運びバラスとセメントを混ぜ、その上から水をかけスコップで捏ね上げた。それをスコップですくいパネルの中へ投げ込んでいた。上では数人の人夫がパネルの中に長い竿を差して突きコンクリートをまんべんなく行き渡らせていた。スコップの背でパネルが激しく叩かれる。
 それらの騒音は単調な波の音に溶け込んでいた。
「あと少しだ、パネルをもっと力を入れて叩け、その音では隅々までいっとらん、お前ら何年この仕事をやっとんだ」
 角次が大きな声を張り上げた。
 省三は砂浜で燃えているたき火に木っ端を投げ込み石油をかけた。火勢は火柱となって夜空を焦がした。黒い煙は吹き上がり暗闇に呑まれた。
「ショウゾウ・・・」その声に省三は振り返った。
炎の向こうに人影が僅かに見えた。省三はその人が誰だか直ぐに分かった。
省三は少し砂浜の方へ移動した。間近に見ればまだ幼さを残した貌だった。下半身をぴったりしたジーパンで包み白い徳利のセーターを着ていた。髪は背に自然にたらし頬に幾つものそばかすが散っているのが見えた。なぜか省三は冷静に見ることが出来た。
「ミスター省三・・・」少女はふたたびそう呼んだ。
「喧しいですか・・・」滑らかに声が出た。
「ハイ、デモイイデス。波ト風ガ庭ヲ崩ス時、大変ニ怖カッタカラ・・・」
 少女は笑顔で言った。
「そうだったでしょうね」
 省三は短く応え暗い海へ視線を向けた。海を渡る別府航路の豪華客船が不夜城のように見えた。
「アノミーワ、キャサリン十六歳、ヨロシク・・・」
 キャサリンは右手を省三の前に差し出した。手を握ったとき小刻みに揺れた。それは寒さの所為ではなかった。
「省三、ヨカッタラアスニデモアソビニキテクダサイ、ニホンノボーイフレンドイマセン・・・私寂シイデス・・・」
「・・・」省三はじっと見つめていた。
「デワ、ヤクソクシマシタヨ」
「・・・」省三は頷いていた。
「デワ、サヨナラ」
 キャサリンは手を離して暗い砂浜の中へ消えて行った。
 その後姿を省三は放心したように眺めていた。省三の手にはキャサリンの温もりと心臓の鼓動が残っていた。
ガラガラという牌の音で省三は目を覚ました。
 省三は賄いの夫婦がいた小部屋に移っていた。女がぷいといなくなり、その後を追うように男も消えたのだった。

    

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皆様御元気で・・・ご自愛を・・・ありがとうございました・・・。

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