曲に合わせ、ハンドルを指先で叩いているシェリルは、ぼんやりと、外に立っている男を見ていた。諜報部員という仕事がら、無意識のうちに怪しげな人間に目がとまるようになっていた。そんな自分の癖に気がつき、「いけない……」と、頭を振りつつよそに目を向けた。しかし、一度抱いた疑いは、すぐに打ち消すことができなかった。
別段、男に不審なところはなかった。しかしそれは、なにも事件が起きないことが条件だった。もしもいま、牧師の身に忍び寄る危険が、まだ完全には消え去っていないとすれば、男の動きは、とたんに不審なものに変わった。
人通りが少ない通りに黙って立ち、一見すると、誰かを待っているようだったが、男が時折左右に目を光らせているのは、外の動きを監視しているためではないのだろうか……。
まさかとは思いつつ、シェリルが男を観察していると、男は定期的に同じ方向を向き、小さく首を振る仕草を繰り返していた。
シェリルは車の中から、様子をうかがえる範囲を目で探った。決して人通りが多くはない街の中、ほとんど同じ場所から動かず、互いに連絡を取り合っているとしか思えない、何人かの男達の姿があった。
歴史にはつきものの、まことしやかな話が、シェリルの脳裏によぎった。
「犯人は、オレじゃない」
犯行後、逮捕された男が法廷で言った言葉だった。この言葉をめぐり、真犯人は警察や、諜報機関ではなかったのかと噂され、法廷でも、それを裏づけるような証言や証拠が示された。
だがしかし、いくつかの疑問は残るものの、歴史上、事件は終止符を打たれたものと考えられていた。
けれど、もしかしたら…… 。
同じ場所で、同じような犯行をたくらむ人間が複数いたとすれば、一方の犯行がたとえ不可能になっても、別の犯行が行われる可能性は、逆に高まってしまうのではないか。
「ちっ――」
シェリルはくやしそうに舌打ちをすると、すれ違ったパトカーを捜して、再び車を走らせた。
ちらり、とシェリルがバックミラーを見ると、待ち合わせ場所にやってきたソラ達が、走り去っていく車を目で追って、あっけにとられている姿が目に入った。
ごめんね、すぐに片付けて、迎えに来るから――。
正面に向き直ったシェリルが、アクセルを踏む足に力をこめると、グンと加速度を増した車が、すべるように道路を走り抜けて行った。
そんなに遠くへ行くはずがない。シェリルの考えたとおり、パトカーはすぐに見つかった。ジョンが泊まっているホテルにほど近い、古びたアパートメントの前だった。
事件なのか事故なのか、黄色いビニールテープで、出入り口の前に規制線が張られていた。制服を着た警察官が一人、じっと身動きもせずに立ち、周囲に目を光らせていた。
別段、男に不審なところはなかった。しかしそれは、なにも事件が起きないことが条件だった。もしもいま、牧師の身に忍び寄る危険が、まだ完全には消え去っていないとすれば、男の動きは、とたんに不審なものに変わった。
人通りが少ない通りに黙って立ち、一見すると、誰かを待っているようだったが、男が時折左右に目を光らせているのは、外の動きを監視しているためではないのだろうか……。
まさかとは思いつつ、シェリルが男を観察していると、男は定期的に同じ方向を向き、小さく首を振る仕草を繰り返していた。
シェリルは車の中から、様子をうかがえる範囲を目で探った。決して人通りが多くはない街の中、ほとんど同じ場所から動かず、互いに連絡を取り合っているとしか思えない、何人かの男達の姿があった。
歴史にはつきものの、まことしやかな話が、シェリルの脳裏によぎった。
「犯人は、オレじゃない」
犯行後、逮捕された男が法廷で言った言葉だった。この言葉をめぐり、真犯人は警察や、諜報機関ではなかったのかと噂され、法廷でも、それを裏づけるような証言や証拠が示された。
だがしかし、いくつかの疑問は残るものの、歴史上、事件は終止符を打たれたものと考えられていた。
けれど、もしかしたら…… 。
同じ場所で、同じような犯行をたくらむ人間が複数いたとすれば、一方の犯行がたとえ不可能になっても、別の犯行が行われる可能性は、逆に高まってしまうのではないか。
「ちっ――」
シェリルはくやしそうに舌打ちをすると、すれ違ったパトカーを捜して、再び車を走らせた。
ちらり、とシェリルがバックミラーを見ると、待ち合わせ場所にやってきたソラ達が、走り去っていく車を目で追って、あっけにとられている姿が目に入った。
ごめんね、すぐに片付けて、迎えに来るから――。
正面に向き直ったシェリルが、アクセルを踏む足に力をこめると、グンと加速度を増した車が、すべるように道路を走り抜けて行った。
そんなに遠くへ行くはずがない。シェリルの考えたとおり、パトカーはすぐに見つかった。ジョンが泊まっているホテルにほど近い、古びたアパートメントの前だった。
事件なのか事故なのか、黄色いビニールテープで、出入り口の前に規制線が張られていた。制服を着た警察官が一人、じっと身動きもせずに立ち、周囲に目を光らせていた。