くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

大魔人(55)

2021-08-03 19:00:31 | 「大魔人」
「でしょうね」と、アマガエルは言った。「母親を放火の犯人に仕立てて、子供達が行方不明になれば、ぐっと動きやすいですし、なにより彼らがいうところの“悪魔送り”という名の暗殺も、やりやすくなる」
「――どこまでも行方不明になってりゃ、ムクロが出てくるまで、事件にはならないからな」と、ニンジンは言った。
「入院してる間、あいつらに動きはあったのかい」と、ニンジンは言った。
「――」と、アマガエルは首を振った。「気味が悪いほど、なにもありませんでした。布教活動をしていた外国人の姿も、ピタリと消えてしまいました」
「ん? それは、終わったって、感じなのか」と、ニンジンが言うと、アマガエルは「いいえ」と言って、首を振った。
「教団の建物はそのままですし、調べたところ、“審問官”っていう偉い人が、ヨーロッパから、わざわざこっちにやって来ているそうです」
「――これは推測だぞ」と、ニンジンは言った。「おまえは魔人に会ってないから、ピンとこないかもしれないけど、あの感じから考えれば、子供達はまだ無事でいるはずだ。そして教団は、子供達の行方を追いつつも、逆襲に備えている」
「悪魔って、人類に牙を剥くんじゃなかったでしたっけ」と、アマガエルは言った。「話を聞いてると、悪魔と教団の戦い、みたいに思えてきますね」
「“悪魔”って言ってるのは、教団だろ。あれは、“魔人”だったよ」――神様って書く“魔神”じゃなくって、人間って書いて、“魔人”な。と、ニンジンが宙に字を書きながら言うと、アマガエルはうなずいた。
「悪いヤツには思えなかった」と、ニンジンは言った。「――いや、だからって、いいヤツだってことじゃないぜ。ただ少なくとも、今のところは、人類全体を地獄に落とすなんて、そんな血なまぐさい事をやるような、悪いヤツじゃなかった」
「どこにいるんでしょうね」と、アマガエルは言った。「――すみません。おかわりお願いします」

「ハーイ」

 と、返事をした女性の店員が、アマガエルの空になったジョッキを、厨房に下げて行った。
「車の調子はどうだい」と、ニンジンが、店の隅にあるテレビのCMを見て、思いついたように言った。
「クラシックカーですからね」と、アマガエルは言った。「歴史も点数に入れれば、多少の乗り心地は気にならないくらい、調子がいいですよ」
 と、アマガエルは、厨房から伸びてきた手から、なみなみとビールが注がれたジョッキを受け取った。
「――どうも」と、アマガエルは、小さく頭を下げて言った。「でも、どちらかっていうと、車はほとんど乗っていないんです。移動はもっぱら、公共交通機関で済ませてます」
「いや、そういうんじゃなくってさ」と、ニンジンは言った。「見舞いに来た時も話したろ、イクウカンであったことをさ」
「ええ。覚えてますよ」と、アマガエルは、不思議そうな顔をした。「よく車が無事だったなって、感心しましたから」
「修理代を請求するとか言ってたから、こっちだって、気が気じゃなかったんだからな」と、ニンジンが言うと、アマガエルは、おどけて首をすくめた。
「向こうの空間に車ごと落っこちて、ぼこぼこになったんだけど、まことが変な術をかけて、車が自分自身を修理しちまったんだよ」――話したろ。と、ニンジンは、確かめるように言った。
「――」と、アマガエルは、無言で笑顔を浮かべた。
「なんだよ。わかっちゃねーな」と、ニンジンは、ため息交じりに言った。
「こっちの世界に戻ってくれば、まことがかけた術は、消えるんじゃないかって、そう思ってたんだ」と、ニンジンは言った。「だけど、もしもかけられた術が、永久に解けないとしたら、変わったものは、変わったまんまだろ」
「――」と、アマガエルは、黙ってビールを口に運んだ。
「病室にいて、何回か同じ夢を見たんだよ」と、ニンジンが言った。「Kちゃんが、ぼくが石になるのを止めようとして、妙に温かい光線を浴びせてくるんだ」
「事実なのかどうか、それはわからないぜ」と、ニンジンは、笑いながら言った。「でも考えてみりゃ、なにかしなけりゃ、普通はあのまま石になってるだろ。医者も手を上げるような、訳のわからない症状だったんだからさ」
「寺の車も、術をかけられたままなら、今も自分で自由に動ける、と――」と、アマガエルは言った。
「じゃないかと思うんだよな」と、ニンジンが、大きく伸びをしながら言った。「車に乗ってた人間が、人が見ている目の前で消えるなんて、マジシャンでもなきゃ無理だぜ。しかも、片腕を無くすような大怪我を負ってる人間なら、至難の業に違いないだろ。意識は大人びてるかもしれないが、見た目も実際も、10才になったばかりの小学生なんだからな」
「ここのところ、寒さも厳しくなって、初雪もそろそろですし、車は、車庫に入れっぱなしなんです」と、アマガエルは言った。「帰ったら、“脱出”のトリックが仕掛けられていないか、調べてみますよ」
「それがいい」と、ニンジンは、おでんに箸をつけた。「――うまいね、この大根」
「でしょう」と、アマガエルは、うれしそうに言った。「居酒屋ですけど、おでんの完成度が高いんですよ」
「遠慮しないで、食べてくださいね」と、アマガエルは、自分もおでんを口に頬張りながら言った。「この盛り切り、ひと皿だけなんで、早い者勝ちです」
 ニンジンは、「フワフワ」言いながら、おでんのネタを、次々に口に放りこんだ。

「――あら、タッちゃん」

 と、見知らぬおばちゃんが、奥の小上がりから、顔をのぞかせて言った。
「めずらしいね、こんな所で会うなんて」





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