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くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

大魔人(18)

2021-06-27 19:22:20 | 「大魔人」
 ――――  
 キクノさんから相談があったのは、毎月行っている仏事の後だった。
 仏事といっても、堅苦しいものではなかった。参加する人達も、それぞれ気心の知れた人達ばかりだった。
 本堂に集まった人達が、住職に続いてお経を読み上げ、簡単な挨拶の後、気持ちばかりのお菓子が用意された別室で、自由な時間を過ごす、といったものだった。

「それでは、ごゆっくり」

 と、先に部屋を出た父親に続き、アマガエルが襖を閉めようとしているところだった。
「タッちゃん」と、先ほどまで、ご婦人達と輪になって話をしていたキクノさんが、アマガエルを呼び止めた。
「――どうしましたか」と、アマガエルは静かに笑顔を浮かべた。
「あのね」と、キクノさんは、話しづらそうに言った。「孫のことなんだけどね」
「あ、はいはい。近所に住んでる息子さんのとこの」と、アマガエルはうなずきながら言った。「もう少しで、弟さんの方の誕生日、じゃなかったですか?」
「あら、よく覚えてるね」と、キクノさんが驚いて言った。「タッちゃんには、言ってなかったと思うけど」

 ハハハ――。と、アマガエルは小さく笑った。

「もう何度も聞きましたよ。男の子が10才になるんだって」と、アマガエルが目を細めて言った。「何回聞いたか、忘れちゃうくらい聞きました」

 異変は、去年から始まったのだという。

「お姉ちゃんがね、誕生日だったんだ」と、キクノさんが言った。「嫁さんとは、あまり仲がよくなかったんだけれど、ケイコちゃんが電話してきて、会いたいって言うもんだから、泊まりがけで行ってきたんだよ」
 と、二人は、寺の事務所に場所を変えていた。
「いくつになったんですか?」と、アマガエルが聞いた。
「誕生日はもう過ぎたから、今は11才だね」と、キクノさんが言った。「今年もまた流行が早いみたいだけど、去年は誕生日の2・3日前から、インフルエンザにかかっちゃって、誕生日の支度はしていたんだけれど、10才になったお祝いは、結局なにもしないで終わっちゃったんだよ」
「よくあることです」と、アマガエルはうなずいた。
「――で、次の朝だよ」と、キクノさんが言った。「私は毎朝散歩してるから、その場面は見ていないんだけれども、あとになって息子が言うには、自分の誕生日会で食べるはずだったオードブルを、床に叩きつけたんだって」
「なにかに怒って、というんじゃなく、ですか?」
「ああ」と、キクノさんがうなずいた。「そんなことするような子じゃなかったんだ。おとなしくて弟思いで。ただ、私に似てるから、嫁さんとはどうにも馬が合わない部分があったらしいけど――」
「なるほど」と、アマガエルが言った。「そのもやもやした物が、爆発しちゃったんですね」
「それだけなら、いいさ」と、キクノさんが真剣な顔で言った。「家の中で、こそこそイタズラするようになったんだって」
「イタズラ? 家の中でですか――」
 と、キクノさんが大きくうなずいた。
「それって、面白いのかなぁ。まぁ、小学生らしいですけどね」と、アマガエルが宙を見上げるように言った。「10才って言えば、4年生ですか? まだまだ子供ですよ」
「私のこの年齢になれば、そういいようにも捉えられるさ」と、キクノさんがため息をついた。「――小さなイタズラの積み重ねが、我慢できなくなったんだろうね。嫁さんがとうとう、どやしつけたらしいんだ。こっぴどくだよ」
「――」と、うなずくアマガエルも、真剣になって聞いていた。
「感情をぶつけるだけなら、あとからいくらでも修復できたと思うんだ。親子なんだし。だけど嫁さんは、弟がイタズラのターゲットにされてるのが許せなくて、一緒だった部屋を、無理矢理別にしたんだよ」
「ほう……」と、アマガエルは首を傾げた。「一軒家でしたか」
「――」と、キクノさんは、意外な指摘に顔を赤らめた。「私の子供にしちゃ、出来がよかったんだね」
 と、アマガエルは感心したようにうなずいた。
「だけど息子に聞いたら、それが原因じゃないらしいんだ」と、キクノさんが言った。「ケイコちゃんをただ空き部屋に押しこんだんじゃなく、実は誕生日までにこっそり準備していて、内装もかわいらしく模様替えしていたんだって。誕生日会が予定どおり開かれれば、そのタイミングで、ちゃんとプレゼントしようとしていたそうなんだ。ただ当の本人は、親がそんな計画を立てているなんて知らないし、誕生日会も流れちゃったから、息子達はしかたなく、別の日にタイミングを見計らって、プレゼントする気でいたらしいんだよ」
「――それが、娘さんを叱りつけたタイミングになった、と」と、アマガエルが言った。
「そう」と、キクノさんがうなずいた。「ケイコちゃんも、突然部屋を引っ越すってなって、びっくりしてたらしいんだけど、喜んでたって言うんだ」
「結果オーライでしょうが、まぁ、親には逆らえませんからね」かわいそうに――と、アマガエルは言った。
「わからないのがそこで、見ている限り、ケイコちゃんは、本当に心から気に入っているように見えたって」
「大人で考えれば、それこそ危うい兆候ですよね。自分ではどうにもできないから、表面的に取り繕っていただけかもしれない」
 アマガエルが言うと、キクノさんが、くやしそうに唇を噛んだ。
「――口には出さなかったけど。いや、反発するんなら、母親の悪口でもなんでも、言いたいことを吐き出せばよかったんだ。それができない子だったから、自分でも意識しないで、体が勝手に動き出すようになったんだろうね」





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