原因もわからず、学校には病気だと言って休ませていたが、いつまでも嘘をつき続けることはできなかった。
放課後、母親は恵果達に黙って、担任の教師に相談をしに行った。
クラスの担任は、病気による欠席を、できる限り認める。と言ってはくれたが、根本的に解決しなければ、いつまでもかばい続けることはできない。と、唇を噛んだ。
恵果の異常な言動は、教職員の間でも問題になった。校長をはじめ、対応を考えたが、精神的な病気も考えられるとして、恵果の両親に、担任の教師を通じて、専門の病院を紹介することになった。
それまで、1ヶ月ほど家で過ごしていた恵果は、以前のように、また学校に通えるようになっていた。
現象の多くは、家族がみな寝静まった深夜に起こった。なにが引き金になるのか、現象が現れる日は、深夜に突然ドシン、ドシン――と、床に重い物を叩きつけるような音と、振動が響いて、家中の人間が目を覚ました。
しかし、今日なのか明日なのか、タイミングはまるでわからなかった。少なくとも、日中に異常が見られないのは、救いだった。ほかの子供達と同様に、学校だけは、いつもどおり通うことができていた。
恵果が家にいる間は、仕事をしている母親と、おばあちゃんとが交代で世話をしていた。
世話と言っても、宙に浮かんで奇声を上げるようなことは、深夜にならなければ起こらなかった。日が高いうちは、普通の小学生の女の子だった。
現象が起き始めると、いち早く目を覚ます母親だったが、布団の中でわなわなと震えながら、毛布を被って体を丸くした。
母親に遅れて目を覚ます父親が、あわてて起き上がり、真っ先に恵果の部屋に急いだ。
恵果は、現象が始まると、別人のようになることもあるが、意識を失っていることもあった。ただ決まって、異常現象が終わると、普段の恵果に戻ったように見えた。
そして、恵果が元に戻ると、決まって真人が部屋から様子を見に来るが、誰もその事には、違和感を感じていなかった。
異常な現象が続くようになると、母親の洋子は、急に恵果を怖がるようになってしまった。恵果の姿を目の端で認めることはしても、向き合って見ることは、ほとんどできなくなってしまった。
母親はしかし、自分のことよりも、真人のことを心配していた。
恵果の身に起こる現象が、真人に悪影響を与えないよう、母親は、真人を一時的に、どこかに預かってもらおうとした。
しかし当の真人が、そのことを話すと、お姉ちゃんと離れたくない、と意外なほど抵抗を見せた。
父親は、真人が一時的に家を離れることに賛成していたが、涙ながらに「いやだ」と首を振る真人を見て、考えを変えざるを得なかった。
母親は理由を聞いたが、真人はただ、怖い夢を見るから、としか答えなかった。
「夢って? お姉ちゃんが、夜中に暴れるから」と、母親が聞いた。
「――」と、真人は首を振った。
「マコト、はっきり言わないと、わかんないよ」と、母親が語気を強くして言った。「あなたは、家を出ていた方がいいの――」
父親の二洋が、あわてて母親を落ち着かせた。
「――だって」と、真人がうつむきながら言った。「目が覚めると、頭の中で知らないやつの話す言葉が、がんがん響いて痛いんだ。だけどお姉ちゃんが、いつもそいつを追い払ってくれるんだ」
母親の洋子は、なにか言おうとしたが、ただ唇を噛むだけだった。
「前」
「次」
放課後、母親は恵果達に黙って、担任の教師に相談をしに行った。
クラスの担任は、病気による欠席を、できる限り認める。と言ってはくれたが、根本的に解決しなければ、いつまでもかばい続けることはできない。と、唇を噛んだ。
恵果の異常な言動は、教職員の間でも問題になった。校長をはじめ、対応を考えたが、精神的な病気も考えられるとして、恵果の両親に、担任の教師を通じて、専門の病院を紹介することになった。
それまで、1ヶ月ほど家で過ごしていた恵果は、以前のように、また学校に通えるようになっていた。
現象の多くは、家族がみな寝静まった深夜に起こった。なにが引き金になるのか、現象が現れる日は、深夜に突然ドシン、ドシン――と、床に重い物を叩きつけるような音と、振動が響いて、家中の人間が目を覚ました。
しかし、今日なのか明日なのか、タイミングはまるでわからなかった。少なくとも、日中に異常が見られないのは、救いだった。ほかの子供達と同様に、学校だけは、いつもどおり通うことができていた。
恵果が家にいる間は、仕事をしている母親と、おばあちゃんとが交代で世話をしていた。
世話と言っても、宙に浮かんで奇声を上げるようなことは、深夜にならなければ起こらなかった。日が高いうちは、普通の小学生の女の子だった。
現象が起き始めると、いち早く目を覚ます母親だったが、布団の中でわなわなと震えながら、毛布を被って体を丸くした。
母親に遅れて目を覚ます父親が、あわてて起き上がり、真っ先に恵果の部屋に急いだ。
恵果は、現象が始まると、別人のようになることもあるが、意識を失っていることもあった。ただ決まって、異常現象が終わると、普段の恵果に戻ったように見えた。
そして、恵果が元に戻ると、決まって真人が部屋から様子を見に来るが、誰もその事には、違和感を感じていなかった。
異常な現象が続くようになると、母親の洋子は、急に恵果を怖がるようになってしまった。恵果の姿を目の端で認めることはしても、向き合って見ることは、ほとんどできなくなってしまった。
母親はしかし、自分のことよりも、真人のことを心配していた。
恵果の身に起こる現象が、真人に悪影響を与えないよう、母親は、真人を一時的に、どこかに預かってもらおうとした。
しかし当の真人が、そのことを話すと、お姉ちゃんと離れたくない、と意外なほど抵抗を見せた。
父親は、真人が一時的に家を離れることに賛成していたが、涙ながらに「いやだ」と首を振る真人を見て、考えを変えざるを得なかった。
母親は理由を聞いたが、真人はただ、怖い夢を見るから、としか答えなかった。
「夢って? お姉ちゃんが、夜中に暴れるから」と、母親が聞いた。
「――」と、真人は首を振った。
「マコト、はっきり言わないと、わかんないよ」と、母親が語気を強くして言った。「あなたは、家を出ていた方がいいの――」
父親の二洋が、あわてて母親を落ち着かせた。
「――だって」と、真人がうつむきながら言った。「目が覚めると、頭の中で知らないやつの話す言葉が、がんがん響いて痛いんだ。だけどお姉ちゃんが、いつもそいつを追い払ってくれるんだ」
母親の洋子は、なにか言おうとしたが、ただ唇を噛むだけだった。
「前」
「次」