相続放棄の実務

2016-11-04 22:58:25 | 相続法・相続税法

2018-08-15追記、2020-04-17追記、2024-01-15追記。

【例題】Aが死亡した。Aには、妻X、子Y、子Z(未成年者)、祖母M、弟L、亡妹の子Sがいる。Aの遺産は消極財産が積極財産を上回っている。

 

基本的な手続]※名古屋家裁における取扱いはこちら

(1)被相続人の死亡によって相続が開始する。

(2)申述

・相続放棄を望む相続人は、熟慮期間(3か月)内に、相続開始地管轄家裁への相続放棄申述書の提出をもって相続放棄の申述をする(民法938条、家事事件手続法201条1項5項)。添付書類等は「収入印紙800円(申述人1名につき)、被相続人の住民票除票、戸籍一式(※申述人の過去戸籍までは求められない)」。熟慮期間ギリギリで戸籍類が揃わない場合、申述書の提出を先行させることも可能か(たぶん)。□長山ほか292

・相続放棄申述事件(※事件名につき仙台家裁ウェブサイト参照)は、別表第一審判事件となる(家事事件手続法別表第一の95項)。□長山ほか291

・申述人が未成年者の場合は、法定代理人が申述を行う(民法917条参照)。法定代理人と未成年者がいずれも共同相続人である場合、法定代理人による相続放棄は利益相反行為(民法826条)に該当しうるが、法定代理人自身の相続放棄と未成年者(全員)を代理してする相続放棄が同時になされたときは、利益相反には該当しない(後見事案につき、最二判昭和53・2・24民集32巻1号98頁)。□長山ほか291

・第二順位相続人、第三順位相続人については、先順位相続人の放棄が受理された時が相続開始時となるので(たぶん)、それ以降に放棄の申述をすることになる。

(3)家裁での審理

・「照会書による真意の確認」がされることもあるが、申述人側に何の連絡がないまま審判に至ることも多いか(個人的には照会書を出された経験は一度もない)。□釜本54、梶村ほか435

・書面照会の有無は、各庁で取扱いが定められている。経験談として、「第三順位相続人の相続放棄において、先順位相続人の放棄受理から3か月を経過しているので、相続開始を知った時の経緯」の回答(上申)を求められた例がある(代理人が回答した)。□実証570

・先行する関連事件の記録も「事実の調査(家事事件手続法56条)」の対象となる。□実証570

・なお、第三順位相続人の申述にあたっては「第二順位相続人が全て死亡している事実」が必要となるが、実務的には「父母の死亡、祖父母の死亡」までで足りるとされている。もっとも、被相続人が高齢である事案では「父母の死亡」のみでOK(黙認?)されることがある(経験談)。

(4)審判

・申立てから2~3週間程度で申述受理の審判がなされることが多い。□梶村ほか435

・家裁は申述書へ相続の放棄を受理する旨を記載し、その記載をもって審判の効力が発生する(家事事件手続法201条7項後段;74条2項の告知を要しない)。実務的には「1上記申述を受理する。2手続費用は申述人の負担とする。令和○年○月○日 甲家庭裁判所裁判官○」とのゴム印が押される。□長山ほか292、実証572

・受理審判(認容審判)に対しては不服の余地がないため、「申述受理審判=即時に効力=即時に確定」となる。□実証573,575

(5)通知

・裁判所書記官は、申述人等に対して「相続放棄申述受理通知書」を送付し(普通郵便が利用される)、もって申述の受理の審判がされたことを通知する(家事事件手続規則106条2項)。□実証572-3

・この受理通知書には、事件番号、申述人氏名、被相続人氏名、死亡年月日、申述を受理した日、手続費用の負担の有無(←これについては告知が効力発生要件;家事事件手続法74条2項)が記載される。

(6)通知後の事務など

・申述人は、「家事審判事件に関する事項の証明書」として相続放棄受理証明書の交付を申請することができる(家事事件手続法47条1項)。□長山ほか803-5

・相続人や利害関係人は、家裁に対して受理の有無の照会をすることができる。法令上の根拠はないものの、「司法行政上の便宜供与としての一種の行政証明」として書記官が処理している。□長山ほか833-4、実証574

・相続放棄の受理の審判がなされた場合、熟慮期間内であっても撤回できない(民法919条1項)。もっとも、民法総則編や民法親族編の規定を根拠としてその取消しを申述する余地はある(民法919条2~4項)。□長山ほか293-5

 

[申述の受理/申述の却下]

・ここでいう「申述の受理の審判」は、「申述人から相続放棄の(真意に基づく)意思表示を受領したこと」を公証する作用を有する(にすぎない)。仮に受理の審判があっても、相続放棄の有効性を事後的に争うことは可能。もっとも、相続債権者が相続放棄の無効を主張して民事訴訟を提起する例は少ないか(たぶん)。

・反対に、相続放棄の要件を満たさない場合には、申述を却下する審判がなされる(家事事件手続法201条9項3号)。却下審判に対し、申述人は即時抗告をすることができる(同条)。主に問題となりうるのは、「熟慮期間の徒過(民法915条1項)」「法定単純承認(民法921条)」等。

・審判ではどこまで実質的真理に踏み込むべきか。いまだ定説はないが、現在の家裁実務は「ある程度ゆるい基準で受理の審判をする/本格的な有効性判断は事後の民事訴訟に委ねる」との傾向か。

 

[相続放棄の効果(1):基本]

・有効な相続放棄がなされると、その者(申述人)は相続開始時点から相続人でなかったことになる(民法939条)。相続放棄は代襲原因とされていないため代襲相続も生じない(民法887条2項参照)。

・詐害行為取消権や否認権をもってしても相続放棄の効果を否定できない。→関連記事《危機時期の遺産分割協議

・申述人は、相続放棄後も相続税法上の「法定相続人」と扱われるため(相続税法15条2項)、基礎控除額や非課税財産の計算の場面では依然としてその存在が意味をもつ。この取扱いは「課税面から相続放棄を妨げない」との趣旨。

 

[相続放棄の効果(2):死亡保険金への影響の有無]

・◎その者が死亡保険金の保険金受取人とされていれば、「死亡保険金=保険金受取人固有の権利=not相続財産」との理解から、相続放棄に影響されず受け取ることができる。□山下ほか278

・◎保険金受取人を「相続人」とする指定は、保険事故発生時の相続人たる地位を有する者全員を受取人とする趣旨だと原則解されるので(最三判昭和40・2・2民集19巻1号1頁)、やはり相続放棄した者も受取人となれる。□山下ほか280-1

・×「死亡保険金はみなし相続財産である」との理解から、「遺贈によって相続財産の取得」と擬制されて相続税の課税を受ける(相続税法3条1項1号)。さらに、相続人でなくなるため、非課税財産の恩恵を受けられない(相続税法12条1項5号、3条1項柱書参照)。

 

[相続放棄の効果(3):特定贈与は「遺贈」扱い]

・その者が相続時精算課税選択届出書(相続税法21条の9第2項)を提出していた場合、被相続人(特定贈与者)からの生前贈与については、遺贈により取得したものと擬制されて相続税の課税を受ける(相続税法21条の16第1項)。

・▲この効果を利用すれば、「生前に資産のみ特定贈与→死亡時に負債を相続放棄」との手順によって「資産の無償取得(相続税法上は遺贈に擬制)+負債承継なし」との目的が達成できる、と説かれる。もっとも、もともとの贈与が詐害行使取消権の対象とされるリスクは残ろう(具体例として東京地判平成18・11・2LLI/DB判例秘書登載)。□三木ほか348-7、二宮183

 

[相続放棄の効果(4):現占有相続財産の保存義務]※2024-01-15追記

・相続放棄時に「相続財産に属する財産」を現に占有している場合、他の相続人や相続財産清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存する義務を負う(民法940条1項)。□潮見87-9

 

釜本修「家庭裁判所が相続放棄の申述を却下できる場合」判例タイムズ1019号53頁[2000]

三木義一ほか『実務家のための税務相談(民法編)〔第2版〕』[2006]

二宮周平『家族と法』[2007]

梶村太市ほか『家族法実務講義』[2013]

山下友信ほか『保険法〔第3版補訂版〕』[2015]

長山義彦ほか『〔新版補訂〕家事事件の申立書式と手続』[2017]

裁判所職員総合研修所監修『家事事件手続法下における書記官事務の運用に関する実証的研究ー別表第一事件を中心にー』[2017]

潮見佳男『詳解相続法〔第2版〕』[2022]

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