【例題】Xは、Yに対する100万円の貸金返還請求訴訟を提起した。Yは、金銭の交付を否認するほか、贈与だとも主張している。
[立証責任を負う者の「本証」]
・通説である「修正された法律要件分類説」は、実体法規の規定ぶりを第一としつつ、証拠との距離・立証の難易・事実の存否の蓋然性といったファクターも加味して主要事実の立証責任の分配を決める(この一つが司法研修所説=要件事実論)。□瀬木364
・ある主要事実について立証責任を負わされた一方当事者は、当該主要事実の証明を試みる。この活動そのものや、活動のレベルを「本証」と呼ぶ。証明の意義(=本証として要求される証明度)につき、最二判昭和50年10月24日民集29巻9号1417頁〔ルンバール事件〕は「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである。」とする。換言すれば、原告は自身の提示するストーリー(=請求原因事実と関連事実)について裁判官に確信を抱かせなければならない。□瀬木335,337-8、田中154-5、門口218-9
[立証活動の型(その1):直接認定型]
・「直接証拠→(証明・認定)→主要事実」というプロセスとなる。□加藤新[2022]14、手引79
・直接証拠の典型例が、処分証書(契約書、遺言書など)や供述である。特に処分証書が存在すれば、特段の事情(=経験則上の例外事情)がない限り、記載とおりの事実が認定される。□瀬木284、田中152-3、司研事実認定21-2,325
[例]直接認定型「証人Aの証言により真正に成立したものと認められる甲第1号証によれば、本件売買契約が締結されたことが認められる。」。□手引79
[例]直接認定型「・・・ことが認められる。上記認定を覆すに足りる証拠はない。」。□手引80
[例]直接認定型(反証失敗)「・・・ことが認められる。上記認定に反する証人Bの証言は、あいまいな点が多く、首尾一貫しないので信用することができない。」。□手引80
[例]直接認定型(反証失敗)「・・・ことが認められる。上記認定に反する乙第1号証は採用することができない。」。□手引80-1
・直接認定を妨害しようとする側は、「直接証拠が信用性を有さないこと」「認定すべきではない例外事情が存在すること」を提示する必要がある。□加藤新[2022]14
[例]証拠不十分型「請求原因事実については、証拠が全くない。」。□手引83
[例]証拠不十分型「請求原因事実は、これを認めるに足りる証拠がない。」。□手引83-4
[例]証拠不十分型「請求原因事実は、本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。」。□手引84
[例]証拠不十分型「この点に関する証人Bの証言は、にわかに信用することができず、他にこの事実を求めるに足りる証拠はない。」。□手引84
[例]証拠不十分型「証人Cは、この点について・・・と証言するが、この証言は先に認定した・・・の事実に照らし、たやすく信用することができず、他にこの事実を求めるに足りる証拠はない。」。□手引84
[立証活動の型(その2):間接推認型]
・「間接証拠→(証明・認定)→間接事実→(経験則による推認)→主要事実」というプロセスとなる。□加藤新[2022]
・間接事実は直接証拠と等質性があると表現される。「経験則による推認」は「事実上の推定」と同義である。事実認定をめぐって激烈に争われる事案では、動かしがたい間接事実を適切に抽出することが有益である。□瀬木284,364-5、田中153、司研事実認定41-4
[例]間接推認型「証人Dの証言によれば、・・・ことが認められ、・・・これらの事実を総合すれば、原告と被告との間に本件売買契約が締結されたことを推認することができる。」。□手引81-2
[例]間接推認型「・・・ことを推認することができる。証人Eの証言によれば、・・・の事実が認められるが、この事実は、上記推認を妨げるものではない。」。□手引82
・当然ながら、間接事実が認定できても、それらから主要事実を推認できない例もある。
[例]推認不十分型「甲第2号証によれば・・・の事実が認められるけれども、上記認定の事実によっては原告主張の事実を推認するに足りず、他に原告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。」。□手引84-5
[例]推認不十分型(間接反証)「証人Fの証言によれば、fの事実を認めることができる。しかし、他方、証人Gの証言によればgの事実も認めることができ、このgの事実に照らして考えると、前記fの事実から被告主張の事実を推認することはできず、他に被告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。」。□手引85
[立証責任を負わない者の「反証」]
・ある主要事実について立証責任を負わない他方当事者は、当該主要事実の存在を揺るがそうとする。この活動(orその活動に要求されるレベル)を「反証」と呼ぶ。被告の戦略としては、ある程度の信憑性をもったアナザーストーリー(≒請求原因事実に対する積極否認)を提示してノンリケットに持ち込む場合(反証)と、抗弁事実を本証する場合がある。□瀬木337-8、田中154-5
・「二段の推定」vs.相手方の反証:一例として、私文書の成立に関し「ある人物の印章の印影アリ→(経験則による推認)→当該印影は本人の意思による→(民訴法228条4項による「推定」)→本人の意思による文書の作成」という事実認定プロセスがある。1段目(事実上の推定)と2段目(法定証拠法則)のいずれも、反証によって覆される。もっとも、いきなり二段の推定を使うのではなく、まずは直接証拠で認定すべきだ、との指摘もある。□瀬木370-1、司研事実認定19-21,325
・「法律上の事実推定・意思推定規定」vs.相手方の本証:一例として、占有の継続に関し「T0時での占有とT20時での占有→(民法186条2項による「推定」)→T0時からT20時までの占有継続」という事実認定プロセスがある。ここで民法186条2項がいう「推定」は立証責任の転換(=法律上の事実推定規定)と同義であり、これを否定したい者は「占有がなかった時期の存在」を証明しなければならない。法律上の事実推定規定と同様の機能を持つ例として、意思推定規定(民法136条1項など)がある。□瀬木368-71
[「間接反証」という名の本証]
・原告が重要な間接事実の証明に成功して主要事実の存在が強く推認される場合に、被告が、この推認を妨害するために、「その推認で用いられている経験則の例外となる別の間接事実」(=裁判実務がいう「特段の事情」)を証明する活動を「間接反証」と呼ぶ。用語として非常に紛らわしいが、あくまで「間接反証=ある間接事実(=特段の事情)の証明」なので、要求されるレベルは本証である。□瀬木368、田中156-7、手引85
・「特段の事情」というタームは、「経験則の例外となる事情」という意味のほか、「法原則の適用の例外となる場合」という意味で使われることもある。□田中157
[経験則と事実認定]
・「経験則=経験から帰納される事物に関する知識や法則」をいう。「一般常識といえるもの」から「高度に専門科学的なもの」まで幅は広く、その確度(=例外の少なさ)も様々である。経験則の機能として、(1)供述の信用性の判断資料となる。(2)間接事実から主要事実を推認させる根拠となる。□瀬木339、田中122-3,130
[例]「1回目の貸金の弁済が遅滞しているのに、さらに貸し付けることは珍しい」。□田中127
[例]「不動産登記簿の記載事項は、通常は真実である(事実上の推定)」(最三判昭和46年6月29日判タ264号197頁)。□田中178
・事実認定で用いられる経験則は、公知の事実に準じて証明不要のものもあるし(裁判官の通常の知識により認識できるものは判決理由でも根拠は示されない)、訴訟内で証明が必要となるものもある。訴訟内で三者が対象となりうる経験則を相互に明示するのが有益である、と説かれる。□瀬木339、司研事実認定31-2、門口224,228、手引86
・最高裁は経験則違反を法律違反と解しているので、事実審における事実認定が経験則に反していれば「法令の解釈に関する重要な事項を含む事件(民訴法318条1項)」を主張して上告受理申立てをすることができる。もっとも、法律審が事実審の事実認定に介入するのは、「経験則上証明ありといえるのに、事実審が証明なしと判断してしまった」「経験則上証明ありとはいえないのに、事実審が証明ありと判断してしまった」場合に限られる(最三決平成12年7月18日集民198号529頁[長崎原爆被爆者医療給付事件]参照※)。□加藤[2016]14-7、門口273、田中123,18-21
※最高裁は、「高度の蓋然性」説の維持を宣言して原審が「相当程度の蓋然性」説を採用したことは法令違反だと指摘しつつも、「・・・被上告人の脳損傷は、直接的には原子爆弾の爆風によって飛来したかわらの打撃により生じたものではあるが、原子爆弾の放射線を相当程度浴びたために重篤化し、又は右放射線により治ゆ能力が低下したために重篤化した結果、現に医療を要する状態にある、すなわち放射線起因性があるとの認定を導くことも可能であって、それが経験則上許されないものとまで断ずることはできない。・・・本件において放射線起因性が認められるとする原審の認定判断は、是認し得ないものではないから、原審の訴訟上の立証の程度に関する前記法令違反は、判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえない」と結論して被上告人(被害者)を救済した。
司法研修所編『民事訴訟における事実認定』[2007]
田中豊『事実認定の考え方と実務』[2008]
加藤新太郎「民事訴訟における事実認定の違法」名古屋大学法政論集254巻1頁[2014]
門口正人『民事裁判の要領ー裁判官の視点からー』[2016]
司法研修所編『10訂民事判決起案の手引〔補訂版〕』[2020]
瀬木比呂志『民事訴訟法〔第2版〕』[2022] ※随所に元裁判実務家としての本音が散りばめられ、特に弁護士にとって参考になる記載が多い。筆者の狙いはともかく、決して学生向けではない。
加藤新太郎『民事事実認定の技法』[2022]