共同相続人間における相続分の譲渡

2024-04-19 19:27:53 | 相続法・相続税法

【例題】Aが死亡した。Aには、妻Y、子C、子D、子Eがいる。Aの遺産分割をめぐり、CとDの間で係争状態が生じている。Eは遺産取得を望んでおらず、係争に巻き込まれたくないと考えている。

 

[実体法上の「相続分の譲渡」の意義]

・相続分とは、「積極財産と消極財産とを包括した遺産全体に対する割合的な持分」をいう(最二判平成26年2月14日民集68巻2号113頁)。共同相続人間での譲渡に限れば、相続分が譲渡されることにより、譲渡人と譲受人の各持分割合を変化させる(最三判平成13年7月10日民集55巻5号955頁)。□潮見280、梶村貴島163-4

・民法905条1項は「ある相続人から第三者に相続分が譲渡された際の、他の共同相続人による取戻し」を規定するところ、この規定は、相続分が譲渡できることを前提にしている。むしろ、現実には共同相続人間での譲渡が多い。□潮見277、本山359

・相続分の譲渡は、当事者間の合意のみで成立する。もっとも、実務上は、譲渡人と譲受人との間で「相続分譲渡証明書」を作成して印鑑証明書を添付する。□潮見277、梶村貴島160、HB384

 

[遺産分割事件における相続分譲渡の扱い]

・相続分全部を譲り渡した相続人は、もはや遺産分割手続の当事者ではなくなる。□片岡136、潮見278

・他方で、相続分の譲渡の効力について争いがある場合は、「前提問題」として民事訴訟にて決着することになる。□片岡148

・家庭裁判所は、家事事件において「当事者となる資格を有しない者」「当事者である資格を喪失した者」を手続から排除することができる(家事事件手続法43条1項、258条1項)。「相続分全部を譲り渡した相続人」は排除されるべき者となる。もっとも私見では、常に排除決定がされているかは疑問。□研究第二262-3,32-5、片岡144、潮見278、梶村貴島161

 

[登記手続における相続分譲渡の扱い]

・「相続人丙が、自身の相続分全部を相続人甲に譲渡する→残りの甲と相続人乙の間で、遺産の不動産を甲が単独取得する旨の遺産分割協議をする」場合において、譲受人(甲)は、「相続分譲渡証明書+譲渡人(丙)の印鑑証明書」と「遺産分割協議書+協議に関与した全ての相続人(甲乙)の印鑑証明書」を添付することで、単独で相続登記の申請ができる(※)。□片岡139-40

※遺産分割協議成立時で初めて相続登記がされる場合は「被相続人→(相続)→単独取得者」という所有権移転登記のみがなされるので、「相続分譲渡」は登記上に現れない。□HB385

 

[相続分譲渡の税務]

・共同相続人間での相続分譲渡であれば、遺産分割の一種と考えればよい(譲渡所得課税は生じない)。要は、「無償→取得分ゼロの協議」「有償→代償分割」と処理する。特に未分割遺産については「民法の規定による相続分の割合」にしたがって遺産を取得したと考えて課税価格を計算するが(相続税法55条本文)、ここでは「相続分=共同相続人間での譲渡を反映した後の相続分」である(最三判平成5年5月28日集民169号99頁)。□三木ほか306-8,311

・無償譲渡:相続人甲が相続人乙に相続分全部を無償で譲渡した場合、譲渡人(甲)は「遺産全体に対する割合的な持分」を全て失うので、相続税の課税を受けない。譲受人(乙)は、「固有の相続分+譲り受けた相続分」に応じた相続税が課税される。□赤本437、HB383、三木ほか306-7

・有償譲渡:相続人甲が相続人乙に相続分全部を有償で譲渡した場合、譲渡人(甲)は、いわば代償金を取得したのと同じだから、取得した代価(有償)に相続税が課税される。譲受人(乙)は、「固有の相続分+譲り受けた相続分−▲代価」に応じた相続税が課税される。□赤本437、HB383、三木ほか306-7

 

三木義一・関根稔・山名隆男・占部裕典『実務家のための税務相談(民法編)〔第2版(補訂)〕』[2011]

奈良恒則・佐藤健一・田中康雅・野口賢次『相続相談標準ハンドブック』[2013]

梶村太市・貴島慶四郎『遺産分割のための相続分算定方法』[2015]

裁判所職員総合研修所監修『家事事件手続法下における書記官事務の運用に関する実証的研究ー家事調停事件及び別表第二事件を中心にー』[2018]

片岡武・管野眞一編著『第4版 家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務』[2021]

潮見佳男『詳解 相続法〔第2版〕』[2022]

東京弁護士会編著『新訂第八版 法律家のための税法〔民法編〕』[2022]

本山敦「第905条」潮見佳男編『新注釈民法(19)相続(1)〔第2版〕』[2023]

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