2025-04-13追記、2023-01-28追記。
[記憶という一連の過程:情報の記銘→保持→想起]
・人が外部の刺激を受けると、その刺激がもつ情報を取り込み(記銘、符号化・エンコード)、取り込んだ情報を内部に貯蔵し(保持、ストレージ)、ある期間の後に外に表す(想起、検索・レトリーバル)。この一連の過程(または取り込まれた情報そのもの)を「記憶(memory)」という(※)。□三上246-7、鹿取ほか81
※記憶は過去の経験の効果を保持することであり、この効果によって新しい行動を獲得することを「学習」と呼ぶ。□鹿取ほか81
・想起の種類:以前の経験をことばや動作などで再現することを「再生」と呼ぶ。以前と同じ経験した場合にそれと確認できることを「再認」と呼ぶ。以前経験したことをその要素を組み合わせて再現することを「再構成」と呼ぶ(←??)。いずれにせよ、想起される時に初めて記憶を保持していることがわかる(※)。□鹿取ほか81
※イメージを想起する際、視覚処理と同様に一次視覚野が活性化する。□乾門脇136-7
・記憶の失敗はどの段階でも生じる。そもそも記銘ができていない、記銘されたものが保持の段階で消えてしまった、保持されているが(一時的に)想起できない、等。□鹿取81-2
[記憶の種類:情報保持の期間の長短]
・記憶は、保持される期間によって次のとおり分類される。
[1]感覚情報保存(sensory information storage):外界からの刺激によって感覚器官には多くの情報が入るが、このうち多くの情報はごく短時間だけ感覚にとどまり、刺激がなくなると約1秒以内に消えてしまう。残りの注意された情報だけが短期記憶に取り込まれる。□鹿取ほか82-3
[2]短期記憶(short-term memory):情報保持の時間が数秒から数分程度の記憶。□三上242、鹿取ほか82-3
[3]長期記憶(lomg-term memory):情報保持の時間が短期記憶以上の記憶。
→[3-1]潜在的記憶
→[3-2]顕在的記憶
→→[3-2-1]意味記憶/[3-2-2]エピソード記憶
[短期記憶]
・感覚のうちで、注意された情報だけが記憶に取り込まれる。その保持の時間が数秒から数分程度にすぎないものが短期記憶である。例えば、はじめて見た電話番号をダイヤルするまでは覚えているが、その記憶は短時間で減衰して消えてしまう。短期記憶は、経験によって脳に生じた生理的活動の持続に対応する(力動説)。□鹿取ほか82-3,93、三上242-3
・復唱の重要:短期記憶はリハーサル(復唱)によって記憶が維持される。したがって、視覚的符号化と比べて、音声的符号化のほうがリハーサルが容易なため保持がよい。リハーサルの間に一部は長期記憶に組み込まれ、その他は記憶容量からの置換えと減衰によって短期記憶から失われる。□三上242、鹿取85
・記憶範囲とチャンク:短期記憶の容量には限度があり、例えばランダムな数字を読み上げて直後に再生させた場合、健常な成人の記憶範囲は7個前後(楽に覚えられるのは4個程度)とされる。記憶容量がいっぱいになっているところへ新たな項目が入ってくると、前の項目のどこかと置き換えられて記憶から失われる。これに対し、長期記憶に保持する多くの知識を利用し、ランダムに見える複数の項目を1個の単位(チャンク)として扱うことができれば、記憶範囲を増やすことができる([例]「a,p,p,l,e」を無意味な文字と見れば5個の記憶単位となるが、「apple=りんご」というチャンクとみなせば1個の記憶単位で済む)。□鹿取ほか85-6、市川59
・ワーキングメモリ(作動記憶、作業記憶):多くの心的活動では、処理の途中の情報([例]計算の途中の数値)や長期記憶から取り出した情報([例]難解な文章を読んでいる際に想起した関連情報)を一時的に蓄えておく必要がある。このような短期記憶と似た性質をもつ記憶の機能を、特に作動記憶(working memory)という。この認知処理過程においては、「選択的注意が向けられた感覚入力はよく記憶される(←両耳聴の実験)」「注意を向けていない対象に重要な情報を検出するとそこに注意が向けられる(←カクテルパーティー効果)」が知られている。前頭連合野が損傷されると作動記憶に障害が生じる。□三上250-5、256-9、鹿取ほか86
・臨床の結果によれば、短期記憶と長期記憶は脳内の別個の部位に関係する独立した機能であると示唆される。有力説は、両者の関係を「取り込まれた情報はまず短期記憶に取り込まれ、後に長期記憶に取り込まれる」と説く。□鹿取ほか86,97
[長期記憶]
・新しく入ってきた情報のうち、秒単位よりも長い時間にわたって保持されるものが長期記憶である。「短期記憶=力動説」との対比でいえば、経験によって脳に生じた生理的活動自体は消失するが、やがて脳に構造的変化が残り、後になって経験したときの活動を再現しうる(構造説)。□鹿取ほか87-8,93-4
・リハーサルは、情報を短期記憶に維持することのみならず、長期記憶に組み込むことにも役立つ。もっとも、情報が長期に保持されるために単純なリハーサルの反復だけでは効果は乏しい。有効な方法は、情報を以前の記憶(=既有知識)に関連付ける意味的な処理(意味付け)をすることである。関連付けられた情報は忘却されにくい。□鹿取ほか87-8、市川60-3,52-6、村上181-2
・潜在的記憶:長期記憶のうち、身体は覚えているが意識化できないものをいう。
[例]歩行する・キーボードを叩く(スキル・習慣)。
[例]風が目にあたると思わず目を閉じる(反射)。
[例]梅干しをイメージすると口の中につばがあふれる(条件付け)。→《覚せい剤依存のメカニズム》
・顕在的記憶:長期記憶のうち、言葉で表現することができ、その内容を意識化できるものをいう。さらに「意味記憶」と「エピソード記憶」に分けられる。
[顕在的記憶(その1):意味記憶(知識)]
・意味記憶とは、自分がそれを「知っている」という感覚はあるが、それをいつ・どこで学習したのかが想起できないような汎用性のある記憶(=いわゆる知識)をいう。□仲28
・スキーマ(枠組み):意味知識の中には、特定の対象を定義づけるような一般的知識・定義的知識を含む。例えば、「『家』という概念は『屋根・窓・玄関・・・』といった要素(変数)からなる」といった知識はスキーマの1つである。「家がある」と聞けば「屋根があるんだな」と推測できるように、何かを経験する際には既知のスキーマに当てはめて認識をしている。特に、スキーマのうちで出来事に関するものを『スクリプト(台本)」と呼ぶ([例]「外食する」という出来事は「入店する、注文する、食事が提供される、代金を支払う…」といった要素から成る)。さらにスクリプトのうちで特に日常の定型化した活動を「ルーチン」と呼ぶこともある([例]「平日の日課」は「起床する、歯を磨く、朝食をとる、通学する…」といった要素から成る)。□仲28-9
・スキーマによって膨大な情報を効率よく処理することができったるようになる反面、スキーマから漏れる個別のエピソードが記銘されない・保持されない・想起されないという事態も起こりうる。
[顕在的記憶(その2):エピソード記憶]
・エピソード記憶とは、意味記憶とは異なり、ただ1回限りの出来事に関する記憶をいう。エピソード記憶には、「自分が体験した」という情報源の記憶や、その時の視覚(情景)、聴覚、触覚、嗅覚などを伴った「ありありとした感じ」が伴う。□乾門脇135、仲28-30
・通常、法律家がおこなうインタビューでは、いつ・どこで・誰が・誰に対して・何をしたという、具体的文脈と結びついたエピソード記憶の獲得を目指している。ところが、同じような出来事を繰り返し体験すると、「お父さんは酒を飲むといつも私を殴る」というように、記憶のスクリプト化(ルーチン化)が生じてしまう。
・アルツハイマー病を発症すると、まずはエピソード記憶の異常が現れ、次いで言語能力や判断力が失われる。□西道15
[エピソード記憶の発生]
・エピソードの報告には、次の条件が揃う必要があり、4歳程度がその能力を有するといわれる。□仲33-5
[1]出来事を語るための語彙や文法をもっていること。
[2]情報源が何なのか(自分の経験? テレビ? 他者?)を理解すること。
[3]自分の心の状態と他者の心の状態を区別したり、過去の考え・体験と現在の考え・体験を区別すること。
[4]自分と他者が身体のみならず内面も異なる存在であることや、時間を隔てた自己への気づきがあること。
・4歳程度であってもエピソード記憶の発達には十分ではなく、出来事を効果的に記憶し想起できるようになるまでにはさらに発達段階がある。□仲35
[1]連合成分の成熟:複数の情報を連合させる働き。側頭葉内側部が担い、10代になる前で概ね成熟する。
[2]方略成分の発達:無数の情報を前にして、何を記銘すべきか・どうやって保持すべきか・どのように想起すべきかという働き。前頭前野が関わり、6歳頃から向上して20代半ばまで発達する。□仲35-6
・以上の神経生理学的成長とは別に、例えば日常的に家族とおこなうコミュニケーションのあり方が、エピソード報告能力の向上に寄与している。□仲38
市川伸一『勉強法が変わる本』(岩波ジュニア新書)[2000]★ ※全ての学習者にとって必読。
田中啓次「脳はどのように認知するか」理化学研究所脳科学総合研究センター編『脳研究の最前線上』(ブルーバックス)[2007]
西道隆臣「アルツハイマー病を科学する」理化学研究所脳科学総合研究センター編『脳研究の最前線下』(ブルーバックス)[2007]
村上宣寛『心理学で何がわかるか』(ちくま新書)[2009]
鹿取廣人・杉本敏夫・鳥居修晃編『心理学〔第4版〕』[2011]★★
仲真紀子編著『子どもへの司法面接』[2016]★
一川誠『ヒューマンエラーの心理学』(ちくま新書)[2019]
三上章允『カラー図解 脳の教科書 はじめての「脳科学」入門』(ブルーバックス)[2022] ※2023-01-28追記。短期記憶と長期記憶の定義は同書にしたがった。
乾敏郎・門脇加江子『脳の本質』(中公新書)[2024]