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玄冬時代

日常の中で思いつくことを気の向くままに書いてみました。

靖国の遊就館

2013-05-07 23:18:03 | 歴史

日本には戦争博物館はないようだが、まあ、あえてあげるならば、靖国神社の『遊就館』であろう。しかし、私はこの館が何をテーマとしているのか、よく解らない。館全体は、日本の古代からの戦争の歴史が展示されている館であり、それが整然と時代順に配置されている。まあ日本人であれば、ほとんど知っている程度のことなので普通は素通りしてしまう。日清、日露と来て、満州事変、日華事変、太平洋戦争と大詰めに向かう。出口間際には戦車、潜水艦、大砲、銃、そして、飯盒や食器、医療器具、サンゴなどの遺留品などが大講堂に陳列されている。そこに行きつく直前の部屋には名刺大の英霊の写真が四方の壁一面に貼られている。そして、そこに続く前の部屋には、召集された兵士たちの自筆の遺書や手紙が陳列されている。検閲されて、黒く塗られているのもあった。

何故か、その部屋の最初の陳列ケースには、自決した将軍たち(本庄繁、阿南惟幾、大西滝治郎)の写真と辞世の句が飾られている。今、考えてみると、この見学の流れは、多くの犠牲者を出した敗戦の責任を自決という形で取った代表として、この将軍たちの自決を先ず導入部に持ってきたのではないか、と考えられる。

この三人以外にも、多くの将軍たちが敗戦を機に自決をした。例えば、杉山元陸相・参謀総長は夫婦で自殺した。田中静壹大将は終戦時のクーデターを未然に防いだ上で自決した。しかし、この三人はそれぞれ別格の理由があるのだろう。

本庄繁大将は満州事変のときの関東軍司令官であった。この事変からあの15年にわたる長い戦争が始まった訳だ。阿南惟幾陸相はポツダム宣言受諾を決定した御前会議の直後に自決をした。ここで一応戦争が終わった訳だ。大西滝治郎中将は神風特攻隊の立案者であったと言われている。彼は自ら送り出した何千人の若い特攻隊員の後を追ったのである。駆けつけた医者には、「生きるようにはしてくれるな」と言ったそうで、遺書には「吾死をもって旧部下の英霊とその遺族に謝せんとす」(『昭和史の軍人たち』秦郁彦)とあった。僅かながら、遊就館の戦争責任への配慮の一端がこの陳列の配置に見て取ることができる。少し姑息だが、国自体が戦争責任の説明をしていないのであるから、やむを得ないことだと思う。

選挙で勝ったからと、間髪入れずに結党以来の願望である憲法改正に乗り出す。それなら、日本が何故戦争をし、何故戦争を止められなかったかを、国として明らかにしてから、憲法改正の論議をしてもらいたいものだ。

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ハワイ陸軍博物館

2013-05-03 00:45:00 | 歴史

最近、憲法論議が盛んになってきた。まさか、96条から来るとは。議論が熱くなってしまう9条を避けたのだろう。自民党のやり方はいつもずる賢い。

ところで、戦争に関する博物館は、日本には少ない。負けたからだろう。アメリカは多そうだ。先日ハワイにいった時に、陸軍博物館に行った。料金は無料であった。でも、1ドルくらいは寄付したけど。

民間のボランティアの人たちによって運営されているようだった。受付で、お爺さんが私に厚い本を指差して、勧めてくれた。No thank you. it’s very heavy. と言ったら、妙に解ってくれた。私はただ本が重そうだから、買うのが嫌だったのだが。千人針と日本刀に対して高性能機関銃と手榴弾が対比されていた。山本五十六の写真もあった。日本との戦争ばかりではない。ベトナムもあったし、中東関係もあった。要するにコレクションルームだ。日本も過去の対戦国の一つであった。

日本には靖国神社に『遊就館』がある。二度ほど行ったが、何がテーマなのか、よく解らない。今度、話をしょう。

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ブツブツ

2013-02-07 23:28:50 | 歴史

高知の駅には大きな坂本竜馬の像がある。だが我々の知っている竜馬は司馬遼太郎の竜馬であろう。徳川家康は山岡荘八の家康であり、宮本武蔵は吉川英治の武蔵であろう。たぶん歴史は後代の者が創るものなのだろう。

人間の記憶などあてにならないものである。時間が経てば、自分のいいように記憶を書き換えてしまうものだ。歴史は古いものほど解からない。しかし、日本の歴史教育は古いものから始める。邪馬台国が何処にあるのか解からないのに、その辺りから始まる。まだ記録が残されている近代から、近世、中世、古代へと遡って歴史を見たほうが良いのではないか。

かつて日本は遅れてきた帝国主義国家であって、時の軍部の専断で東アジアの多くの国に迷惑をかけた。最近の中国を見てみると、これも遅れて来た膨張主義国家であるような、時代遅れの共産党か人民軍か、どちらが先導しているか判らないが。

両者の共通した欠点は、国を動かす指導者たちが如何せん経験不足を自覚せず、野望と自尊心だけが先走りしているようだ。日本が冷静であるためにも、日本人は自らの恥かしい過去を振り返る勇気が求められている。今日の私は少し真面目過ぎたようだが、・・・。

 

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