元 黒龍江大学日本語教師   

元黒龍江大学日本語教師としての思い出などを写真を交え、日記風に綴っていくもの。(No.812からは、故郷新潟から発信中)

黒龍江大学日本語教師No.163

2010年10月17日 | 日記
「三江平原の旅」のお話。(その2)「佳木斯駅」からマイクロバスで「三江平原」のロシア国境近くまで片道約500Kmの旅が始まった。この間、道路の両側は一面の畑だ。私がバスの車窓から見ていて、一番栽培面積の広い作物が「とうもろこし」。次に「米」そして「大豆」、「高粱」と続いていた。「国慶節」の時期、「とうもろこし」と「米」は収穫作業の真っ最中で、大型の刈取機が大規模な耕地を活躍中だった。

私たちは機械で刈り取った「米」が山のように積まれている集荷場を見学した。天日で数日干した後、大型車で精米所に直送され製品になるとのこと。それにしても農業県である新潟県の更に先を行く高度に機械化された大規模な収穫作業だ。現地を案内していただいた地元農業関係者のお話によると、今年は天候が良く、高温の日が続いた結果、「米」は例年より一週間ほど早く収穫時期を迎えており、多くの水田では既に稲刈り作業が終わっているとのことであった。

最近では、「大豆」から販売価格の高い「米」へ転作するケースが増えているとのご説明があった。農業収入の安定確保は、どこの国でも共通した課題だ。昼食では、ここで収穫したばかりの「新米」を地元の農業関係者の特別のご配慮により、食べさせていただいた。日本で有名なお米、新潟県の「魚沼産コシヒカリ」を毎日食べていた私の舌には、ここでの「新米」はやや物足りなかった。しかし当然のこことはいえ「新米」の味がするとともに、久しぶりに味わう「新米」はおいしかった。「コシヒカリ」は天候の影響や栽培技術が難しいため、ここでは作付けしていないとのこと。


どこまでも続く「三江平原」


収穫されたばかりの「米」の山


炊きたての「新米」