元 黒龍江大学日本語教師   

元黒龍江大学日本語教師としての思い出などを写真を交え、日記風に綴っていくもの。(No.812からは、故郷新潟から発信中)

No.1.338  「年賀状とブロク開設」のお話。

2014年01月01日 | 日記

「年賀状とブロク開設」のお話。    皆様、新年明けましておめでとうございます。私はこれまで「元黒龍江大学日本語教師」という名前でブログを掲載してきました。原則、毎日掲載することにし、No.1からNo.1.337まで連続して掲載することがきました。しかし、「黒龍江大学日本語教師」を退職してから長い年月が経過したことなどに伴い、話題が黒龍江大学から離れたものが多くなりました。

無職となった最近では「黒龍江大学日本語教師」時代と比べると学生と一緒に過ごすことも殆どなくなり、それに伴い面白い「イベント」や話題性のある「出来事」など、プログに掲載できる話題も少なくなりました。間もなく「67歳」を迎える私にとって、平凡な毎日を過ごすことも多くなり、今後、毎日書き続けるほど変化に富んだお話もないかもしれません。

そこでこの度ブログの名称を「元黒龍江大学日本語教師」から「故郷≪新潟≫の日々」に改め、再出発することになりました。引き続き、皆様からのご支援、ご協力をよろしくお願いいたします。 

これに伴い新しい「メールアドレス」は⇒   http://blog.goo.ne.jp/shige1947311  となります。    

 

《贺年片和开通博客》 

大家新年好。到,我<教师�囲>11337�偕开教师的博客的�偕  

 我不工作{当教师时候},{能的}�晦67,我{以前那样�悪} 

原龙江大学日语教师故乡-新潟的点点滴滴。我今后:   

 

这是改变后新的网址:⇒    http://blog.goo.ne.jp/shige1947311 


「ブロク開設」       今年の私の年賀状

 

「ブロク開設」       中国語教室の仲間と記念写真。

「ブロク開設」       英会話教室の仲間と記念写真。

 


No.1.337  「最終回・《中国語教室》の忘年会」のお話。

2013年12月31日 | 日記

「最終回・《中国語教室》の忘年会」のお話。      私は火曜日に開催された《英会話教室》の忘年会に続き、翌日の水曜日に「《中国語教室》の忘年会に参加した。12月は旅行や忘年会が続いたため、疲労などが重なり、やや風邪気味で体調もイマイチの状態であった。この日も町医者から診察してもらって会場に駆けつけた。しかし年に1回開催の仲間との「忘年会」を欠席する訳にはいかなかった。

この日の《中国語教室》の忘年会の会場は新潟市中央区古町9番町の「おばんざい家≪穂≫」というお店。このお店は《中国語教室》の講師である黒龍江省ハルビン市ご出身の孫犁冰先生から推薦していただいた評判の日本料理店であった。「おばんざい」とは≪お番菜、お晩菜、お万菜≫とも書き、昔から京都の一般家庭で作られてきた「惣菜」の意味で使われる言葉であるという。

正に≪おふくろの味≫がテーブルの上に並んだ。この日は《中国語教室》の現役会員のほか、懐かしい「OB」の皆さんからも集まっていただいた。ビールで乾杯したあと、新潟の地酒「八海山」で乾杯が始まった。私は体調を考えて孫犁冰先生と同じ「烏龍茶」のホットを注文した。体調不良のため誠に残念であったが、私は≪2時間≫の「飲み放題コース」を途中で退席することになった。

私としては健康に留意し、年末年始を過ごすことにしたい。長い間、私の「ブログ」をご愛読いただき、叱咤激励していただいた皆さんに心から感謝申し上げたい。皆さん、どうか良いお年をお迎えください。

 

黒龍江大学の前で、ご支援、ご協力いただいた皆様方に手を振る筆者。   皆様、本当にありがとうございました。 


追伸 ⇒ 私のブログ「元黒龍江大学日本語教師」は今回で終了します。長い間、ご愛読いただき心から感謝申し上げます。 明日(2014年1月1日)からブログの名称を「元黒龍江大学日本語教師」から「故郷≪新潟≫の日々」に改め、再出発することにしました。引き続き、皆様からのご支援、ご協力をよろしくお願いいたします。 

これに伴い新しい「メールアドレス」は⇒   http://blog.goo.ne.jp/shige1947311  となります。 


「《中国語教室》の忘年会」は講師の孫犁冰先生から推薦していただいた日本料理店で開催された。

「《中国語教室》の忘年会」      新潟市中央区古町9番町の「おばんざい家≪穂≫」というお店の入口。

「《中国語教室》の忘年会」    ≪おふくろの味≫が次から次へと運ばれてきた。

「《中国語教室》の忘年会」

「《中国語教室》の忘年会」

「《中国語教室》の忘年会」

「《中国語教室》の忘年会」

「《中国語教室》の忘年会」

「《中国語教室》の忘年会」

「《中国語教室》の忘年会」

「《中国語教室》の忘年会」

「《中国語教室》の忘年会」

「《中国語教室》の忘年会」


No.1.336  「《英会話教室》の忘年会」のお話。

2013年12月30日 | 日記

「《英会話教室》の忘年会」のお話。    時間の経つのは本当に早いもので、今年もあと2日となってしまった。12月といえば「忘年会」の季節でもある。その12月に入り、私も還暦野球チームや新潟県庁野球部の「忘年会」などに参加させてもらった。あと残っている「忘年会」は《英会話教室》と《中国語教室》の2つのみとなった。

毎週火曜日の夜、7時から開催されている《英会話教室》には、イギリス人のスティーブ先生を講師にして約10人弱のメンバーが登録して活動している。この日はスティーブ先生を囲んで総勢8人のメンバーが新潟市中央区東堀6のフランス料理店の「SORA」というお店に集合した。この料理店は人気の高いお店らしく、入口には「本日満席」の札が立てられていた。

私たちは最初に「生ビール」で乾杯したあと、魚料理に合わせ「白ワイン」を注文した。出された「白ワイン」はフランス製ではなく、味のまろやかなスペイン製のものであった。勿論、会話は世界共通語の“英語”中心で進められた。私の左横にスティーブ先生が座られた関係もあり、時々出てくる意味の分からない単語はその場で直ぐに“電子辞書”で調べることになった。

美味しいフランス料理を食べながら、最後は肉料理に合わせ「赤ワイン」で乾杯することになった。仲間と一緒の楽しい時間は本当に早く過ぎるものである。2時間の「飲み放題コース」が時計を見ると3時間を経過していた。


追伸 ⇒ 私のブログ「元黒龍江大学日本語教師」は最終回まであと≪1回≫となりました。


「忘年会」     私たちは最初に「生ビール」で乾杯したあと、魚料理に合わせ「白ワイン」を注文した。

「忘年会」            正面の4階建てのビルの2階が会場の会場の「SORA」。

「忘年会」                  「SORA」の入口。

「忘年会」         この料理店は人気の高いお店らしく、入口には「本日満席」の札が立てられていた。

「忘年会」

「忘年会」         美味しいフランス料理が次から次へと運ばれてきた。

出された「白ワイン」はフランス製ではなく、味のまろやかなスペイン製のものであった。

「忘年会」

「忘年会」

「忘年会」

「忘年会」

「忘年会」    美味しいフランス料理を食べながら、最後は肉料理に合わせ「赤ワイン」で乾杯することになった。

「忘年会」

「忘年会」

「忘年会」

「忘年会」    2時間の「飲み放題コース」が時計を見ると3時間を経過していた。最後に出された紅茶。


No.1.335  「雪」のお話。

2013年12月29日 | 日記

先日、久し振りに妻の故郷である十日町市へ高速道路を利用して行ってきた。十日町市は毎年多くの積雪を記録する新潟県の中でも特に豪雪地帯のひとつとして知られている。12月に入って新潟市のほぼ中心部にある我が家の周辺では≪1㎝≫ほどの積雪を記録した日はあったが、特に除雪を必要とする降雪量でもなかった。嬉しいことに我が家の除雪用の“スコップ”も出番がない日が続いている。

雪のない新潟市内の中心部を出発し、高速道路を約20分ほど走ると道路脇に白い雪が見えてきた。通常、高速道路は時速「100km」で走れるが、この日は降雪のため、時速「80km」の標識が出ていた。また、長岡市を過ぎた一部の区間では時速「50km」の速度制限がされていた。小千谷市に入ると路肩に集められた「雪」を除雪車が道路外に勢いよく飛ばしている光景を見ることができた。

越後川口インターで高速道路を降り、一般道路に入ると屋根の上や田んぼには≪約30㎝≫以上の積雪が見られた。地元の人にお聞きしたら、ここ3日ほど断続的に「雪」が降っているとのこと。目的地の十日町市付近では道路の両側には雪の壁ができており、ここでも除雪車が除雪作業に精を出していた。十日町市内の道路には消雪パイプが設置され、融雪するため“地下水”を散水した場所も見られた。

私達が名物「十日町そば」を食べ休憩した千手温泉≪千年の湯≫の入口には、温泉の“お湯”を使って融雪している贅沢な光景も見られた。無雪の新潟市から車で約1時間30分程走ると日本でも有数な豪雪地帯の「雪」を見ることができるのである。


追伸 ⇒ 私のブログ「元黒龍江大学日本語教師」は最終回まであと≪2回≫となりました。


「雪」                             高速道路を約20分ほど走ると道路脇に白い雪が見えてきた。

「雪」          高速道路を走り続けると雪の量もだんだんと増えてきた。

「雪」

「雪」


小千谷市に入ると路肩に集められた「雪」を除雪車が道路外に勢いよく飛ばしている光景を見ることができた。

「雪」         この山本山トンネルを抜けると更に雪が多くなった。

「雪」

「雪」

「雪」           長岡市を過ぎた一部の区間では時速「50km」の速度制限がされていた。

「雪」

越後川口インターで高速道路を降り、一般道路に入ると屋根の上や田んぼに約30㎝以上の積雪が見られる。

「雪」

「雪」

「雪」  目的地の十日町市付近では道路の両側に雪の壁ができており、ここでも除雪車が除雪作業に精を出していた。

「雪」

「雪」

「雪」


「雪」

「雪」

「雪」    目的地の十日町市付近では道路の両側に雪の壁ができていた。

「雪」

「雪」

「雪」       道路には消雪パイプが設置され、融雪するため“地下水”を散水した場所も見られた。

「雪」        赤い「南天」の実が白い雪に映えていた。

「雪」          歩道の雪を除雪した個所。

「雪」

「雪」          歩道の雪を除雪した個所。

「雪」

「雪」         千手温泉≪千年の湯≫の入口には、温泉の“お湯”を使って融雪している光景も見られた。

「雪」        温泉の“お湯”を使って融雪しているため、湯気が上がっている。

「雪」       千手温泉≪千年の湯≫の「休憩所」兼「食堂」。温泉に入り、ゆっくりとくつろぐ人々。

「雪」          久し振りに食べた十日町名物の小嶋屋の「へぎそば」と「天ぷら」。

「雪」

「雪」          除雪作業に威力を発揮するショベルカー。

「雪」

「雪」        十日町名物の「そば」の小嶋屋本店。

「雪」

「雪」      地元の人のお話では、この雪は来年の雪解け時期まで解けない「根雪」になるという。


No.1.334  「拉致」のお話。

2013年12月28日 | 日記

「拉致」のお話。     先日、久しぶりに新潟市の新しい観光スポットとなっている「新潟日報メディアシップ」に立ち寄った。私は新潟市内の冬景色を展望するため、この建物の最上階である“20階”に上がった。ここからは360度、新潟市内が見渡せる絶好のスポットとなっている。天気が良ければ雪を被った白い山々や日本海に浮かぶ佐渡島が見えるはずである。しかしこの日は残念ながら小雨が降っていた関係上、遠くの景色まではハッキリと見ることができなかった。

この日は“20階”のフロアで「北朝鮮人権侵害問題啓発週間」にあわせ、拉致問題を啓発する「パネル展」が開催されていた。パネルには拉致される前の家族一緒に楽しい日々を過ごされた写真が展示されていた。1977年に横田めぐみさんが、1978年には蓮池薫さんご夫妻と曽我ミヨシさん親子が新潟県内の海岸からそれぞれ拉致されるという事件が発生した。

特に新潟市立寄居中学校の横田めぐみさんが拉致された現場は我が家から自転車で15分程度のところにあり、以前、私はよくこの場所を通ったことがある。この拉致された3組のうち3人は日本に帰国することができたが、まだ帰国できない拉致被害者も多い。「パネル展」の会場には市民団体の≪救う会≫の「生きているのになぜ助けられない 政府は全力で今年中に すべての拉致被害者を救出せよ!」と書かれた旗が設置されていた。

拉致被害者のご家族の高齢化を思うにつけ、本当に1日も早く日本のご家族の元に戻ってきてほしいと願っている。


追伸 ⇒ 私のブログ「元黒龍江大学日本語教師」は最終回まであと≪3回≫となりました。


新潟市の新しい観光スポットとなっている「新潟日報メディアシップ」に立ち寄った。

「拉致」    この建物の最上階である20階からは360度、新潟市内が見渡せる絶好のスポットとなっている。(北側)

「拉致」         新潟市のシンボル「萬代橋」の先には日本海があり、その先に北朝鮮がある。   (西側)

「拉致」                                                          (南側)


「拉致」                                                          (東側)


「拉致」             会場に展示されていたパネル。

「拉致」

「拉致」

「拉致」        「救う会」が立てた旗。

「拉致」            展示会場と拉致被害者救出の署名活動をしている人々。(右奥)

「拉致」

「拉致」

「拉致」

「拉致」

「拉致」

「拉致」

「拉致」         パネルには拉致される前の家族一緒に楽しい日々を過ごされた写真が並んでいた。

「拉致」           

「拉致」

「拉致」

「拉致」

12月下旬の新潟市内は「クリスマス」の飾りから「正月」の飾りへ模様替えした。        (12月27日撮影)

12月下旬の新潟市内は「クリスマス」の飾りから「正月」の飾りへ模様替えした。        (12月27日撮影)

12月下旬の新潟市内は「クリスマス」の飾りから「正月」の飾りへ模様替えした。        (12月27日撮影)