金銭を着服・横領したり出張旅費や通勤手当を不正取得したりする。
1 事情聴取
金銭の不正取得が疑われる場合,本人の説明なしでは不正行為がなされたかどうかが分かりにくいことも多いため,まずは本人からよく事情聴取して下さい。事情聴取に当たっては,事情聴取書をまとめてから本人に署名させたり,事情説明書を提出させたりして,証拠を確保します。
事情説明書等には,問題となる「具体的事実」を記載させることが重要です。本人提出の事情説明書等に「いかなる処分にも従います。」と書いてあったとしても,問題となる具体的事実が記載されておらず,具体的事実を立証できないのであれば,懲戒処分や解雇は無効となるリスクが高くなります。
本人が提出した事情説明書等に説明が不十分な点や虚偽の事実や不合理な弁解があったとしても,突き返して書き直させようとしたりせず,そのまま受領し,追加の説明を求めるようにして下さい。せっかく提出した書面を突き返したばかりに,必要な証拠が不足して,訴訟活動が不利になることがあります。虚偽の事実や不合理な弁解が記載されている書面を確保することにより,本人の言い分をありのまま聴取していることや,本人が不合理な弁解をしていること等の証明もしやすくなります。
2 配置転換
当該業務に従事する適格性が疑われる事情があれば,配置転換を検討します。賃金額が減額されない配置転換であれば,明らかに嫌がらせ目的と評価できるようなものでない限り,無効にはなりません。
管理職を外れて役職手当が支給されなくなることなどにより,賃金額が減額される場合には,降格等の配置転換に同意する旨の書面を提出させるとよいでしょう。同意書を提出した場合には,懲戒処分の程度を検討する際にプラスの情状として考慮することになります。
同意書を提出しない場合には,事実を十分に調査し,証拠により客観的に認定できる不正行為の内容・程度・情状に応じた配置転換,懲戒処分,解雇等を粛々と行うほかありません。
3 懲戒処分
不正があったことが証拠により客観的に認定できる場合は,不正行為の内容・程度・情状に応じた懲戒処分を行います。不正が疑われるだけで,証拠により客観的に不正行為が認定できない場合は,懲戒処分を行うことはできません。
懲戒処分の程度を決定するに当たっては,故意に金銭を不正取得したのか,単なる計算ミス等の過失に過ぎないのかの区別が重要な考慮要素となります。社員が故意に金銭を不正取得したことが判明した場合は,懲戒解雇することも十分検討に値します。ただし,不正取得した金銭の額,会社の実質的な損害額,懲戒歴の有無,それまでの会社に対する貢献度,反省の程度等によっては,より軽い処分にとどめるのが適切な場合もあります。過失に過ぎない場合は重い処分をすることはできないケースがほとんどなので,注意指導,始末書の提出,軽めの懲戒処分などにより対処することになります。
4 自主退職を申し出られた場合の対応
本人が自主退職を申し出た場合に,懲戒解雇・諭旨解雇等の退職の効力を伴う懲戒処分をせずに自主退職を認めるかどうかは,
① 重い懲戒処分をして職場秩序を維持回復させる必要性
だけでなく,
② 自主退職を認めた方が紛争になりにくいこと
③ 懲戒解雇・諭旨解雇等の退職の効力を伴う重い懲戒処分をした場合は紛争になりやすく,訴訟で懲戒処分が有効と判断されるためのハードルが高いこと
④ 懲戒解雇に伴い退職金を不支給とした場合は紛争になりやすく,訴訟においては懲戒解雇が有効であっても,退職金の一部の支給が命じられることが多いこと
等も考慮して,冷静に判断して下さい。
5 退職勧奨する際の注意点
「このままだと懲戒解雇は避けられず,懲戒解雇だと退職金は出ない。懲戒解雇となれば,再就職にも悪影響があるだろう。退職届を提出するのであれば,温情で受理し,退職金も支給する。」等と社員に告知して退職届を提出させたところ,実際には懲戒解雇できるような事案ではなかったことが後から判明したようなケースは,錯誤(民法95条),強迫(民法96条)等の主張が認められ,退職が無効となったり,取り消されたりするリスクが高いところです。
懲戒解雇できる事案でもないのに,懲戒解雇の威嚇の下,不当に自主退職に追い込んだと評価されないようにして下さい。退職勧奨のやり取りは,無断録音されていることが多いということにも留意して下して下さい。
6 不正取得した金銭の返還方法
不正に取得した出張旅費等の金銭は,「書面」で返還を約束させ,会社名義の預金口座に振り込ませるか現金で現実に支払わせるのが望ましいところです。賃金から天引きすると,賃金全額払いの原則(労基法24条1項)に違反するものとして,天引き額の支払を余儀なくされることがあります。
賃金減額により実質的に不正取得された金銭を回収する方法は,賃金減額の有効性に問題が生じることがありますし,退職されてしまった場合には回収が困難となるといった問題もありますので,正攻法とはいえません。
7 身元保証人に対する損害賠償請求
社員に対し損害賠償請求できる場合であっても,身元保証人に対し同額の損害賠償請求できるとは限りません。裁判所は,身元保証人の損害賠償の責任及びその金額を定めるにつき社員の監督に関する会社の過失の有無,身元保証人が身元保証をなすに至った事由及びこれをなすに当たり用いた注意の程度,社員の任務又は身上の変化その他一切の事情を斟酌するものとされており(身元保証に関する法律5条),賠償額が減額される可能性があります。