北海道昆虫同好会ブログ

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シボリアゲハ亜種群と近縁種たちの概観

2017-02-18 12:46:44 | 採集記・旅行・写真
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シボリアゲハ亜種群と近縁種たちの概観

  朝日純一


昨年(2016年)のミャンマー行きは本来なら2015年に行こうとして2014年9月の大手町フェアの会場でタケパラダイスカンパニーの竹中和彦さんに打診した。


ところが、翌年のツアーは既に定員(竹中さん以外に7名)一杯の申込みがあって「再来年(2016年)なら・・・」ということで実現した。


昨年のツアーメンバー7名のうちの2名は一昨年に続いての連続参加であった。


これは竹中さんが「いつもの9月中旬のツアーだと♂は多くいるが♀が少ないので、♀が多く見られる9月末に行こう」と計画したことに負うが、やはりシボリアゲハという蝶が日本に棲息しないにもかかわらず、その色彩斑紋が日本で随一の人気種ギフチョウに相似していることから、この蝶に親しみや憧れの気持ちを抱いている日本の蝶愛好家が多いことを物語っているであろう。


竹中さんによれば今秋(2017)のツアーももちろん満杯だという。


私は1983/84年の米国留学終了後の帰途、カンタス航空の南太平洋路線でタヒチ、フィジーなどを廻りそれまで追いかけてきたリュウキュウムラサキを採集したのを最後に、折からのバブル経済の進行とともに仕事が忙しくなって海外遠征を中断。


再開したのは独立して自前の法律事務所を開業した1990年に初めてサハリン(樺太)に遠征した年まで飛ぶことになる。


以来四半世紀以上、私の興味はサハリンを中心とする旧北区の蝶に注がれることになった。


しかし、還暦を過ぎ、歳の近い同好者の物故者も次第に増え、人生の終盤を嫌でも意識せざるを得ない時期を迎えると、「一度は生きて飛んでいる姿を見たい」と思っていた蝶たちに元気なうちに会いに行っておきたいとの考えが次第に強くなり、その皮切りに選んだのがシボリアゲハであった。


先にも書いたが、シボリアゲハはギフチョウに色彩斑紋が相似していて、しかも3本の尾状突起を有するその優雅な姿から、トリバネアゲハ、モルフォチョウ、アグリアス(ミイロタテハ)と並ぶ日本人の間で普遍的に人気が高い海外美麗種であるといえよう。

こうした蝶への探訪を実現するには、時間、お金、体力の3つが揃っている時期に決断しなければならない。


私のミャンマー行きはこの「人生の思い出づくり」の第一弾として選択したものであった。



最後に今回感激の遭遇を果たしたシボリアゲハについて若干概説めいたことを記して探訪記の締めとしたい。


サハリンフリーク、旧北区フリークの私はシボリアゲハについての薀蓄がないので、Wikipediaおよび有名な坂口浩平著「図説世界の昆虫5ユーラシア編」の記述に多く負うことを予めお断りしておく。


シボリアゲハが世界の蝶界に登場したのは1868年(明治維新の年)にブータンBhutanの標高約1500m~1800mのBuxa近郊で当時の英領インドのベンガル軍所属のリダーデイルR.Lidderdale博士による初記録である。


彼は1872年にも2頭を同じ場所から追加し、そのうちの1♂がW.S.Atkinsonの許に送られ、彼はその標本を模式としてArmandia ledderdaliiというリダーデイルに献名した新種のアゲハチョウとして記載した。



原記載(Atkinson, 1873)で図示されたシボリアゲハ♂のイラスト



その後1886年から1890年にかけてH.J.Elwesはこの蝶を得るため3回にわたって現地人の採集隊をBuxaに送ったが、最初の採集隊はBhotiasつまりブータンの山賊の略奪にあい、2回目は熱病に侵されて隊員の1人が死ぬという事態となり、3回目は隊員が虎に襲われて逃げ帰るという散々な経過でいずれも失敗に終わった。


後日ニヴェットA.V.Knyvettoという現地警察の捜査官がこの蝶を採集してElwesに送り、ようやく彼は目的を達成したとThe Fauna of British India, Including Ceylon and BurmaにタルボーG.Talbot (1939)が実話として記している。



前記のElwes(1891)は、「この蝶は樹上を飛翔するが、時に地上にも降りる。後翅の深紅色の斑紋は思いの外目立たず、一度見失うと再度発見するのは難しい」と記しているが、私の昨年の経験では、肛角部の紅色紋がよく目立ち、黒い蝶というよりは赤い妖精が優雅に舞い飛ぶ印象を受けた。より紅色紋が発達し、飛翔も緩やかな♀が多い時期であったからかもしれない。



シボリアゲハBhutanitis lidderdalii は原記載地のブータンからインド北西部(Assam, Sikkim, Manipur and Nagaland)、ミャンマー北部、タイ北部、ベトナム北部、そして中国南西部の雲南と四川の一部に分布しており、成虫は概ね8月後半から10月前半にかけて飛翔する。登攀性のウマノスズクサの一種を食草としており、昨年のミャンマーでも雌雄ともこの食草がまとわりついて繁茂するカシなどの喬木の樹上を旋回する姿が多く見られた。



これまで以下の4つの亜種が記載されている。(地名はtype locality)



B. lidderdalii lidderdalii Atkinson 1873 - (nominate) Buxa, Bhutan
B. lidderdalii spinosa Stichel, 1907 - Sichuan, China
B. lidderdalii ocellatomaculata Igarashi, 1979 - Chiang Mai, northern Thailand
B. lidderdalii nobucoae Morita, 1997 - north Kachin, Myanmar



今回私が出向いたミャンマー・チン州北部の個体群(fig.176)は、アッサムやナガ高地の続きで原名亜種(fig.177上)に該当する個体群が棲息するとされる。

原名亜種(fig.176)




(fig.177)







これらのうち、タイの亜種ssp.ocellatomaculata Igarashi, 1979 (fig.178)は棲息地Mt.Chendao周辺の過開発と乱獲などにより30年以上前に絶滅したとされる。




また、ミャンマー東北部のssp.nobucoae Morita, 1997(fig.177下) は四川から記載されたssp.spinosa Stichel, 1907 のsynonymとして取り扱われることが多い。



因みにシボリアゲハ属Bhutanitisには上記のシボリアゲハの他に以下の3種が知られる。


B. ludlowi Gabriel, 1942 ブータンシボリアゲハ
B. thaidina Branchard, 1871 シナシボリアゲハ
B. mansfieldi Riley, 1933 ウンナンシボリアゲハ


ブータンシボリアゲハは、1933-35年にブータン東部のTranshiyangsi渓谷の標高2,100-2,400mの地域から3♂2♀の模式標本が得られてから80年近く再発見されず謎に包まれていたが、近年再発見された。


さらにブータンに隣接するインド北部からも棲息地が見つかり、日本に標本がもたらされている(fig.179)。

B. ludlowi Gabriel, 1942 ブータンシボリアゲハ(fig.179)

この蝶とシボリアゲハは極めて近縁な種で、場所・時期ともに完全に混生するが、産卵習性(ブータンシボリアゲハは、あたかも蛾の産卵のように多数卵をこんもりと塊状に産卵する。)などの生態も成虫の概観も両種の間には明確な区別点が指摘されている。





B. thaidina Branchard, 1871  シナシボリアゲハ(fig.180)とウンナンシボリアゲハ(fig.181)はいずれも中国南西部特産で、外部形態も前2種とは大きく異なっており、のみならず発生期が4月〜7月と他の2種とは大きく異なる。


B. thaidina Branchard, 1871   シナシボリアゲハ(fig.180)



B. mansfieldi Riley, 1933   ウンナンシボリアゲハ(fig.181)



私は首尾よく昨年のツアーで「憧れの蝶」であったシボリアゲハ探訪の目的を達することができたので、残された時間と自分の興味の方向性などの要因を考えると、また再びこの蝶に会いにいく機会を持つことはないと思う。



しかし、あの霧に煙るミャンマーの原生林の上から、真紅の紋を誇示するように優雅に私の眼の前に舞い出てきた姿を見たときの感激はいつまでも決して私の脳裏から離れないであろう。



                朝日純一(2017.02.17)



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