l'esquisse

アート鑑賞の感想を中心に、日々思ったことをつらつらと。

ハンブルク浮世絵コレクション展

2010-12-05 | アート鑑賞
太田記念美術館 2010年10月1日(金)-11月28日(日)

*会期終了



本展のご紹介はこちら

「特別展 日独交流150周年記念」と謳ってあるが、今年は1860年にプロイセンの東アジア遠征団が江戸沖に来航して以来続く、日独交流150周年の記念の年だそうだ。

サイトの説明によると、ハンブルク美術工芸博物館は収蔵品100万点を超えるドイツでも有数の博物館で、日本美術のコレクションは約1万点を数え、うち2000点が浮世絵作品となっている。そこに「代々の資産家で、ほとんど自宅から出ることなく生涯を浮世絵収集と研究にささげ、膨大なコレクションを築き上げた」という人物、故ゲルハルト・シャック氏が遺贈したコレクションが加えられ、5000点を超える浮世絵を所蔵することに。今回はその中から、ほとんどが本邦初公開となる200点が里帰りとのこと。

ご存知の通りこの美術館はとてもこじんまりとしているので、本展は3期に分けられ、作品はほぼ期ごとに入れ替え。私は例によって最後の3期目しか観られなかったが、有名どころの作品のみならず希少価値の高い摺物の優品や下絵等の資料など、見応えのある展覧会だった。

本展の構成は以下の通り:

Ⅰ 優品に見る浮世絵の展開
   1.初期浮世絵版画の世界
   2.錦絵の完成
   3.錦絵の黄金時代
   4.多彩な幕末の浮世絵
Ⅱ 希少な摺物と絵暦
Ⅲ 美麗な浮世絵の版本
Ⅳ 肉筆画と画稿、版下絵
Ⅴ 参考作品


では、構成ごとに目に留まった作品を挙げておきたいと思います:

『酒呑童子』 菱川師宣 (1680年頃)



部分

墨一色の摺絵。古浄瑠璃の酒呑童子を基に制作された19枚からなる組物で、全19枚が揃っているのはハンブルク美術館のみとのこと。大きく三つのシーンに分かれているようで、私が行った時は源頼光の酒呑童子退治の場面。大きな角を二本生やした鬼のような酒呑童子が首をスパン!と切られ、その首が台車に載せられて運ばれていく。現代の漫画に通ずるとも思える戯画的作品だけれど、線描の強弱が効いていてなかなか美しい画世界でした。

『風流浮絵 そなれ松』 西村重長 (1744~51年頃)

須磨に暮らす姉妹が、この地に流された在原行平と出会って恋に落ちるも3年後に行平が都に戻ってしまい、いつまでも悲嘆にくれたという物語からの主題。遠近方の効いた奥行きのある屋敷の縁側で、3人でまったりとお酒を飲んでいる。でも庭に目をやると、松の木の枝に行平のものと思しき烏帽子と衣がかかっていて、彼が去っていくことが暗示されている。3人とも穏やかな表情だが、これは別れの日に酌み交わす最後のお酒なのだろうか、と想像するとちょっと切ない。

『水茶屋の二代目市川門之助と初代尾が身松助』 勝川春潮 (1781~89年頃)



男性二人のなで肩とひょろ長い身体。浮世絵版マニエリスムみたい?

『成田屋三舛 六代目市川団十郎の荒川太郎』 東洲斎写楽 (1794年)



写楽と聞いてまず浮かぶような役者の大首絵。扇子を握りしめ、口元をキリッとしめて寄り目を作る。青緑の着物の色もきれい。

『江戸名物錦画耕作』 喜多川歌麿 (1803年頃)

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錦絵の制作工程を、稲作になぞらえて構成したものだそうだ。画像にはないが、右側には下絵を描いている女性がいて、ゆったり机に向かい、お茶まで出してもらっている。しかし左側は身の振り構わぬ肉体労働。ほっ冠りをした女性が大きな刷毛で紙に塗っているのは礬水(どうさ。膠と明礬を混ぜた液で、墨や絵の具がにじむのを防ぐものだそうだ)。木製の金槌で大きなノミを叩きながら彫る人、彫刻刀を研ぐ人、と錦絵作りも大変ですね。

『今様五人囃』 鳥居清峯 (1804~18)

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桜の木の下、おそろいの藤色の着物を着た艶やかな女性5人がお囃子を演奏している。着物の紫色のぼかし、白く浮き出る花びらなど、とても美しい色彩だった。

『諸国名橋奇覧 かめゐど天神たいこはし』 葛飾北斎 (1834年頃)



こんな急勾配の橋なんてありえないですよね~。解説に「観る者に緊張感を与えている」とあったけど、私は思わず笑ってしまいました。これじゃ降りる時なんてきっと滑り台。

『木曽海道六拾九次之内 須原』 歌川広重 (1836~38年頃)



突然の雨にあたふたと小屋(辻堂)に駆け込む人々。向うに見える馬に乗った人や木のシルエットなどがこの絵のアクセントになっているように感じるけれど、これは墨で描かれているらしい。

『冨士三十六景 武蔵小金井』(1858年5月)(左)と『名所江戸百景 浅草田甫酉の町詣』(1857年11月) 歌川広重

 

『冨士三十六景 武蔵小金井』は、左の桜の木の幹の裂け目からのぞく富士山(そして下方の裂け目からは川)という構図がおもしろい。川のブルー、土手の緑、そして空の濃紺、ブルー、桃、朱のグラデーション、と広重の色のエッセンスが凝縮。

『名所江戸百景 浅草田甫酉の町詣』は、何といっても猫の後ろ姿。人間の言葉はしゃべらずとも、動物の後ろ姿は表情が豊か(私は動物の後頭部にヨワイ)。窓の外の、一瞬雑木林かと見落としそうな真ん中の帯は、熊手を持った人の群れ。空には連帯を組んで飛んでいく渡り鳥。この白い猫も、もう年の瀬か、早いなぁ、なんて眺めているのでしょうか。

『八犬伝之内芳流閣』 歌川国芳 (1840年)



「南総里見八犬伝」の中でも浮世絵に多く取り上げられた名場面だそうだ。犬塚信乃と犬飼見八による芳流閣上での一騎打ち、とあるが、屋根の上で派手な大立ち回りを演じている犬塚信乃に向かって、長い棒の先にU字やT字などの武具がついた武器を手に犬飼見八の軍勢が襲いかかる。色彩も鮮やかだし、描き込みも密で、迫力満点。

『印顆・印肉と文具』 窪俊満 (1811年)



第Ⅱ章の希少な摺物と絵暦に出ていた作品。この章で最初に掛かっていた『印顆と印池』(北尾重政 1817年)を観た瞬間、主題といい、彫りの鮮やかさといい、明らかにそれまでの作品と違うクォリティで吸い込まれそうになったが、本作品もしかり。摺物とは、一般向けの売品ではなく、「プライベートな目的で制作された浮世絵版画の一種」で、制作コストに糸目をつけず、高級な紙、高価な絵具、入念な彫りや摺りが施されたものが多いとのこと。摺られた数も少ないから希少価値も高い。実物を観ないとわかりにくいと思いますが、この作品も彫りが繊細で、発色も美しく、非常に立体的な画面だった。

『七代目市川団十郎の暫』 桜川慈悲成 (1818~30年頃)



団十郎の隈取とそれに呼応する衣裳の紋様も決まっているが、どうしてもこの可愛い蝙蝠に目が行ってしまう。七代目団十郎は蝙蝠が好きで、着物の柄にも取り入れていたそうだ。

『桜下花魁道中図』 菱川春草 (1787~88年頃)



こちらは肉筆画。墨を基調としたほぼモノトーンの色調で、桜の木の下をたおやかに歩いて行く花魁の御一行が描かれている。着物や帯の紋様、二人の少女たちの髪飾りなど繊細な描き込みで、流麗ながら引き締まった画面に感じた。

『恵比寿と大黒』 河鍋暁斎 (1873~89年頃)

画稿というのはいわゆるデッサン画ですね。鑑賞者にとっては、こういう作り手の息遣いがダイレクトに伝わってくるものはとても興味深い。この暁斎の作品など、やっぱり上手いなぁ、と見入ってしまった。

『文台で浮世絵を見る美人』 歌川豊国 版木 (1795~96年)

浮世絵の版木というものを初めて間近に観た。ケースの中のこげ茶の版木を、横から角度を調整してのぞき込むと、確かに文台に頬杖をつく女性の姿が浮かび上がる。想像以上に深く、複雑な彫り跡。

以上、なかなかに多様な浮世絵の世界を楽しめました。