今年7月に15歳になった「彼」が先月初旬から突然歩けなくなった。その日は嘔吐もあり、食欲も一切なくなった。妻が後ろ足の異常な膨らみを発見し、かかりつけの獣医さんで診察して頂くと、後ろ足に溜まった大量の膿を絞り出して頂いた。それから投薬を続け、週一回の通院で少しずつ食欲も戻り、おぼつかない足取りながら散歩へも出掛けられるようになり、つい歩いただけでも吠えただけでも感動してしまう。
今回からおむつを着用するようになり、食事や水飲みには介添えが必要になり、リビングのフローリングは転倒防止用にマットを引き詰めた。その後も日によって症状が変わり、先日留守中に滑り止めのない場所では自力で立ち上がることが出来ず、もがいた結果、肌が擦れてしまい、包帯でぐるぐる巻きになってしまったり、リビングを徘徊する際に、ソファや家具の隙間に顔が挟まり外れなくなることが度々あり、角のない円形プールを置いたのだが、プール内が排泄物だらけになったり、敷いていたペットシーツの破片が胃の中から出て来たり、連日予想外のことが起き、本日二台目の清掃しやすいプールを注文したと妻から連絡が入った。日々あれこれ対策を考えている。
徘徊、介添え、転倒、おむつ、誤飲など人間年齢で先輩である76歳の「彼」からは「この姿をよく見ておいてね」とまるで20年後の私の姿を示してくれているようにも思える。先日孫用に設置してある階段上のベビーゲートが開いていた瞬間に階段から転落した。孫用から「彼用」になり、もう少ししたら私の徘徊防止用に、プールは私の入浴用に使うかも知れない。
以前テレビで現役を引退した競争馬たちが余生を過ごす牧場の特集があり、その中で飼育員さんが「生きることをあきらめる馬を見たことがない」との言葉が印象的だったのだが、「彼」もしっかりあきらめずにいる。転んでも転んでも起き上がろうとするし、歩こうとしている姿を見る度に、あそこが痛いここが痛い、辛いとか苦しいとか言う自分が恥ずかしくなる。
間もなく二ヶ月となるが、日によってしっかりとした足取りで歩いたり、終日ベッドの上でぐったりと横たわっている日もあり、一進一退を繰り返している。ただこれはコロナ禍で学んだ「(感染者数に)一喜一憂しない」の心掛けが役立っている。さてさて明日はどうだろうね?