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続・旅するデジカメ 我が人生

デジカメ片手に 美しい自然を求めて今日も

大本山 永平寺 in 福井・永平寺町

2016年06月19日 00時00分00秒 | 神社仏閣・教会モスク・行事

勅使門(唐門)

大本山 永平寺

福井・永平寺町

 

永平寺は

1244年に開山された曹洞宗の大本山です

宗祖は道元禅師

本尊は釈迦如来・弥勒仏・阿弥陀如来

33万平方メートルにも及ぶ広大な敷地があり、

境内には大小70棟余りの建物が並んでいます、

特に回廊で結ばれている七堂伽藍は

日常の修行に欠かすことのできない大事な建物であると同時に

(山門・仏殿・法堂・僧堂・大庫院・浴室・東司などの 七堂伽藍)

樹齢600年を越える老杉の巨木の中にたたずむ

七堂伽藍は見事というほかに言葉が見当たらない。

修行僧(150名もいらっしゃいます)の修業は厳しく、

雪の降る冬は特に厳しい環境に置かれる

 

お土産屋さんの駐車場に置いて、お土産で清算します

 

 

通用門(つうようもん)

観光客はここから入ります

 

吉祥閣(きちじょうかく)

 

境内図

 

傘松閣(さんしょうかく)

 

230枚の花鳥図

 

山門にある四天王

 

 

鐘楼堂

 

 

大庫院(だいくいん)

 

 

 

中雀門(ちゅうじゃくもん)

(先に見えるのは山門)

 

仏殿

 

承陽殿(しょうようでん)

 

承陽門(しょうようもん)

 

 

 

祠堂殿(しどうでん)舎利殿(しゃりでん)

 

 

 

 

 

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70.00kg


浄土真宗中興の祖・蓮如の里 吉崎 in 福井・あわら市

2016年06月10日 00時00分00秒 | 神社仏閣・教会モスク・行事

蓮如の里 吉崎

浄土真宗中興の祖

福井・あわら市

 

吉崎は

浄土真宗 中興の祖・蓮如上人が比叡山を追われて以後、

北陸での布教の中心拠点に選んだ場所です。

現在でも付近一帯は

「蓮如の里」と呼称されており、全国からの参拝者が絶えない。

毎年4月

盛大に開かれる「蓮如忌」は吉崎最大の伝統行事として賑わう。

500年の伝統が息づく国指定史跡です

 

延享3年(1746)に

西別院(本願寺派)が山下道場のあった場所に建立され、

延享4年(1747)には

東別院(大谷派)が吉崎山のふもとに建立されるなど

大切な場所である

参考
京都にある
西本願寺は正しくは龍谷山本願寺といい、浄土真宗本願寺派の本山。

東本願寺は正しくは「真宗本廟」といい、真宗大谷派の本山

 

本願寺派吉崎別院(西御坊)

 撮影は2015年04月30日

 

 

 

 

 

 

 

蓮如忌が行われていました

 

 

 

 

正面が本願寺西崎別院(西御坊)

左が大谷派西崎別院(東御坊)

 

大谷派吉崎別院(東御坊)

 

 

本堂

 

 

 

 

吉崎道場跡に向かいます

 

蓮如上人の銅像

日本彫刻界の大家

高村光雲の四大傑作のひとつ

12mの台座に立つ像の高さは5m

 

吉崎道場跡は公園化されていました

訪れたとは桜が満開でした

 

吉崎御坊 願慶寺

嫁おどし肉付面 拝観所

 

 

 

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−3.3kg


鳥取東照宮 in 鳥取市

2016年06月07日 00時00分00秒 | 神社仏閣・教会モスク・行事

鳥取東照宮

因幡東照宮-樗谿神社-鳥取東照宮
(おうちだにじんじゃ)

鳥取市

 

江戸時代の創建より因幡東照宮と称され、

明治7年(1874)~平成23年(2011)までは

樗谿神社(おうちだにじんじゃ)と称されていた。

創建は慶安3年(1650)、

鳥取藩初代藩主池田光仲が

日光東照宮(栃木県日光市)の分霊を勧請したのが始まりと伝えられています。

 

光仲は幼少期に鳥取藩主となった為、

成人になるまで江戸で待機を命じられ、

19歳になり初めて持城である鳥取城に入りました。

その為、光仲の権威の強化を図る必要性があり

曽祖父である徳川家康の分霊を日光東照宮から勧請し

因幡国、伯耆国の支配を確立しました。

 

明治7年(1874)3月

池田忠継(光仲の伯父)・忠雄(光仲の父)・光仲を合祀、

明治11年(1878)最後の藩主・慶徳を合祀しています。

 

神門

 

参道

 

ダチョウがいました

 

 

 

 

タニウツギ

 

 

隋神門

 

手水舎

 

 

拝殿

重要文化財

 

徳川家「三つ葉葵」

 

唐門

重要文化財

 

本殿

重要文化財

 

おめでとうございます

前撮りされていました

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不動院岩屋堂 in 鳥取・若桜町

2016年05月18日 00時00分00秒 | 神社仏閣・教会モスク・行事

不動院岩屋堂

-国指定重要文化財-

鳥取・若桜町

 

間口約7m、高さ13m、奥行き10mの天然岩窟の中に

正面・奥行ともに3間(約5m)の平面規模で

天然の岩屋からせり出すように建つ懸造(かけづくり)が大きな特徴

鳥取では数少ない中世の寺院建築であることから

重要文化財に指定された。

 

本尊の不動明王座像は、

弘法大師「空海」が33歳のときに彫刻されたもので

因幡の黒皮不動と呼ばれています。

東京にある目黒・目赤の両不動とともに日本三大不動明王と言われています。

伝承によると

大同元年(806)飛騨の匠が建設したもので

その後、源頼朝が再興したのが現在の建物とされています。

岩屋堂の本寺は妙見山神光寺といい、

150万石の寺領を有する大伽藍であったが

天正年間(1573~91)羽柴秀吉の因幡侵攻の際に焼失し、

岩屋堂だけが残ったものだという

 

 

 

 

 

 

 

 

サラサドウダン

http://www.ootk.net/cgi/shikihtml/shiki_859.htm

 

 

 

この方向に妙見山神光寺があったそうです

 

 

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庭園の美しい 瀧谷寺 in 福井・坂井市

2016年05月03日 00時00分00秒 | 神社仏閣・教会モスク・行事

庭園の美しい 瀧谷寺

-たきだんじ-

福井・坂井市

 

南北朝時代の末期、永和元年(1375年)

紀州根来寺(ねごろじ)の学頭、睿憲(えいけん)上人によって開かれた

旧三国町最古の寺院です。

老木がうっそうと茂っている石畳の参道を山門まで上ります。

寺院内の庭園は、

昭和4年に日本名勝庭園の一つとして、

文部省から福井県で最初の指定を受けています。

 

 

 

 

弘法大師像

 

総門

 

参道は

木々が生い茂り、昼でも薄暗い

 

名前の龍ですね

 

不動明王

 

山門

鐘楼門とも呼ばれ、戦国の武将・柴田勝家が寄進

 

 

 

本堂

 

 

観音堂

 

 

 

 

石庭

 

 

名勝庭園

築山式池泉庭園が配置され国の名勝に指定されています。

 

 

 

庭園越しに客殿が

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