高樹のぶ子のSIAブログ
2009年05月27日 / 最近の出来事
8回目のSIAで、6月1日から韓国ソウルを訪問予定です。
「甘苦上海」の連載書きためのため、なかなか準備が進まない毎日ですが、あまり多くの知識は諦めて、まず「触れて」みるつもりです。
今回は、年配の女流作家がお相手で、儒教社会の中での様々な人間関係がテーマになります。多様な作品なので、どの切り口から入っていくか、まずは人と会ってみてだと思っています。
ところが数日前、元大統領の自殺が報じられて、北朝鮮の核実験です。
出発前に招待されていた、領事館の食事会も延期になり、いろいろ大変です。
けれど思い出してみると、タイも直前にクーデターが起きて空港封鎖で、ひと月訪問が延期になりましたし、モンゴルでは、私たちが帰国した直後、争乱が起きました。
それだけアジアは、地下マグマが動いているということでしょう。
新型インフルエンザは小康状態ですが、何が起きるかわかりません。
素朴な疑問として、大統領が政権を譲ったら、罪を問われて「犯罪人」になるということが何度も起きること。その繰り返しはどこから来ているのでしょう。また、今回のような「被疑者」が自殺すると、それ以上の追及がなされないのも何だかスッキリしません。裁くのは法律のはず・・
お隣の国とはいえ、解らないことが沢山あるので、訪問が愉しみです。
高樹のぶ子
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体調管理にお気をつけて。
栗本薫さん訃報でまたショック。
彼女とは、朝日新人文学賞の選考委員として知り合いました。わたしは同じ朝日新聞が運営する大佛文学賞の選考にシフトして、その後お顔をあわすことがなくなりましたが、すでにそれ以前に、乳ガンを克服されておられて、お元気でした。
彼女も「略奪愛」の人でした。
妻子ある男性と恋愛して結婚し、その後今日まで続けてこられたのではないでしょうか。
彼女の言葉で忘れられないのは、ご自分の結婚について「大人のすることじゃないですよね」と半ば自虐的に話してておられたのを思い出します。それはそのまま、わたしの結婚にも当てはまりましたから・・良く覚えています。
けれどそうせざるを得ない愛情関係、相手を必要とする出会いだったのだと思います。当時の旦那さまの写真は、とてもハンサムだった記憶もあります。
栗本さん、お疲れ様。
良くがんばって生きてこられましたね。すごいなあ~~グイン・サーガ100巻を超えてるんですね~~
栗本さんの御結婚秘話も、高樹先生のコメントを読むまで知りませんでした。いろいろな御意見はあるでしょうが、御自分の意志を貫くことができた人生は、幸せな一生というべきではないかと思います。
SIAの訪問国、次は韓国ですか。
親友の一人に韓国から来た一まわり年下の女性がいます。
彼女と私の間には、国の壁、民族の壁、歴史の壁は、全くありません。
でも、彼女は、日本人とは結婚したくないと言い、韓国の男性と結婚して二人で日本で暮らしています。
近い国ではありますが、国民性や国状は少し違うようですね。
その友達と一緒にソウルに行った時に食べたサムゲタンの味、忘れられません。
サムゲタンを食べながら「人間は生きている間がすべてだよね」と二人で話しました。歴史を振り返ることも大事であるし、二つの国の違いを認識することも大切だけれど、私たちは、今を生きよう!と話したのをよく覚えています。
樹のぶ子さんのコメント三段目は余計かな、と。
栗本薫さんが語られた言葉には、他者が立ち入れないない苦悩を感じました。
それは、栗本さん自身のものであり、ご本人が発信するものだと思います。
訃報によせて思い返されるのはかまいませんが、間際まで親しくされたようでもない高樹さんが、わざわざここに、ご自分の結婚の正当化にかこつけるように書かれているのは残念です。
あと少しで韓国ですね。
地政学的、歴史的に日本とは異なったある意味苦悩を負っていることが背景にあることを感じます。
呉善花さんの「スカートの風」を読んで、言葉遣いにそれが象徴的に現れていること知ったので、少しそこから引用してみます。
例を挙げれば、我々日本人は「泥棒にに入られた」という言い方をしますが、韓国ではそういう言い方はしません。
「泥棒が入った」と言います。
つまり日本では「泥棒が悪い」というよりも、「責任が私にある」ことを問題にしようとする発想がそこに潜んでいると言うのです。
また、日本の首相が演説を終えるときに「これで終らせていただきます」と言うのを聞いてびっくりしたそうです。
なぜ一国の首相たる者が国民にお願いするような言い方をするのか、もっと威厳をもってしかるべきではないか、なんと弱々しいと。
しかしこうした言葉遣いをしている限り、日本人から謙遜の意識も姿勢も消えることがなく、したがってトゲのない柔らかな感覚をもって人に接することができるのだと思ったと付け加えられています。
そして、日本語をほんとうに上達をしようと思うなら意味ではなく、言わんとするところを悟るセンスが必要となります。
そのへんの日本語のあり方に気づいて突っ込んでいこうとすれば、これは日本的な非論理思考そのものをたどることになるのです。
つまり自分の気分を相手の気分に変えなくては<言わんとするところ>がわからないのです。
この<わかる>体験がある程度習慣となったときに、人はきっと日本人になるのだ、とまで言っています。
日本語はおそらく、想像もつかない歴史的な重層構造、民族的な多重構造を入り組ませて形づくられてできた言葉ではと言ってられるのは興味深い。
むしろ日本の祖先ではないかと言われているているほど近い国の人の言葉だけに、言葉の成り立ちという意味でも、我が日本人自身を改めて知る意味でも、貴重なご意見だと思いました。
高樹さんの韓国リポートを期待するものです。
日本語のカナ文字ばかりだから平面的な感じもするが、英語も似たようなものだから、漢字と仮名がある日本語が逆に特異なのかもしれない。未曾有をミソユウなどと誤読して教養を疑われる心配はハングルにはないと思われる。
年齢が上なら身内でも敬語を使う絶対的敬語法が日本と異なるらしい。そういう点が「スカートの風」の記述につながるのだろうか。(浅学の初級者の感想。)
しばらくブログが更新されずいた頃、「甘苦上海」では不夜の話が展開していて、中国のチベット問題がからんで葛藤されていらっしゃったのかと心配してました。あまり重たいのは日経の連載には不都合でしょうし、上海という地で、ビジネスと中高年(日本人同志の)の恋愛を掘り下げていただきたいと思います。
高樹のぶ子さんは新羅ホテルかな? リッツ・カールトンかな?
行きたいところ、やりたい事、食べたい物、会いたい人が山のようですが、親しかった人で、もう亡くなった人が二人・・。
まだ北と南に分かれている朝鮮半島。
大統領が汚職で問題になる原因は?
なにも死ぬ事はないのに・・・。
韓国レポート、本当に楽しみにしています。
そのときもホテルからあまり出ませんでした。
サイアは全く別のモードですが、体から力を抜いて、人との出会いを楽しんできたいと思っています。
テニスのとき、瞬間の反応が可能なのは、力を抜いた中腰姿勢です。これがなかなか難しいのですが・・人間に対しても、たぶん同じなのでは?
あるテレビ番組で、韓国のある小学校では子供に漢字を教えていることを報道していましたが、僕はいいことだと思いますた。
韓国ドラマの時代劇では、文字は全部漢字のようですから、いまは、漢字を読める人はちゃんといるんでしょうが。
難しい内容なので何回か拝見しましたが、私が深く理解するにはちょっと時間が掛かりそうです。文字通り「タイ編」です。
「生殖」が、性の存在意義かなぁという感覚は残ります。
韓国には行ったことがないのですが、近そうで遠い国という感じをもっています。
国民生活に儒教が浸透して、家や一族の単位が明確で、同一道内の同姓間の結婚が難しいかったり、姦通罪が存在したり、恋愛も難しいのでしょうね。
音楽も、日本人は極端に言うと「1拍子:田植えのリズム」、韓国は「3拍子:乗馬のリズム」(アリランなど)と随分違います。
ある外交官のお話ですが、文学作品にはその民族のエッセンスが凝縮されており、それを押さえないと交渉のポイントを押さえにくいとのことでした。
(「嵐が丘(特に復讐)」から、イギリス人にはセンチメンタリズムのかけらも感じられないそうです。)
「五感」もそれぞれ全く違うと思いますので、是非「文学作品」を通じて、ご紹介いただくことを楽しみに致しております。
「甘苦上海」も紅子さんが変わる転換点(最後に一気に変わる場合もあるようですが)に差し掛かったのかなと、主人公の揺らぎを感じながら楽しく拝読いたしております。
「マイマイ新子」も拝読し、アニメを心待ちにしております。
お陰で、私も、「顕微鏡」が祖父からの小学校入学祝いだったことを思い出し、探したらまだありました。
当時、さすが私のお父さんといって、母が喜んで使っていた様子が目に浮んできました。
同世代ではありませんが、生活に季節感とゆとりがあった時代だったと思います。
11番目のアジア(日本)として、忘れ物を見つけさせてくれるような心温まる作品を期待しております。
軍事独裁政権において失脚者はいわずもがな。
その後も、民主的直接選挙で選出される大統領の任期は1期(5年)限り。権力の正当な行使と移行には短く思える。
事実を重ね合わせるだけでも、あまたの政治的苦悩や理不尽が思い描けるのに、なぜ、「法律のはず・・」などと無邪気を装われて、「素朴な疑問」にとどめ置かれるのでしょうか
領事館に招かれることからも、SIAを背負って「公」の訪問と存じます。
誠に僭越にて失礼ながら、同胞女性としては、知識は豊かに、考察を深め、それらをぐっと丹田に納めて、自然体で訪れていただきたい。それが、他国へ赴く礼儀だと思うから。
豊かな感性は、相応の知性に裏打ちされるもの。
くれぐれもご自愛のほど、重ねてお祈りしております。
5月も終わりですね
締めくくり頑張りましょう
>知識は豊かに、考察を深め、それらをぐっと丹田に納めて、
小生もまさに、それを願っているものです。
なまじTVクルーの同行だから、絵になるものが求められるのかと穿ってしまうのも、ちょっと哀しい。touching Asiaではなく、soaked in Asiaの本領を見せていただきたいと。