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高樹のぶ子のSIAブログ

2008年12月17日 / 最近の出来事

リズムと流れ

 日経新聞連載の「甘苦上海」の挿絵を描いてくださっている佐藤泰生さんと連載の関係者と、一緒に食事をしてきました。
丸ビルの高層階のレストランからの眺めは抜群でした。
けれど、佐藤さんとの異業種交流は、それ以上のごちそうでした。


 なかでもとても参考になったのは、横長の挿絵の場合、焦点は二つあったほうが
いい・・という意見。
なぜなら、視線は右から左へと流れて行くので、真ん中にひとつだけの焦点があるのだと落ち着かない、という、画家ならではの「感性」が働いた指摘でした。
そう思ってあらためて眺めると、たとえ真ん中に壺がひとつ描かれていても、それはちょっと斜めに傾いて、視線が移動できるようになっています。


 一点だけに視線が集中すると、ほかの情報が入ってこないということもあるのかもしれませんね。
これはたぶん、文章にもいえることで、あるリズムというか流れにのって、意識が移動できることは、いい文章の要件かもしれないと、自分の世界に引き寄せて考えています。たぶん、人間の生理に関わることです。


 全く別の世界ですが、今日は文化放送の長寿番組ふたつに出てきました。
大竹まことさんと、浜美枝さんの番組です。
いずれも「恋」がテーマでしたが、ホストホステスとして、やはり「流れ」を大事にしておられました。それぞれ個性を出しながらも、耳に注ぎ込む声の情報が、ちゃんとリズムを作っている。流れている。
それに乗せられて、大竹まことさんの番組と浜美枝さんの番組では、違う自分が出ています。引き出されています。
とくにラジオの番組では、ながら族が聴いているわけですから、一点だけの強調で立ち止まらせるのではなく、ある流れが必要になってくる。
終わって振り返って、私とは違う世界ではありますが、プロだなあと感心してしまいました。


 異業種との交流は、はっとさせられることが沢山あります。


                                             高樹のぶ子




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 日本経済新聞朝刊連載 「甘苦上海」特集開始!

  ■新聞掲載の翌日から小説本文を1週間掲載! 
  ■作者高樹氏による「登場人物紹介」「執筆に当たって」を掲載!
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 「甘苦上海」特集はこちら(http://bizex.goo.ne.jp/special/shanghai/)⇒

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コメント ( 8 ) | Trackback ( 0 )

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コメント
 
 
 
 (五木)
2008-12-17 09:21:10
ある大作家が、渡辺氏の小説が日経に連載されていた時に、「大新聞がこんなものを載せるようになってしまった」と書いていました。日経もなりさがってしまったものですが、編集方針がどうであれ、連載を依頼された者も、家庭でとる新聞(学校図で館では日経の購入をやめたところもありますが)であることを考慮して書いたほうがよいでしょう。日ごろの作風とは別の「一般向け」「新聞向け」のものを書けるかどうかで作家の技量が問われると思います。
 
 
 
リズム (ビー玉)
2008-12-17 16:41:41
五木さん、まぁ、そう目くじらをおたてにならないで。

「甘苦上海」は、決して品のない作品ではないと思いますよ。昨今の若い作家にはない純文学的精度の高い表現もたくさん出てきますし。以前にもこのブログで話題になった性描写のことが気になっておられるのでしょうか?残念ながら、性は文学の永遠のテーマのように思います。新聞連載小説であるがゆえの青少年への影響を考えるのであれば、ネット社会においてそれ以上の悪影響は多々、この世に万延しているのではありませんか?

日ごろの作風とは別の大衆に迎合したものを狙っておられるわけでもないと思います。「透光の樹」や「百年の預言」を是非、読んでみて下さい。性描写を猥褻と捉えるか崇高と捉えるかは、読む方の度量にもよると思います。高樹のぶ子は、決して猥褻な作家ではありません。

最も五木さんのおっしゃることも全くわからないではありません。ファンの私であっても、今回の作品は、少しとまどうところがあります。それは、性描写によるとまどいではなく、人間の描き方に対するとまどいです。京にしても紅子にしても、その生き方や人間性に納得がいかないことがよくあります。

しかし、もとより、小説とは性善説のみで書かれるべきではなく、人間の弱いところや人生の非業をあぶりだすところもなければ佳品とはいえないと私は理解しています。今後、きっと、この作品は、人生の一隅を照らすような人間の純粋な部分を描きだしていくに違いないと期待している次第です。

さてと・・・。今日のブログの内容、面白かったです。確かに異分野の方との交流は勉強になりますよね。私も絵を描いていた時期があったのですが、絵の構図には「黄金比率」といわれる一般的な構図の比率があって、普通は画面の真ん中には焦点をおかないようにします。それを挿絵画家さんが「リズム」という表現で説明されたのが、とても興味深かったのです。

話にもリズムが必要ですよね。私は、毎日、百人近い人の前で話す仕事をしています。同じことをしゃべっても、リズムをつけて話すと話さないとでは伝わり方が全然違いますから。

小説の展開にもリズムは必要でしょう。「甘苦上海」も、今のリズムが、ずっと続くわけではないだろうと思っています。
 
 
 
心のすみ・・ (satoko)
2008-12-17 19:17:15
いつも、ビー玉さんのコメントは的を得てるなあ~と感心するのです。
生意気をいって、恐縮ですけれどお許し下さい。

甘苦上海、

というのは、私としても、まだ、紅子さんにも、京さんにも
まだ、感情移入できないのです。

紅子さんにも、そうそう、魅力を感じないからです。
で、そんな紅子さんを慕うであろう、京の気持ちも理解できない。
何で紅子さん?

源氏物語の光るの君は、スーパースターで、女性達の憧れの的でした。どんな女性も、直ぐになびきました。

でも、そうでない女性もいました。人妻だった空蝉。
源氏は、そうなると余計に闘志を燃やしました。

姿形もですが、彼は何もかも兼ね備えていた魅力ある男性として描かれています。

でも彼でさえも、晩年は空しい日々を過ごすことになります。

さて、この二人はどうなっていくのでしょうか。


 
 
 
波紋 (のあ いちい)
2008-12-17 23:15:57
投げ込まれた石で波紋が広がる。投げ込まれる角度や強弱により模様が変わる。
当を得るとか的を射る、というのも、見る人読む人の感性や尺度によって変わる。
異論大いにいいことです。ひとつの小説に対する感じ方は、人によって違うのも当然のことだ、と。皆同じだったら、どうなるんでしょう?
自分の好む作品も、年齢や経験によって変わることもあるでしょう。

タイ情勢動いています。「いちいサイト」も更新しているので、トラバ宜しくお願いします。

    いちい
 
 
 
品と芸術性 (昭和のマロ)
2008-12-18 13:12:08
 このところ「甘苦上海」で展開されている場面は男と女の具体的な絡みであり、まさに問題にされるべき場面かもしれません。ほどよいちらリズムで想像力をかき立てられます。
 ぼくは、巧みな表現力による、まさにリズムと流れのある芸術品だと評価していますが。

 むかし、夏目漱石の「それから」の代助と美千代の言葉のやりとりに感じたドキドキ感からすれば随分直接的になったと思います。
 しかし、これも時代を反映する表現方法かなと納得しています。
 
 ビー玉さんが言うように文学とは、人間の弱さや非業さを言葉であぶり出す芸術品だというご意見に同感です。
 もちろん読むものをして、その生き方において心を揺さぶるテーマ自体も文学です。それも表現力が伴わなければ訴える力はありませんが。
 
 問題は日経という大新聞が、なぜかかる非倫理的作品を掲載することにしたのかと、五木さんは問いかけているわけです。
 ぼくもしがない立場でしたが、経済界に身を置いた者として、この新聞を読む連中と付き合っていました。
 多くのひとたちは売った買ったの戦いの場に身を置いていました。でも結局は人間関係の中にいることを強く意識させられる日々だったと思います。
 中でも優れた人たちは、人間の弱さも強さも、卑屈さも、ある意味動物的な感情も知った上で、その関係の中で対応していく術を得ていたのではないでしょうか。

 高樹のぶ子さんの作品を敢えて掲載しようとした意図は、とかく戦いの中で殺伐としがちな彼らに、理屈っぽい記事ばかりではなく、人間の感覚的なホッとする部分も必要だと思ったのでしょう。
 
 エッチな部分を強調するのではなく、この作品の表現力の豊かさを楽しもうではありませんか。 
 それが芸術作品に対する姿勢だと思います。

 未熟な子どもに対して云々というご意見もありますが、それは日ごろの子どもに対する大人の教育姿勢にあるので別問題だと思います。
 
 
 
 
初投稿です (あき@japan)
2008-12-19 12:59:08
北方謙三氏のあとで、期待していました。
まだ、一度も行ったことがない上海を想像しながら、毎朝楽しく読ませていただいています。
あの、失楽園も日経の連載だったそうですが、最初は戸惑いました。今は、素直に、こんな人生もありそうだなあ・・と感じています。
挿絵が素晴らしい出来なので、描かれるかたは、大変だろうなあ、と、これまた、感心しています。
 
 
 
Unknown (ひかり)
2008-12-19 17:00:10
「甘苦上海」の挿絵は、素晴らしいと思います。
挿絵画家の方と会話からの高樹のぶ子さんの発見、なるほどと思いました。

ところで、高樹のぶ子さんファンの方は、他の作品も読んでおられるので、今のところ、「甘苦上海」に感情移入できなくてもきっとこの後、素晴らしい作品となる、と信じることができるのでしょう。

私は、幸か不幸か、他の作品を読んでいないので、先入観無しで、この作品を読んでいます。
まだこの小説は、完了してないので、評価は今はおいておきますが、ファンの方も戸惑う部分もあるようなので、高樹のぶ子さんご自身が、冒険をすると仰っていたように、今までとは違う作風を目指しておられるのかなと思いました。
ファンの方にとっては、思いもかけない展開になる可能性もあることでしょう。
でも、高樹のぶ子さんが新しい面を表現したいということですから、そのまま、受け入れる他ないと思います。

問題視されてる方は、TPOをおっしゃっているのだと思います。
読む意志のある人がわざわざ買って読む本と、毎日配達されてくる朝刊の新聞連載の違い、また上海在住の駐在員の方、実業家の方、また日系企業と取引の有る中国の方も、日経新聞は目にする機会があるので、登場人物の設定や内容も、おのずと気をつけないといけない部分もあるかと心配されているのではないでしょうか。

「性描写を猥褻と捉えるか崇高と捉えるかは、読む方の度量にもよると思います。」とのコメントありましたが、ここは、「度量」でなく「嗜好」ではないでしょうか。
こういうのが好きな人と、嫌いな人、これでは物足りない人と、様々で、それは度量の有る無しではないと思います。
一人称で書くと、全体的に、どうしても独りよがりな印象になってしまうのは、否めないというのが私の感想です。
しゃれた表現だと評価される方も居られるのかもしれませんが、私は、プーシキン像云々には、笑ってしまいました。
つい最近、読み終えた「なぎさの媚薬」のシリーズ(重松清著)は、もっと過激でした。
ただ、物語がしっかりしているのと、人間の哀しさと愛が根底にあり、どの作品も、結末が心温まるものなので、過激な表現があるにもかかわらず、読後感は、爽やかでした。
また、同じようにエロスとパトスを扱っている「娼年」「逝年」(石田衣良著)も、主人公は娼夫なのですが、京とは全く正反対の男性なので、描写は写実的でしたが、内容は感動的な作品でした。
それに比べて、「甘苦上海」の登場人物には、人間的な魅力を感じないので、彼らの行いにも魅力を感じないのかもしれません。
これも、「度量」が無いからだといわれれば、それまでですが。
高樹のぶ子さんが、どのような作品にしようとされているのか、今後の展開を待ちます
 
 
 
高樹のぶ子先生ありがとうございます (RAM)
2008-12-24 21:48:54
私は47歳のビジネスウーマンの起業家です。
仕事柄、上海にたびたび出張しております。
ですから、上海への思いはひとしおです。

日経新聞は、ビジネスには不可欠な情報源ですので、愛読させて頂いておりますが、
この連載が始まってからは、やっと別な角度でこの新聞を手に取れるようになりました。そうです、一日も欠かさず、
そして、

この新聞を裏面から読むようになりました。

特に中高年の女性実業家である紅子さんが主人公であることで、このお固いイメージの経済誌が、ぐっと自分に近づいた現実感を味わえるものに変わりましたね。

経済行為を行いながら、人生を生き抜いて行く現代の人間の姿の表も裏も、それに伴う心の動きを旬の場所と時代背景を重ね合わせて浮き彫りにしてくださった高樹先生に、私は感謝しております。

言わずもがなですが、
「経済は人間が作り出しているもの」ということを忘れてはいいけないのではないでしょうか?

私は皆さんのように難しいことは分かりませんが、

決して片方側(現象や結果)からだけの視点では物は語れないのでは、と不躾ながら考えております。
この新聞をもっと身近に手軽に読みたいと切望している若いビジネスマンや女性などがたくさんいらっしゃるのではないでしょうか??
(それでなくてもNETからたくさん情報が手軽に入りますね)

・・・・・・・・・・


しかし、高樹先生は、そんなに何度も上海を訪れていらっしゃるのでしょうか?
上海のあのあまりにたくさんある道、店、現代女性、インテリア、風景等、があまりにも生き生きと描かれているので、とても生々しく(良い意味です)思い出されるので、胸が切なくなります。
素敵ですね。
先生ありがとうございます。
 
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