住吉津守寺薬師の由来 ④
さて、長尾の玄蕃定春は、緑の前様を守護して、自分の館へと戻って来ましたが、突然の
事態に、互いに目と目を見合わせて、泣くより外にしようがありません。玄蕃定春は、
「河瀬形部は、君の御勘気により追放され、行方も知らず。我が君様は、遙か遠国への御出
陣のお留守。このような時に、弾正の悪逆を、いったい誰が、止められましょうか。
彼奴には、眷属が多くいますので、姫様がここに居ることが知れれば、直ぐに押し寄せて
来るに違いありません。これより直ぐに、祖父の三条大臣殿を頼って、京へと上がりましょ
う。そして、この事態の詳細を御門に奏聞して、朝廷よりの処罰を戴き、弾正めを八つ裂き
にしてやりましょう。」
と言って、緑の前を励ますと、輿に乗せ、夜陰に紛れて、京都へと旅立ったのでした。
さて、弾正は、姫君を取り逃したことが残念で仕方ありません。あらゆる手を使って、姫
の行方を探索した所、玄蕃定春がお供をして、京都へと向かったことが分かりました。弾正
は、素早く辺りの手勢の者共を借り集めると、阿倍野が原(大阪市阿倍野区付近)に待ち伏
せをすることにしたのでした。
それとは知らずにやってきた姫君の一行は、阿倍野の辺りで賊に取り囲まれました。玄蕃が、
「盗賊共か。無闇に手を出して、怪我をするなよ。」
と、太刀を抜いて、姫の御輿の前に飛び出せば、弾正は、
「森本弾正、ここにあり。命が惜しいのなら、姫君を置いて、立ち去れ。」
と、言うのでした。もう手が回ったかと、定春は獅子の歯嚙みをして怒り狂いました。先ず
五郎兄弟を、右に左に薙ぎ伏すと、信太の八郎とがっぷりに組み合って、大力でねじふせ、
その首を掻き切って、放り捨てました。さて、玄蕃が立ち上がろうとする所を、今度は弾正
が透かさず、ちょうと切りつけたので、玄蕃は高腿を切り付けられ、その場にかっぱと転が
ってしまいました。無念にも、玄蕃定春の首は、弾正によって討ち落とされてしまったのでした。
もう敵は無しと、安心した弾正は、姫の輿に近付いて、
「このように、粉骨砕身して、意地を通すにも、只偏に、姫様のお情けを受ける為です。
こうなった上からは、兎にも角にも、お心をお開いたらどうですか。そうすれば、助けてあ
げましょう。」
と、さも憎々しげに言うのでした。姫君は、胸も塞がって、涙に暮れていましたが、
「さてもお前は、畜類にも遙かに劣る奴。相伝の主君に身を捨てて忠義を尽くすべきなのに、
自分の色事を通して、罪も無い人々を沢山殺し、私に悲しい思いをさせて置きながら、今の
言いぐさはなんですか。例え、体を奪われたとしても、お前等に従ってたまるものですか。
私がお前なら、助け置くなどとは言いませんよ。ああ、どんな因果で、女と生まれて来たの
か。口惜しい。」
と、声を張り上げて、弾正をなじりました。姫君の見幕に弾正は、