猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 23 説経伍大力菩薩 ④

2013年07月05日 10時16分50秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

住吉津守寺薬師の由来 ④

 さて、長尾の玄蕃定春は、緑の前様を守護して、自分の館へと戻って来ましたが、突然の

事態に、互いに目と目を見合わせて、泣くより外にしようがありません。玄蕃定春は、

「河瀬形部は、君の御勘気により追放され、行方も知らず。我が君様は、遙か遠国への御出

陣のお留守。このような時に、弾正の悪逆を、いったい誰が、止められましょうか。

 彼奴には、眷属が多くいますので、姫様がここに居ることが知れれば、直ぐに押し寄せて

来るに違いありません。これより直ぐに、祖父の三条大臣殿を頼って、京へと上がりましょ

う。そして、この事態の詳細を御門に奏聞して、朝廷よりの処罰を戴き、弾正めを八つ裂き

にしてやりましょう。」

と言って、緑の前を励ますと、輿に乗せ、夜陰に紛れて、京都へと旅立ったのでした。

 さて、弾正は、姫君を取り逃したことが残念で仕方ありません。あらゆる手を使って、姫

の行方を探索した所、玄蕃定春がお供をして、京都へと向かったことが分かりました。弾正

は、素早く辺りの手勢の者共を借り集めると、阿倍野が原(大阪市阿倍野区付近)に待ち伏

せをすることにしたのでした。

それとは知らずにやってきた姫君の一行は、阿倍野の辺りで賊に取り囲まれました。玄蕃が、

「盗賊共か。無闇に手を出して、怪我をするなよ。」

と、太刀を抜いて、姫の御輿の前に飛び出せば、弾正は、

「森本弾正、ここにあり。命が惜しいのなら、姫君を置いて、立ち去れ。」

と、言うのでした。もう手が回ったかと、定春は獅子の歯嚙みをして怒り狂いました。先ず

五郎兄弟を、右に左に薙ぎ伏すと、信太の八郎とがっぷりに組み合って、大力でねじふせ、

その首を掻き切って、放り捨てました。さて、玄蕃が立ち上がろうとする所を、今度は弾正

が透かさず、ちょうと切りつけたので、玄蕃は高腿を切り付けられ、その場にかっぱと転が

ってしまいました。無念にも、玄蕃定春の首は、弾正によって討ち落とされてしまったのでした。

もう敵は無しと、安心した弾正は、姫の輿に近付いて、

「このように、粉骨砕身して、意地を通すにも、只偏に、姫様のお情けを受ける為です。

こうなった上からは、兎にも角にも、お心をお開いたらどうですか。そうすれば、助けてあ

げましょう。」

と、さも憎々しげに言うのでした。姫君は、胸も塞がって、涙に暮れていましたが、

「さてもお前は、畜類にも遙かに劣る奴。相伝の主君に身を捨てて忠義を尽くすべきなのに、

自分の色事を通して、罪も無い人々を沢山殺し、私に悲しい思いをさせて置きながら、今の

言いぐさはなんですか。例え、体を奪われたとしても、お前等に従ってたまるものですか。

私がお前なら、助け置くなどとは言いませんよ。ああ、どんな因果で、女と生まれて来たの

か。口惜しい。」

と、声を張り上げて、弾正をなじりました。姫君の見幕に弾正は、

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忘れ去られた物語たち 23 説経伍大力菩薩 ③

2013年07月04日 09時34分32秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

住吉津守寺薬師の由来 ③

 さて、和泉の国にいらっしゃいます緑の前は、

「一体どのような前世の因縁なのでしょうか。母上様には先立たれ、父上様だけを只一人、

頼りにしてきたのに、都へ行ったままお帰りになりません。それどころか、辛い宣旨が下り、

蝦夷などという所の逆臣を退治するために、御出陣なされてしまわれました。狄という者

達は、大変、獰猛であると聞きます。もし、お命が危うくなるならば、私は、どうしたらい

いのでしょうか。ああ、私は、便りも来ない捨て小舟に乗って、大海原に彷徨っているよう

な気持ちです。」

と、自らの運命を恨んで泣くのでした。乳母の忍は、この様子を見て、

「これはまあ、仕方の無いことを仰います。母上様はとても帰らぬ死出の旅。御回向をしっ

かりなされませ。父上様は、本より武略に優れた御大将。狄などに負ける様なことはございません。

つまらないことで、お心を悩ませることはおやめください。丁度今は、住吉の花盛りと聞きます。

お花見をして、心を晴らしましょう。」

と、花見を勧めたので、早速に花見をすることになりました。

忍や小桜、その外の女房達がお供をして、住吉へ出掛けると、幕を張り巡らせて、姫を慰

める酒宴が始まりました。緑の前は、満開の桜を打ち眺めて、

「あら、美しい春の野辺ですねえ。目を離すこともできない程、見事な桜花です。唯々、

色を争うように咲き乱れる糸桜。涙に濡れて湿っぽい袖を乾かしてくれるような緋桜(ひざくら)

の色は、もっと鮮やかですね。きっと東国の果では、江戸桜が父を慰めることでしょう。

若木の花は盛んですが、老い木の姥桜も風情があります。そんな中でも、楊貴妃桜の花の色

には、誰もが皆、深く心を動かされるでしょう。又、あそこに可愛らしく見えているのは、

稚児桜ですね。」

と、久しぶりの笑顔で、打ち笑い、楽しげに幕の中へと入って行ったのでした。

 

 ところで、姫君の世話を任されていた長尾の玄蕃定春の一子、長尾の左門春近は、以前か

ら、女房の小桜と心を通わせていましたが、人目を憚って、中々逢うこともできないでいました。

春近は、この花見を機会にして、ちょっとの間でも、小桜と話ができないかと、幕の外から、

様子を窺っております。

 緑の前は、花の心を歌に読んで短冊に書き込むと、小桜に、花に付けるようにと言いました。

小桜が幕の外に出て、とある小枝に、短冊を結びつけるところを、左門は見落としませんでした。

さっと走り寄ると、春近は、

「なんと、つれない心根でしょうか。あなたに逢うために、朝からずっと、待っているのに。

知らん顔をなされるのですか。恨めしや。」

と、言い寄りました。小桜は、

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忘れ去られた物語たち 23 説経伍大力菩薩 ②

2013年07月01日 17時11分38秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

住吉津守寺薬師の由来 ②

道高は、館に戻ると、別殿に薬師如来を安置して祀りました。ある時、道高は、

「私は、和泉河内両国の主として、なんの不足も無い。ましてや、龍宮より、薬師如来を

いただいたので、益々の家の繁盛は、間違いが無い。」

と言いました。すると、森本弾正介友は、進み出て、

「殿のお言葉通り、珍しい霊仏が手に入りましたことは、大変目出度い出来事です。しかし、

このように尊いご本尊様を、不浄の在家に置いておいては、不都合も生じましょう。内裏に

委細を奏聞して、ご本尊を献上いたすならば、天皇もお喜びになり、国や郡も拝領あるに違

いありません。そうすれば、もっとお家が繁盛いたすことでしょう。」

と、勧めるのでした。しかし、河瀬の形部は、違う考えを持っていました。

「いや、それはおかしいぞ、弾正。我が君様は、村上天皇の末裔であられるからこそ、和

泉、河内の両国を治められ、金銀珠玉は蔵に溢れ、叶う者も居ないのである。

我が君様お聞き下さい。宝を持って入る者は、持ったまま出るということは無いと言います。

裕福なのにもかかわらず、不必要な富を、重ねて求めることは、人倫の道に外れます。この

ような不思議の霊仏が、手に入ったのですから、貪欲愚痴の妄念は、全て振り捨てて、平等

大恵の慈悲心こそを渇仰なされれば、求めなくとも、富は訪れ、願わなくとも、家は栄えま

しょうぞ。我が君様にご縁の神仏を、御門へ献上しては、神仏が残念に思われるのではない

でしょうか。」

と、眉をしかめて反対しました。これを聞いた弾正は、顔色を変え、

「ええ、愚かな形部め。『長者も富には飽きない』と言うのは、世俗の詞だぞ。この世では、

誰でも、出世を願うものだ。より良き事を選ぶのが当たり前。お殿様のお考えも聞かぬ内

から、まるで座敷に誰も居ないかのように、お前一人が物知り顔に諫言立てとは、片腹痛いわ。

黙れ黙れ。」

と、似非笑いをして言い放ちました。形部が、

「何を生意気な、やあ、弾正。心を落ち着けてようく聞けよ。この様に言うのも、お前の為

だ。我が君様は、お心掛けが良かったから、仏神のお心に叶い、龍宮の霊仏を戴いたのだ。

だからこそ、人々は、羨むだろうが、宣旨も無い内から、所領目当てに、仏様を献上しよう

などとすれば、今度は、人々は誹るのに違い無い。主君が非を犯そうとする時、従わない

のが臣下の道というもの。もし、殿がそのような欲心をお持ちであるならば、お諫め申し

ましょう。弾正よ。お前は、自分の欲に仁義を忘れ、返って不義を奨めているのだぞ。お前

の様に、欲の深い者は、人とは言わず、犬猫の類いと言うのだ。可哀想にのう。」

と、言い返すと、弾正は歯がみをして口惜しがり、

「ええ、事の是非は置いておいても、侍を畜生呼ばわりするとは、身の程も知らぬ溢れ口(あぶれぐち)。

御前でなければ、この犬の刀を、お前の口に突き刺して、その声が出なくもしてやろうが、

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