猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 9 浄瑠璃山椒太夫 ⑥

2012年02月25日 22時00分09秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

角太夫さんせうたゆう ⑥

 さて、太夫親子は、厨子王が山から帰って来ないのを怪しんで、姉が落としたに違い

無いと、安寿を呼びつけました。太夫は、

「やあ、おのれ、わっぱを何処へ落とした。正直に申せ。言わぬなら責めて問うぞ。」

と脅しました。安寿はさあらぬ体で、

「いや、私は露にも存じません。もしかしたら、山道に迷っているのかもしれません。

少し時間をいただければ、捜して参ります。」

と、答えました。太夫はこれを聞いて、

「やあ、おのれは、もう百にも届くこの太夫を騙す気か。愚か者め。それ、三郎、責めて問え。」

と、三郎に拷問を命じました。三郎は、安寿を取り伏せると、高手小手に縛り付け、庭

の古木に逆さまに吊り上げました。白状せよと、笞(むち)で散々に打ち叩き、目も当

てられぬ次第です。無惨なるかな安寿の姫は、打たれる笞のその下で、弟はもう落ち延

びたか、まだか。どうせ死ぬのなら、なんとか厨子王が落ち延びるまで、できるだけ時

間稼ぎをしなければと、それだけを思っておりました。しばらくして安寿は、

「ああ、苦しい。言いますので降ろしてください。」

と言いました。ようやく白状する気になったかと降ろされると、苦しい息をついて安寿

姫は、

「のう、如何に方々、今にも弟が帰ってきたら、姉は弟が遅いので殺されたのだと、こ

の有様を言ってくださいよ。ああ、恨めしの弟や。」

と言って、泣き崩れて見せました。太夫は怒り狂って、

「やあ、聞くことにも答えずに、役にも立たぬ無駄口を聞きよって。もっと責め立てよ。」

と怒鳴りました。しかし、三郎が、

「暫くお待ち下され。よく考えてみますと、あの童はまだ幼く、それ程遠くへ逃げたと

も思われませぬ。このようなしぶとい女に暇取っているよりも、皆で手分けして、捜し

出して召し捕りましょう。」

と、言いました。もっともということになって、安寿をそのまま残して、太夫一門は

一斉に館を飛び出て行きました。

 さて、かの宮城の小八は、山角太夫を召し連れて、人々の行方を捜しておりましたが、

ようやく姉弟が山椒太夫の館に居ることを突き止めて、丁度、館の様子を探りに来たと

ころでした。何とかして、姉弟の人々に会おうと中を覗いてみると、三の木戸の脇に、

縄に縛られた女が倒れているのが見えました。不思議に思ってよくよくみてみれば、そ

れは、安寿の姫です。小八は、はっと驚いて駈け寄りました。

「のう、姫君ではありませんか。」

と、その声に安寿は、苦しげに顔を上げました。

「やれ、小八か、珍しや。」

と言う間に、縄目を切り解くと、抱き起こして労れば、安寿は涙ながらに、これまでの

こと語り始めました。

「太夫一門は残らず、追っ手に掛かりましたが、厨子王は無事に落ち延びたでしょうか。

それだけが心配です。」

聞いて小八は、

「さてさて、労しや。御母上も我が母諸共に佐渡島とやらに売られたという。それもこ

れも皆、この悪人のため。ささ、ここでそれがしに会ったからは、何とかして御運をお

開きいたします。心をしっかりとお持ちください。」

と、様々に慰め申し上げたのでした。

 さて、それから小八は、姫君の代わりに山角の太夫を、古木に縛り付けると、

「おのれを、何処までも召し連れて行こうとは思ったが、今はもう足手まといとなった。

これにて、暇をとらする。」

と、いうなり首を打ち落としました。

「では、姫君、これより若君、御母上を尋ね捜し、必ず会わせてあげまする。先ずは

この場を去りましょう。」

と、姫君を肩に掛け、甲斐甲斐しく、館を後にしたのでした。

 これはさて置き、厨子王丸は、山中で既に追っ手が迫っていることを知り、必死に駆

け下りました。そして、ようやく里に下り国分寺に駆け込んだのでした。

「のう、お聖様。後より追っ手のかかる者、匿って(かくまって)下さい。」

折節、住職は、お勤めをしていましたが、

「やあ、汝のような幼いが、どうして追っ手に掛けられとおるのだ。子細を話しなさい。」

と、のんびりと言いました。

「のう、愚かな。命があっての物語。もうすぐ追っ手がここに来る。先の隠してください。」

と言うと、

「おお、誠に誤ったわい。」

と、眠蔵(めんぞう)より古い皮籠を運んで来て、若君をその中へ入れ、縦縄横縄を

しっかりと縛って、本堂の棟の垂木に吊り下げました。

 さて、お聖がまたいつもの通りにお勤めをしていると、今度は、太夫一門が、乱れ込

んで来ました。三郎は、

「のう、只今これへわっぱが一人逃げ込んだであろう。お出しあれ。」

と、罵る(ののしる)と、聖はわざととぼけて、

「ああ、何何。春の日の徒然に、斎(とき)の旦那に参れとあるか。」

と、耳の遠いふりをしました。三郎が、

「いや、そうでは無い。ここへ由良港の山椒太夫が内のわっぱが逃げ込んだから、出せ

と言っておるのだ。」

と、繰り返すと、

「はあ、それがしは、百日の別行の最中。わっぱやらかっぱやらは知らぬ。帰られよ。」

と、またとぼけて見せました。三郎は業を煮やして、

「ええ、憎っくきくそ坊主め、さらば寺中を捜させよ。」

と言うなり踏み込んで、隅から隅まで捜しまわりましたが、わっぱは見つかりません。

その時、太夫は、

「これ程までに捜して見つからないということは、聖の心の中に隠れているようだ。こ

の上は、身に余る誓文を立てるなら、それを花として我々も帰ってやろう。」

と、言いました。これには聖は困りました。わっぱを出せば殺生戒を破り、誓文立てれ

ば妄語戒を破る。どうすべきかと迷いましたが、破らば破れ妄語戒、殺生戒は破むまい

ぞと思い切り、只一筋に観念しました。

「如何に面々。望みに任せて大誓文を立て申す。」

 ※以下誓文の段は説経とほぼ同様に日本全国の寺社仏閣を羅列する。省略

「誓って、わっぱにおいては知らざるぞ。」

と、五体より汗をたらたらと流して立てた大誓文は、身の毛のよだつばかりです。太夫

はこれを聞いて、

「おお、殊勝なり、お聖よ。今より我々も旦那となりましょう。さて、帰るぞ。」

と引き下がりました。しかし三郎は、さっきから頭上の皮籠が気になっていました。

「いや、お待ち下され、それがし、面白い物を見つけました。それその上の古皮籠に

新しい縄が掛かっているのはおかしい。あれを降ろして開けて見せろ。」

と言いました。太郎、次郎は、

「やれ、三郎。どこの寺でも古経古仏をあのように天井に吊しておくものよ。最前の誓

文がある上は、誓文に免じて平に帰れ。」

と、たしなめましたが、三郎は言うことも聞かず、勝手に梯子を捜してくると皮籠の棟

に立てかけて、

「いでいで、方々、わっぱを出して見せん。」

と、駆け上がりました。そして皮籠の要(かなめ)の綱を引き、掛け縄を解こうとしました。

すると、その瞬間に、有り難や。地蔵菩薩はまばゆい光を放ち、突然に梯子がばらばらに

砕け散りました。あわれにも三郎は、縄に取りすがって宙づりです。下の人々は慌て

ふためき、梯子はもう無いかと騒ぎます。お聖は、良い気味じゃと、

「うちの梯子は、このほど京へ使いに出しました。」

と、とぼければ、人々は鞍掛けは無いかと、走り回り、

「はは、鞍掛けは、昨日、井戸へ身を投げたわい、可愛そうに。」

と、嘆く内にとうとう、三郎は、どうと落ちてしまいました。太夫親子は、腰を抜かし

ておめき叫ぶ三郎を肩に掛けると、ほうほうの体で由良の港に帰っていまいました。こ

の有様を笑わない者はありませんでした。

つづく


忘れ去られた物語たち 9 浄瑠璃山椒太夫 ⑤

2012年02月25日 18時04分16秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

角太夫さんせうたゆう ⑤

 哀れ姉弟は、別れが辻までやってきました。姉弟はここで涙ならに別れて、姉は

浜へ、弟は山へと登って行くのでした。

 

 姉は、浜辺にやって来ましたが、ひと浪、ひと浪に立つ潮をどう汲んでよいものか見

当も付きません。悲しくなってまた泣き暮れていましたが、潮を汲んでいる海女人のや

り様を見ては、真似をして、涙ぐましくも潮を汲み始めました。やがて時刻も移り、外

の海女人達は、仕事を終えて館へと帰って行きます。置いて行かないで下さいと焦りな

がら、潮を汲んでいると、大きな波に桶も柄杓も押し流されてしまいました。ああ、な

んと言うことでしょう。いくら嘆いても戻って来ません。あまりの事に安寿姫は、もう

これまでと思い切り、小高い岩の上によじ登ると、そこから身投げをしようとしました。

その時、最後に残っていた伊勢の小萩は、安寿の様子を見て、慌てて走り寄って、抱き

止めました。泣き崩れた安寿は、小萩に桶も柄杓も流され、館へ帰れないと話しました。

話しを聞いた伊勢の小萩は、波間に漂う桶と柄杓を取り返して来ると、

「このような、仕事も、今日が始めてのことだから、間違いがあっても当たり前のこと

です。必ず、短気はやめにして、気長にご奉公するのです。とにかく、命が物種です。

さあさあ、一緒に潮を汲みましょう。」

と情け深くも言うと、共に潮を汲みなおし、連れだって館へと戻って行ったのでした。

 一方、海と山とに別れた弟は、只一人、友も無く、とほうに暮れて、只泣くより外に

はありません。するとそこに、里の人々が柴を担いで通りかかりました。すると、

「おや、このわっぱは、近頃山椒太夫の館に奉公する者だな。どうやら、柴の刈り方も

分からず、嘆いている様子。よりによって邪険な太夫に使われて、不運なことじゃ。

ひとつ、刈り方を教えてやろう。」

と、言って、鎌を取り直すと、これこう刈って、こう束ねよと、親切に教えてくれました。

しかし、いざその通りにやってはみるものの、そう簡単に行くものではありません。やがて、

人々はもどかしく思ったのか、

「おお、道理、道理、下職とはいえ、慣れぬうちはうまくできるものではない。しかし、

柴を刈らないで帰ったなら、邪険の太夫や三郎が打ち殺すとも限らない。さあ、皆の衆

で、柴勧進して取らせよう。」

ということになり、あっという間に三荷の柴を刈り寄せると、

「さあ、無惨なわっぱよ、これを何度かに分けて運んで行け。」

と、言い残して人々は、帰って行きました。丁度そこに現れたのは、山回りをしてきた

三郎でした。三郎は近づいて来ると、綺麗に刈り取られた三荷の柴を、不思議そうにじ

ろじろと見た後に、こう言いました。

「やあ、お前はさっき、柴の刈り方も分からないと言っておったが、なかなか、上手に

刈るではないか。これほどの腕前ならば、三荷や五荷は、遊び半分。明日からは、七荷

増して、十荷を刈れよ。それができなかったら、ぶっ殺すぞ。」

と、言い捨てて帰りました。

 厨子王丸は、これはとても叶わない、どうせ打ち殺されるならば、ここで自害して果

てようと思いましたが、

「いや、待てしばし。姉御に最期を知らせなければ、きっとお恨みあるに違い無い。」

と思い直し、そのまま山を下りました。すると、姉は、弟を迎えに山路まで来ていたのでした。

姉弟は走り寄ると、厨子王は、三郎の仕打ちを話しました。もう自害する外無いと泣き

崩れると、安寿は、

「おお、それは道理なり。私も、潮を汲もうとしましたが、うまくいかずに、身投げを

しようと思いました。しかし、お前に心を引かれて、又ここで会うことができました。

 今こそよい折節です。お前はこれより落ちなさい。」

と、再び弟に落ちるように説得を始めました。厨子王は、聞き入れようとはしません。

「その様なことを言ったから、焼き金を当てられたのですよ。落ちたければ、姉上が落

ちればいいでしょ。」

これを聞いた安寿は、とうとう怒り出し、

「何と、焼き金を当てられたのは、私のせいと言うのか。お前が、言った通りにすれば

こんなことにはならなかったのです。私の言うことが聞けないなら、今より姉と思うなよ。

弟あるとも思わない。後の世まで姉弟の縁は切りましたよ。」

と言い捨てて、帰り始めました。驚いた厨子王は、姉に縋り付いて、

「なんと短気な姉上でしょうか。落ちろと言うのならば、落ちましょう。勘当は許してください。」

と、言えば、安寿は涙を抑えて、

「おお、よしよし。嘆いていても仕方無い。ささ、暇乞いの盃をいたしましょう。」

と言うと、樫の葉を盃とし、雪を砕いて酒として、互いに盃を取り交わすのでした。

 安寿の姫は、肌の守りの地蔵菩薩を取り出すと、

「のう、厨子王丸、母上の仰せには、姉弟の身の上に自然大事のある時は、このご本尊

様が、身代わりとなってくれるとおっしゃっていました。これからは、これをお前が身

に付けなさい。しかし、これほどまでに憂き目に合いながら、どうして助けてくれない

のでしょうか。」

と、恨み事を言うのでした。ところが、その時、厨子王は姉の顔を見て、

「のう、姉上の額の焼き金の痕がありません。」

と、驚きました。安寿も厨子王の額に印が無いの見て取りました。姉弟が有り難やと、

地蔵菩薩を拝みますと、なんと地蔵菩薩が姉弟の焼き金を額に受けておられたのです。

はっと感じて姉弟は、随喜の涙を流して、感謝しました。安寿は、

「厨子王、この様な奇跡があるからは、いよいよ信じて落ち延びるのです。

これより、在所に下り寺を尋ね、出家に会って頼むのです。また、このような雪の道

では、靴を逆さに履き、杖を逆の持って、登るならば降るように見せるのですよ。さあ、

最早これまで、早く行きなさい。」

と言うと、厨子王は、

「名残惜しやの姉上様、互いに命があるならば、再び巡り会いましょう。」

と言い残して、行きつ戻りつ、振り返り振り返り、谷へと下って行ったのでした。安寿

は、後を見送って、一人つぶやくのでした。

「ああ、明日より後は、憂き事を、誰と話したものやら。恨めしい身のなれる果てじゃ。

定めし、太夫や三郎が、弟はどうしたと聞くに違いない。知らないと答えても通用は

しないだろうけれど、例え責め殺されても、絶対に白状はしない。」

と思い切ると、泣く泣く館へと戻りました。

 かの姉弟の別れの体

 只、世の中の

 物の哀れを留めたりとて

 皆、感ぜぬ者こそなかりけれ

つづく


忘れ去られた物語たち 9 浄瑠璃山椒太夫 ④

2012年02月25日 16時05分22秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

角太夫さんせうたゆう ④

 頃は、十二月三十日。京丹後の国、由良の港には、山椒太夫という者がいました。今

年、八十七歳になります。山椒太夫の館では、大年を取る準備に大忙しです。ようやく

準備も整ったところで、太夫は、五人の子供達を集めて、

「まずは、今年も何事もうまく行き、無事に暮らしてこれたので満足じゃ。これという

のも、日頃より、下々にまで慈悲深く面倒をみてきたので、天道様からのお恵みに違い

無い。さて、そこで、最近やってき姉弟に、今日より役目を言い渡すこととする。すぐ

に連れて参れ。」

と、言いました。正氏の御子姉弟は、あちらこちらと売られ売られて、終に、山椒太夫

の館へ買い取られて来たのでした。しかし、姉弟は、父母が恋しくて泣いてばかりいま

した。太夫は姉弟がやって来ると、

「やあ、お前達は、何処の者で、名はなんと申す。」

と聞きました。安寿姫は、

「我々は遙か奥州の者ですが、姉は姉、弟は弟と呼び、定まる名前もありません。」

と答えました。そこで太夫は、

「はて、珍しい風習であるな。では、国郡(くにこおり)を申してみよ。」

と、言いました。安寿姫が、

「はい、所は、伊達の郡、信夫の里の者です。」

と、答えると、太夫は、

「むう、されば、その名を取って、姉は『しのぶ』、弟は、『忘れ草』と名付ける。姉の

しのぶは浜に下がり、潮を汲め。又弟の忘れ草は、山に登り日に三荷(が)の柴を刈れ。」

と、言って、鎌と負う子、桶と柄杓を姉弟に与えました。姉弟は、言葉も無く泣くばか

りです。これを見た太夫は怒って、

「ええ、初めて役を言いつけるのに、喜びもせず泣くばかり。やれ、三郎、今日は、年

の納めであるから、年明けて、正月の山始めより、折檻して召し使え。それにしても、

正月早々、このような泣き顔を見たくも無い。この姉弟を我らが居間より遠ざけて、

三の木戸の脇の藁屋(わらや)で年を取らせよ。早く連れて行け。」

と、髭を反り返して、怒鳴りつけました。遙かの門外の藁小屋に放り込まれた姉弟は、

寒さに震えながら、

「我らが国の習いには、忌み穢れのある者が別屋(べちや)に入れられることがあっても

何の穢れもない者をこのような別屋に押し込め、このような憂き目に合わせるとは、こ

れが、丹後の習いなのか。」

と、嘆き悲しみました。ろくに食事も与えられず、空しく日々を過ごし、やがて年も明

け、今は、正月六日となりました。姉君は、厨子王に、

「如何に厨子王。今朝ほど、山始めが一両日中のことであると聞きました。とは言って

も、我々には手慣れぬ仕事。どう頑張っても出来るものではありません。お前は、山に

行くならば、私に暇乞い等せずに、直ぐに山から逃げなさい。もし、世に出たならば、

私を迎えに来なさい。」

と、教えました。しかし、厨子王は、

「姉上様、今の世の中は、壁に耳有り、岩が物を申すと言いますぞ。このことが、太夫

の耳にでも入ったなら、どんな憂き目に合うかも知れません。落ちたいなら、姉上が落

ちなさい。」

と言って、聞きません。安寿は重ねて、説得をします。

「いや、そんなことを言うのでは無い。私は女であるから落ち延びても何の望みも無い。

お前は男なのですから、家の家系図をしっかりと守って、いつでも落ちられる様に覚悟

するのです。」

と、姉弟で言い争っている所を、なんと、事もあろうに三郎に立ち聞きされてしまった

のでした。驚いた三郎は、藁屋に跳んで入ると、姉弟を引っ立てて、父の前に連れて行

きました。

「父上、こやつらが、互いに落ちよ、落ちよと言い合っていましたので、召し連れました。」

と三郎が言うと、太夫は、目玉をむいて睨み付け、

「やあ、お前達を十七貫で買い取って、まだ少しも使わぬ内から、早、落ち支度をする

とは、何事ぞ。それそれ三郎。どこの浦に逃げていっても見間違わぬように、こいつら

が、額に焼き印を付けよ。」

と、三郎に命じました。三郎は、炭火をおこすと、鏃(やじり)を真っ赤に焼き、姫君

の黒髪を手にくるくるとひん巻くと、膝の下に押さえつけて、その額に焼き金を十文字

に押し当てました。厨子王は堪らず三郎に取りすがって、

「なんという、情けも無いことを。恨めしの三郎殿」

と、泣き叫びますが、三郎は、

「なにを、生意気な。お前も同罪じゃ。」

と、言うと、今度は厨子王の髪の毛をわしづかんで、無惨にも同じく焼き金を当てたのでした。

太夫は笑って、

「はは、お前らは、心より熱い目を見たな。よく分かっただろ。さあ、既に申し付けた

通りに、今から、姉は浜へ下れ、弟は山へ行け。ちょっとでも背くならば、今度は、叩

き殺すぞ。」

と、涙も情けも無い言い様です。姉弟は、どうすることも出来ず、姉は桶と柄杓を持ち、

弟は鎌と負い子を持って、泣く泣く館を後にしたのでした。

つづく


忘れ去られた物語たち 9 浄瑠璃山椒太夫 ③

2012年02月25日 12時14分17秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

角太夫さんせうたゆう ③

 御台、安寿姫、厨子王、乳母の姥竹、そして小八の五人は、しばらく隠れて、月日を

送っておりましたが、無実の罪をなんとか晴らそうと、都へと旅立つことになりました。

慣れぬ旅路ではありますが、姥竹親子が、励まし杖となって、やがて、越後の国の直井

(直江津)の浦へと辿り着きました。ところが、足の弱い一行が、「扇の橋」に辿り付

いた頃には、もう日が暮れてしまいました。辺りには宿も人家もありません。そこに通

りかかった牛車の村人に宿を問うと、

「なに、宿か。それは、ここから山道を五、六里も行かなければ無いな。ここは、守護

様よりの御法度が厳しく、宿を貸すどころか、軒の下にも寝ることはできませんぞ。」

と、言って通り過ぎるのでした。一行は、仕方なく橋の上に、風呂敷を広げて、菅笠を

被って休むことにしました。姥竹親子は、変わり果てたこの有様に、

「ああ、如何なる過去の業にて、これほどまでに辛い目に遭うのでしょうか。おいとし

や。」

と、嘆き悲しんでいますと、夜半に所の夜回りが松明を立てて近づいてきました。橋の

上の人々を見つけるなり、何者かと咎めました。姥竹は、

「我々は、遙か東国の者ですが、故あって都へ上がる者。しかし、初めての旅で、道案

内も無く、日に行き暮れてしまい、ここで野宿となってしまいました。怪しい者ではあ

りませんので、どうぞお構いなく。」

と、言いました。夜回りの者どもが、よくよく見てみると女子供です。夜回りは、

「むう、申すことに偽りは無さそうだが、この辺りにはこの頃、盗賊どもが徘徊するに

よって詮議が厳しい。この川端を八丁行けば国境(くにざかい)である。今すぐ、そっ

ちへ立ち去れ」

と、きつく言い渡して去りました。

 この様子を窺っていたのは、人売りの大盗賊、山角の太夫でした。いつの間にか橋の

下に舟がつないであります。これは、良い商い物が居るわいと、舟から上がると、

「のう、方々は、命冥加なお人ですな。ここは、盗人原と呼ばれる所、今の様な夜回り

が毎度周りますが、その隙に往来の者を追い剥ぎして、大抵は、殺されてしまうんです

よ。そういう私は、夜回り衆の下役人。川吟味のため、これこの様に普段から舟におり

まする。見れば、女中子供衆の初旅(ういたび)さぞ難儀と見受けます。おいとしや。

明日は、私の親の忌日(きにち)ですから、報謝として、皆々様を舟に乗せて、一夜を

明かさせてあげましょう。心おきなく乗り給え。さあさあ、早く。」

と、誑し(たらし)込みました。人々は手を合わせて感謝をすると、舟に乗り込みぐっ

すりと眠りました。

 さて山角は、してやったりと、そろそろと舟を出しました。やがて舟は、河口から海

へと漕ぎ出ます。二艘の舟が見えてきました。山角が、

「やあ、それは、漁船か、仲間の舟か。これなるは、山角の太夫。」

と問うと、一艘は蝦夷の高八。一艘は佐渡の平次の舟でした。

「さては、山角の髭殿か。鳥は無いか。」

「おお、あるともあるとも。」

と、言うとすうっと舟を寄せました。山角は、向こうの舟に乗り移ると、小声でこう

言いました。

「鳥は五人おる。良きに売り分けよう。まず、佐渡の平次には、年寄りの女房二人。

蝦夷の高八には、若い姉弟二人買って行け。今ひとり、供の小僧がいるが、こいつは

鋭い面構えで、何処へ連れて行っても邪魔になろう。舟に乗り移る時に、海にたたき落

として魚の餌にしてやろう。値段は、いつもの通り五貫文。よいな。」

互いに指と指を打ち合わせて、確認をすると、それぞれの舟に戻りました。山角は、

人々を揺り起こすと、

「さて方々、朝までこの舟にと思っていたのですが、夜回りの衆より、御用の為、舟が

召されました。ここに仲間の舟がありますが、一艘では乗り切れませんので、乗り分け

ていただきます。そしてまたお休みください。」

と、また騙したのでした。辺りはまだ真っ暗で周りも良く見えません。一行は言われる

がままに、御台と姥竹が佐渡船に、安寿と厨子王が蝦夷船へと移りました。最後に小八が

乗り移ろうとした時、山角はいきなり小八の両足を払いました。これには小八もたまら

ず、海へざんぶと落ちました。もう、二艘の舟は北と南に離れて行きます。何事が起き

たかも分からぬまま、やれ子供はどこじゃ、のう母上と慌て騒ぎましたが、もうどうす

ることもできません。海に落とされた小八は、浮き上がって、

「口惜しや、謀られたか。」

と、初めて騙されたことに気がつきました。猛然と泳ぎ、山角の舟に取り付きます。山

角は、打ち殺してくれると、櫂を振り上げて叩きますが、さすがは小八。それをかいく

ぐって、舟に上がると山角の首を引っつかんで押し倒すと、小八は、

「おのれ、盗人めに騙されたとは、口惜しい。白状せねば踏み殺してやる。」

と、迫ると、山角は、佐渡と蝦夷に売ったことを白状しました。小八は、歯がみをして、

「ええ、是非も無し。せめて己を締め上げて、浦々、島々、を連れて回り、人々の行方

を捜してくれる。」

と言うと、小八は、山角を帆柱に括り(くくり)上げて、泣く泣く櫂を漕いで進んでは、

櫂で山角を叩いて鬱憤を晴らし、また漕いではして、やがて岸に漕ぎ着けたのでした。

つづく