猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 9 浄瑠璃山椒太夫 ③

2012年02月25日 12時14分17秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

角太夫さんせうたゆう ③

 御台、安寿姫、厨子王、乳母の姥竹、そして小八の五人は、しばらく隠れて、月日を

送っておりましたが、無実の罪をなんとか晴らそうと、都へと旅立つことになりました。

慣れぬ旅路ではありますが、姥竹親子が、励まし杖となって、やがて、越後の国の直井

(直江津)の浦へと辿り着きました。ところが、足の弱い一行が、「扇の橋」に辿り付

いた頃には、もう日が暮れてしまいました。辺りには宿も人家もありません。そこに通

りかかった牛車の村人に宿を問うと、

「なに、宿か。それは、ここから山道を五、六里も行かなければ無いな。ここは、守護

様よりの御法度が厳しく、宿を貸すどころか、軒の下にも寝ることはできませんぞ。」

と、言って通り過ぎるのでした。一行は、仕方なく橋の上に、風呂敷を広げて、菅笠を

被って休むことにしました。姥竹親子は、変わり果てたこの有様に、

「ああ、如何なる過去の業にて、これほどまでに辛い目に遭うのでしょうか。おいとし

や。」

と、嘆き悲しんでいますと、夜半に所の夜回りが松明を立てて近づいてきました。橋の

上の人々を見つけるなり、何者かと咎めました。姥竹は、

「我々は、遙か東国の者ですが、故あって都へ上がる者。しかし、初めての旅で、道案

内も無く、日に行き暮れてしまい、ここで野宿となってしまいました。怪しい者ではあ

りませんので、どうぞお構いなく。」

と、言いました。夜回りの者どもが、よくよく見てみると女子供です。夜回りは、

「むう、申すことに偽りは無さそうだが、この辺りにはこの頃、盗賊どもが徘徊するに

よって詮議が厳しい。この川端を八丁行けば国境(くにざかい)である。今すぐ、そっ

ちへ立ち去れ」

と、きつく言い渡して去りました。

 この様子を窺っていたのは、人売りの大盗賊、山角の太夫でした。いつの間にか橋の

下に舟がつないであります。これは、良い商い物が居るわいと、舟から上がると、

「のう、方々は、命冥加なお人ですな。ここは、盗人原と呼ばれる所、今の様な夜回り

が毎度周りますが、その隙に往来の者を追い剥ぎして、大抵は、殺されてしまうんです

よ。そういう私は、夜回り衆の下役人。川吟味のため、これこの様に普段から舟におり

まする。見れば、女中子供衆の初旅(ういたび)さぞ難儀と見受けます。おいとしや。

明日は、私の親の忌日(きにち)ですから、報謝として、皆々様を舟に乗せて、一夜を

明かさせてあげましょう。心おきなく乗り給え。さあさあ、早く。」

と、誑し(たらし)込みました。人々は手を合わせて感謝をすると、舟に乗り込みぐっ

すりと眠りました。

 さて山角は、してやったりと、そろそろと舟を出しました。やがて舟は、河口から海

へと漕ぎ出ます。二艘の舟が見えてきました。山角が、

「やあ、それは、漁船か、仲間の舟か。これなるは、山角の太夫。」

と問うと、一艘は蝦夷の高八。一艘は佐渡の平次の舟でした。

「さては、山角の髭殿か。鳥は無いか。」

「おお、あるともあるとも。」

と、言うとすうっと舟を寄せました。山角は、向こうの舟に乗り移ると、小声でこう

言いました。

「鳥は五人おる。良きに売り分けよう。まず、佐渡の平次には、年寄りの女房二人。

蝦夷の高八には、若い姉弟二人買って行け。今ひとり、供の小僧がいるが、こいつは

鋭い面構えで、何処へ連れて行っても邪魔になろう。舟に乗り移る時に、海にたたき落

として魚の餌にしてやろう。値段は、いつもの通り五貫文。よいな。」

互いに指と指を打ち合わせて、確認をすると、それぞれの舟に戻りました。山角は、

人々を揺り起こすと、

「さて方々、朝までこの舟にと思っていたのですが、夜回りの衆より、御用の為、舟が

召されました。ここに仲間の舟がありますが、一艘では乗り切れませんので、乗り分け

ていただきます。そしてまたお休みください。」

と、また騙したのでした。辺りはまだ真っ暗で周りも良く見えません。一行は言われる

がままに、御台と姥竹が佐渡船に、安寿と厨子王が蝦夷船へと移りました。最後に小八が

乗り移ろうとした時、山角はいきなり小八の両足を払いました。これには小八もたまら

ず、海へざんぶと落ちました。もう、二艘の舟は北と南に離れて行きます。何事が起き

たかも分からぬまま、やれ子供はどこじゃ、のう母上と慌て騒ぎましたが、もうどうす

ることもできません。海に落とされた小八は、浮き上がって、

「口惜しや、謀られたか。」

と、初めて騙されたことに気がつきました。猛然と泳ぎ、山角の舟に取り付きます。山

角は、打ち殺してくれると、櫂を振り上げて叩きますが、さすがは小八。それをかいく

ぐって、舟に上がると山角の首を引っつかんで押し倒すと、小八は、

「おのれ、盗人めに騙されたとは、口惜しい。白状せねば踏み殺してやる。」

と、迫ると、山角は、佐渡と蝦夷に売ったことを白状しました。小八は、歯がみをして、

「ええ、是非も無し。せめて己を締め上げて、浦々、島々、を連れて回り、人々の行方

を捜してくれる。」

と言うと、小八は、山角を帆柱に括り(くくり)上げて、泣く泣く櫂を漕いで進んでは、

櫂で山角を叩いて鬱憤を晴らし、また漕いではして、やがて岸に漕ぎ着けたのでした。

つづく


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