ワニなつノート

高校集会(03)

「定員内不合格は出さないから、入学はできる。
でも、義務教育じゃないから、単位を取らないと進級できない」

「定員内不合格は出さないから、入学はできる。
だけど、試験で点数が取れないのに、進級させてしまうのは…。
他の子たちがどう感じるか…。
他の子も赤点や留年することもあるのに、障害児だけが赤点がなく誰でも進級できるというのは、他の子との公平性を考えると……」

「結局、一年後には、進路変更という形で特別支援学校の高等部に転校していくことになる」


これらの発言を聞いて、「変だ!」と感じる人はどれくらいいるのだろう?

私はその分科会で、「義務教育じゃないから…」という言葉を聞くたびに、「義務教育じゃないから、という差別」という言葉が浮かんでいた。


これまでの人生で、「義務教育じゃないから」という言葉のあとに、やさしさを感じる言葉を聞いたことがない。

「義務教育じゃないから」のあとには、必ず「脅し」や「制限」、そして「差別」てきな内容が続いた。

「義務教育じゃないから」といえば、子どもの思い、子どもの置かれた環境や事情、子どもの人生のことは考える必要がなくなる、と思っているんじゃないだろうかとさえ感じる。

           ◇

ふと思い返してみる。

「義務教育じゃないから」という言葉を、「差別」だと感じるのが、多数ではないとしたら、私はなぜ、それを「確信」しているんだろう?

最初に、「義務教育じゃないから」という言葉に「悪意」を感じたのはいつだったか?

それは覚えてる。
高校1年生のときの担任。
「高校は義務教育じゃないんだから、勉強する気がないんなら、さっさと辞めろ。おれが、仕事紹介してやるから」
または、「「高校は義務教育じゃないんだから、やる気がないならそこの窓で首でもつってしまえ。おれがロープ用意してやる」

いまなら、新聞記事にでもなりさそうなセリフを、毎日のように言われてた記憶がある。
一対一で話せば、親身になって話してくれる先生ではあったが、教壇に立つと鬼のようだった。
野球部の監督で、不良のお兄ちゃんたちも、あの先生だけは恐がっていた。
なぜならケンカも強く、本気で殴るから。その他いろいろ。

それから約30年後、その先生が県教委の指導課長になっていて、その県の障害児の高校進学に、微塵も理解をみせなかったという。

            ◇

そのときに、先生の言葉がおかしいと思えた訳ではない。
むしろ、それは本当のことだと思っていた。
高1の一学期、数学も英語も地理も赤点だった私は、高校は無理かな~と思い、本気で辞めようと思っていた。

「高校は義務教育じゃないから」という言葉を差別だと感じるようになったのは、初めて勤めた定時制高校のおかげだった。

最初は、障害のある生徒の「介助員」としてだった。
東京で初めて介助が必要な、いわゆる重度の自閉といわれる子が入学することになったが、「介助員」等の制度がないため「講師」として採用された。

その高校は、基本的に「定員内不合格」を出さない学校だった。
学年5学級の東京で一番大きな定時制高校だったが、定員内不合格は出さなかった。

しかも15歳の人口がピークのころだったし、暴走族ややんちゃなお兄ちゃんの全盛時代だったから、とにかくにぎやかな学校だった。
学校の廊下を、自転車やバイクが走っていたし、男子トイレの個室のドアは全部壊れていたりした。

こういうのマンガで見たことある、そう思った。


でも、その学校での17年という年月が、「義務教育じゃないから…」という言葉が差別であり、虐待だという確信を私に教えてくれた。

(つづく)
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