和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

文章を書く上に。

2023-02-27 | 道しるべ
詩も言葉で、散文も言葉。
だからって、分けるのも何なのですが、
とかく分けた方がゴッチャにならない。

そこで、詩と散文と散文詩を並べておきます。
はい。ここには、『エンピツ』を例にとって。

はじまりに、神戸市菊水小学校四年の詩。

        雪    平井健允

    詩を書いていると
    雪が降ってきた
    エンピツの字がこくなった


つぎには、井上靖の「『きりん』のこと」という文から
この四年生の詩を引用してから、指摘されている箇所を。

「『雪』という詩になると、大人はもう敵(かな)わない。
  雪が降ってくると、実際に鉛筆の字はこくなって感じられる
  であろうと思う。大人では感じられないことを、少年は
  少年だけが持つ鋭い感性によって感じとっているのである。

  私はこれらの少年、少女の詩から、
  文章を書く上に、いろいろ教えられている。

  それぞれが、大人の詩人たちでさえ及ばない
  ようなものを持っているからである。

  しかし、こうした詩を読むことによって得た
  一番大きい貰いものは、小学校時代の子供たちが、
  例外なく鋭い感性を持ち、それを虫が触覚でも振り回すように
  振り回して生きているということを知ったことであった。・・  」

 ( p70  井上靖著「わが一期一会」毎日新聞社1982年  )


はい。井上靖には『雪』と題する散文詩がありました。
昭和40年5月号に掲載されたもの。つぎは、こちらを引用。


        雪     井上靖

   ――雪が降って来た。
   ――鉛筆の字が濃くなった。

   こういう二行の少年の詩を読んだことがある。
   十何年も昔のこと、『キリン』という童詩雑誌でみつけた詩だ。

   雪が降って来ると、私はいつもこの詩のことを思い出す。

   ああ、いま、小学校の教室という教室で、
   子供たちの書く鉛筆の字が濃くなりつつあるのだ、と。

   この思いはちょっと類のないほど豊穣で冷厳だ。
   勤勉、真摯、調和、
   そんなものともどこかで関係を持っている。

     ( p97~98  「井上靖全詩集」新潮文庫  )
     ( p104~105 「自選 井上靖詩集」旺文社文庫 )


    注:散文のように、つながって書かれているので、
      かってに、私なりの改行をしてしまいました。



ちなみに、『キリン』といえば、竹中郁さん。
竹中郁の詩に、鉛筆が出てくる詩があります。
こちらは、雪でなく夏でした。その詩を引用。


         夏の旅     竹中郁


      えんぴつをけずる
      えんぴつは山の匂いがする
      えんぴつは苔の匂いがする
      芯には鴉のつやがある
      安全かみそりの刄のつやがある

      えんぴつをはしらせる
      谷川を下る筏のさけび
      風にはねかえるつばめの反り
      おお えんぴつを使うと  
      夏の旅はすこぶる手軽だ
      二千円の旅も十円だ


はい。この詩が載った詩集『そのほか』を、
足立巻一氏の解題から引用しておくことに。


     第八詩集『そのほか』

 昭和43年12月25日、神戸市東灘区御影本町二丁目、
 中外書房より刊行。・・定価千円。署名本千五百円。
 ・・・・

 この時期、詩人は井上靖のすすめにより子どもの詩誌
 『きりん』の監修・選評及び子どもの詩の指導に没頭した。

 『きりん』は昭和23年2月、大阪尾崎書房から創刊され、
 曲折をへて東京理論社に発行を移譲し、46年3月に通巻
 220号で終刊した。

 その間、竹中は子どもの詩の選評をつづけた。
 『そのほか』という書名も、子ども詩が仕事の中心であり、
 詩作も余業という考えからつけられた。・・・・・

 杉山平一は44年7月刊の『四季』第五号で『そのほか』を評し、

『 かつての清冽な、星とかがやく純粋な光への志向は、
  詩人にとっては、そのまま人間性の純粋そのものへ
  の志向にふくらんでいる。

  氏が、戦後果たした『きりん』という子供の詩の
  育成への情熱は、子供のなかに清冽な純粋をみたからであり、

  その育成は、そのまま竹中氏の詩作そのものであったにちがいない。 』

 と評した。理解の行き届いた評言である。  」

(  p736~737 「竹中郁全詩集」角川書店・昭和58年  )


       








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