今日を迎えるまでの念入りな打ち合わせ。
実行委員会の皆さんの心遣いが胸に沁みます。
実行委員さんは、ふじさんホールの『忘っつぃんのぉ』にも参加してくださいました。
お知り合い、お友達、地域の方へ参加へのお声掛け、ありがとうございました。
おかげで300人を超える皆さんと、時間を共に過ごせました。
私もステージ、頑張りました。
我ながら、1945年の時空をリアルにたどる感覚と声が織りなした『広島 すずめ』になったと思います。
今日は音環境の準備の時に、ノイズの原因探しに走り回ることに。
時間は迫るし焦ります。
ピアノも年季が入っているから、原因から外せないし、ケーブルも年季もの。
少しずつ、新しいものに変えつつあるけれど、一度には難しい。
こういう時、私は全く役に立たない。
今年こそ、機材は整えないと...このヒヤヒヤ感はいらないストレスです。
技術者のみなさんで頑張ってくださり、原因解明。
間に合いました。
そして...
今日の楽屋へのケイタリングの配慮には、makotoさんもnayuちゃんもテンション上がりました。
本番前はたくさん食べることはできないので...と伝えてありましたが、思いがけずニヤリとするアイディアや心遣いに盛り上がります。
ほんの少しの休憩時間、楽屋でプチコーヒーバー(笑)
これも、かなり嬉しい。
ありがとうございました。
本番の写真は後ほどに。
実行委員の皆さんは、歌語りステージへの期待はもちろんでしたが、活動の支援をあの手、この手で考えてくだ去った事にも頭が下がります。
みんなで共有した、今回のステージのイメージは「祈り」です。
すずめのおじさんの人生を借りて伝える「広島 すずめ」。
大切なことは、この歴史から私たちは何を学ぶか。
終了後のお弁当を食べながらのシェア会は、ストーリの深さに盛り上がってくださり、若い青年の「平和」という言葉の概念の本音も聞き逃せない充実した時間でした。
世界中に核兵器廃絶に向けて活動している人がいて、核廃絶に向けた活動が平和賞を受賞しても核弾頭は無くならない。
それでも考えなきゃならないし、言葉にしなくてはならない問題。
今日の最後に残したいと思ったメッセージは「生きる 生ききる」こと。
ここへの展開はコンサートに来てくださった方にはわかってもらえたと思います。
今週末、広島へすずめのおじさんに会いに行ってきます。
今年90歳。
おじさんの人生が、今を生きるみんなの力になっている事を元気なうちに伝えなきゃと思うのです。
実行委員の皆さんは歌語り活動への理解、そして、すぐの広島行きの新幹線の切符代や、日々の生活の事、生き方そのものを応援してくださる事が伝わってきて、ご苦労を超えて生きてこられた皆さんのご配慮や心遣いに頭が下がります。
活動や、秋になったら整えようと計画している機材も、お金はいくらあっても追いつきません。
アーティストは時に、自分の存在の価値や生き方に孤独を感じながらも、人生を貫いた者が生き残る。
プライドは成長を妨げるとはいうものの、口に出せない痛みを上からでなく、同軸のように理解してくださる人がいるからこそ、歩んでこれたのです。
バックミラーに映る、見えなくなるまで手をふり送ってくださる姿に涙が込み上げました。
大月のみなさん、ありがとうございました。
おかげで私はまた前進できます。
少し落ち着いたら、活動20年の今年、今後の歌語り人生を賭けて声にしてみた、活動への協賛について書きます。