自然界の現象は統計を取ると標準偏差の曲線になる。 ただし、要素を別のものにすると、同じような標準偏差曲線を描くが、横軸の対象は全く別の動きをしているし、一つの対象がどの統計でも分布曲線の上位または下位に常にあることはない。通常はほとんどが中央の正規分布に収まっている。そして、どんな現象であっても一部特異な数値を示す対象があるが、それはそれぞれの個性であって決して否定されるものではない。かえって、そ . . . 本文を読む
その価値を創造するのは個人であり、私自身である。 価値は無限に創造できる。簡単である。自分で価値を認めれば、どんなものでも価値あるものとなる。ただの石ころであっても自分なりの価値を認めれば、価値あるものに変化し、その石ころを自分なりに加工すればより高い価値のものに成長してゆく。石ころは世界中のどこにでも転がっており、タダ同然である。最初の材料は地球上に存在するもので、これを加工してより価値の高いも . . . 本文を読む
60~70年代に展開された安保闘争である。 私は小学校、中学校の頃で、大人達が何で血相を変えて騒いでいるのかがよくわからなかった。また、反対ありきで中身は何も見えないし伝わってこなかったのを覚えている。大学入試の時もまだ全国の大学で学生運動が続いており、学園は荒れに荒れていたのを思い出すが、私にはほとんど関心がなく、有り余ったエネルギーを体制批判にぶつけているだけにしか見えなかった。みんながやって . . . 本文を読む
偽情報が騒がれている。 偽情報であっても発信者がいるのであろう。その発信者がはっきりしていれば、偽情報ではなくなるし、その情報の真意を発信者に確かめることができる。その情報に対する責任もはっきりする。そうであれば、なぜ偽情報が世界を飛び回っているのだろう。原因ははっきりしている。情報の発信元がわからない状況で発信している又は発信されているのである。そうであれば、すべての発信されている情報に発信元の . . . 本文を読む
バイデンさんとトランプさんの戦いを見ているとこの言葉が浮かんでくる。 徹底したグローバリズムも徹底したナショナリズムも現実には存在しない。いずれも考え方で、現実を前にしてはどうしようもない矛盾が生じるばかりである。現実は、ある時はグローバリズムをある時はナショナリズムを適用して対処してゆくのであろう。そして、結果的にはグローバリズムとナショナリズムの中間を目指して調和を図ってゆくのだろう。東洋 . . . 本文を読む
マイナス金利政策を脱却してプラス金利になるらしい。
これは私にとってどんな意味があるのだろうと改めて考えてみた。貯金の金利がプラスになり、借金の金利もプラスになる。貯金のプラスは私の収入になるが、借金のプラスは私の支出となる。これに対応するためには「借金をしないで貯金をしなさい」と言うことらしい。難しいことを言わないで、簡単に考えたらこういう結論に落ち着く。結局は借金している人が損をして、貯金 . . . 本文を読む
日本国民の多くが何のために生きているのかで悩んでいる。
その悩んでいる人の中のほとんどは、考えても仕方ないと途中であきらめて放置したままで生きている。胡麻化しながら生きているとも言える。本当に真剣に考えだしたら、見つからない答えを見つけようとして、見つからないことに絶望して生きることができなくなる。最悪はこんな自分の人生を悲観して自死に走るかもしれない。自死も一つの逃避であるが、自死で問題が解 . . . 本文を読む
あちこちで発生しているようだ。
学校は事件が発覚すると、当該運動部を活動停止し、連盟に報告し、対外試合禁止処分とするのが定例となっている。最終的に高校側は対象者を校則違反として謹慎処分などの処置をして、終わりになっている。果たしてこれでいいのだろうかと思ってしまう。そして、時が経てばまた元通りになって、何もなかったのように活動開始され、試合出場も許されている。これで本当に問題が解決しているのだ . . . 本文を読む
近くの郊外を20年以上ウオーキングしているが、
観察していると、野良猫、野良犬は人間の住居近くにしかいないことに気づいた。特に野良猫は人家近くでしか見ない。犬は時々人里離れたところで見ることはあるが、リードが外れた迷い犬であることがほとんどである。何でだろうと考えてみると、野良猫、野良犬は人間とともに生きているのである。反対に言うと、人間のいないところでは生きていけ . . . 本文を読む
若者に対してよく使われる。 無限大の可能性があるということは、一つ一つの可能性は無限大分の一であり、ほとんど可能性がないに近い。あらゆる可能性を持ってはいるが、ある一つの可能性は極小の実現の可能性しかないこととなる。果たしてどの可能性が将来実現するのかはやって見なければわからない。結局は宝くじより確率は低いが、宝くじでも必ず当たりはあるのである。無限大という考え方は面白い。 数字には自然数、整数、 . . . 本文を読む
日本人の助け合いの精神は海外でも評価が高い。
ところが、日本国全体の評価は世界では最下位に近いようである。見知らぬ赤の他人を助けることは日本人にとって不得手であるようだ。だからと言って、身内の小集団の中での助け合いは素晴らしいものがあり、その集団に属すれば手厚いもてなしを受けることができるのである。外国の旅行者が日本を訪れて日本国民と直接交流すると、その親切心に心から感動してしまう。災害が起き . . . 本文を読む
約束は未来に向かってするものである。
未来は予測困難で、いつ何が起こって約束を果たせなくなるかは誰にもわからない。それなのに我々は安易に約束をしてしまう。通常約束する時は、このまま状況が変化しなければ予定通り約束を果たせるという意味だとお互いに思っている。日本の交通機関は通常定時運行されていて、その信頼性が高いので、他の交通手段にもまして公共の交通機関を利用する。約束をより確実に守りたければ公 . . . 本文を読む
昔、職場でパーティーがあって私の上司が悪酔いして事務所に帰ってきた。
どうやらボスに酒の勢いを借りて日頃から言いたかったことをぶちまけたようだ。ところがボスに大上段から一喝され何も言えなくなって、最後は「何様と思っているんだ、自分の立場をわきまえろ」というような決まり文句で一蹴されたようだ。そのあとヤケ酒に近いほど大量飲酒して事務所に戻って我々の前で事のいきさつを説明して鬱憤を晴らしていた。そ . . . 本文を読む
世界中の人が自分を大切にする心を持てば、世界は平和になる。
誰だって自分は大切である。何を言っているんだとご立腹の方もいるだろう。でもよく考えて、冷静に客観的に自分自身に立ち返って問いかけると、どう考えても自分を大切にしているとは思えない。わかりやすく言うと、生まれたての赤ん坊のように真っ裸の自分で居れるかという問いである。確かに世界中の人が生まれたての真っ裸の赤ん坊であれば世の中平和になる . . . 本文を読む
毎日のようにインターネットやSNSで情報検索しているが、
どこに行っても広告が我が物顔に見ている人とまるで関係なく垂れ流されている。当然ながら無視しているが、目障りで仕方ない。次から次に飛び出てくる広告は自分の望むものとはまったく関係なく、こんな広告を見て商品を買ったり、これをきっかけに新たな情報を得たりすることは全くない。思いつくところで、こんな広告から金を出して商品を買ったことも過去に全く . . . 本文を読む