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福岡時代の師匠の還暦祝いから30年

 今から30年前の昨日90年11月26日は福岡時代の師匠の還暦
祝いが行われて出席し師匠を囲んで先輩方や師匠の兄弟達と大
いに盛り上がったのだが、まさかこれが最後に見た師匠の元気
な姿になるとは思わなかった。

 私は高校卒業後に父の兄弟子だった福岡の師匠の下で6年間
修業した後に、1年半ばかり蒲田の師匠にお世話になったわけ
で2人の師匠がいるわけだ。

 福岡時代の師匠はコテコテの職人上がりだった事もあり私も
不器用だったので言われた事を上手くできなかったりすると、
かなり厳しく怒られるなど怖い存在だったのだが当然ながら大
いに尊敬できる人だった。

 師匠の誕生日は11月29日だった事から近い月曜日の26日にOB
会を中心にした還暦祝いを行ったわけで、師匠も凄く楽しそうに
していたのだが翌年
1月の第4月曜日に行われるOB会の新年会に
師匠の姿はなかった。

 出席した師匠の奥さんが言うには肝硬変を起こしての入院と
の事だったが、それから2か月半後の4月に亡くなったのだから
本当に残念な話。

 職人上がりの師匠はヘマをすると蹴りが飛んで来るなど典型
的な昔かたぎで私自身が不詳の弟子だったので、弟弟子である
父から預かったという事もあり他の人以上に厳しく指導された
感じだった。

 とはいえ卒業生だった先輩とはにこやかに話す姿を度々見て
いたので‘卒業したら師匠とこんな感じで交流したい’と思ってい
たし、蒲田での近況報告をすると嬉しそうにしている姿を見て
実家に戻ったらこういった交流ができるのかと楽しみにしてい
たのだった。

 実際に還暦祝いでは挨拶に行くと‘最近〇〇になってな’と、
にこやかに話していた姿が忘れられない。

 また子供好きだったのでOBの子供達を凄くかわいがってい
たので、結果的に大いに遅れる事になったのだが私の子供も
抱いたりして欲しかったという思いもある。

 もっとも若い頃から‘太く短くでいい’と語っていたのを思い
出すが、さすがに60歳というのは早過ぎるし
存命だったら私の
結婚式にも出席して欲しかったと今でも思うのだ。

 

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