草むしりしながら

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草むしり作「わらじ猫」中13

2020-02-21 17:04:10 | 草むしり作「わらじ猫」
草むしり作「わらじ猫」中13
大久保屋の大奥様⑬
鈴乃屋善右衛門2

「大奥様タマを手前どもにお譲りいただけませんか」
 鈴乃屋がやっと用件を切り出した頃には、お秀が二度目のお茶のお代りを運んできて、タマは岡田屋のご隠居の膝の上で居眠りを始めていた。
 何とも不思議な男だ、本来の用件を切り出したとたんに、またもとの抜け目の無い目つきの男になった。

―しかし、この男何かに似ている。
 さっきから大奥様はそのことばかり考えていた。喉まで出かかった答えが出てこないのがじれったい。大奥様の頭の中はそれで一杯だった。
そんな大奥様の前に鈴乃屋はちんまりと正座して、畳に額をこすりつけるくらいに頭を下げている。手も足もやけに短くて太くい。
―ああ、これで裃を着せたら福助様だわ。
大奥様がやっと何に似ているのかを思い出した。
―ほんとに、よく似ているわ。
と思っているのだが。もちろんそんな余計なこと、大奥様は決して口にはしない。
その代わり「まあ頭を上げて、詳しい話を聞こうじゃありませんか」といった。

 鈴乃家の話によればお城の穀物蔵に鼠が異常発生していると言う。今はまだ穀物蔵だがそろそろ米蔵のほうも怪しくなってきたようだ。このままではいずれ米蔵にまで被害がおよびかねないと言うのだ。 鈴乃家のほうも手をこまねいてみていたわけではなかった。自慢の猫たちを次から次に送りこんでいるのだが、一向にらちが開かないどころか鼠は増える一方だった。

「そこでタマに白羽の矢が立ったってことですか」
「さようでございます。この鈴乃家善右衛門にお力をお貸しください」
 鈴乃家が頭を深々と下げた。福助さまが頭をよぎりにニヤリとする大奥様であった。
「困りましたね、鈴乃家さん。力を貸してあげたいのは山々なのですがね、なにぶんタマはわたしどもの猫ではないのですよ」
「かわら版にはおなつという、ここの下働きの女中が拾って育てたとありましたが」
「瓦版のおかげでおなつもタマもすっかり有名になっちまいましたがね。そんなわけでわたしの一存ではご返事出来ないのですよ」
「大奥様ここに二十両ございます。何でもそのおなつの父親は足場から落ちて骨を折って以来、大工仕事もままならないと聞きました。この二十両があればおなつの親元の暮らし向きもめどが立とうかと思いまして、多めに用意させていただきました」

 タマは岡田家のご隠居の膝の上で相変わらず居眠りをしていた。ただ話しの中におなつと言う名前が出てくると、尻尾の先をチョコチョコと動かし、耳をピクピクとさせている。
「まあ、そんなこともお調べになったのですか。だったら伊勢屋さんのこともご存知ですよね」

「世の中にはずいぶんと勝手なことを申すやからもいるようでございます。そんな者の家の床柱で爪を磨ごうが、鍋の蓋を開けて煮しめに口をつけようが、よくやったと誉めてやりたいくらいです。しかしまあイタチとは恐れ入りました」
 普段はめったに人の悪口は言わない大奥様だったが、伊勢屋のことはよほど腹に据えかねたのだろう。鈴乃屋に聞かれるままに、昨日のあらましを話して聞かせた
伊勢屋は世間の注目を浴びたいのだろうか、それとも本当にタマは伊勢屋の猫だったのだろうか。真相は藪の中だ。ただ言えるのはいくら総檜つくりの住まいを新築しようとも、値の張る壷や皿を買い集めようと、世間での評価は成り上がりものでしかなかった。
 
   タマのことで騒動を起こしたのも、大久保屋の商品の評判の良さに対する嫉妬があったのかもしれない。昨日や今日上がるものではない評判を、伊勢屋は金で買うしかないのだろう。世間に認められるような何かを自分の物にしたかったのだろうか。それとも手前勝手の度がすぎるだけなのだろうか。近頃はこんな手前勝手が多くなったと聞くが、世間ではこういう輩をもののけと呼んでいるようだ。



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