草むしり作「わらじ猫」後4
大奥のお局さま④大奥生き物事情1
それからしばらくしてのことだった。大奥のお広敷の一角では、奥女中たちが診察の順番を待っていた。犬や猫を抱いた女中に混じって、中にはどう見たって鶏だと思える鳥や、鉢に入った金魚まで大事そうに抱えている女中もいる。
―死んでしまわないうちに、早いとこ鶏鍋にでもして食っちまえばいいものを。
遠目で鶏を見ながら鈴乃屋は思うのだった。
人間ならばさしずめ御天医といったところだろうか。しかし残念ならが鈴乃屋善右衛門は医者ではない。幕府ご用達の生き物問屋の主である。しかるに医者面をして大奥で犬猫の診察をしている。理由は簡単だ、馬や牛を治す馬医はいるが、犬猫を診る医者などいないからだ。だからこうやって月に一度は大奥にお納めした生き物の診察をするのも、幕府ご用達商人の大切な仕事だった。
心配そうな顔をして奥女中が抱いている犬はずいぶんと太りすぎている。
「これは食べすぎでございます。このままだと心の臓に脂が回って、息が出来なくなってしまいますぞ。」
鈴乃屋は犬の腫れあがった前脚の関節に、秘伝の膏薬で湿布をした。腫れが引くまでは安静にするように言いおき、十日分の薬を渡した。くれぐれも餌をやり過ぎないようにと何度も注意をした。
大奥の犬や猫はどれも太り過ぎている。鯛の切り身に生卵は当たり前で、中には鶉(うずら)のあぶり焼が大好物だというおそろしく口の肥えた犬もいる。その上に饅頭や羊羹のご相伴にいつも与(あずか)っている。これでは痩せているほうがおかしいしいくらいだ。さっきから連れてきた女中の顔がやけに小さく見えるのは、抱いている犬のほうがそれだけ太っているからだ。
ただ太っているだけならまだ愛嬌の内で済まされるのが、問題はそれによって色々な病気を伴っていることだ。今診ている犬は足が痛いためだろうが、動くのを嫌がる。その上に一日中食ちゃぁ寝食ちゃぁ寝を繰り返すばかりなので、ますます目方が増えてますます足に負担がかかっている。
中には柔らかいものばかり好み、歯茎がブヨブヨに腫れて歯が落ちてしまったものや、目の上や足の付け根に瘤の出来たもの、体がむくんでしまったなどと色々な症状の犬や猫がいる。鈴乃屋の見立てによるとほとんど食べすぎが原因だった。その上人間と同じ味付けなのでどうしても塩気が強すぎるのだろう、涙目の犬や猫も沢山いる。
餌に関しては事細かく注意しているにだが一向に効き目がない。「だって食べたがるのですもの」の一言で片付けられてしまう。何かもっといい手立てはないものかと鈴乃屋が考えている時だった
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