草むしりしながら

読書・料理・野菜つくりなど日々の想いをしたためます

童話書きました

2018-07-20 22:04:42 | 日記
 苦うりと狐

 これはお婆ちゃんが子どもの時のお話です。
山の中の小さな村に、お椀を伏せたような丸い形の山がありました。女の子の家はこの山の麓にありました。お父さんとお母さん、お祖父さんや三人の姉さんたち。女の子は大勢の家族と毎日、賑やかに暮らしていました。  
一方山の中腹のブナの木の下には、狐の巣穴がありました。巣穴には子狐のギンが、お母さん狐と一緒に棲んでいました。一緒に遊ぶ友達や姉弟もいないギンは、時々女の子の家にやって来てはいたずらをしました。
 カゴの中の甘柿を渋柿とすり替えたり、後で食べようと思って残しておいた卵焼きを食べてしまったり。いたずらと言っても他愛の無いものでした。でもそのいたずらの被害にあうのは、決まって女の子でした。女の子はギンを懲らしめるいい手立ては無いものかと、いつも思っていました。
 今日も学校から帰ると、庭で飼っている雄鶏に追いかけられました。きっとギンが雄鶏をけしかけたのに違いありません。こんな時に限って家には誰も居ません。畑の中を逃げ回りもう少しで突かれそうになった時、お祖父さんが帰って来て助けてくれました。お祖父さんは泣いている女の子に、ビスケットをそっと渡してくれました。女の子は嬉しくなってすぐに泣き止みました。
  女の子がビスケットを食べていると、田んぼからお母さんが帰って来ました。お母さんは畑でキュウリの種を撒き直しています。女の子が畑の中を逃げている時に、出たばかりのキュウリの芽を踏んでしまったのです。  
 女の子はお母さんのお手伝いをしようと思ったのですが、食べかけのビスケットが気になります。そのまま残しておくと、ギンにまた食べられてしまうかもしれません。女の子は大急ぎで残りのビスケットを食べてしまうと、畑に走って行きました。
 女の子がキュウリの種を畑に蒔こうとしたら、急にしゃっくりが出てきました。しゃっくりがどうしても止まらず困っている女の子に、お母さんが笑いながら言いました。
「慌てて物を食べたりするからよ。井戸に行って水を飲んでごらん」
 水を飲むと本当にしゃっくりが止りました。
「良かった、苦うりの芽が無事で」
 畑の隅で苦うりの芽を見つけたお母さんが、嬉しそうに言いました。苦うりとはその名の通り苦い味のするうりのことです。女の子はこの苦うりが嫌いだったので、そっちの芽の方を踏めばよかったと思ました。
 
 梅雨明け間近の夕暮れ時でした。
「明日は『おらんだ』にしよう」
 お母さんが初なりの苦うりを見て言いました。女の子はおらんだが嫌いだったので、「嫌だなぁ」と思いました。おらんだとは苦うりとナスとで作る料理のことで、女の子の住んでいる地方では、夏になるとどこの家庭でも食べます。 
 作り方は簡単で、苦うりとナスを油で炒めて味噌で味をつけます。その上に水で溶いた小麦粉でとろみをつけて出来上がりです。苦うりを入れるからなすまで苦くなってしまいます。お母さんは苦い所が美味しいと言うのですが、女の子は苦いから嫌いです。
「苦うりなんか植えなければいいのに」
 畑の苦うりを見て、女の子は思いました。でもその時鶏小屋の陰で、黄色い尻尾がチラリと揺れたのが見えました。女の子はいいことを思いつきました。
「明日はおらんだだ。嬉しいなぁ」
 女の子は苦うりを見ながら大声で言うと、スキップをして家に帰りました。
 次の朝早く女の子は畑に行ってみました。畑には狐の歯型の付いた苦うりが転がっていました。苦うりをひと口噛んだギンが、あまりの苦さに驚いて逃げて行ったのでしょう。小さな狐の足跡が無数に残っていました。
 
 あれから永い歳月が経ちました。女の子もとんと年を取り、お婆ちゃんになりした。あれほど嫌いだったおらんだも、いつの間にか大好物になっていました。苦うりは今ではゴーヤと呼ばれるようになりました。沖縄料理のゴーヤチャンプルーはすっかり有名になりましたが、おらんだの方はあまり有名になりませんでした。けれども女の子の住む地域では相変わらず食べられています。そして大人は大好きですなのですが、子供皆嫌がります。
 それに比べ世の中は大きく変わってしまいました。近頃では鹿や猪が田畑を荒し、狐はまったく見かけなくなりました。若い人たちは町で暮らし、子供たちの姿もみかけなくなりました。子供がいなくては狐もいたずらができなくて、寂しいのではないでしょうか。
 雨上がりの畑では苦うりの実が大きく育っていました。お婆ちゃんは不意にギンのこと思い出しました。ギンも年を取って苦うりが好きになったことでしょう。
 その時です、倉庫の陰で黄色い尻尾がチラリと揺れたのが見えました。
「明日はおらんだ、うれいな」
 お婆ちゃんは嬉しそうに言いました。

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