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草むしりしながら

読書・料理・野菜つくりなど日々の想いをしたためます

草むしり作「ヨモちゃんと僕」前14

2019-07-29 10:09:24 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前14

(冬)信雄ちゃんと明子ちゃん⓶

「来ちゃダメ」
 ヨモちゃんは僕が行くと怒って逃げていきました。でも決して遠くにはいかないで、庭の飛び石の上にちょこんと座ってそっぽを向いています。でも耳は後ろを向いて僕のことを気にしています。
「一緒に遊ぼうよ」
僕はヨモちゃんの後ろから近づいていきました。
「来ちゃダメだって」

 ヨモちゃんは怒ってまた少し離れたところに逃げていくのですが、決して遠くに行ったりしません。それに怒ってぼくを噛んだりもしません。
「ヨモちゃんって僕が何をしても怒らないンだ」
 ヨモちゃんが本気で怒らないのをいいことに、僕は次第に気が大きくなっていきました。本当はヨモちゃんの方が僕の何倍も強いのに、いつの間にか僕はヨモちゃんよりも自分の方が強いと勘違いしていました。

「ほら、ほら、ヨモちゃん。遊ぼうよ」
 僕は体の毛を膨らまし、ななめに歩いてはヨモちゃんに向かっていきました。
「わー、フサオったら好かんが。ヨモギにタイマン張っちょる」
 お母さんが斜め歩きをする僕を見て言いました。確かに見ようによっては不良が肩を怒らせて与太っているようにも見えます。僕はヨモちゃんの気を引きたいだけだったのですが。

「ヨモギが優しいのをいいことに、近頃じゃフサオの方が威張っちょる。人間の世界も猫ン世界も一緒じぁ、元からいるモンよりも、後からきたモンの方が威張りくさる」
「なにそれ、私のこと」
「あはは、どこン家でん、一緒じゃぁちゃ」
 ムッとした顔をしてお父さんを睨んでいるお母さんの横で、おサちゃんが大笑いをしています。

「しかし、明子ちゃんもすっかりここン人になったなぁ。信雄ちゃんが東京から連れて来た時には、芸能人のごとお洒落じゃたのに。どこ行く時でん、ハイヒール履いちょったろがぇ」

「ねぇヨモちゃん、明子ちゃんって誰のこと。信雄ちゃんって誰」
 おサちゃんが聞いたことの無い人の名前を言うので、僕は不思議に思ってヨモちゃんに聞いてみました。
「あんた、そんな事知らないの。お母さんの名前が明子で、お父さんは信雄っていうのよ」

 信雄さんと明子さんは恋愛結婚で、東京で知り合ったそうです。東京の大学を出た信雄さんは、そのまま東京の会社に就職しました。明子さんとはその頃、友達の紹介で知りあったそうです。
 
 仕事も恋愛も順調で、信雄さんはこのまま東京で暮らすつもりでした。ところが信雄さんのお父さんが病気になり、ミカン山の仕事ができなくなってしまいました。
 
 信雄さんのお母さんは家のことなど気にせずに、そのまま東京で暮らすように言いました。みかん山はもうやめて、みかんの木も切ってしまうから心配しなくてもいいと言ったそうです。
 
 子供の頃からみかん山で働く父親の後ろ姿を見て来た信雄さんには、それはとても辛いものでした。信雄さんは自分の家のみかんに誇りを持っていたからです。しばらく悩んだ末に、故郷に帰ってみかん山の仕事を継ぐと決めました。
 
 信雄さんは父親の作ったみかんを持って、明子さんにお別れに行ったそうです。明子さんは東京生まれの東京育ち、田舎での暮らしだけでも無理だろうし、ましてやみかん山での仕事など無理に決まっています。

 ところが、「こんなおいしいみかんの木を切ってしまうなんてもったいない」。信雄さんの持って行ったミカンを黙って全部食べ終えた明子さんは、そう言って信雄さんについて来たそうです。

「あの時のハイヒールも似合っちょったけど、今は履いちょる地下足袋もよう似合っちょろがえ」

 お母さんは方言丸出しでおサちゃんと話しています。それにしても声が大きいなぁ。東京生まれの東京育ちって、本当かなぁ。

草むしり作「ヨモちゃんと僕」前13

2019-07-29 09:54:09 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前13
(冬)信雄ちゃんと明子ちゃん①

 お父さんとお母さんは、もうみかん山にはいかなくなりました。今は収穫したみかんを出荷する作業で大忙しです。倉庫の中でお母さんがみかんの大きさを選り分けて、お父さんが箱に詰めています。みかんの入った段ボール箱がみるみる積み上げられていきます。
 
 ヨモちゃんはさっそく段ボールの角に顔をこすりつけています。僕は足音を忍ばせて、ソロリソロリと後ろからヨモちゃんに近づいていきました。
「嫌って言ったでしょ」
 ヨモちゃんの鋭い爪の先が、僕の鼻先すれすれに繰り出されました。
「ごめんなさい」
 あともう少しのところだったのに、残念。僕は相変わらずヨモちゃんに嫌われています。

 僕が触ろうとするものだから、ヨモちゃんは怒って倉庫の奥に消えて行きました。
「ごめん下さい」
 誰かがやってきて倉庫の中に声をかけました。僕は慌てて空のコンテナの裏に隠れました。相変わらず僕は誰か来ると隠れてしまう、ビビリ虫です。

「今日は倉庫で仕事かえ」
 手押し車を押したお婆さんが、回覧板を持ってきました。お隣のおサちゃんです。おサちゃんはサヨという名前なのですが、みんなはおサちゃんと呼んでいます。たぶんおサヨちゃんの最後のヨが詰まっておサちゃんになったのだと思います。

「おや、ヨモちゃん。久しぶりだね」
 おサちゃんの声を聞いたヨモちゃんが、倉庫から飛び出してきました。ヨモちゃんはおサちゃんの足元に仰向けに寝転んで、背中を地面にこすりつけてクネクネとしています。

「いや、うち(私)はこれに座るから」
 お父さんは空のコンテナをひっくり返した上に座布団を乗せて、腰かけるようにおサちゃんに勧めました。でもおサちゃんは、自分の押し車の上についている荷物入れの上に座りました。よく見ると荷物入れの上には丈夫な蓋が付いていて、腰かけになっています。

 おサちゃんはひとしきり今朝の霜のすごかった話をすると、お母さんの入れたお茶をおいしそうに飲みました。コンテナの上の座布団には、いつの間にかヨモちゃんが座っています。

 真っ白だった霜も、お日さまが顔を出すとすぐに溶けてなくなり、昼間はポカポカと暖かくなりました。柔らかなお日さまの光に照らされて、ヨモちゃんの背中の縞模様の毛が、キラキラと輝いています。

「新しい猫は、出てこんのかい」
「今までおったけど、よその人が来ると隠れてしまうンよ。ちょいと待ちよ」
お母さんはコンテナの裏に隠れていた僕を抱っこして、おサちゃんの所に連れていきました。

「僕を保健所に連れていくの」
「尻尾がフサフサじゃあなー」
 おサちゃんはぼくの尻尾を見て言いました。
「こないだ柿ン木に、こげな尻尾をしたおかしな奴が登っちょったで」
「もしかしたら、アライグマじゃなかろうか」
 友達の猟師さんが仕掛けた罠に、アライグマが掛かったとお父さんが言いました。イノシシ、シカ、サルにカラス、ヒヨドリ。その上今度はアライグマまで。畑やみかん山を動物に荒らさる被害は増える一方で、困ったものだとお父さんが言いました。
「あん、尻尾がフサフサした奴が、アライグマかえ」
 アライグマに柿の実を全部食べられた話に始まり、イノシシに山際の畑に植えたサツマイモを全部食べられてしまったことなど、おサちゃんの話はつきません。

僕はお母さんに抱かれて人間のお話に付き合っていたのですが、いつまでも話しているものだからだんだんと飽きてきました。コンテナの上のヨモちゃんはうつ伏せになって、頭を下に向けて目をつぶっています。たぶん狸寝入りでしょう、時々人間の声に反応して耳をピクピクと動かしています。

「あっち行こうと」
ヨモちゃんは僕が近づくとコンテナから飛びおりて、どこかに行ってしまいました。入れ替わりに僕はコンテナの上に飛び乗り、ヨモちゃんと同じようにうつ伏になって座りました。おサちゃんの話を聞いているうちに、いつの間にか眠ってしまいました。

「いつも悪いなぁ」
「売り物にならん奴じゃあから、持っていきよ」
おサちゃんにみかんをあげるお母さんの声で、僕は目が覚めました。

「あれヨモちゃん、そこにおったんかい。そうしたら、こっちは誰かい」
 見送りに出て来たヨモちゃんを見て、おサちゃんが驚いています。隣で眠っているのは、ずっとヨモちゃんだと思っていたのでしょう。話に夢中になっていて、僕とヨモちゃんが入れ替わったのに気が付かなかったのです。

 ヨモちゃんはお腹や脚の部分が白くて、頭の上と背中から尻尾にかけて黒と灰色の縞の模様です。僕は全体が黒と茶色のしま模様で、尻尾がフサフサしています。見た目はあきらかに違うのですが、真上から見ると、ぼくたちの背中の縞模様は区別がつかないくらいによく似ているのです。おサちゃんの所からは背中だけしか見えなかったので、ヨモちゃんとぼくを見間違えてしまったのです。この背中の縞模様が後になって僕を助けてくれるのですが

草むしり作「ヨモちゃんと僕」前12

2019-07-29 09:26:47 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前12
 
(冬)おひげクリンクリン君③

 次の朝目を覚ました僕は、窓の外が真っ白になっていたので驚きました。軒下のプランターの中のパンジーの花や、庭の泉水の水も真っ白で、倉庫の屋根がキラキラと光って見えます。新聞を取りに行くお父さんの後について、僕も外に出ていきました。

「おお、寒い」
 お父さんはブルブルと身ぶるいして肩をすぼめ、上に羽織った丹前の中に新聞を持った手を仕舞い込みました。ぼくも寒くなって、お父さんと一緒にすぐに家の中に戻りました。

「お父さん、お外を歩くと脚の裏が冷たいね」
「フサオ、お腹がすいたのかい」
 台所からは味噌汁の香りがしてきました。

「あっ、ヨモちゃんだ」
 ストーブの前で、ヨモちゃんが煮干しを食べていました。ヨモちゃんは味噌汁のだしを取る煮干しが大好物です。毎朝お母さんが味噌汁を作り始めると、何処からともなくやって来て煮干しをおねだりします。
煮干しはヨモちゃんにとっては特別な食べ物なのか、決してお皿の中では食べません。お皿の中から煮干しを取り出し「これは獲物だ」と言わんばかりに、ボリボリと頭から噛み砕きゆっくりと味わって食べます。煮干しを食べている時のヨモちゃんは凄みさえ感じられます。

 ぼくがストーブの前に行くと、ヨモちゃんは煮干しをくわえてお父さんの椅子の上に飛び乗ってしまいました。ぼくはひげを焦がさないように注意してストーブの前に座りました。

「フサオ、ひげ焦がすなよ」
 お父さんはヨモちゃんと一緒の椅子に腰かけて、新聞を読み始めました。TPPのことが新聞に載っているのでしょうか。テーブルの上に新聞を広げて熱心に読んでいます。
 面白いのはお父さんとヨモちゃんがいつも同じ椅子に座ることです。他に椅子が沢山あるのにいつも同じ椅子にしか座りません。だいたいお父さんとお母さんの二人だけなのに、この家はテーブルも大きければ、椅子もたくさんあります。

「ヨモギ、そこに座ると新聞が読めないでしょう」
 困ったようなお父さんの声がしました。ストーブの前でボーっとしていたぼくは、どうしたのだろうと振り返ってみて、思わず笑ってしまいました。だってヨモちゃんがお父さんの広げた新聞の上に座っているのです。読んでいた記事の上に座られたお父さんは、新聞を持ち上げて続きを読もうとしています。でもそんなことであきらめるヨモちゃんではありません。頑として新聞の上に座ったままです。

「ほら、ヨモギのせいで破れちゃったじゃないか」
 お父さんが無理に引っ張るから、新聞が破れてしまいました。それでもヨモちゃんは新聞から降りようとしませんでした。

 でも本当に驚いたのはそんなことではなかったのです。お父さんの隣の椅子に、お仏壇の部屋のまんまんさん達が座っているのです。お父さんやお母さんは気がついてないようです。ヨモちゃんはどうなのかしら、知らん顔をしています。

「ヨモギにはかなわないな」
 お父さんは新聞を読むのをあきらめて、ヨモちゃんの頭を撫で始めました。すると男のまんまんさんが、お父さんが開いたままの新聞を読み始めました。熱心に新聞を読む男のまんさんの横顔は、お父さんにそっくりです。
  
それからますます寒くなっていきました。
「ひげ焦がすなよ」
 お父さんにいつも言われるのですか、僕はあれ以来一度もひげは焦がしていません。けれどもたった一回だけ焦がしたひげは、クリンクリンと縮れたままです。

草むしり作「ヨモちゃんと僕」前11

2019-07-29 09:00:44 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前11

(冬)おひげクリンクリン君⓶

 「ストーブってなんて暖かいンだろう、好き好き大好き…。うっ、顔が焼けるように熱いなぁ…。あれ何だか嫌な臭いもしてきたなぁ」
「ああー、やっちゃった」
 何が起こったのだろうと考え込んでいる僕を、お母さんが慌ててストーブの前から引き離しました。

「馬鹿ね、そんなに近寄るからよ」
ヨモちゃんに言われてしまいました。
「ストーブは暖かいけれど近づきすぎると危ない」。僕は髭を焦がすという災難にあって、ストーブの危険性を初めて知りました。

 「おお、いよいよストーブのお出ましだな。田舎の隙間だらけの家は、エアコンじゃ暖まらないからな。この昔からある、石油ストーブじゃなきゃなぁ」
 お父さんがお風呂からあがってきました。
「どうした、フサオ。片方の髭がクリンクリンじゃないか。寝ぐせでもついたのか」
 お父さんが僕の髭を見て言いました。
「そうかフサオもストーブの洗礼を受けたか。ヨモギも最初は眉毛を両方焼いてしまったからな、お髭クリンクリンならまだいい方だな。しばらくは尻尾フサフサのお髭クリンクリン君だな」
「なんだ、ヨモちゃんも焦がしたのか」僕は思っただけで、口には出しませんでした。

 お父さんが冷蔵庫を開けて、缶ビールを取り出しました。
 台所の長四角の大きな箱は冷蔵庫と呼ばれていました。冷蔵庫の中にはかなり魅力的なものが入っているようで、お父さは中から何か取り出すたびに嬉しそうな顔をします。中でも缶ビールはお父さんの好物のようで、とても嬉しそうな顔をして取り出します。

「わーヨモギ、こんなところに居たのか。ごめん、ごめん」
 お父さんはビールを持ったまま椅子に腰かけようとして、ヨモちゃんの上に腰を下ろしてしまいました。ビールに気を取られていて、椅子の上のヨモちゃんに気づかなかったのでしょう。

「痛いよ、ヨモギ。噛むことないでしょ」
 ヨモちゃんが怒ってお父さんの足に噛みつきました。でも本気で噛みついたのではありません。
「まあそう怒るなよ、これはお父さんの椅子だよ」
 けれどもヨモちゃんは椅子から降りようとしません。お父さんは仕方なく椅子に半分だけ腰かけて、ビールのプルタブを抜きました。
「ああ、うまい」
 ビールのプルタブを抜く音は、缶詰を開ける音に少し似ていました。そういえば缶詰、このごろ食べていないな。缶詰食べたいな。

「カンヅメ―、カンヅメ―」
「なんだ、フサオもう眠くなったのか。お母さん、そろそろ湯たんぽ入れてやった方がいいよ」
 お父さんはゴクゴクとおいしそうにビールを飲み始めました。

 お父さんがあんまりおいしそうにビールを飲むものだから、ぼくもビールを飲んでみたいと思いました。ヨモちゃんはお父さんの椅子から降りる気はないようです。
「やれやれ、ヨモギには適わないなぁ」
 お父さんは早々に晩御飯を食べ終わると、居間のこたつに引き上げていきました。テレビのスイッチを入れて、ニュースを見始めました。

 お父さんはニュースを見ながら、時々難しい顔をする時があります。そんな時には決まってTPPという言葉がテレビから流れてきます。画面には大きな機械で稲刈りをする農家の様子が写し出され、TPPという言葉が流れてきました。お父さんにお茶を持ってきたお母さんも一緒にこたつに入って、テレビを見始めました。

 日本がTPPに参加するようになると、海外からオレンジなどの安い柑橘類が輸入され、みかんが売れなくなるのではないかとお父さんは心配しているのです。

「お米や牛肉も、みかんやリンゴもみんな日本の物の方が美味しいわよ。お父さんのみかんだって世界一おいしいわ。分かる人にはわかるわよ」
「なんだいそれ」
「うーん。つまりお父さんのみかんは世界で通用するおいしさってだってことよ。だから先のことばかり心配しないで、とりあえず今年のみかんの収穫と出荷に全力投球しましょうね」
「そうだな、いくら儲かるかなって考えたら、百姓なんてやっていられないからな。子供たちもみんな独り立ちしたことだし、お母さんと猫くらいは養っていけるからな。ただし猫がこれ以上増えたらどうなるか分からないからね、もう拾ってきたらだめだよ」
「あの時はね、歩道と車道の境くらいの所でね、倒れていたのよ、この子が。アッ、死んでいるって思って、出来るだけ見ないようにして通り過ぎようと思ったの。でもね、どうしても目が行っちゃうのよね、そんな時って。ちらっと見たら、この子が顔上げてこっち見たの。目が合っちゃったのよ。家にはヨモギがいるって自分に言い聞かせたんだけど、どうにもならなかったのよ……」

 お母さんはぼくを拾ったいきさつを話し始めました。お父さんはもう何度もその話は聞いたよって顔をしながら、それでも相槌を打ってお母さんの話を聞いています。
 
 そのうちお父さんはこたつに寝転んでテレビを見始め、母さんも空になった湯呑みをもって台所に下がりました。しばらくするとヨモちゃんがお父さんのところにやってきました。

「ほらヨモギおいで」
お父さんはこたつ布団を持ち上げて、ヨモちゃんに声を掛けました。ところがヨモちゃんはお父さんの前を素通りして、勝手口のドアの前に座ってしまいました。
「お父さん開けて」
「自分で開けられるくせして。ちょっと待っていろよ。ああ、痛い。腰痛い……」
 お父さんはこたつから出ると、腰をさすりながら勝手口のドアを開けました。

「ご苦労さんだね、ヨモギ」
 外に飛び出していくヨモちゃんに声をかけました。ヨモちゃんは夕ご飯を食べ終わると、いつも外に出て行きます。しばらくすると帰って来るのですが、今日はお母さんが夕飯の片づけを終わって、お風呂から上がった頃に帰ってきました。お母さんがドライヤーで髪を乾かしているのか、ガーガーという音が聞こえてきました。

「ヨモギは、お利口さんね」
お母さんの声が聞こえてきました。でも声がちょっと変です。何だか困っているようです。
「お父さん、お父さん。お願い」
 お母さんがお父さんを呼んでいます。
「おっ、ヨモギすごいじゃないないか。また頼むよ」
 お父さんの嬉しそうな声が聞こえてきました。ヨモちゃんがネズミを捕って来たのでしょう。

 ヨモちゃんには大切な仕事があります。夜になると出かけていくのは、倉庫のパトロールをしているからです。倉庫の中のみかんを狙ってやって来るネズミを退治するのです。かわいい顔をしたヨモちゃんには、ネズミ退治の達人という、もう一つ別の顔があるのです。

 ヨモギは神様からの授かりものだよ。ってお父さんは言います。でもぼくはそれを嘘だと思っていました。実はヨモちゃんには人には言えない出生の秘密があって、それをごまかすためにあんな事を言っているンだと思っていたのです。けれどもいとも簡単にネズミを獲ってくるヨモちゃんを見ていると、あれはあながち嘘ではないような気がします。

 勝手口のドアの音の開く音が聞こえてきました。たぶんお父さんが火箸でつまんでネズミを捨てに行くのでしょう。普通火箸は炭を挟むものですが、この家にはネズミ専用の火箸があります。

 いつもなら僕もネズミを見に行くところなのですが、今日はどうした訳か起きるのがおっくうで仕方ありません。きっとお母さんが湯たんぽを入れてくれたからでしょう。湯たんぽはポカポカと温かくてとても気持ちがいいのですが、固いところがちょっと気になります。

 その晩ぼくは倉庫の中で、大きなネズミを退治した夢を見ました。

草むしり作「ヨモちゃんと僕」前10

2019-07-26 15:31:49 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前10

(冬)おひげクルンクルン君①

 お父さんとお母さんは毎日みかん山に出かけていきました。空っぽだった倉庫の中がみかんで一杯になったころ、山から冷たい風が吹いてきました。風は名残惜しそうに残っていた庭のモミジの葉を、全部散らしてしまいました。

「ただいま、寒かったでしょう。そろそろ入れてあげようね」
 みかん山から帰って来たお母さんが、物置から箱のようなものを運んできました。
「わーい、ストーブだ」
 ヨモちゃんは嬉しそうにお母さんの足元にまとわりついています。
「はい、はい。ヨモギの大好きストーブだね。ちょっとそこ邪魔、歩きにくいわ」

 僕は椅子の下からようすをうかがっていました。本当はヨモちゃんみたいにお母さんの足元にじゃれつきたかったのですが、お母さんの抱えている箱のようなものが怖くて仕方なかったのです。お母さんが歩くたびに、箱がガタガタと聞いたことの無い音がするからです。

「ほらほら、分かったから。ヨモギ、ちょっとそこどいてよ」
 お母さんはヨモちゃんを踏みつけないように気をつけながら、台所の隅に箱を置きました。ヨモちゃんは頬をぐりぐりと箱にこすりつけ始めました。

「ヨモギのストーブ、ヨモギのストーブ」
 ヨモちゃんが嬉しそうに歌っています。あれはどうやらストーブトいう物らしい。ストーブの中には丸い筒があり、筒の後ろ側はキラキラと鏡のようなものが光っていました。それから筒の前には、金網が張られています。

「ほら、暖かいわよ」
 お母さんが箱の下についているボタンを押すと、ポコポコと音がして筒が赤くなっていきました。つんと鼻を突く嫌なにおいがしましたが、部屋の中がすぐに暖かくなって、しだいに匂いも気にならなくなりました。

「ヨモちゃんの所が暖かそうだな」
 僕は隠れていた椅子の下からソロリソロリとはい出して、ヨモちゃんの後ろに近づいていきました。ヨモちゃんはストーブの前に座って赤い筒をじっと見つめています。
「嫌い」
 しまった、少し近づきすぎたようです。怒り声と一緒に僕の鼻先すれすれに、ヨモちゃんのパンチが炸裂しました。

「わー。ごめんなさい」
 僕は仰向けに寝転がると、ヨモちゃんにお腹を見せて謝りました。でもヨモちゃんは僕のことなど全く無視して、ストーブを見ています。ストーブの芯はますます赤くなっていきました。

 たかがパンチを食らったくらいでは僕は諦めません。仰向けになったままソロリソロリと前脚を伸ばし、ヨモちゃんの尻尾の先をチョンチョンとつつきました。

「嫌いって言ったでしょ」
 ヨモちゃんは怒って、傍にあった椅子の上に飛び乗ってそっぽを向いてしまいました。どうしてもヨモちゃんを触りたくなってしまうのは、僕の悪い癖です。

「こらこら、フサオ。ストーブの前で暴れると危ないわよ」
 ヨモちゃんに嫌われてしまったのは残念ですが、ストーブの前の特等席をゲットでたので嬉しいです。

 僕は相変わらずヨモちゃんには嫌われていました。それでもこの頃では一緒にご飯を食べるようになりました。納戸と台所を網戸で仕切った当初は、ヨモちゃんはご飯さえ一緒に食べるのを嫌がっていました。

 最初は網戸を挟んで納戸と台所に分かれてご飯を食べたのですが、慣れてくると今度は台所の端と端にお皿を離して置き、同じ部屋で食べるようになりました。それからご飯のたびに少しずつお母さんがヨモちゃんのお皿を僕のお皿に近づけていったのです。

 気が付くと僕とヨモちゃんは、並んでご飯を食べるようになっていました。でもいたって小食のヨモちゃんは、カリカリどころか好物の缶詰さえも少ししか食べません。もともと少ししか食べなかったのに、僕と食べるようになってからもっと食べなくなったと、お母さんはヨモちゃんの心配ばかりしています。

 でも僕の楽しみは、ヨモちゃんの残したご飯を食べることでした。とにかく大急ぎで自分の分を食べ終えると、ヨモちゃんのお皿に首を突っ込んで食べ始めるのでした。するとヨモちゃんはすぐに食べるのを止めてどこかに行ってしまいます。だからお母さんはヨモちゃんが食べ終わるまで、僕を押さえています。

 ヨモちゃんの分までご飯を食べたせいか、僕はぐんぐん大きくなっていきました。この頃ではヨモちゃんと変わらないくらいに大きくなりました。

 仕切っていた網戸もいつの間にか外され、家の中のどこにでも自由に回れるようになりました。ヨモちゃんには相変わらず嫌われていますが、それでもこの頃では体一つ分だけ空けると近づいても怒られなくなりました。