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草むしりしながら

読書・料理・野菜つくりなど日々の想いをしたためます

草むしり作「ヨモちゃんと僕」前19

2019-07-29 11:35:12 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前19
 
(春)春ってなぁに⑤

 庭の草むしりをしているお母さんの横に、ヨモちゃんがいます。お母さんのお手伝をしているつもりかな。
「僕もお母さんのお手伝いしようと」
「あっち、行こうっと」
ああ、せっかく一緒にお手伝いしようとおもったのに、ヨモちゃん車庫の前に行っちゃった。それでもいいか、お母さんと一緒だもの。雨あがりの濡れた地面からは、モワモワと白い水蒸気が立ち昇って、ほんのりと甘い土の香りがしてきました。

 いつの間にか眠ってしまった僕は、空から騒がしい声がするので目が覚めました。
「帰ったよ、帰ったよ」
 見たことの無い黒い小鳥が、すごいスピードでヨモちゃんめがけて急降下してきました。
「えーい」
 ヨモちゃんは大きくジャンプして、小鳥を捕まえようとしました。でも小鳥はヨモちゃんの前脚をさっとかわして、空高く舞い上がりました。

 ヨモちゃんをからかうように、小鳥は何度も飛んできます。その度にヨモちゃんは大きくジャンプします。でも小鳥の飛ぶスピードはずば抜けて早く、さすがのヨモちゃんもこれにはお手上げのようです。

「まったく、あんなうるさい奴ら、帰って来なくていいに。もう、止めた」
 いいかげん疲れたのか、ヨモちゃんは車庫の中の車の下に潜りこんでしまいました。なるほど車の下ならば、小鳥たちも空から攻撃できません。

「あはは、お間抜けさん。今年もまたここで子育てをするからね。子供たちを捕って食べたりしたら承知しないよ」
小鳥は車庫の上をクルクル回りながら飛んでいます。

「なんだ、お前たち帰って来たのか」
騒ぎを聞きつけてカラスがやって来ました。
「なんだよ、帰って来て悪いかい」
小鳥たちは、今度はカラスめがけて攻撃を開始しました。
「なんだよ、帰って来た早々。もう喧嘩を吹きかけてくるのかい」
「どうせお前は、私たちの子供を狙っているのだろう。あっちにお行き。子供を襲ったりしたら承知しないよ」
「帰って来たばかりで巣も出来ていないのに、子供なんかいる訳ないじゃないか。それより聞かせておくれよ。南の国の話を。お前たちが冬になると渡って行く国は、どんな所なんだい。そこにはおいらたちみたいなカラスはいるのかい。おいらが行っても暮らしていけるかい」
「お前みたいなカラスがいるかって。さぁ、どうだったかな。お前と同じような黒い羽をした鳥はいたけど、カラスだったかは分からないなぁ」

「じゃぁ、猫はいないの」
僕は思わず聞いてしまいました。
「おや、君は誰だい」
小鳥たちは僕の頭の上をグルグルと回り始めました。

「ああ、こいつは新入りだよ。去年の台風の日に死にかけていた所を、ここの奥さんに助けられたンだ。おいらこいつが死んだら食ってやろうと思っていたのに、生き返っちまって。いつの間にかこんなに大きくなっちまった。今さら食ったってまずいだろうな。早く食っとけばよかった」
「じゃぁ君は、ここの家の猫だね。怖がらなくてもいいよ。カラスの奴は口が悪いが、そんな悪い奴じゃないよ。ちょっと食いしん坊で、なんでも食べたがるところがあるけどね。それにしても君の尻尾はフサフサだね」
「うん。ここのお父さんはぼくのことを、尻尾フサフサ君って呼ぶよ」
「フサフサ君か、いい名前だね。いいかいフサフサ君、私たちはこれから軒下に巣をつくって、卵をかえすからね。卵からかえった雛たちを、捕って食べたら承知しないからね」
「こいつはそんなこと出来やしないよ。まだネズミだって捕ったことが無いンだぜ。この間やっと蝶々を捕まえたくらいだからな。それも冬眠から覚めたばかりの、まだ寝ぼけているような蝶々をやっとだぜ。」

 何度も逃げられてやっと蝶々を捕まえた所を、カラスに見られていたなんて。
「言ったな。今にネズミだって捕れるようになってやるよ。でも約束するよ。決してあなた達の子どもは捕ったりはしないと。だから教えておくれ。その南の国って所にも、猫はいるの」
「猫はたくさん見かけたよ。黒猫に白猫、三毛にキジにトラ猫。何処に行っても猫はいたよ。象の住んでいる小屋には君みたいなフサフサ君がいたな」
「象って、何」
「象っていうのはね、南の国に棲んでいる、鼻が長くてとてつもなく体が大きな動物のことだよ。そこに停まっている車なんか、片足で踏みつぶしてしまうくらいに大きくて力が強いンだ。だから小屋って言っても、大きな象が暮らす小屋だよ。ここの家の倉庫よりももっと大きい建物だよ。

 象はもともと森に棲んでいる野生動物でね。それを人間が捕まえてきて仕事をさせているンだ。昔は伐採した木材を運んだりしていたが、今では観光客を乗せて森の中を案内して回っているよ。何といっても南の国の森に中は、サイやヒョウが潜んでいるからね。川辺だってニシキヘビやワニが待ち伏せしているしね。象の背中なら観光客も安心して森の中を見て回れるだろう。

 小屋の中には象が何頭も居て、大量の干し草を食べているンだ。猫はその小屋に住み着いていてね。象とはとても仲がいいンだ。毎朝象の鼻先に自分の鼻先をコッツンとくっ付けてね、朝の挨拶をしているよ。

朝の挨拶が終わると、今度は小屋の中を散歩するンだ。象の足の下敷きになったらペッタンコになってしまうだろうに。でもあいつは怖がるようすもなく、勝手気ままに象の足の下を歩き回るのさ。もちろん象もあいつのことを踏みつけてしまわないように、気をつけてはいるけどね」

「おい、そこにはカラスはいないのかい」
「さーねー。忘れちゃったなぁ」
「南の国では、猫と象は仲良しなの」
「まあ、そんなところかな」
「ねぇ、僕も南の国に行けるかな」
「無理、無理。第一お前には羽が無いだろう」
カラスは電線に止まって、羽を大きく広げて見せました。
「いくら羽を持っていたってお前の羽じゃ、海は渡れないよ」
「なんだって、どうして渡れないンだい」
カラスはむきになって聞きました。
「ただ、羽をバタバタさせれば良いってものでもないンだ。風に乗るのさ」
「風に乗る」
僕とカラスは同時につぶやきました。

「この空の上には気流って言う風の流れがあるのさ。ぐんぐん空に羽ばたいて行って、一気に風の流れに乗るンだ。すると体が浮いたままで、羽を動かさずに遠くまで飛んでいけるのさ」
「羽が無いと気流には乗れないの」
「うん、残念だけどね。でももし君が空の上に昇って行くことがあったなら、その尻尾を思いっきり膨らませてごらんよ。もしかした気流に乗ることができるかもしれないよ」
「じゃぁ、おいらはどうすれば気流に乗れるのかい」
「あっ、思い出したよ。南の国にはカラスなんていなかったよ。だってカアカアなんて変な鳥の鳴き声は、南の国では聞いたことが無かったよ」
「何だと、変な鳴き声だって。お前たちよりマシじゃないか。お前たちこそ、泥食って、虫喰って、口渋い。なんて愚痴りながら鳴いているじゃないか」
「なんだって、もう一度言ってみろよ。ただ置かないからな」
小鳥たちはカラスへの攻撃を再開しました

草むしり作「ヨモちゃんと僕」前18

2019-07-29 11:21:54 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前18

(春)春ってなぁに④

 暖かな日が続いた後にはまた寒さがぶり返し、台所のストーブもまだまだ活躍しています。それでもお日さまは朝早くから顔を出し、夕方には名残惜しそうに西の空にいます。

 お父さんの努力の甲斐があり、竹林の中はウリ坊に荒らされることも無くなり、しばらくすると筍が頭を出し始めました。食卓には毎日筍料理が並ぶようになりました。

 あれからというもの、僕はヨモちゃんの登った柿の木に、毎日登っています。最初は爪を木の皮に立ててどうにかテッペンまでよじ登ったものの、半回転して体の向きを変えることができませんでした。困って木の上で鳴いていると、お父さんが来て助けてくれました。それでも懲りずに登るものだから、そのうち放っておかれるようになりました。

 その日は朝からずっと登ったままでした。どうしても体の向きを変えることができなかったのです。やがて夕方になってあたりが暗くなってきました。お腹は空くし寒くはなるし、僕は思い切って体の向きを変えてみました。

「よっ、ほっ、怖えー。できた」
慎重に木の幹を降りていき、途中で竹林の中に飛び降りた時には、脚ががくがく震えていました。でも自分で竹林の中に入って行ことが出来ました。
喜んだのも、つかの間。今度はネットの目の中を飛び抜けることが、どうしても怖くてできません。暗くなって僕を探しに来たお父さんに助けられるまで、ずっと竹林の中で鳴いていました。

「すごいじゃないかフサオ、ヨモギみたいに木の枝から飛び降りたのかい」
 お父さんが僕を誉めてくれましたが、ネットから出られなかったことは一言も言いません。
「お父さん好き」
「そうか、心細かったのか」
 お父さんは僕を抱っこして家に帰りました。お父さんの腕の中はとても暖かでした。ぼくがつけた父さんの頬の引っ掻き傷は、もうほとんど分からなくなっていました。僕は早くヨモちゃんみたいになりたいと思いました。



草むしり作「ヨモちゃんと僕」前17

2019-07-29 11:10:44 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前17
 
(春)春ってなぁに③

 それからお父さんは竹林に行く時は、必ずボタンのついていないトレーナーを着てくようになりました。お父さんを苦しめただけのことはありネットの効果は抜群で、それ以降イノシシはやって来なくなりました。

ところがある朝
「やられた」
お父さんが悲痛な叫び声をあげました。

 お父さんの目の前には大きな穴が掘られ、無残に食い荒らされた筍が転がっていました。雨上がりの竹林の中は腐りかけた落ち葉や草の匂いの他に、ぼく達とは明らかに違う動物の臭いがしていました。
「おかしいな。どこから入ってきたのだろう」
 ネットはきれいに張られたままで、どこにもイノシシが入ったような跡はありません。それでも大きな穴が掘られ、土の中の筍が掘り荒らされています。お父さんは頭をひねっています。

「お父さん、どうしたの」
ヨモちゃんと僕はネットの目の中を通り抜けて、竹林の中に入っていきました。お父さんの張ったネットの目は大きくって、僕たちは楽に出入りができるのです。
「お前たち、いつもそうやって中に入っているのか」
 ネットの目の中を自由に出入りするぼく達を見て、お父さんはしばらく考え込んでいました。

「どうだ、これなら入れないだろう」
 その日お父さんはホームセンターに行って、「猫、小動物よけ」と書かれた小さな目のネットを買ってきました。春先に生まれたウリ坊たちが、ちょうど僕たちくらいの大きさになっているのに気がついたのでした。ウリ坊たちならネットの目の中を楽に通り抜けられるはずです。

「ウリ坊もこれなら、入れないだろう」
 お父さんは大きな目のネットの上から、細かな目のネットを張っていきました。縦幅一メートルくらい細かな目のネットを、大人の膝の高さくらいに張って、残った部分は地面に覆い被せています。地面とネットの隙間からの侵入を防ぐためです。おかげで人間の出入りはますます難しくなりましたが、お父さんは満足そうです。

「いくらヨモギだって、今度は入れないだろう」
網の外にいるヨモちゃんに、お父さんが声を掛けました。
「お父さん、見て、見て」
 ところがヨモちゃんは竹林の脇に植わっている柿の木に、いきなり駆け登っていきました。木の皮に爪を立てて、あっと言う間でした。てっぺんまで登ると、今度は半回転して向きを変え、頭を下にして駆け下りてきました。そして途中まで降りてくると、狙いを定めてネットの中に飛び降りました。一瞬の早業でした。

「やあ、ヨモギすごいね。でもウリ坊たちは木に登れないから大丈夫だよ」
 頭の中をよぎった不安を打ち消すように、お父さんが言いました。僕はヨモちゃんを尊敬の眼差しで見ていました。ヨモちゃんは何事も無かったような顔をして、お父さんの足元で毛繕い始めました。

「すごい。僕ヨモちゃんについて行く」
首をそらして背中の毛を舐めているヨモちゃんに、僕は言いました。
「いや、嫌い。ついてこないで」
 ヨモちゃんはネットに向かって走って行くと、地面を蹴ってポンと飛び上がり、大きなネットの目の中を飛び抜けて外に出て行きました。まるでサーカスのライオンの火の輪くぐりか、競馬の障害物競走を見ているようでした。

でも何を勘違いしたのかな。ぼくはただ、弟子にして欲しいって言っただけなのに。

「あいつ、飛んだ。ネットの目の中、飛び抜けた……。でもウリ坊は飛べないだろう。お前も飛べそうにないな。あんなこと出来るのは、ヨモギだけだ」
 お父さんは不安を打ち消すように言うと、足元にいる僕を抱えてネットの下をくぐって、外に出て行こうとしました。ところが地面に覆い被せていたネットに足を引っかけて、転んでしまいました。でも今度はトレーナーを着ていたので、絡まることなく起き上ることが出来ました。でも驚いた僕が、お父さんの頬を引っ掻いてしまいました

草むしり作「ヨモちゃんと僕」前16

2019-07-29 10:36:29 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前16

(春)春ってなぁに⓶

 お母さんが朝ごはんを作っています。昨日は朝から一日中雨が降り、今朝はいつもと比べて暖かです。炊飯器から湯気が出てきて、ご飯の炊ける甘い匂いがしてきました。味噌汁のだしの匂いを嗅ぎつけて、ヨモちゃんが二階から降りてきました。

 ヨモちゃんはこのごろずっと二階で過ごすようになりました。二階には子ども部屋があり、学習机が二つと二段ベッドが置かれています。ベッドの上段がヨモちゃんの寝床になっています。子ども部屋といっても今は誰も居ない空き部屋なのですが。

「フサオも食べる」
お皿の前に座ってご飯を待っていたら、お母さんが言いました。
「ああ、フサオは煮干し食べなかったわね」
 僕が煮干しを嫌いなことを知っているくせに。お母さんはヨモちゃんのお皿に煮干しを一匹入れると、またお味噌汁を作り始めました。ヨモちゃんは煮干をくわえてお父さんの椅子の上に飛び乗り、バリバリと頭から食べています。

 自分の分とヨモちゃんの残したカリカリを食べ終え、僕がいつものようにストーブの前に陣取っていると、お父さんが起きてきました。
「なんだ、フサオまだそんなことに居るのか。今朝は暖かいからストーブ点いてないだろう」
「お父さん、缶詰開けて」
 僕はお父さんの足元で缶詰をおねだりしました。

「おやフサオ、いつの間にかおひげがまっすぐになっているね。クリンクリンのおひげはどうしたンだい」
 そういえば昨日、お仏壇に上がってお茶を飲んでいたら、誰かにひげを引っ張られて、ロウソク立てを倒しそうになりました。その時はまんまんさんが引っぱったと思ったのですが、きっとあの時に抜けたのかな。

「カリカリでもいいよ」
 いくら待っても何にもくれないので、僕は諦めてストーブの前に座りました。
「あれ、ストーブに火が点いていない」
 僕はストーブに火が点いていないのに気がつきました。
「どうして今日は火が点いていなのだろう」
「やっと気づいたかい、フサオ。ストーブなんて点いてなくても暖かいでしょう。もう春だから」
 僕は火の点いていないストーブを覗き込み見ながら、春ってなんのことだろうと思いました。

「ちょっと、裏の竹林に行ってくるよ。今朝は暖かいから、もしかしたら出ているかもしれない」
 
 お父さんはこの頃毎日のように、竹林に行きます。家のすぐ裏には竹の林が広がっていて、毎年春になると筍という竹の子どもが生えてくるそうです。筍はお父さんの大好物だそうです。毎日竹林に行くのは、筍が生えていないか確かめるためです。お父さんは誰よりも早く筍を見つけることを生きがいにしています。ところがここ数年、イノシシが筍を食い荒らすようになってしまい、下手をすると人間の口に入らなくなってしまうこともあるそうです。 

 今年はまだ雪がちらつく頃から、筍を掘り荒らされてしまいました。「地面の下はもう春なンだ」などとのん気なことを言いながらも、お父さんは悔しくて仕方なかったのでしょう。すぐにホームセンターに行って、イノシシ除けのネットをたくさん買って来ました。それから一人で竹林の周りに張り巡らしました。

 お父さんはよっぽど筍が好きなのか、それともイノシシに荒らされるのが我慢できないだけなのでしょうか。広い竹林の周りにネットを張り終わった頃には、夕方になっていました。

「どうだいフサオ、すごいだろう。イノシシだってこれならお手上げだよ」 
お父さんは張り終わったネットを見ながら、自慢げに言ました。

 日が傾き始めたとたん急に寒くなり、網張りの途中で脱いだ上着を羽織って帰る支度を始めました。
「さて、帰って一風呂浴びようか」
 
 お父さんは片手でネットをたくし上げ、その下をくぐって外に出ようとしました。ところが外したままになっていた袖口のボタンが、ネットに絡まってしまいました。かなり疲れていたのでしょう。ネットを片手で持ったまま、もう片方の手でボタンに絡まった所を外そうとしたものだからさあ大変。手に持っていたネットがまたまたボタンに絡まり、それでも何とか外そうするのですが……。
 外そうとすればするほど、ますますネットは絡まりついてしまいます。

「あらマー。大きなイノシシが捕れたこと」
 お母さんがヨモちゃんと一緒にやって来た時には、お父さんは全身ネットに絡まって竹林の入り口に倒れていました。
「ヨモギ、お母さん呼んできてくれたのかい」                                                      
「お父さん、かわいそう」
 倒れているお父さんの顔に、ヨモちゃんは自分の鼻先をチョンとくっつけました。
   



草むしり作「ヨモちゃんと僕」前15

2019-07-29 10:21:27 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前15  

(春)春ってなぁに⓵

 露地みかんの出荷が終わったばかりなのに、ハウスの中のみかんはもう実をつけています。外はまだまだ寒いのに、ハウスの中は春を通り越してもう夏です。春の日差しは思いのほか強く、油断をするとハウスの中は軽く四十度を超えてしまいます。暑すぎず寒すぎず、温度管理はお父さんの大切な仕事です。
 
 お母さんは誰と話しているのかなぁ。時々誰かと電話で長話をすることがあります。
「時生は大きくなった。保育園には喜んで行っているの」
 そんな話からはじまり、お父さんの話、みかんのことや畑のことなどいろいろ話し始めて、最後には必ずヨモちゃんと僕の話になります。

「フサオ、大きくなったわよ。ますます尻尾がフサフサしてきたわ」
「お母さん、ごはんちょうだい」
「あらフサオたら、自分のこと言われているって分かるのかしら。さっきからニャーニャーとうるさいのよ」
「お母さんてば、ごはん」
「じゃぁ、お盆には帰って来られるの。お父さん喜ぶわ……。うん。もしもし、時生君ですか。お祖母ちゃんですよ。お祖父ちゃんもヨモギやフサオも、みんな時生君が来るのを待っているよ……。えぇ、フサオ。ちょっと待ってね」
 僕はお母さんにヒョイと抱き上げられて、耳元に受話器を当てられました。
「フサオ……」
 受話器の中から今までに聞いたこともないような、幼稚くさい声が聞こえて来ました。
「僕は保健所になんかに行かないよ」
「まあ、フサオたら返事したわ」
 お母さんは大喜びです。

 缶詰の開く音を聞きつけて、ヨモちゃんが大慌てでやって来ました。ヨモちゃんの瞳はお星さまのようにキラキラと輝いています。きっと僕の瞳も同じように  輝いていると思います。

「あのね、ヨモギ。お盆に時生が来るって」
 口いっぱいに缶詰を頬張っている僕を押さえつけて、お母さんはヨモちゃんに話かけています。えっ、どうして僕を押さえつけているかって。それは僕がヨモちゃんの缶詰を横取りしないようにしているのです。でも僕は別に横取りなんてしようとは思っていません。ヨモちゃんがくれるって言うから、貰っているだけなのに。

「うん、トキオ…」
 ヨモちゃんは食べるのを止めて、首を少しかしげて遠くを見つめています。
「ヨモちゃん、もう食べないの」
「トキオって。うーんと、赤ちゃん」
「ほらダメよ、フサオ。ヨモギがゆっくり食べられないでしょう」
「ごちそうさま。トーキオ、トーキオ」
 ヨモちゃんは歌いながら、どこかに行ってしまいました。
「食べないのなら、僕が食べちゃうよ」
「ヨモギはもう食べなくていいの。ほらあんたがじっとしていないから、ヨモギが落ち着いて食べられないでしょう」
 お母さんが押さえていた手を離しました。
「後で食べるから、食べちゃダメ」とヨモちゃんの声がしたのと、「ごちそうさまでした」と僕が言ったのは、ほぼ同時でした。

 ハウスから戻って来たお父さんも、トキオの話を聞くと僕たちに缶詰を開けてくれました。でもお母さんにさっき食べたばかりだと言われたので、少ししかお皿に入れてくれませんでした。
「トキーオ、トキーオ、トキオは空を飛ぶー」
 お父さんは上機嫌で歌い出しました。お母さんだって、普段は缶詰なんか開けてくれないのに。二人ともトキオって奴の来るのが、よほど嬉しんだなと思いました。