草むしり作「ヨモちゃんと僕」前19
(春)春ってなぁに⑤
庭の草むしりをしているお母さんの横に、ヨモちゃんがいます。お母さんのお手伝をしているつもりかな。
「僕もお母さんのお手伝いしようと」
「あっち、行こうっと」
ああ、せっかく一緒にお手伝いしようとおもったのに、ヨモちゃん車庫の前に行っちゃった。それでもいいか、お母さんと一緒だもの。雨あがりの濡れた地面からは、モワモワと白い水蒸気が立ち昇って、ほんのりと甘い土の香りがしてきました。
いつの間にか眠ってしまった僕は、空から騒がしい声がするので目が覚めました。
「帰ったよ、帰ったよ」
見たことの無い黒い小鳥が、すごいスピードでヨモちゃんめがけて急降下してきました。
「えーい」
ヨモちゃんは大きくジャンプして、小鳥を捕まえようとしました。でも小鳥はヨモちゃんの前脚をさっとかわして、空高く舞い上がりました。
ヨモちゃんをからかうように、小鳥は何度も飛んできます。その度にヨモちゃんは大きくジャンプします。でも小鳥の飛ぶスピードはずば抜けて早く、さすがのヨモちゃんもこれにはお手上げのようです。
「まったく、あんなうるさい奴ら、帰って来なくていいに。もう、止めた」
いいかげん疲れたのか、ヨモちゃんは車庫の中の車の下に潜りこんでしまいました。なるほど車の下ならば、小鳥たちも空から攻撃できません。
「あはは、お間抜けさん。今年もまたここで子育てをするからね。子供たちを捕って食べたりしたら承知しないよ」
小鳥は車庫の上をクルクル回りながら飛んでいます。
「なんだ、お前たち帰って来たのか」
騒ぎを聞きつけてカラスがやって来ました。
「なんだよ、帰って来て悪いかい」
小鳥たちは、今度はカラスめがけて攻撃を開始しました。
「なんだよ、帰って来た早々。もう喧嘩を吹きかけてくるのかい」
「どうせお前は、私たちの子供を狙っているのだろう。あっちにお行き。子供を襲ったりしたら承知しないよ」
「帰って来たばかりで巣も出来ていないのに、子供なんかいる訳ないじゃないか。それより聞かせておくれよ。南の国の話を。お前たちが冬になると渡って行く国は、どんな所なんだい。そこにはおいらたちみたいなカラスはいるのかい。おいらが行っても暮らしていけるかい」
「お前みたいなカラスがいるかって。さぁ、どうだったかな。お前と同じような黒い羽をした鳥はいたけど、カラスだったかは分からないなぁ」
「じゃぁ、猫はいないの」
僕は思わず聞いてしまいました。
「おや、君は誰だい」
小鳥たちは僕の頭の上をグルグルと回り始めました。
「ああ、こいつは新入りだよ。去年の台風の日に死にかけていた所を、ここの奥さんに助けられたンだ。おいらこいつが死んだら食ってやろうと思っていたのに、生き返っちまって。いつの間にかこんなに大きくなっちまった。今さら食ったってまずいだろうな。早く食っとけばよかった」
「じゃぁ君は、ここの家の猫だね。怖がらなくてもいいよ。カラスの奴は口が悪いが、そんな悪い奴じゃないよ。ちょっと食いしん坊で、なんでも食べたがるところがあるけどね。それにしても君の尻尾はフサフサだね」
「うん。ここのお父さんはぼくのことを、尻尾フサフサ君って呼ぶよ」
「フサフサ君か、いい名前だね。いいかいフサフサ君、私たちはこれから軒下に巣をつくって、卵をかえすからね。卵からかえった雛たちを、捕って食べたら承知しないからね」
「こいつはそんなこと出来やしないよ。まだネズミだって捕ったことが無いンだぜ。この間やっと蝶々を捕まえたくらいだからな。それも冬眠から覚めたばかりの、まだ寝ぼけているような蝶々をやっとだぜ。」
何度も逃げられてやっと蝶々を捕まえた所を、カラスに見られていたなんて。
「言ったな。今にネズミだって捕れるようになってやるよ。でも約束するよ。決してあなた達の子どもは捕ったりはしないと。だから教えておくれ。その南の国って所にも、猫はいるの」
「猫はたくさん見かけたよ。黒猫に白猫、三毛にキジにトラ猫。何処に行っても猫はいたよ。象の住んでいる小屋には君みたいなフサフサ君がいたな」
「象って、何」
「象っていうのはね、南の国に棲んでいる、鼻が長くてとてつもなく体が大きな動物のことだよ。そこに停まっている車なんか、片足で踏みつぶしてしまうくらいに大きくて力が強いンだ。だから小屋って言っても、大きな象が暮らす小屋だよ。ここの家の倉庫よりももっと大きい建物だよ。
象はもともと森に棲んでいる野生動物でね。それを人間が捕まえてきて仕事をさせているンだ。昔は伐採した木材を運んだりしていたが、今では観光客を乗せて森の中を案内して回っているよ。何といっても南の国の森に中は、サイやヒョウが潜んでいるからね。川辺だってニシキヘビやワニが待ち伏せしているしね。象の背中なら観光客も安心して森の中を見て回れるだろう。
小屋の中には象が何頭も居て、大量の干し草を食べているンだ。猫はその小屋に住み着いていてね。象とはとても仲がいいンだ。毎朝象の鼻先に自分の鼻先をコッツンとくっ付けてね、朝の挨拶をしているよ。
朝の挨拶が終わると、今度は小屋の中を散歩するンだ。象の足の下敷きになったらペッタンコになってしまうだろうに。でもあいつは怖がるようすもなく、勝手気ままに象の足の下を歩き回るのさ。もちろん象もあいつのことを踏みつけてしまわないように、気をつけてはいるけどね」
「おい、そこにはカラスはいないのかい」
「さーねー。忘れちゃったなぁ」
「南の国では、猫と象は仲良しなの」
「まあ、そんなところかな」
「ねぇ、僕も南の国に行けるかな」
「無理、無理。第一お前には羽が無いだろう」
カラスは電線に止まって、羽を大きく広げて見せました。
「いくら羽を持っていたってお前の羽じゃ、海は渡れないよ」
「なんだって、どうして渡れないンだい」
カラスはむきになって聞きました。
「ただ、羽をバタバタさせれば良いってものでもないンだ。風に乗るのさ」
「風に乗る」
僕とカラスは同時につぶやきました。
「この空の上には気流って言う風の流れがあるのさ。ぐんぐん空に羽ばたいて行って、一気に風の流れに乗るンだ。すると体が浮いたままで、羽を動かさずに遠くまで飛んでいけるのさ」
「羽が無いと気流には乗れないの」
「うん、残念だけどね。でももし君が空の上に昇って行くことがあったなら、その尻尾を思いっきり膨らませてごらんよ。もしかした気流に乗ることができるかもしれないよ」
「じゃぁ、おいらはどうすれば気流に乗れるのかい」
「あっ、思い出したよ。南の国にはカラスなんていなかったよ。だってカアカアなんて変な鳥の鳴き声は、南の国では聞いたことが無かったよ」
「何だと、変な鳴き声だって。お前たちよりマシじゃないか。お前たちこそ、泥食って、虫喰って、口渋い。なんて愚痴りながら鳴いているじゃないか」
「なんだって、もう一度言ってみろよ。ただ置かないからな」
小鳥たちはカラスへの攻撃を再開しました