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草むしりしながら

読書・料理・野菜つくりなど日々の想いをしたためます

草むしり作「ヨモちゃんと僕」前24

2019-07-30 08:55:46 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前24

(春)イノシシ母さんとウリ坊たち④

 思ったよりも早く雨が降り始め、僕のつけておいた匂いを洗い流してしまいました。まっすぐな一本道だと思っていたのですが、ところどころに脇道があり、思ったよりも複雑で何度も道に迷いかけました。でも家にいるお母さんのことを考えると、脚が自然に家に向かっていきました。雨はしだいに激しくなり、家の明かりが見えたころには、僕は体の芯まで濡れて泥だらけになっていました。

「お母さん開けて」
 勝手口のドアが開いて、ヨモちゃんが飛び出してきました。
「あんた、いったいどこ行っていたの」
 いきなりヨモちゃんのパンチが鼻先をかすめました。
「おおっ、帰って来たか。なんだ、ずぶ濡れじゃなか。お母さん、タオル、タオル」
「ああ、フサオ、心配したのよ。泥だらけになって、いったいどこに行っていたの。わぁ、臭い。シャンプーしないとだめだわ」
「ああダメダメ。先になんか食わしてやろうよ。缶詰あっただろう」
「お父さん、ヨモギにも缶詰ちょうだい」
「でもこの子、臭いわよ。シャンプーが先よ」
「ああ、あぁ。ヨモギまで泥んこになっちゃった。シャンプーしてやらないと」
「ヨモギ、シャンプー嫌い」
 ヨモちゃんが逃げていきました。

 僕はお風呂でジャブジャブと洗われてしまいました。イノシシの親子の匂が消えてしまって残念でしたが、きれいになってとても気持ちがよくなりました。そのうえ缶詰はおいしいし、部屋の中はストーブが赤々燃えていてとても暖かでした。

「お父さん開けて」
 ヨモちゃんが勝手口のドアの前で、可愛い声で鳴きました。缶詰は半分しかまだ食べていないのに。もう外に行きたいようです。
「ヨモギ、今夜は雨が降っているから駄目だよ。それにほらさっき猟師さんが罠を仕掛けていっただろう。間違えて罠に掛かったら大変だろう。今夜はおとなしく家にいなさい」
「つまんないの」
「この缶詰食べないンだったら、ぼくが貰っていい」
「後で食べるから駄目」
「いただきます」
「また缶詰食べられた。カリカリの方も湿気ちゃったから食べていいわよ」
「やったー、いただきます」
「よくそんなの食べられるわね。クニャクニャしていておいしくないでしょうに」
「そのクニャクニャしたところがおいしんでしょう」
「あんたが来てから嫌なことばっかりだけど、湿気たカリカリ食べなくて済むから助かるわ」
 ヨモちゃんは皮肉っぽい言い方をして、二階に上がっていきました。
「僕がいなくて寂しかったって、正直に言えばいいのに」
「いいえ、せいせいしていました。バッカじゃないの」
 二階からヨモちゃんの声が聞こえました。

「バッカじゃないの。か……」女の子ってみんなああ言うんだなぁ。
「あらあら眠くなったのね。大冒険の後だもの、眠くもなるわ。ゆっくりお休みなさい」
 大きな欠伸をした僕を見て、お母さんはすぐに納戸部屋に連れて行ってくれました。納戸部屋の寝床の中はポカポカしていました。シャンプーの後なので、風邪をひかないようにとお母さんが湯たんぽを入れてくれたようです。

「お母さん、あのね……」
  お母さんにいっぱい話すことがあったのに、寝床の中に入ったとたんに急に意識が薄れていきました。「三本脚」「罠を壊された」断片的に聞こえていた父さんとお母さんの話声が、だんだんと遠くになり、僕はそのまま深い眠りに落ちていきました。

草むしり作「ヨモちゃんと僕」前23

2019-07-30 08:19:17 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前23
(春)ノシシ母さんとウリ坊たち③

 道はそれからますます細く険しくなっていきました。僕は木の根っこにつまずきそうになったり、湿った落ち葉で滑りそうになったりしました。でもその度にイノシシ母さんに助けてもらいました。崖に沿った細い道を上りつめると、突然アスファルト舗装の広い道路に出ました。深い山の中だと思っていたので、何だか拍子抜けしてしまいました。

 道路の向こう側には大きなため池があり、周囲にはクヌギ林が広がっていました。車がめったに通らない道路を横切って、池の土手からクヌギ林を抜けて、やっとイノシシ母さんの家に辿りつきました。それにしても随分高い所まで来てしまったものです。

 池の土手から見た景色は今でも目に焼きついています。山裾から田んぼが広がり、その先には海が広がっていました。海の向こうにぼんやりと小さな島が見え、海のそばにある飛行場から飛行機が飛び立っていきました。山の中腹にはみかん山が広がり、白いビニールのハウスが見えました。あれはお父さんのビニールハウスかも知れません。

 イノシシ母さんの家はクヌギ林を抜けた雑木林の中にありました。木の間に小さな枝を積み重ね、中には落ち葉を敷きつめた寝床もありました。ウリ坊たちにせがまれて、ぼくは南の国の象と尻尾のフサフサした猫の話をしました。本当は行ったことの無い南の国でしたが、さも見て来たように得意になって話しました。でもウリ坊たちは母さんのオッパイを頬張りながらすぐに眠ってしまい、けっきょくイノシシ母さんだけがぼくの話を最後まで聞いてくれました。

「お前の尻尾なら本当に風に乗って、南の国にだって行けるかもしれないね」
 イノシシ母さんはぼくの尻尾はフサフサで、とてもきれいだと誉めてくれました。
「風に乗ったら尻尾だけじゃなくて、脚も思い切って横に広げるといいかもしれないよ。ムササビはそうやって空を飛んでいるからね」
「ムササビって、空を飛ぶの。それって鳥の仲間なの」
「ムササビは翼が無いから鳥じゃないね。でも体の皮がダブダブでね、脚を広げるとそれが翼のようになって、高い木の上から空を飛ぶことができるのさ」
 翼が無くても空を飛ぶことができる奴が本当にいたなんて。ムササビってどんな奴なンだろ。
「うん。風に乗ったら、思いきり脚を広げてみるよ」
 話し疲れてぼくは大きな欠伸を一つしました。そしてそのまま深い眠りに落ちていきました。
 
 夕方イノシシ母さんに起こされるまで、ぼくはぐっすりと眠っていました。ウリ坊たちはとっくに目を覚ましていて、もう一日泊まって行くようにしきりに勧めます。一番小さなウリ坊には「もう、家の子になっちゃえば」と何度も誘われました。

「さあ、ここでお別れだよ」
ため池の土手の上でイノシシ母さんが言いました。ずっと一本道だと思っていたけもの道は、土手の途中で二本に分かれていました。一本は土手を下りて道路を横切って山を下って行く、ぼくが昨日通った道です。そしてもう一本は、土手の中央をまっすぐに走っていました。親子はその道を通って、隣の山にある椎茸の原木置き場に、カブトムシの幼虫を食べに行くといいました。

 カブトムシのサナギは甘くてトロリとして、とってもおいしいのだとウリ坊達はいいました。一緒に食べに行こうよと誘われました。そしてウリ坊たちは、僕がいないとつまらないと、口ぐちに言いました。そのくせ姉弟でふざけ合ったり、母さんに甘えたりしていました。そんなウリ坊たちを見ていた僕は、家にいるお母さんのことを思い出しました。

「こっちの道をまっすぐに降りて行くと、昨日の竹林に出るよ。もうじき雨になるから、寄り道しないで早くお帰り。ぐずぐずしていると、雨がお前の残した匂を洗い流してしまうよ」

 僕が途中の木や石に自分の匂をつけていたのを、イノシシ母さんは知っていたのです。イノシシ母さんはぼくが昨日この道を通ったことを、山の獣たちは皆知っていると言いました。

「でも、心配はいらないよ。イタチやタヌキは自分たちの食べ物を探すのに精いっぱいで、お前のことなどに構っていられないよ。シカは体が大きくて立派な角を持っているけれど、臆病者だよ。そのくせプライドだけは高くって、自分のことを山の王だと勝手に思いこんでいるンだ。だから本当はお前のことが怖くて仕方ないのに、お前などには興味が無いって顔をして遠くから見ているだけよ。でももし運悪くシカに出くわしたら、『王様、どうかこの哀れな迷いネコに道をお譲り下さい』って言うンだよ。シカは怖くて仕方ないくせに、知らん顔して道を譲ってくれるよ。すれ違う時に目さえ合わせなければ、何もしないからね。ただね、サルには気をつけるンだよ」
 
 イノシシ母さんはふっと一息つくと、また喋り始めました。
「サルは毛つくろいが大好きでね。だからお前の尻尾を見ると、もう毛繕いをしたくてたまらなくなるだろうからね。この子たちだって時々捕まって毛繕いされているよ。でもこの子たちの毛はブラシのように固くって思うようにいかないから、すぐに返してくれるけれどね。でもお前の尻尾はフサフサで、毛繕いにはおあつらえ向きだからね。捕まったら最後、すぐには帰してもらえないよ。」
 
 サルに呼ばれても返事をしないように。なるたけ尻尾は膨らまさないように。そしてもうじき雨になるので、なるたけ早く家に帰るようにと、イノシシ母さんは繰り返し言いました。

「もし帰り道が分からなくなったら、目を瞑って家で待っているお母さんのことを思い出してごらん。どっちに進めばいいかきっと分かるから」
 僕はイノシシ親子に別れを告げ、土手から飛び降りると道路を横切り、細い坂道を大急ぎで下って行きました。

 


草むしり作「ヨモちゃんと僕」前22

2019-07-29 17:04:31 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前22 

(春)イノシシ母さんとウリ坊たち⓶

「早くおいで、人間に見つかってしまうよ」
 一斉にイノシシ母さんにの所に駆けていくウリ坊たち。僕一緒にも走って行きました。

「ねぇ、家に遊びにおいでよ」
「おいでよ、おいでよ」
 一番小さなウリ坊が言い出すと、他のウリ坊たちも言ました。
「じゃぁ、お邪魔しちゃおうかな」
 僕はその気になって、ネットの穴から外に出ました。

「さあ、早くおし。人間がやって来ると厄介だからね」
 イノシシ母さんはよほど急いでいるのか、最後に僕が穴から出たのも気がつかないようです。母さんの大きなお尻がユッサユッサと揺れて、ウリ坊たちの小さなお尻もユサユサ揺れています。  

 でもよく見るとイノシシ母さんのお尻の揺れ方が少し変です。後脚の片方を引きずって歩いています。若い雄との戦いで怪我でもしたのでしょうか。でも怪我をしている割にはけっこう早足です。ウリ坊たちに混じって僕も、尻尾をフリフリさせながらついていきました。

 ただ木や草が茂っているようなだけの山の中にも、山で暮らす動物たちの歩く道があります。それを人間は、けもの道と呼んでいます。けもの道には動物たちの足跡やフンが残っており、シカやイノシシは傍の木に牙や角で傷をつけたり、体に付いた泥をこすりつけたりしています。

「危ないよ」                                                                    
 イノシシ母さんが急に立ち止まったのは、崖に沿った細いけもの道を登っている時でした。恐ろしいはぐれイノシシも、母さんが居るから平気です。母さんが守ってくれるから、何も怖いものなどありません。のんきに遠足気分で母さんの後を歩いていた僕たちは、何が起こったのだろうと、慌てて立ち止まりました。

「この木を見てごらん」
 イノシシ母さんの前には木の枝がありました。枝はちょうど道を遮るような形で、落ちていました。道幅は動物一匹がやっと通れるくらいの細さで、落ちている枝を飛び越えなければ前に進むことができません。枝はたいした太さではなく、難なく飛び越えられそうです。

「道の真ん中を木が塞いでいて、前に進めないよね」
「母さん、こんな小さな木の枝、おいらたち簡単に飛び越えられるよ」 
 一番大きなウリ坊が、前に進み出て木を飛び越えようとしました。
「勝手なことをしてはいけないって、いつも言っているじゃないかい」
イノシシ母さんは前に出たウリ坊を、鼻先で押し返しました。

「いいかい思い出してごらん、今までに道の真ん中にこんな枝が落ちていたことがあったかい」
「うん、あったよ。母さんがその木に牙で目印を付けたじゃないか」
「でも、あれは道の真ん中には落ちていなかったよ」
「そうだよ、あの木は道の脇に生えていたよ」
「タヌキの溜め糞も端っこだったな」
「木の実のたくさん入ったイタチのフンも端っこだったよ」
「サルが捨てて行った木の実の食べかすは真ん中にあったよ」
「それは猿が木の上から落としたからじゃないの。猿は木登りが得意だから、こんな狭い道歩かないはずよ、枝から枝に飛び移って行きたいところに行けるのだから」
 女の子のウリ坊が言いました。
「でもあんなもの別に飛び越えなくたって、踏みつけて行けばいいンだよ」
 ウリ坊たちは道で見た物を次々に挙げていきました。ぼくはいろんな動物たちが、同じ道を利用しているのに驚きました。

「道を塞ぐようにして落ちていたことは無いだろう」
「うん。有りそうで、無いね」
「有りそうで、無いね」
 一番大きなウリ坊が言うと、他のウリ坊たちも一斉に同じことを言い出しました。
「そう。有りそうで、無いことだね。この木の枝は」
 イノシシ母さんは木の枝が子供たちに良く見えるように、道の端に体をずらしました。
「こんな時にはね、匂いを嗅ぐンだよ。お前たちの鼻は筍を掘るためにだけにあるのではないンだよ。匂いを嗅いでごらん、私たちイノシシの鼻は、こんな時のためにあるのだからね」
 ウリ坊たちは一斉に鼻を前に突き出し、クンクンと匂いを嗅ぎ始めました。

「あっ、鉄の臭いがする」
「鉄の臭いがする」
 誰かが言い出すと、すぐに他のウリ坊たちもいいだします。
「いいかい、見てごらん」
 イノシシ母さんはウリ坊たちを残して、今来た道を引き返していきました。どこに行ったのだろうかと思っていると、ガサガサと落ち葉を踏みしめる音がして、道の脇の崖の上から姿を現しました。

「危ないから後ろに下がっていなさい」
 いったい何が始まるのかと興味津々の子供たちを後ろに下がらせると、イノシシ母さんは鼻先で地面から石を掘りだして、枝に向かって落としていきました。ほとんどの石は谷に落ちてしまいましたが、その中の一つが枝の近くに転がり落ちた瞬間でした。ゴトリと音がした瞬間、キュンと何かがはじけるような音がして、地面に積もった落ち葉がパラパラと飛び散りました。

 何が起こったのでしょうか。恐る恐る石の落ちた辺りを見ると、地面から銀色に光るワイヤーが姿を現していました。ワイヤーの先は、近くの木の幹に結びつけられています。

 罠です。罠が仕掛けられていたのです。何も知らずに枝を飛び越えていたら、今頃は自分たちが罠に掛かっていたことでしょう。

「この針金は動物を捕まえるために、特別頑丈にできているのだよ。いくら噛んででもかみ切れないし、力任せに引っ張っても切れるものじゃないンだよ。母さんは若いころ、この罠に掛かってしまったンだよ。罠を外して逃げよとしたンだが、どうしても外すことが出来なくてね。逃げようとすればするほど巻き付いた針金が後ろ脚に食い込でくるンだよ。
 
 そうこうしているうちに人間の足音が近づいてきてね、これが最後だ、これでダメならもう諦めようと思って、罠に掛かった方の脚を思いっきり引っ張ってみたンだ。そしたら骨が砕けるような嫌な音がして、急に体が自由になったンだけどね…。

その時は逃げるのに夢中で何ともなかったけど、巣穴に帰ってからが大変だったよ。脚の先が無くなっているンだから。死んだほうがましなくらい痛かったよ。でもどうすることもできなくてね、巣穴の中でじっと痛さに耐えるしかなかったよ」

 イノシシ母さんは片方の後ろ脚を出して見せました。僕はてっきり、はぐれ猪を追い払った時に痛めたのだろと思っていたのですが、そんな理由があったなんて……。

脚は爪の部分が無くなっていましたが、分厚い肉が爪のように傷口を覆っていました。
「しばらくすると痛みは収まったけどね、無くしてしまった足はもとには戻らない。あの時どうしてもっと用心しなかったのかって、後悔したよ。」
「分かったよ、母さん。通り道に木が落ちていたら、上から石を落として罠を壊せばいいだろう」
「おいら、今から上に行って石を落としてみるよ。ぶっつけ本番よりも、石を落とす練習しておいた方がいいから」
「うん、そうだ。みんなで練習しようよ」

「バッカじゃないの、あんたたち。そうじゃないでしょう、母さんの言っていることは。」
 女の子のウリ坊が、呆れた口調で言いました。しかし女の子って、どうしてみんな「バッカじゃないの」って言うのでしょうか。僕には男の子たちが、そんなにバカなことを言っているとは思えないのですが。

「いつもと何か違うなと思ったら、まず匂を嗅いでみるのよ。ねぇ母さんそうでしょう」
 女の子のウリ坊は呆れたような顔をしています。
「そうだよ、お前たちの鼻は筍や石を掘り起こすだけじゃなくって、罠に残されたわずかな匂いだって、嗅ぎ取ることができるのだよ。いつもと違うと思ったら、すぐに匂いを嗅ぐのだよ。鉄やビニールの臭いがしたら、近くに必ず罠がある。だから臭いのする方をよけて通るのだよ」
「うん分かった、いつも注意して。罠があったらよければいいンだね」

 なるほどそういうことか、僕もてっきり罠を見つけ次第に壊してしまうのだと思っていた。だってその方がかっこいいモン。
「バッカじゃないの」
 どこからか聞き覚えのある声がしたようで、僕は慌ててあたりを見回しましたが、誰もいません。きっと気のせいでしょう。

「ところでお前は一体誰なんだい。竹林の中からずっとついてきているけれども」
 キョロキョロとあたりを見回している僕に、イノシシ母さんが言いました。母さんは知らん顔していたけど、僕のことに気づいていたンだ。
「僕は保健所には、行きたくないンだ」
「そんな所には行かなくていいよ。しょうのない子だね、黙ってついてきて。仕方ない一緒に来るかい」
「うん、行く」
僕はイノシシ母さんの後についていきました

草むしり作「ヨモちゃんと僕」前21

2019-07-29 16:48:10 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前21

(春)イノシシ母さんとウリ坊たち⓵

 ぼんやりとした春の夜空に、まん丸なお月さまが昇りました。月の光は屋根の瓦を優しく照らし、庭の飛び石を白く浮き上がらせました。眠ってしまうのが惜しくって、僕はこっそり家を抜け出しました。   
 
 何か面白いことはないかと思いながら、僕はミモザの木の下にやってきました。ミモザの木は枝がたわんでしまうくらいに、黄色い小さなボンボンのような花を無数に咲かせています。昼間忙しそうに蜜を運んでいたミツバチたちも、今は疲れて眠っているのでしょう。月の光の下でミモザの花は金色に輝き、甘い蜜の香りを漂わせています。

「………」
 竹林の方から誰かがヒソヒソと話す声が聞こえてきました。
「お母さん、お腹すいたよ」
 目を凝らしてみると、暗がりの中にイノシシの親子がいました。大きな体の母さんの後ろには子供のたちがいます。子供たちは全部で五匹、体の大きさは僕と同じくらいで横に縞模様が走っています。お父さんが言っていたウリ坊って、この子たちのことだとすぐに分かりました。

 イノシシの親子は、お父さんの張ったネットの前で立ち止まったままです。きっとネットが邪魔をして中に入って行けないのでしょう。お父さんの喜ぶ顔が目に浮かびました。でもようすが少し変です。よく見ると母さんのイノシシがネットをくわえて、クチャクチャと口を動かしています。

「ほら、開いたよ。母さんは外で待っているから、自分たちで筍を掘ってごらん」
 イノシシ母さんはネットを食い破って、子供たちが入れるくらいの穴をあけてしまいました。食い破られたネットを見て、お父さんはきっと悔しがることでしょう。

「母さんは来ないの」
 最後に残った一番小さなウリ坊が聞きました。
「母さんはここで待っているからね、心配しないでお行き。お腹が空いただろう。母さんはさっき落ち葉の中のミミズをたくさん食べたからね、今はお腹がいっぱいなのだよ」
 小さなウリ坊が兄さんたちの方に走って行きました。

「あったぞー」
 一番大きなウリ坊が声をあげました。てんでに筍を探していたウリ坊たちが集まって、鼻先で土を掘り始めました。ウリ坊たちの丸いお尻の先の、小さな尻尾が楽しげに揺れています。

「ま―ぜーてー」
 僕は柿の木に登って、竹林の中を見ていました。でもウリ坊たちがあんまり楽しそうにしているものだから、思わず声を掛けてしまいました。

「いーいーよ」
 誰かが返事をしました。僕は嬉しくなって柿の木から飛び降りると、ウリ坊たちの中に入って行きました。一番小さなウリ坊が僕に気づいたのか尻尾を振っています。でも他のウリ坊たちは、僕のことなどまったく気付かないようです。

 「誰だ、お前」
一番大きなウリ坊が僕に気がついたのは、三本目の筍を食べ終わった時でした。
「僕は保健所にはいかないよ」
「おいらは罠にはかからないよ」
 僕たちは鼻と鼻をチョコンと合わせて挨拶をしました。
「おいらは罠にはかからいよ」
「あたいもかかったりしないよ」
「僕だってそうだよ」

 ウリ坊たちの挨拶が終わるころには、僕たちはもう友達でした。それから一緒になって筍を掘り始めました。土はとても固いのですが、ウリ坊たちは器用に鼻先で掘っていきます。僕はツバメの教えてくれた、象という大きな動物のことを思い出しました。

「あのね。南の国には、鼻が長くて体がとてつもなく大きな動物がいるンだよ」
 僕は知ったかぶりをして、ウリ坊たちに象の話を始めました。
「え、どれくらい鼻が長いの。体は母さんよりも大きいの。聞かせて、聞かせて」
 ウリ坊たちが目を輝かせて、僕の周りに集まってきました。
「象と言うのはね、南の国の生き物でね。大きな家の中に猫と一緒に住んでいるンだ」
 僕はツバメから聞いた話を、さも自分が見て来たように話し始めた時でした。

 その時でした。
「危ないよ、戻っておいで」
 暗闇の中から危険を知らせるイノシシ母さんの声が聞こえてきました。慌てて母さんの所に戻って行くウリ坊の後について、僕もイノシシ母さんの所に行きました。

「静かにおし。若い雄が二匹、近くをうろついているよ。母さんがこれから追っ払って来るから、お前たちは見つからないように隠れているのだよ。あいつらは腹を空かせたはぐれイノシシだよ。欲しいのはおいしい食べ物と、自分の縄張りだ。そのためにはお前たちが邪魔で仕方がないのさ。あいつらに見つかったら、お前たちは殺されてしまう。だからしっかり隠れているンだよ。それから人間に見つかってもいけないよ。鉄砲で撃たれてしまうかね」
 
 イノシシ母さんはそう言い残して、暗闇の中に消えて行きました。僕たちは竹林の外れの藪椿の木の下で、体を寄せ合って隠れました。息を殺して暗い竹林の中で、イノシシ母さんを待っていました。

「母さん、遅いね」
 一番小さなウリ坊がポツリと呟きました。ぼくは前にどこかで、同じような気持ちになったことがあると思いました。でもそれがどこだったのか、どうしてそんな気持ちになったのかは、思い出せませんでした。でもとても不安だったことだけは覚えていました。

「心配いらないよ、母さんはきっと帰っくるよ」
 僕は今にも泣きだしそうなウリ坊を抱きしめて、毛繕いを始めました。
「そうだね、心配いらないね」
 ウリ坊はやがて小さな寝息を立て始めました。

 遠くで争うような声が聞こえ、体を激しくぶつけあう音がしました。数匹の動物の入り乱れた足音が遠のくと、暗い林の中は不気味なほど静かになりました。

 頭の上からポトリと何かが落ちてきました。僕は驚いて目が覚めました。いつの間にか僕は眠ってしまったようです。体を寄せ合って眠っているウリ坊たちの上に、赤い花が一つ落ちていました。
「椿の花か……」
 僕は藪椿の木を見上げました。藪椿の枝先の緑色の葉っぱが揺れて、赤い花がもう一つ落ちてきました。

「何かいる」
僕はそっと起き上がると、地面に伏せてもう一度枝先が揺れるのを待ちました。
「さあ、家に帰るよ」
微かに枝先が揺れた瞬間、突然イノシシ母さんの声が聞こえてきました。ウリ坊たちが起き上がったとたん、赤い椿の花がポトリとまた落ちてきて、枝の間から鳥が飛び立ちました。ヒヨドリが椿の蜜を吸いに来たのでしょう。気が付くと辺りはすっかり明るくなっていました。

草むしり作「ヨモちゃんと僕」前20

2019-07-29 14:46:00 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前20

(春)春ってなぁに⑥

「あら、やけに鳥たちが騒がしいと思ったら、ツバメが帰って来たのね。ツバメも帰って来たばかりで疲れているのかしら、鳴き声がなんか変だわ」
 お母さんは頭にかぶった帽子を脱いで、鳥たちの鳴き声を聞いています。ヨモちゃんはとっくに車の下から出ると、草むしりするお母さんの足元に寝ころんでいます。近くには黄色い糸水仙の花が咲いており、辺りに甘い香りを漂わせております。

「あいつらバッカじゃないの」
 ヨモちゃんは空を見上げて言いました。
「私たちは忙しくてね。馬鹿なカラスの相手なんてしている暇など無いよ」
 ツバメたちは軒下を出たり入ったりしながら、巣をつくり始めました。カラスもいつの間にかどこかに飛んで行ったようです。

 ヨモちゃんがお母さんの傍で甘えているものだから、僕は少し悔しくなりました。ソロリソロリとヨモちゃんの後ろから近づいていきました。
「来ないでよ」
 僕に気づいたヨモちゃんは、ピョンピョンと庭石の上を飛びはねながら、梅の木に飛び上がりました。

「お母さん、来たよ」
 僕はしばらくお母さんの足元に居たのですが、お母さんは草むしりばかりをしていて、遊んではくれそうにありません。

「ヨモちゃん、遊ぼう」
 退屈した僕は、ヨモちゃんが登っている梅の木の下に行きました。梅の木は所々に棘のようにとがった枝があり、登るには難儀します。でも木登りの特訓をした甲斐があり、僕は素早く登っていきました。

「何よ、あんたここまで来られるの」
 ヨモちゃんはどんどんと上にと登って、ついにテッペンの枝先まで上がっていきました。もう後がありません。あと少しで、でヨモちゃんに手が届きそうです。

「バイバイ」
 ヨモちゃんが突然空に向かってジャンプしました。大きく後ろ足で空中を蹴って、離れの屋根に飛び移りました。
「その手があったか」
 なるほど、梅の木は離れの部屋の屋根の近くまで枝を伸ばしております。ヨモちゃんの身軽さならば、飛び移ることも可能な距離です。

「やーい、ここまでおいで」
ヨモちゃんが屋根の上で囃し立てています。忙しそうに軒下に出入りしていたツバメたちも電線に止まって、ことの成り行きを見ています。この分だとカラスもどこかで見ていることでしょう。でもお母さんだけは下を向いたまま、草むしりに余念がありません。

「行ってやるよ。そこまで」
 もうこうなったら後には引けません。梅の木の一番テッペンから 僕は枝を力いっぱい蹴って、屋根に向かって飛んだつもりだったのですが……。「残念」前脚が屋根に届きません。「落ちる」と思った瞬間、僕は思いきり尻尾を膨らませました。
「えーい」
体が空中で一瞬止まり、僕はふわりと地面に着地しました。

「今の何」
 ヨモちゃんが屋根の上から覗いています。ツバメは何もかったように、電線から飛び立っていきました。遠くで聞き覚えのある鳥の羽ばたく音が聞こえました。

「そろそろお昼ね。今日はお父さんの好きなカレーうどんよ、フサオもおいで」
 気が付いていないのはお母さんだけです。