草むしりしながら

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草むしり作「ヨモちゃんと僕」前23

2019-07-30 08:19:17 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前23
(春)ノシシ母さんとウリ坊たち③

 道はそれからますます細く険しくなっていきました。僕は木の根っこにつまずきそうになったり、湿った落ち葉で滑りそうになったりしました。でもその度にイノシシ母さんに助けてもらいました。崖に沿った細い道を上りつめると、突然アスファルト舗装の広い道路に出ました。深い山の中だと思っていたので、何だか拍子抜けしてしまいました。

 道路の向こう側には大きなため池があり、周囲にはクヌギ林が広がっていました。車がめったに通らない道路を横切って、池の土手からクヌギ林を抜けて、やっとイノシシ母さんの家に辿りつきました。それにしても随分高い所まで来てしまったものです。

 池の土手から見た景色は今でも目に焼きついています。山裾から田んぼが広がり、その先には海が広がっていました。海の向こうにぼんやりと小さな島が見え、海のそばにある飛行場から飛行機が飛び立っていきました。山の中腹にはみかん山が広がり、白いビニールのハウスが見えました。あれはお父さんのビニールハウスかも知れません。

 イノシシ母さんの家はクヌギ林を抜けた雑木林の中にありました。木の間に小さな枝を積み重ね、中には落ち葉を敷きつめた寝床もありました。ウリ坊たちにせがまれて、ぼくは南の国の象と尻尾のフサフサした猫の話をしました。本当は行ったことの無い南の国でしたが、さも見て来たように得意になって話しました。でもウリ坊たちは母さんのオッパイを頬張りながらすぐに眠ってしまい、けっきょくイノシシ母さんだけがぼくの話を最後まで聞いてくれました。

「お前の尻尾なら本当に風に乗って、南の国にだって行けるかもしれないね」
 イノシシ母さんはぼくの尻尾はフサフサで、とてもきれいだと誉めてくれました。
「風に乗ったら尻尾だけじゃなくて、脚も思い切って横に広げるといいかもしれないよ。ムササビはそうやって空を飛んでいるからね」
「ムササビって、空を飛ぶの。それって鳥の仲間なの」
「ムササビは翼が無いから鳥じゃないね。でも体の皮がダブダブでね、脚を広げるとそれが翼のようになって、高い木の上から空を飛ぶことができるのさ」
 翼が無くても空を飛ぶことができる奴が本当にいたなんて。ムササビってどんな奴なンだろ。
「うん。風に乗ったら、思いきり脚を広げてみるよ」
 話し疲れてぼくは大きな欠伸を一つしました。そしてそのまま深い眠りに落ちていきました。
 
 夕方イノシシ母さんに起こされるまで、ぼくはぐっすりと眠っていました。ウリ坊たちはとっくに目を覚ましていて、もう一日泊まって行くようにしきりに勧めます。一番小さなウリ坊には「もう、家の子になっちゃえば」と何度も誘われました。

「さあ、ここでお別れだよ」
ため池の土手の上でイノシシ母さんが言いました。ずっと一本道だと思っていたけもの道は、土手の途中で二本に分かれていました。一本は土手を下りて道路を横切って山を下って行く、ぼくが昨日通った道です。そしてもう一本は、土手の中央をまっすぐに走っていました。親子はその道を通って、隣の山にある椎茸の原木置き場に、カブトムシの幼虫を食べに行くといいました。

 カブトムシのサナギは甘くてトロリとして、とってもおいしいのだとウリ坊達はいいました。一緒に食べに行こうよと誘われました。そしてウリ坊たちは、僕がいないとつまらないと、口ぐちに言いました。そのくせ姉弟でふざけ合ったり、母さんに甘えたりしていました。そんなウリ坊たちを見ていた僕は、家にいるお母さんのことを思い出しました。

「こっちの道をまっすぐに降りて行くと、昨日の竹林に出るよ。もうじき雨になるから、寄り道しないで早くお帰り。ぐずぐずしていると、雨がお前の残した匂を洗い流してしまうよ」

 僕が途中の木や石に自分の匂をつけていたのを、イノシシ母さんは知っていたのです。イノシシ母さんはぼくが昨日この道を通ったことを、山の獣たちは皆知っていると言いました。

「でも、心配はいらないよ。イタチやタヌキは自分たちの食べ物を探すのに精いっぱいで、お前のことなどに構っていられないよ。シカは体が大きくて立派な角を持っているけれど、臆病者だよ。そのくせプライドだけは高くって、自分のことを山の王だと勝手に思いこんでいるンだ。だから本当はお前のことが怖くて仕方ないのに、お前などには興味が無いって顔をして遠くから見ているだけよ。でももし運悪くシカに出くわしたら、『王様、どうかこの哀れな迷いネコに道をお譲り下さい』って言うンだよ。シカは怖くて仕方ないくせに、知らん顔して道を譲ってくれるよ。すれ違う時に目さえ合わせなければ、何もしないからね。ただね、サルには気をつけるンだよ」
 
 イノシシ母さんはふっと一息つくと、また喋り始めました。
「サルは毛つくろいが大好きでね。だからお前の尻尾を見ると、もう毛繕いをしたくてたまらなくなるだろうからね。この子たちだって時々捕まって毛繕いされているよ。でもこの子たちの毛はブラシのように固くって思うようにいかないから、すぐに返してくれるけれどね。でもお前の尻尾はフサフサで、毛繕いにはおあつらえ向きだからね。捕まったら最後、すぐには帰してもらえないよ。」
 
 サルに呼ばれても返事をしないように。なるたけ尻尾は膨らまさないように。そしてもうじき雨になるので、なるたけ早く家に帰るようにと、イノシシ母さんは繰り返し言いました。

「もし帰り道が分からなくなったら、目を瞑って家で待っているお母さんのことを思い出してごらん。どっちに進めばいいかきっと分かるから」
 僕はイノシシ親子に別れを告げ、土手から飛び降りると道路を横切り、細い坂道を大急ぎで下って行きました。

 



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