平成24年1月8日(日)
大菩薩嶺2,056.9m、親不知の頭1,949m、熊沢山1,990m
24年を迎えて松の内も過ぎ、今回は3連休だ。長男の成人式もあるが、男親は特に何も用は無い様なので、初登りに出かけることにした。ここ数年、年の初めは富士山が見える山と決めている。特に意味も無いが、やはりお目出度い新年は富士山を間近に見ておきたい。雪を被った富士山は神々しい。昨年、山梨の小楢山の頂上から富士山を眺め、その手前に連なる大菩薩嶺が気になった。というより、大菩薩嶺は登ろうと思ってアクシデントがあり、その後登らないままになっていた山なのだった。そんな訳で、24年の初登りは、実はもうずっと前から大菩薩と決めていた。百名山の山といえども、真冬ならそう人が大挙して押し寄せることも無いだろう。この時期だからこそ足が向く山ともいえよう。
土曜の夜家を出て山梨に向かう。秩父のいつも寄る深夜営業のスーパーで食料を買い込み、きんきんに冷え込んだ夜道を走る。雁坂トンネルの出口で温度計は-8℃、道路の電光板の表示では路面-10℃とある。トイレ休憩のため、雁坂トンネル山梨側の休憩所に寄るが、もの凄く寒い。この附近は路面にこそ雪は無いものの、道路脇で10~20cmの積雪がある。甲府盆地に向かって下り、三富から塩山(現甲州市)に入り、R411で大菩薩登山口の裂石に向かう。
裂石の温泉民宿から林道に入り、冬季通行止めのバリケードが塞ぐ裂石登山口の駐車場に0時半に着いた。林道も路面には雪も無く、凍結している箇所も少ない。駐車場には他に3台の車が停まっているが、今日既に登って上に泊まったのか、車の中には人は居ないようだ。広い駐車場はがらがらだった。外の気温は-6℃で、まあそんなには冷え込んでいない。昨日までの強い冬型は今日辺りから少し緩む様で、日本海側の積雪も一段落とラジオの天気予報がさっき言っていた。シュラフに潜って、アラームは6時半とした。
アラームの音で6時半に目が覚める。ぐっすり眠った。黎明の明かりが、かなり傾斜した地形の駐車場を見渡せる様になっている。この傾斜のおかげで?目が覚めたら身体が車の隅に寄せられていた。身体が斜めになって眠ったので少し痛い。シュラフから出て支度を始めるが、思った程には寒くない。そうこうしているうちに、2台の車が相次いで駐車場にやってくる。やはり3連休、シーズンオフとは言え、百名山には登る人もそれなりに多いのか?車の主は中高年の女性の単独(珍しい)と、年配の単独の男性で、ぼくが出発する前に女性は丸川峠方面へ、男性は冬季閉鎖されているゲートから舗装林道を上日川峠方面に向かっていった。
冷たいおむすびを食べて熱い紅茶を飲み、7時11分に駐車場を後にする。裂石登山道は駐車場から直ぐに始まる。入口に大菩薩嶺周辺の案内看板があって、ここから丸川峠(丸川荘)までが2時間20分、そこから大菩薩嶺までが1時間20分で、合せて3時間40分が標準コースタイムということの様だ。標高差が1060m程あるので、それなりに登り手もあるようだった。夏なら標高1600mある上日川峠まで車で入れるので、1時間半ちょっとで登れる山だ。荒れた路面の林道を登り始めるが、周囲を含め全く雪は無い。
一応、上には雪もあるかもしれないし、丸川峠から大菩薩嶺までは樹林帯の登りで、融け残っている雪が凍結している事も想定して4本爪アイゼンだけザックに忍ばせておいた(8本爪も持ってきていた)。冷え込みはそこそこながら、やはり朝日も当たらない早朝の登りは空気も冷たい。今日のいでたちは、毛糸のウォッチキャップ、冬用のアウターシェルとゴアのパンツに、保温材が入った手袋、ゴアのスパッツで、靴は登山靴ではなく防寒スノーブーツ(ノースフェイス製で軽い冬山用にお気に入りにしている)だった。これは8本爪までならアイゼンも付けられるし、スノーシューは専用靴みたいのものだし、何より足が冷たくならないから下手な登山靴よりも良い。ただし、ソールが雪用の柔らかいゴムとトレッドパターンなので、岩場や傾斜のきついところはあまり得意ではない。なので、どちらかというと雪がある所のほうが向いた靴だった。
沢沿いの石ころの多い雑木林の林道を緩く登っていく。しばらくして林道と別れ、尾根伝いの登山道になるが、先行した女性を抜いてどんどん高度を稼いでいく。柳沢峠に上るR411が左手に見えるようになると、大菩薩の稜線も上に見えるようになってくる。背後は樹林を透かして甲府盆地が見えてくるようになり、木の根の錯綜したはっきりした狭い尾根を登る頃には西に富士山も見えてきた。冷たい空気の中で、まだ陽も当たらないが、急な登りが続いて少し汗ばんできた。
急な登りが突然平坦な笹の切り開きに変わって、明るい朝の光が満ちた峠が見えてくる。霜で真っ白なカヤトを少し進んで、青いトタン造りの粗末な小屋が見えた。峠の鞍部に建つ丸川荘に8時45分に着いた。登山口から1時間半ちょっとで着いたことになる。小屋の南側に木彫のお地蔵さんが立っていた。木彫ということで風情がある。小屋から管理人?の様なおじさんが出てきたので大きな声で挨拶したが、ちょっとぼくの顔を見て行ってしまった。(こういうメジャー山では、お金に繋がらない人間には興味がないというアカラサマな態度を示す山小屋の管理人は多いな…)
丸川峠では休まずに、そのまま大菩薩嶺とある標識に従って、カヤトの登りから北向きの樹林を斜めに登る道を進む。カヤトの向こう正面に富士山が見えていた。ここからの富士山の眺めは、手前の高圧鉄塔が興を削ぐ。登山道沿いには東京都水道局と書かれた杭がぽつんぽつんと立っている。東京の水源に当たるので、ここは山梨なのに東京都水道局がこの辺の森林を管理しているのだろうか?奥秩父や丹沢でもこの杭は良く見ます。コメツガの薄暗い登りになると、薄っすらと雪が出てくる。人が沢山歩いているから登山道の雪は凍結しているが、アイゼンを装着するほどの事も無さそうだ。乾いた雪は、きゅっ、きゅっ、と靴で踏むたびに音を立てる。そのまま、急な登りをしばらくすると、北の展望が開けた所が有り、甲府盆地を見下ろす向こうに南アルプスの白銀の連嶺がずらりと眺められた。頂上での眺めが楽しみだ。
やや蛇行しながらコメツガ林をしばらく登り続ける。早足の単独ハイカーが背後からやってきて、ぼくを抜き去っていった。樹林の向こうに奥秩父の木賊山から雲取山までの山並がちらちらと見え隠れする。『山梨の森林100選 大菩薩稜線のコメツガ林』の看板を見て、登山道はやがて北向きに変わり、頂上間近な雰囲気だ。傾斜が緩むと、樹林に囲まれ薄暗い大菩薩嶺山頂に10時11分に着いた。丸川峠からはほぼコースタイムどおりで、トータル丁度3時間での到着だった。大菩薩嶺山頂には年配のご夫婦が居たが、到着した時に出発していったのは先ほど抜かれたハイカーさん。薄暗い頂上は当然全く眺めも無く、雪に覆われた中央に『山梨百名山 大菩薩嶺』の標柱が立つばかりで休む様な所でもなかった。
山頂では休まず、そのまま展望があるとういうこの山のメインスポット雷岩に向かう。少しコメツガの樹林を先に進むと、ぽかっと先が開け、カヤトの北向きの斜面が広がって稜線に岩が積み重なった雷岩に出た。うわー、っと声を挙げたくなるほどの…それはそれは素晴らしい眺めだった。中高年の4,5人のパーティーが直ぐに唐松尾根を上日川峠に向かって下っていくところだった。風を避けた単独の年配のハイカーが、南側の稜線樹林に少し入った所でコンロで湯を沸かしていた。
甲府盆地を見下ろすパノラマはその背後に南アルプスが連なり、真正面に上日川ダム湖(大菩薩湖)を手前にして、やや逆光で富士山が大きかった。富士山はこの時期としては黒い所が目立ち、雪が少ない様だった。眺めは飽きなく素晴らしいものだが、強くはないものの風は恐ろしく冷たく、顔が痛い。少し登った雷岩の上で、その岩を風除けにしてそこで休憩とした。快晴の空の下、これ程すかっとした展望はここ数年で一番と言えるほどのものだった。雪を頂いた富士山や南アルプスの連嶺の手前に、街が広がる甲府盆地を正に見下ろすという、このロケーションの良さが何よりも展望台として秀逸だ。
冷たい明太子おむすび(今日はパンではなく、おむすびが主)に、あんこをサンドしたコッペパン(秩父のパン屋さんのやつ)を食べながら、この大展望を堪能した。それにしても寒い。へたに保温材が入った手袋は、中が汗で湿った為に冷たくなって指の感覚が無くなってしまった。スペアの毛糸の手袋に替えてようやく指の感覚が戻る(凍傷になりそうだ)。それでも、写真を撮るために、また手袋を外していると、直ぐに指の感覚が無くなってくる程寒い。鼻水も垂れてくる。さみー…。
雷岩の上でしばらく休んでいたが、その間誰もやってこなかったので、最高の展望と静かな時間を独り占めだった。10時52分に雷岩から大菩薩峠方面に向かう。歩き始めたら、山頂方面から1人、大菩薩峠方面からは10人前後の人が次々にやってくる。丁度誰も居ない時を一番展望の良い所で過ごせた。大菩薩峠方面からは中には子連れの人達までいた。神部岩でまた少し足を止め、写真を撮ったりして、のんびりと大菩薩峠に向かう。折角の大展望、時間差で静かな山を独り占めできたのだから、急いでも仕方が無い。今日は、大菩薩峠の先の石丸峠まで行ってそこから下って周回する予定だから、のんびりでも充分だ。
賽の河原という標識の付いたゴロ岩が少しある小鞍部には、木造丸太小屋風の避難小屋が建っている。中を覗くと結構綺麗で、一人でこんな所に泊まっても良いな…宿泊できるのだろうか?水場はもちろん無い。賽の河原からちょっと登ると親不知の頭という小さなピークで、ここからも眺めが良い。奥多摩や東京の市街地が遠望できる。この時は気づかなかったが、家に帰って写した写真を見たら、ズームで撮った写真に新宿の高層ビル群やスカイツリーがはっきり写っていた。このピークから大菩薩峠が見下ろせ、介山荘の建物が直ぐ下に見えた。道の両側はロープが張られている道をのんびり歩いて、11時58分に大菩薩峠に着いた。雷岩から、コースタイムだと45分のトコロを1時間余りかけてゆっくり歩いてきた。
大菩薩峠は、むしろ大菩薩嶺のピークよりも有名な所だ。介山荘の前には大菩薩峠と書かれた大きな看板が立ち、幾つもの石碑や石塔等がある。中里介山の小説で有名なので、ここは観光地といっても良い。介山荘はひっそりとしていたが、管理人も在駐していて、小屋の前に道を挟んで売店まである。大菩薩峠オリジナルのバッジ類や、名前の入った熊鈴が何種類も売られている。これは良いなと思ったが、買いそびれた。
介山荘の脇には休憩舎もあり、車が一台停まっていた(ここまで車で来られるんだ…モチロン一般車は通行止めですが)。介山荘からまた樹林の登りになり、薄暗いコメツガの急な登りを少しで、2つピークがある熊沢山の山頂部に出る。道は山頂の直ぐ下を巻いているので、道を離れ、岩と木の根が絡んだ稜線沿いを進んで12時23分に東京都水道局の杭と水源林の標識が立ち、赤い標石がある熊沢山頂に着いた。山頂名を示す様なモノは何も無かった。樹林で全く眺めが無い。少し下ると防火帯なのか?刈り払われた幅10m程の草地が広がって、下の石丸峠や小金沢山等の眺めが良い所に出る。ここでまた大休止。湯を沸かしカップうどんを食べてまったり。風も無く、ようやくこの時間になって午前中の寒さも和らぎ、陽だまりの暖かな、人もやって来ない静かな時間を満喫する。そうはいっても、直ぐ先、ホンの20m程向こうの笹の中に登山道が通っていて、今しがたも2人のハイカーが通過していった(ぼくの方には気づかないようだ)。
午後の陽は早くも傾いている。重い腰を上げ、直ぐ下に見える石丸峠に下る。13時5分に石丸峠に降り立つ。笹の原といった風情の石丸峠は、ここから先に小金沢山方面に道が延びて、その小金沢山も直ぐそこという感じで逆光で見える。その右には富士山が少し霞んできた。陽が長い時期なら、小金沢山もついでに登ってしまえるが、今日は予定通りここで下ることにする。上日川峠と指す、笹の中のトラバース道をまた、のんびり歩いていく。今日はホントにのんびりゆっくりで、それなりに人も居るのだが、静かな山を堪能しているなあ。
トラバース道はやがて下りになり、落葉松の植林帯をうねうねと下りていく。林道を横切り、ここには小屋平と書かれたバス停がある。また登山道になって、落葉松林を下ると、小さな沢を跨ぎ、その先は今日一番の積雪がある道を少し歩く。きゅっ、きゅっ、と靴の下で雪は乾いた音を立てる。乾燥して気温が低いからなのだろう。空は相変わらず抜けるほど青い。そのまま林間の道を下って、14時24分に上日川峠に出る。ここには真新しい山荘風の長兵衛ヒュッテの建物が建ち、大菩薩峠へと上る舗装林道(一般車進入禁止)と大菩薩を鉢巻する舗装林道の交差地点になっている。バス停や駐車場があり、シーズン中はここがメインの登山口のようだが、今は人の気配も無くひっそりとしていた。ヒュッテも営業していない。
上日川峠から少し林道を進み、再び登山道を、今度はジグザグにかなり下っていく。緩やかな林間の道になる頃は、上に大菩薩嶺の稜線が高く見上げるようになった。何人かのハイカーを抜いて、15時18分に裂石登山口の駐車場に戻ってきた。ゆっくりのんびりでも、比較的早く周回できた。駐車場には、10台程の車が停まっていた。
帰りは塩山温泉の旅館に寄って入浴をする予定であったが、裂石の直ぐ下にある『大菩薩の湯』という日帰り温泉に寄って汗を流した。大菩薩に登ったので、その名を冠する温泉に敬意を表したのだが、ここもごく普通の日帰り温泉だった。入浴客は比較的少なかったが、やはり塩素臭はこの手の施設では仕方がないのだろう。塩山温泉の方が良かったか?
塩山まで下ると、車窓から煌々と照らす満月を山稜に載せた大菩薩嶺が望まれた。さよならを言っているようだった。道端に車を止め、その美しくどこか懐かしさを憶える日本的な光景を目に焼きつけ、ぼくもさよならをした。大菩薩嶺は素晴らしい山だったな。
車に戻り、夜の帳が降り始めた甲州路を後に家路に着いた。
大菩薩嶺2,056.9m、親不知の頭1,949m、熊沢山1,990m
24年を迎えて松の内も過ぎ、今回は3連休だ。長男の成人式もあるが、男親は特に何も用は無い様なので、初登りに出かけることにした。ここ数年、年の初めは富士山が見える山と決めている。特に意味も無いが、やはりお目出度い新年は富士山を間近に見ておきたい。雪を被った富士山は神々しい。昨年、山梨の小楢山の頂上から富士山を眺め、その手前に連なる大菩薩嶺が気になった。というより、大菩薩嶺は登ろうと思ってアクシデントがあり、その後登らないままになっていた山なのだった。そんな訳で、24年の初登りは、実はもうずっと前から大菩薩と決めていた。百名山の山といえども、真冬ならそう人が大挙して押し寄せることも無いだろう。この時期だからこそ足が向く山ともいえよう。
土曜の夜家を出て山梨に向かう。秩父のいつも寄る深夜営業のスーパーで食料を買い込み、きんきんに冷え込んだ夜道を走る。雁坂トンネルの出口で温度計は-8℃、道路の電光板の表示では路面-10℃とある。トイレ休憩のため、雁坂トンネル山梨側の休憩所に寄るが、もの凄く寒い。この附近は路面にこそ雪は無いものの、道路脇で10~20cmの積雪がある。甲府盆地に向かって下り、三富から塩山(現甲州市)に入り、R411で大菩薩登山口の裂石に向かう。
裂石の温泉民宿から林道に入り、冬季通行止めのバリケードが塞ぐ裂石登山口の駐車場に0時半に着いた。林道も路面には雪も無く、凍結している箇所も少ない。駐車場には他に3台の車が停まっているが、今日既に登って上に泊まったのか、車の中には人は居ないようだ。広い駐車場はがらがらだった。外の気温は-6℃で、まあそんなには冷え込んでいない。昨日までの強い冬型は今日辺りから少し緩む様で、日本海側の積雪も一段落とラジオの天気予報がさっき言っていた。シュラフに潜って、アラームは6時半とした。
アラームの音で6時半に目が覚める。ぐっすり眠った。黎明の明かりが、かなり傾斜した地形の駐車場を見渡せる様になっている。この傾斜のおかげで?目が覚めたら身体が車の隅に寄せられていた。身体が斜めになって眠ったので少し痛い。シュラフから出て支度を始めるが、思った程には寒くない。そうこうしているうちに、2台の車が相次いで駐車場にやってくる。やはり3連休、シーズンオフとは言え、百名山には登る人もそれなりに多いのか?車の主は中高年の女性の単独(珍しい)と、年配の単独の男性で、ぼくが出発する前に女性は丸川峠方面へ、男性は冬季閉鎖されているゲートから舗装林道を上日川峠方面に向かっていった。
冷たいおむすびを食べて熱い紅茶を飲み、7時11分に駐車場を後にする。裂石登山道は駐車場から直ぐに始まる。入口に大菩薩嶺周辺の案内看板があって、ここから丸川峠(丸川荘)までが2時間20分、そこから大菩薩嶺までが1時間20分で、合せて3時間40分が標準コースタイムということの様だ。標高差が1060m程あるので、それなりに登り手もあるようだった。夏なら標高1600mある上日川峠まで車で入れるので、1時間半ちょっとで登れる山だ。荒れた路面の林道を登り始めるが、周囲を含め全く雪は無い。
一応、上には雪もあるかもしれないし、丸川峠から大菩薩嶺までは樹林帯の登りで、融け残っている雪が凍結している事も想定して4本爪アイゼンだけザックに忍ばせておいた(8本爪も持ってきていた)。冷え込みはそこそこながら、やはり朝日も当たらない早朝の登りは空気も冷たい。今日のいでたちは、毛糸のウォッチキャップ、冬用のアウターシェルとゴアのパンツに、保温材が入った手袋、ゴアのスパッツで、靴は登山靴ではなく防寒スノーブーツ(ノースフェイス製で軽い冬山用にお気に入りにしている)だった。これは8本爪までならアイゼンも付けられるし、スノーシューは専用靴みたいのものだし、何より足が冷たくならないから下手な登山靴よりも良い。ただし、ソールが雪用の柔らかいゴムとトレッドパターンなので、岩場や傾斜のきついところはあまり得意ではない。なので、どちらかというと雪がある所のほうが向いた靴だった。
沢沿いの石ころの多い雑木林の林道を緩く登っていく。しばらくして林道と別れ、尾根伝いの登山道になるが、先行した女性を抜いてどんどん高度を稼いでいく。柳沢峠に上るR411が左手に見えるようになると、大菩薩の稜線も上に見えるようになってくる。背後は樹林を透かして甲府盆地が見えてくるようになり、木の根の錯綜したはっきりした狭い尾根を登る頃には西に富士山も見えてきた。冷たい空気の中で、まだ陽も当たらないが、急な登りが続いて少し汗ばんできた。
急な登りが突然平坦な笹の切り開きに変わって、明るい朝の光が満ちた峠が見えてくる。霜で真っ白なカヤトを少し進んで、青いトタン造りの粗末な小屋が見えた。峠の鞍部に建つ丸川荘に8時45分に着いた。登山口から1時間半ちょっとで着いたことになる。小屋の南側に木彫のお地蔵さんが立っていた。木彫ということで風情がある。小屋から管理人?の様なおじさんが出てきたので大きな声で挨拶したが、ちょっとぼくの顔を見て行ってしまった。(こういうメジャー山では、お金に繋がらない人間には興味がないというアカラサマな態度を示す山小屋の管理人は多いな…)
丸川峠では休まずに、そのまま大菩薩嶺とある標識に従って、カヤトの登りから北向きの樹林を斜めに登る道を進む。カヤトの向こう正面に富士山が見えていた。ここからの富士山の眺めは、手前の高圧鉄塔が興を削ぐ。登山道沿いには東京都水道局と書かれた杭がぽつんぽつんと立っている。東京の水源に当たるので、ここは山梨なのに東京都水道局がこの辺の森林を管理しているのだろうか?奥秩父や丹沢でもこの杭は良く見ます。コメツガの薄暗い登りになると、薄っすらと雪が出てくる。人が沢山歩いているから登山道の雪は凍結しているが、アイゼンを装着するほどの事も無さそうだ。乾いた雪は、きゅっ、きゅっ、と靴で踏むたびに音を立てる。そのまま、急な登りをしばらくすると、北の展望が開けた所が有り、甲府盆地を見下ろす向こうに南アルプスの白銀の連嶺がずらりと眺められた。頂上での眺めが楽しみだ。
やや蛇行しながらコメツガ林をしばらく登り続ける。早足の単独ハイカーが背後からやってきて、ぼくを抜き去っていった。樹林の向こうに奥秩父の木賊山から雲取山までの山並がちらちらと見え隠れする。『山梨の森林100選 大菩薩稜線のコメツガ林』の看板を見て、登山道はやがて北向きに変わり、頂上間近な雰囲気だ。傾斜が緩むと、樹林に囲まれ薄暗い大菩薩嶺山頂に10時11分に着いた。丸川峠からはほぼコースタイムどおりで、トータル丁度3時間での到着だった。大菩薩嶺山頂には年配のご夫婦が居たが、到着した時に出発していったのは先ほど抜かれたハイカーさん。薄暗い頂上は当然全く眺めも無く、雪に覆われた中央に『山梨百名山 大菩薩嶺』の標柱が立つばかりで休む様な所でもなかった。
山頂では休まず、そのまま展望があるとういうこの山のメインスポット雷岩に向かう。少しコメツガの樹林を先に進むと、ぽかっと先が開け、カヤトの北向きの斜面が広がって稜線に岩が積み重なった雷岩に出た。うわー、っと声を挙げたくなるほどの…それはそれは素晴らしい眺めだった。中高年の4,5人のパーティーが直ぐに唐松尾根を上日川峠に向かって下っていくところだった。風を避けた単独の年配のハイカーが、南側の稜線樹林に少し入った所でコンロで湯を沸かしていた。
甲府盆地を見下ろすパノラマはその背後に南アルプスが連なり、真正面に上日川ダム湖(大菩薩湖)を手前にして、やや逆光で富士山が大きかった。富士山はこの時期としては黒い所が目立ち、雪が少ない様だった。眺めは飽きなく素晴らしいものだが、強くはないものの風は恐ろしく冷たく、顔が痛い。少し登った雷岩の上で、その岩を風除けにしてそこで休憩とした。快晴の空の下、これ程すかっとした展望はここ数年で一番と言えるほどのものだった。雪を頂いた富士山や南アルプスの連嶺の手前に、街が広がる甲府盆地を正に見下ろすという、このロケーションの良さが何よりも展望台として秀逸だ。
冷たい明太子おむすび(今日はパンではなく、おむすびが主)に、あんこをサンドしたコッペパン(秩父のパン屋さんのやつ)を食べながら、この大展望を堪能した。それにしても寒い。へたに保温材が入った手袋は、中が汗で湿った為に冷たくなって指の感覚が無くなってしまった。スペアの毛糸の手袋に替えてようやく指の感覚が戻る(凍傷になりそうだ)。それでも、写真を撮るために、また手袋を外していると、直ぐに指の感覚が無くなってくる程寒い。鼻水も垂れてくる。さみー…。
雷岩の上でしばらく休んでいたが、その間誰もやってこなかったので、最高の展望と静かな時間を独り占めだった。10時52分に雷岩から大菩薩峠方面に向かう。歩き始めたら、山頂方面から1人、大菩薩峠方面からは10人前後の人が次々にやってくる。丁度誰も居ない時を一番展望の良い所で過ごせた。大菩薩峠方面からは中には子連れの人達までいた。神部岩でまた少し足を止め、写真を撮ったりして、のんびりと大菩薩峠に向かう。折角の大展望、時間差で静かな山を独り占めできたのだから、急いでも仕方が無い。今日は、大菩薩峠の先の石丸峠まで行ってそこから下って周回する予定だから、のんびりでも充分だ。
賽の河原という標識の付いたゴロ岩が少しある小鞍部には、木造丸太小屋風の避難小屋が建っている。中を覗くと結構綺麗で、一人でこんな所に泊まっても良いな…宿泊できるのだろうか?水場はもちろん無い。賽の河原からちょっと登ると親不知の頭という小さなピークで、ここからも眺めが良い。奥多摩や東京の市街地が遠望できる。この時は気づかなかったが、家に帰って写した写真を見たら、ズームで撮った写真に新宿の高層ビル群やスカイツリーがはっきり写っていた。このピークから大菩薩峠が見下ろせ、介山荘の建物が直ぐ下に見えた。道の両側はロープが張られている道をのんびり歩いて、11時58分に大菩薩峠に着いた。雷岩から、コースタイムだと45分のトコロを1時間余りかけてゆっくり歩いてきた。
大菩薩峠は、むしろ大菩薩嶺のピークよりも有名な所だ。介山荘の前には大菩薩峠と書かれた大きな看板が立ち、幾つもの石碑や石塔等がある。中里介山の小説で有名なので、ここは観光地といっても良い。介山荘はひっそりとしていたが、管理人も在駐していて、小屋の前に道を挟んで売店まである。大菩薩峠オリジナルのバッジ類や、名前の入った熊鈴が何種類も売られている。これは良いなと思ったが、買いそびれた。
介山荘の脇には休憩舎もあり、車が一台停まっていた(ここまで車で来られるんだ…モチロン一般車は通行止めですが)。介山荘からまた樹林の登りになり、薄暗いコメツガの急な登りを少しで、2つピークがある熊沢山の山頂部に出る。道は山頂の直ぐ下を巻いているので、道を離れ、岩と木の根が絡んだ稜線沿いを進んで12時23分に東京都水道局の杭と水源林の標識が立ち、赤い標石がある熊沢山頂に着いた。山頂名を示す様なモノは何も無かった。樹林で全く眺めが無い。少し下ると防火帯なのか?刈り払われた幅10m程の草地が広がって、下の石丸峠や小金沢山等の眺めが良い所に出る。ここでまた大休止。湯を沸かしカップうどんを食べてまったり。風も無く、ようやくこの時間になって午前中の寒さも和らぎ、陽だまりの暖かな、人もやって来ない静かな時間を満喫する。そうはいっても、直ぐ先、ホンの20m程向こうの笹の中に登山道が通っていて、今しがたも2人のハイカーが通過していった(ぼくの方には気づかないようだ)。
午後の陽は早くも傾いている。重い腰を上げ、直ぐ下に見える石丸峠に下る。13時5分に石丸峠に降り立つ。笹の原といった風情の石丸峠は、ここから先に小金沢山方面に道が延びて、その小金沢山も直ぐそこという感じで逆光で見える。その右には富士山が少し霞んできた。陽が長い時期なら、小金沢山もついでに登ってしまえるが、今日は予定通りここで下ることにする。上日川峠と指す、笹の中のトラバース道をまた、のんびり歩いていく。今日はホントにのんびりゆっくりで、それなりに人も居るのだが、静かな山を堪能しているなあ。
トラバース道はやがて下りになり、落葉松の植林帯をうねうねと下りていく。林道を横切り、ここには小屋平と書かれたバス停がある。また登山道になって、落葉松林を下ると、小さな沢を跨ぎ、その先は今日一番の積雪がある道を少し歩く。きゅっ、きゅっ、と靴の下で雪は乾いた音を立てる。乾燥して気温が低いからなのだろう。空は相変わらず抜けるほど青い。そのまま林間の道を下って、14時24分に上日川峠に出る。ここには真新しい山荘風の長兵衛ヒュッテの建物が建ち、大菩薩峠へと上る舗装林道(一般車進入禁止)と大菩薩を鉢巻する舗装林道の交差地点になっている。バス停や駐車場があり、シーズン中はここがメインの登山口のようだが、今は人の気配も無くひっそりとしていた。ヒュッテも営業していない。
上日川峠から少し林道を進み、再び登山道を、今度はジグザグにかなり下っていく。緩やかな林間の道になる頃は、上に大菩薩嶺の稜線が高く見上げるようになった。何人かのハイカーを抜いて、15時18分に裂石登山口の駐車場に戻ってきた。ゆっくりのんびりでも、比較的早く周回できた。駐車場には、10台程の車が停まっていた。
帰りは塩山温泉の旅館に寄って入浴をする予定であったが、裂石の直ぐ下にある『大菩薩の湯』という日帰り温泉に寄って汗を流した。大菩薩に登ったので、その名を冠する温泉に敬意を表したのだが、ここもごく普通の日帰り温泉だった。入浴客は比較的少なかったが、やはり塩素臭はこの手の施設では仕方がないのだろう。塩山温泉の方が良かったか?
塩山まで下ると、車窓から煌々と照らす満月を山稜に載せた大菩薩嶺が望まれた。さよならを言っているようだった。道端に車を止め、その美しくどこか懐かしさを憶える日本的な光景を目に焼きつけ、ぼくもさよならをした。大菩薩嶺は素晴らしい山だったな。
車に戻り、夜の帳が降り始めた甲州路を後に家路に着いた。
あまり,展望の良い時に行ってないからだと思います。多分バイクで一番高い所から行ったんだと思いますが,全く覚えてません。記録も取ってないし,写真も残ってません。S61.11.2に行ったとなっているのですが。ほんとに行ったのだろうか。かすかに笹原があった記憶しかないのです。こうなるとまた行っても始めて行った山と同じですね。当時あった山小屋もきっと建物は新しくなっているのでしょう。こんなに展望がいいならまた行ってもいいです。
良く分かりませんが、ダム湖(上日川ダム・大菩薩湖)は余り古いものでは無いのでしょうか?そういえば、新しそうなダムに見えますね。
山小屋は介山荘にしても丸川荘にしてもかなり古い建物ですから、昔と同じだと思います。賽の河原にあった避難小屋は新しそうでした。
ハナシは違いますが、ぼくが持ってる丹沢のエアリアの地図には宮ヶ瀬湖は載っていません。この20年くらいの間に小さな水貯めのダム湖が結構あちこちにできましたからね。
いずれにしても、大菩薩は人が沢山訪れるのも分かる気がします。百名山でなかったとしても良い山です。
下のリンクページの1番最後に貼りました。興味があったら見てください。
http://73422uzawa.at.webry.info/201110/article_3.html
無い方が広々という感じがしますね。