今度、どこ登ろうかな?

山と山登りについての独り言

・四阿屋山、破風山

2015年01月04日 | 山登りの記録 2014

平成26年12月27日(土)

 四阿屋山771.6m、破風山626.4m

 

 会津の山に登った翌週から、真冬並みの寒波が次々にやってきてあっという間に真冬になってしまった。雪が降る方面は例年の12月の記録を軒並み塗り替える大雪が続いて、ほとんどの山は雪に埋まってしまった。あまりに寒くて12月に入ってから山に行けない、というか行く気にならない気分だ。登れる山も随分限られてしまった。12月に一度も山に行かないで今年が終わりでは尻切れトンボみたいなので、冬型が緩むという27日の土曜日に少しばかり山を歩きに行くことにした。信州の四阿屋山に登って、同名の秩父の四阿屋山にも登っておこうと思い、秩父に行くことにする。ついでに手前の破風山(はっぷざん)にも登ることにした。

 

 金曜日は仕事納めだった。夜、仕事から帰って夕飯を食べてから出かける。冬型が緩んだとはいえ、晴れて冷え込んでいる。11時近くに旧両神村(現小鹿野町)の四阿屋山つつじ新道登山口に着いた。道路の上に空き家になった民家があってその脇に登山口の看板がある。道を挟んだ反対側に5,6台車が停められる駐車場があった。車を停めて直ぐにシュラフに潜る。星空が広がってしんしんと冷え込んでいた。

 

 朝7時に起きる。朝から前の道路をダンプがひっきりなしに通過する。この道は両神山の登山口の一つ白井差に向かっている道だが、途中にある採石場から切り出した砕石を積んでどこへか往復している様だ。うっかり道を横切れない程ダンプが次々に通過していくのだった。つつじ新道登山口は道路の擁壁の上に道が延びている。廃屋になった民家がその隣に一段高くあった。ここは谷底なのでまだしばらくは陽も当たらない。ゆっくり支度をして7時44分に駐車場を出発する。今のところ、登る人も他には居ない様だ。

 

 登山口からは急な登りが続いて、直ぐに下の集落を見下ろすようになった。古い民家からは未だ煙が上っている。先月末に登った会津の民家並に、この辺りの古い家には囲炉裏があるのだろうか。谷沿いに杉の植林から尾根に移ると、なぜか竹林になる。尾根を登っていくと『上級コースクサリ場危険』の看板が現れた。直ぐ上からクサリ場が続くつつじ新道と、右手に福寿草園を経由していくコースの分岐になった。ほぼ垂直のクサリ場が直ぐその上にある。本を開いた様な形で上部はやや被っている。かなり太いクサリで掴み辛い。下を見ると10mくらい切れて竹林が見えている。ここは無理をしないで迂回するコースを行くことにした。

 

 迂回するコースは福寿草園を経て薬師コースに合わさる道だ。山を南側から巻くようにして一旦沢に降りて再び登っていくと民家が幾つかある山居という集落に出た。集落跡といった方が正確かもしれない。今はほとんど人が住んでいない空き家と廃屋の様で、人の気配もしない。畑の様なフクジュソウ園に出た。かつては営業していたと思われるうどん屋があった。今は看板だけ残った廃屋になっている。山居という名前からして山奥の集落だった様子がわかる。全くフクジュソウの無いフクジュソウ園を横切ると、良く歩かれた道に出て薬師コースと一緒になった。そこから少し杉林を登っていくと両神神社奥社という小さな社殿があった。直ぐ上からクサリ場がジグザグの登りに付いている。岩混じりの沢の源頭の様な登りを行く。特にクサリが必要な程では無いが、滑れば下に確実に落ちてしまうような所だ。慎重にジグザグの登りを終えると尾根に出て、つつじ新道のコースと一緒になった。そこから一登りで藪がちで狭い四阿屋山山頂に着いた。この山頂はガイドブックの紹介とは違ってあまり良い展望ではない。木々越しに遠く二子山が見え、西の両神山だけは目の前に大きく良く見える。その他は木々が邪魔をして良く見えない。山頂には展望板と山頂名の標識、三等三角点があった。一段下に石祠があって大天狗小天狗と書かれている。雲も無く晴れているが、北西の風が強くて風当たりがある山頂は寒い。石祠のある一段下で座って熱い紅茶を飲み、おむすびを食べた。9時40分に山頂を下ってつつじ新道を降りてみたが、岩場が連続して気を使うので、また引き返して下りも薬師コースで戻った。途中で休み休み降りてきたので駐車場に着いたら11時53分になっていた。お腹が空いて車の中でパンを食べて暑い紅茶を飲んだ。

 

 車に乗って次の山、破風山へ向かう。旧両神村から県道を戻って、皆野町に引き返し、満願の湯へ向かう。満願の湯駐車場の一段上の駐車場に車を停め、12時49分に登りだす。満願の湯は混雑している様だ。地図とネットの記録を頼りに登っていくのだが、この記録は正しい登山口と違う所から大回りして登った記録で、余計に歩いてしまう羽目になった。実際の破風山の登山口は満願の湯の先にある温泉水の販売所の前にあった(降りて来てから知った…)関東ふれあいの道入口だ。ともかく、その間違った記録の通り歩いて行くと破風山登山口には大回りしてつながった。風戸(ふっと)という住む人の少なくなった小さな山の上の集落の奥、廃屋(実は人が住んでいた)の所から登山道になる。登山口の辺りで降りてくる2組4人の人とすれ違う。この日に出会ったハイカーはこの4人だけで、2山中山の中では他には誰にも会わなかった。

 

 雑木のジグザグ登りで尾根に出て、先に破風山らしい小山が見えてくる。猿岩という名前が付いた大きな岩があるところから一登りで四阿があった。そこから少し痩せた稜線を進んで2時1分に頂上に出た。破風山頂上は素晴らしい眺めだ。秩父盆地が目の前に広がり秩父の町や皆野の町が眼下に広がる。北は木々を透かして城峯山が大きい。破風山の大きな山名標と土台まで露出してあちこち欠けた三等三角点標石があり、赤い石祠が南を向いていた。静かで風もなく陽ざしが温かい。湯を沸かしてカップラーメンとリンゴを食べた。人の気配もしなくて最高の展望台だった。2時51分に山頂を下る。もう夕暮れの感じになった山道を坦々と降りて、標識通りに下ったら満願の湯の源泉を売るところの前に降りた。ここにちゃんと登山口の標識があった。満願の湯駐車場に3時50分に戻った。

 

 満願の湯は混んでいるので、四阿屋山麓の薬師の湯まで戻って入浴した。薬師の湯は露天風呂もない小さな日帰り温泉で特筆する所も無いが、人も少なくてゆっくり温まれた。夕暮れの秩父路を後に帰路に着いた。


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2 コメント

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四阿屋山の山頂あまり変わっていません (ノラ)
2015-01-05 18:52:11
あさぎまださん こんばんは。四阿屋山は私は薬師堂コースから登っていたようです。当時からあまり展望は良くなかったようです。1988年の思いで山歩きの最後に写真を見つけたので貼っておきました。上のリンクです。現在の山頂標柱が当時も立っていて,白い字がはっきりしています。現在はかなり薄れてますね。
破風山ははっぷやまと読むのですか。はふうやまと読んでました。大きな岩はかすかに記憶があるようです。こちらは写真は見つけていません。当時も温泉が有ったのかは全く記憶に有りません。
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はっぷざん (あさぎまだら)
2015-01-06 02:21:30
ノラさんこんばんは。
「はっぷざん」と読むようです。フリガナがふってありました。
当時は温泉は無かったのではないかと思います。
道の駅と一緒に作った様です。
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