今度、どこ登ろうかな?

山と山登りについての独り言

・南アルプス 塩見岳、蝙蝠岳

2009年09月26日 | 山登りの記録 2009
平成21年9月21日(月)
三伏山2,615m、本谷山2,658m、塩見岳(東峰)3,052m、北俣岳2,920m、蝙蝠岳2,864.7m

 昨年2回敗退した南アルプスの蝙蝠岳。南アルプスのど真ん中にあって、主稜線から離れ、スマートな孤高のピークを聳えている。昨年は、向かいの烏帽子・小河内岳や塩見岳の山頂から、かつて白峰三山や荒川三山から遠く眺めたその山は、しかしぼくの登山スタイルで登るのは極めて難しい山だ。2泊で行けば簡単に登れてしまう山ではあるが、できれば昨年どうしても日帰りピストンにこだわった事を実現したい。特にどうして?と言うモノではないが…。一つには、テントなど重い荷物を背負って登る事は本意ではない(軽々と山を歩きたいのがモットーです)。あるいは、混んだ小屋に泊まるのがイヤという単純な理由もあるが、さすがに、『南アルプスの蝙蝠岳クラスに日帰り』というのは今の自分の限界を極めたいという自負もあった。まあ、2回も敗退した山だからこそ、やっぱり初志貫徹です。幸い今回は2日の日程なので、最悪ダメなら小屋に泊まれば良いから、そんなに早く歩く必要はない。長丁場だけに歩き続けるにはスローペースで疲れない歩きに徹することができる。

 昨年の1回目の予定は、3日日程でテントを担いで初日は三伏峠に幕営して烏帽子と小河内に登り、次の日に蝙蝠岳を空身往復して三伏峠に幕営し、3日目に下山という標準的なモノだった。しかし、天候に阻まれ、日帰りの小河内ピストンに終わった。2回目は、塩見新道経由での日帰りピストンだったが、いきなり蜂に刺されて戦意消失し、塩見までで終わった。コースタイム的に見れば塩見新道経由の方が時間的には実現可能だが、塩見新道は道が悪い。復路に時間切れで夜になった場合(当然そうなるが…)、ここをヘッデンのみで下るのは危険だから避けたい。ということから、今回は鳥倉林道から三伏峠を経由する、現在最も歩かれているコースを敢えて取った。このコースなら、道も安定して暗闇でも引き返せる。ということで、日曜の夕方5時に家を出た。

 南アルプスや中央アルプスへ向かういつものコース。最近通い慣れた、内山・麦草・杖突と峠を越え、旧高遠町から旧長谷村、分杭峠を越えて大鹿村の鳥倉林道越路登山口に夜10時過ぎに到着した。車は沢山停まっているが、連休も早や3日目で、林道ゲート正面の比較的良い所に空きスペースがあった。駐車場の1㎞も手前から、路肩に点々と車が停めてあった。やはり、連休初めに登ろうと思う人が集中するようだ。5連休も中日を過ぎれば、少しずつ山は空いてくる。却ってこの日になって良かった。直ぐにシュラフに潜った。出発はできるだけ早い方が良いから、2時半に起きて3時出発とした。しかし、結局は起きられなくて3時に起きて3時25分の出発となってしまった。

 鳥倉林道越路ゲートからヘッドランプを点けて、漆黒の闇を登山口に向かう。昨年登っているから、コースの見当は付いている。満点の星空で天の川も見えるが、オリオンが見やすい位置になっているからもう秋も本番というところ。4時4分に、鳥倉ルート登山口に着く。登山バスももう運行していないから、昨年来た時にあった仮設の簡易トイレは既に撤去されていた。登山カードに記入してポストに入れた。ここから登山道になりジグザグに杉の植林帯を登っていく。シカ避けに木々に巻かれたテープがヘッデンに照らされて目に付く。5時2分に豊口山のコルを通過する。ちょっと休んだが、休んでいると寒いのでまた歩き出す。

 豊口山のコルからしばらく尾根沿いに登っていくと、少しずつ明るくなってくる。ここから三伏峠までは、パイプの桟道で崩落した沢の上部を横切る箇所も多いが、足元が良く見えるようになったのでヘッデンをしまった。このコース唯一の、ちょろちょろ樋から流れている水場で水を満たし、しばらく登ると本谷山や小黒山が見えてくる。すっかり明るくなり、次第に傾斜がきつくなった登りになると、もう三伏小屋から下ってくる人たちとすれ違うようになった。

 尾根伝いから北向きにコースが変わり、沢の上部を桟道で渡る。向かいに遠く、中央アルプスの山並みが見える。南駒ヶ岳の下の百軒ナギが白く目立つ。塩川コースとの豊口分岐を過ぎると、樹間から黒々とした本谷山が間近に迫り、その左肩に遠く仙丈ヶ岳が見えてきた。間もなく仙丈ヶ岳の右に甲斐駒が現れ、本谷山を挟んだ右手には大きく天狗岩を従えた塩見岳がずんぐりしたシルエットで姿を現し、遠く間ノ岳や農鳥岳も見えてきた。シラビソのジグザグを登りきると、三伏峠小屋の建物が見えた。

 6時47分に三伏峠小屋着。もうあらかたの登山者は出発してしまったのか、小屋は疎らに人がいるくらいで静かだった。ほぼコースタイムどおり、今日の長丁場はこのペースでゆっくり行こう。そのまま、小屋下のテン場を過ぎて三伏山に向かう。テントは20張りくらい見えるが、ここももう人は疎ら。平坦なシラビソの道で烏帽子方面への分岐を過ぎ、そのまま少し登ると三伏山に7時4分に着いた。

 素晴らしい快晴で透明度も高く、四周の山はくっきりと見える、最高の展望だ。南は三伏峠小屋や三伏峠のお花畑を手前に、続く稜線に懐かしい烏帽子岳が大きくシルエットで、その奥に小河内岳が少し見え、大日影・小日影山の稜線がぎざぎざを見せる向こうには、中盛丸山や大沢岳・兎岳、その左に頭だけ覗かせているのは聖岳だった。西には遠く中央アルプスの連嶺が、低い雲に蓋をされた伊那盆地の上に並んでいた。しかし、何と言ってもここからの最高の眺めは、北に高く覆い被さるような塩見岳だ。とはいえ、塩見岳は意外に遠く見える。塩見岳・蝙蝠岳や荒川岳・小河内岳等をぐるりと巡らす大井川西俣の大きさ、広さをあらためて知らされるというものだ。

 三伏峠のお花畑へ下る烏帽子からの稜線上を、アリの行列のような人々が歩いている。30人くらいはいるだろうか?あんな団体さんと一緒にはなりたくないな。この山頂までその人々の大きな声が聞こえてくる。シニアの男女2人連れが山頂にやってきて、関西弁でハナシをしている。夫婦ではないようだ。おっとりしたお二人…。

 7時19分に三伏山から本谷山に向かう。南アルプス主稜線の登山道とはいえ、ハイマツやダケカンバの矮樹がかぶり気味の道で、かき分けながらの歩行になる。ずんぐりと丸い本谷山が行く手遙かに見え、その左にはこれも樹林に覆われて丸い権右衛門山が見える。それらの向こうに高く白峰三山が朝日を浴びていた。権右衛門山は去年藪をかき分けて登ったピーク。

 同じようなシラビソの樹林帯の道を、緩く下っていく。三伏山から30分程で、本谷山を見上げる鞍部に降り立ち、結構な登りで樹林に包まれた小平地の本谷山山頂に8時9分に着いた。北に少し木々が切れて眺めがあるようだ。そこで、ハイカーが一人休んでいた。本谷山の登りからは、いよいよ近づいた塩見岳が益々立派に聳えて見えた。本谷山から西に下っているのは、小黒山・樺山・入山・笹山・黒河山と続く尾根で、昨年塩見新道に登った時に通過した三峰川林道の上に連なる山々だった。ここも、いつか歩きたいと思っている所だったから、その尾根筋を目で確かめながら本谷山に登ってきた。

 本谷山の山頂にも、烏帽子岳と同じ東海パルプの立派な標識があった。「ここは本谷山」と書いてある。土台までむき出しの三等三角点があった。本谷山はそのまま下り、その先は同じようなシラビソの樹林帯を上るでもなく下るでもなく延々と辿っていく。立ち枯れや倒木が目立つ平坦な道がしばらく続いた後、再び上りになって見覚えのある形で鋭角の塩見岳が大きなシルエットになって現れた。間もなく、去年歩いた塩見新道分岐に9時46分に着いた。ここまでで、既に出発してから6時間以上経過。当初の予想では、塩見に10時に着けるかな?と思っていたが、この分だと11時も怪しくなった。三伏峠から塩見小屋までは距離が長く、考えた以上に時間が掛かる。まあ、今日は超長丁場ということで、努めてゆっくりペースで疲れないように歩いているから仕方ないか。その分、6時間歩いても全く疲れもなく、ほとんど汗もかかない(暑くないから当たり前…)。

 塩見新道分岐からは、去年のコース。覚えのある道を登っていくと、間もなく樹林帯を抜け、素晴らしいパノラマが広がる。烏帽子や小河内は既に遠く、その向こうの荒川三山が今日はすっきりと見えている。昨年はほとんど見えなかった山並だ。北には白峰三山が仙塩尾根の上にずらっと並ぶ。北岳はかろうじて間ノ岳の左手に半分見える。仙丈ヶ岳や甲斐駒も赤外線写真のようにくっきりと見えている。これ程のすっきりした晴天もそうは無いだろう。写真を撮るのが忙しく、更にペースダウン。

 三伏峠から早立ちして塩見をピストンしたらしい人々と、この付近で沢山すれ違う様になった。とはいえ、5連休の割には人も余り多くはないようで、思いの外静かな山だ。塩見本峰と天狗岩が重なって双耳峰の様に見えてくると、間もなくハイマツの窪にある塩見小屋に10時10分に着いた。小屋はこの時間だから人も見えない。

 塩見小屋から眺めの良い登りで、岩場が出たり傾斜もきつくなってきたので、スローペースでゆっくり登る。でも、去年ここを登った時の半分くらいの疲労度で、『今日こそ行ける』という確信が湧いてきた。この上ない最高のお天気で、今日は幾ら遅くなっても雨の心配も無さそう。そう思ったら、気分的にも余裕が出る。天狗岩から本峰南側の岩場を通過する頃は、すれ違う人の数も最高になった。こうして下ってくる人の方が多いから、山頂はごったがえしては居ないだろう。もっとも、塩見から先はおそらく静寂境には違いないけれど…。

 大井川西俣を巡る山々が素晴らしい眺めで、息が切れて整えている時は、写真撮影の時になる。砂岩や例の赤い石(チャート)、青く光る石が岩屑になって足元を埋める。ウラシマツツジが真っ赤になってすっかり秋の様相だ。黄色いマーキングを拾いながら、岩場をゆっくり登って塩見の肩に登り着くと、仙塩尾根が再び現れ、白峰三山がまた大きく見えてくる。人だかりしている西峰頂上は指呼の間。御料局三角点と二等三角点がある西峰に11時24分に到着。人が沢山で休む場も無いから、そのまま東峰へ進み、やはり人だかりしている東峰との鞍部で荷を下ろし、小休止。写真を撮って、おむすびを食べ、水を飲む。

 11時40分に塩見を下り、いよいよ蝙蝠岳に向かう。蝙蝠岳は、真下にすらりと伸びやかな尾根を伸ばした先でスマートに高まりを見せている。しかし、思った以上に、去年東峰から見下ろした時以上に、そこまでの稜線は遠く遙かに見えていた。今日は、前回と違ってすっかりその稜線が見えているが、高低差が少ない稜線と見えたものを子細に見ると、最後のピーク手前でかなりくびれて樹林帯にまで下る鞍部があった。どのくらい時間が掛かるか?エアリアではそこまで2時間35分とあるが…。

 塩見の北側は、南側と違って稜線は痩せているが、岩場も無くすんなり下れる。見る見る塩見が高く見えるようになると、下り着いた所は蝙蝠尾根と熊ノ平へ向かう仙塩尾根分岐で壊れかけた標識が立っていた。ハイマツの緑に草紅葉、点々と赤いウラシマツツジの群落がパッチワークになった北側の塩見岳は大きなドームのようで、登ってきた時に見た印象と全く違って見える。ここから窪を過ぎて、蝙蝠尾根へ一旦下る前に岩峰状のギャップを幾つも越える。

 切り立った岩場を慎重に回り込んで、巻き道が付いた最後の大きな岩峰が北俣岳という名前が付いたピーク。ついでだから、ハイマツを直上してほんの少しの登りでその上に立つ。12時13分北俣岳山頂着。この辺りから、ウラシマツツジが真っ赤に群落を作り、白い岩屑に点々と彩りを与えて美しい。北俣岳から下った先は、その岩屑を敷き詰めた様ななだらかな尾根がしばらく続いた。塩見までは人も居たが、ここから先は全くの静寂境になった。それでも蝙蝠尾根の行き帰りで全部で6人の人に会ったが、塩見付近に比べれば嘘のような静けさだった。

 なだらかで気持ちの良い尾根を、行く手のスマートな円錐状の蝙蝠岳に向かって足取りも軽い。しかし、塩見岳はどんどん遠く、心細くなるくらい遠くになっていく。見慣れない角度からの塩見岳は、全く別の山の様だった。塩見岳というと、大抵は北面か南面からの写真を見る。どちらからもドーム状のピークの両翼に小ピーク(天狗岩と北俣尾根のピーク)を従えた間違えようの無い特徴を持っている。しかし、蝙蝠尾根から見る塩見岳は、写真で見る利尻山に似ていた。どちらかというと、この山はドーム状の主峰がずんぐりと重厚な印象を与えるのだが、この方面から見るとスマートな鋭峰だった。

 昔の南アルプスはさもありなんという、ヒトケの少ない、登山道さえも踏み跡に近いこの稜線。抜けるような青空。満を持して、こんな最高の日に念願の蝙蝠岳に登れる幸せをひしひしと感じる。しかし、そこは進めど進めど、意外なほど遠く、近づくにつれて最後の登り手前で、一旦樹林帯にまで下る鞍部を越えて行かなければならないことが、段々はっきりしてきた。さすがに、少し疲れてきた。岩屑の稜線からダケカンバが茂る鞍部に下っていく。最低鞍部は、ダケカンバに囲まれたお花畑状の窪地だった。コバイケイソウが枯れかけて残っていた。ここは幕営に使われている様だ。あちこちにテントを張った跡がある。13時8分に最低鞍部を通過。

 鞍部から再び上りになる。この最後の登りは、何度も何度も頂上とだまされるピークが現れて、閉口だった。三角点がある高まりの周囲にハイマツと砂礫に覆われたなだらかに丸い平坦地が頂上だった。念願の蝙蝠岳頂上に13時49分着。2年越しで、ようやくたどり着いた蝙蝠岳の山頂に立てて本当にうれしかった。出発してから、ナント10時間24分を要した!

 疲れていたが、この静かで清浄な別天地は、大変な労力を費やして到達した思いを満たすに充分な場所だった。やや低い方から雲が湧き上がり、南アルプスの高峰を雲海が縁取っていた。南には荒川三山が大きく聳え、西は利尻山みたいな格好になった塩見岳が遙かに見え、北は間ノ岳と農鳥岳から白峰南嶺が高低の少ない稜線を南に伸ばして大籠岳や笹山は直ぐ近く、東は雲海に独り富士山が浮かんでいた。

 比較的広い山頂の北側はハイマツが覆い、稜の中程から南側は砂岩やチャート等の堆積岩がごろごろしている。そのあちこちにウラシマツツジが紅色の塊を点々と付けて彩っている。ウラシマツツジはこの時期でなければ特に目を惹くものではないが、高山の紅葉初期はウラシマツツジより鮮度の高い赤のナナカマドや、矮樹の黄色いダケカンバと並んで、彩りの主役といっても良いだろう。

 周囲より一段高く、砂岩に囲まれた三等三角点の傍らに店を広げて早速湯を沸かす。何の音も聞こえない快晴の空の下、独り占めの孤峰はゴーゴーとコンロの音だけが控えめに音を立てていた。ホシガラスが直ぐ側の岩の上で、不思議そうな顔でこっちを見ている。湯が沸くと、カップうどんに注ぎ、時を惜しむがごとくデジイチで写真を撮った。座って休んでいる時間は、やはり無いのだった。一段低い北側にテントを張った跡がある。2張り分のテントスペースがあったから、本来であれば幕営は禁止なのだろうが、ここでテントを張っている人たちがいるらしいことが判る。

 つゆは熱いが、何故か?ぬるい麺をすする。疲れと、喉の渇きから、一向に旨くないのだった。しかし、かなりの空腹で、食べなければしゃりバテになってしまう。腹の中に流し込むようにつゆも全部飲んだ。加えて、チョコレートを2かけ口に入れて水を300㏄程飲んで終了。何となく人心地ついて、また元気が出そうだ。誰もいないし、誰もやってはこないだろう、念願の蝙蝠岳山頂は居心地が良く去りがたかったが、そうも長居はできない。

 14時22分に荷をまとめ、静かな山頂を後に引き返す。こんな時間になってしまった。ここに来るのに10時間以上を費やしているから、戻るのもそれに近いくらい掛かるだろう。何時に車に戻れるかは全く予想もできない…。どうしても歩けなくなれば、塩見小屋や三伏小屋に泊まればイイヤ。

 素晴らしい晴天は今日一日は持ちそうで、それだけは味方だった。後は、別天地のような稜線をひたすら戻るのみ。鞍部のダケカンバに囲まれたお花畑の中でテントを張っている青年が2人居た。ここが幕営指定地でないためか、何となくバツが悪そうな顔をしていた。引き返しながらも、写真を撮ったり、周囲の景色を楽しんだりで、相変わらずのスローペース。ではあるが、やはり足も相当疲れてきている。少しの登りでも息が切れるようになる。

 振り返る蝙蝠岳はどんどん遠ざかる。逆に、塩見岳がどんどん近づいてくる。北俣岳の岩場を16時3分に通過する。蝙蝠岳分岐から塩見への上り返しはきつい。雲霧が立ち上ってきて、塩見を隠したり現したり。白峰三山は雲海に浮かぶ島のよう。相変わらず空気は澄んで、雲が湧き上がるものの基本的には南アルプスの高峰は快晴だ。塩見の頂上付近を登っている2人の登山者の姿が見える。

 16時57分。もう夕暮れの塩見岳山頂に戻ってきた。丁度、2人連れの登山者は西峰に向かって歩き出すところだった。東峰からの眺めは素晴らしいパノラマで、山岳写真をそのまま見ている様な景観。雲海に浮かぶ富士山と蝙蝠岳、北には白峰三山がやや赤みを帯びてきたし、南の荒川三山も黒々としたシルエットになっている。目の前の西峰は雲海に突き立った島のようだ。その雲海の西にはまばゆい太陽が、大分低くなって、もうそれ程時を経ずに沈んでゆくのだろう。いつまでも、いつまでも見ていたいような景色だった。

 大分沢山写真を撮って、17時14分に塩見西峰から下りになる。天狗岩の足場の悪い岩場を過ぎる頃、陽も落ちて薄暗さが忍び寄るようになる。塩見小屋まで降りてくると、そこに小屋のアルバイトらしい青年が4人、まるで客待ちの客引きみたいに声を掛けてくる。今日の泊まり客は少ないのだろうか?ぼくが、小屋に降りずにそのまま登山道を進むので「通過ですか…?」と怪訝な顔をした。17時45分に塩見小屋を通過し、いよいよこれから長い復路。

 薄暗くなって、樹林帯に入る手前で再びヘッデンを着ける。時刻は18時。塩見新道分岐付近で完全に闇になった。ここで持ち合わせの水が終了。三伏峠下のちょろちょろ水場まで、飲みたくても水はない。樹林帯の緩い道は異様に長かった。道が判りにくい所もあって、ヘッデンのみが頼りの歩行は心細いものがある。疲れがピークに達してきた。時々ふらふらするくらい眠くなってくる。しかし、足は惰性で動いている。さすがに登りは息が切れて、超スローペース。延々といつ果てるともない真の闇の道を歩いて、歩いて…本谷山の登りがきつい。

 余りに眠くて、丸太に腰掛けてヘッデンを消し、ほんの少し眠ったりする。ヘッデンを消すと、自分の手足も見えない真の闇。こんなに全く明かりのない闇に居ることは、普通の生活ではないだろう。深い山の深い森の中、全く明かりも見えない真の闇。時々、光る動物の目が一瞬見えたりもするが…。そんな時は、一瞬ケモノの匂いが漂うのだった。

 何度、そんな風に丸太に腰掛けてうつらうつらしたろうか?本谷山を下ってから、三伏山までは、気が遠くなるくらい長く感じた。ようやく、ヘッデンに照らされた三伏山の標識を見たときは、ほっとした。そこから、三伏峠のテント場に明かりが灯り、ぼやーっと黄色やオレンジに光るテントが小さく見えた。もう21時になっている。

 三伏峠のテント場の脇を通過する。10数張りあるように見えるテントのうち、2張りだけ明かりが付いていた。暗いテントからはいびきが聞こえる。管理人室だけ明るい三伏峠小屋の脇を通り過ぎ、そのまま鳥倉コースの下りを下った。しばらく下っても塩川分岐にならない。あるいは、ヘッデンの明かりだけが頼りだから、分岐を見過ごして塩川コースに間違えて下ったのかと勘違いして、また上り返したりしてロスをして余計に疲れた。鳥倉コースの分岐を確認して下っていくが、足場の悪い桟道が続いて疲れた足とヘッデン頼りでは少しも早く歩けない。

 ちょろちょろ水場で水を汲んで、水を飲んだら少し落ち着く。軽い脱水状態だったのだろう、朦朧と眠い状態は脱した。闇の中それからも延々と下って、豊口のコルまで来たらやっと少し緊張もほぐれた。そこから登山口までの下りも、思ったよりずっと長く感じた。鳥倉林道に降り立ったらもう23時を過ぎている。空は雲の蓋が被っているのか?星も見えない。足の感覚が鈍くなって疲れも最高潮?でも、何故か林道を歩き始めたら、もう緊張する必要もなくなって、元気が少し戻ってきた。林道は快調に歩ける。少し早足に歩けたくらい。鳥倉山が大きなシルエットで迫ってきて。大きく回り込み、遠くにゲートが見えてきたら、やっと登った喜びがふつふつと湧いてきた。0時をほんのちょっと手前で車に到着!で、蝙蝠岳日帰りピストンを完了した。

 駐車場には車が半分も無かった。靴を脱いで車に入り、着替えた後、直ぐシュラフに潜って泥のように眠った。翌朝、6時に起きた。これから山に登ろうという人はほとんど居なかった。空はどんより曇っている。

 7時過ぎに駐車場を後にする。お風呂に入りたいが、まだこんなに早くやっている温泉はない。大鹿村から分杭峠を越え、旧長谷村の『道の駅南アルプス村』でおみやげを買って、高遠を過ぎ、茅野でやっとホカ弁の食事にありついた。『縄文の湯』でようやく温泉に入ってすっきりと気分も良く、後はゆっくり小観光を楽しみながら帰路についた。

 昨年来の宿題であった蝙蝠岳に登ることができて本当に良かった。変なコダワリで日帰りピストンしたが、これは正常な登山じゃないでしょう。でも、それがために忘れられない程印象の強い山行になったのも事実です。どっちにしても、蝙蝠岳は予想以上に素敵な山でした。

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2 コメント

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ありがとうございます (あさぎまだら)
2009-12-26 21:11:34
hideshinaさま
ご来訪ありがとうございます。
いつも篤志家的なコースの山登り、楽しく読ませていただいてます。
変なコダワリで日帰りしました。
それもまた、普通でないから楽しいですね。
昔はカモシカ登山を楽しみました。一晩中歩いて、アルプスを早足で縦走したものです。

またよろしくお願いいたします。
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Unknown (hideshina)
2009-12-26 12:51:25
あさぎまだら様
晴天の塩見岳でニアミスすれちがったhideshina
です。20時間を越える行動時間は驚異です。夜の山道の下りは不安がいっぱいですね。塩見の写真もすばらしいですね.
hideshina
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