東北発 歴史調査隊

明治維新の嘘を暴くブログです。

熊野

2022-12-27 21:39:31 | 日記
 疲れたなあ。上手く話が整理できてないというか、上手く話がまとまってないというか、とりあえず、書き進めるか。
 
 岩手県の平泉町にある中尊寺は天台宗の寺で、山号は関山です。中尊寺の金色堂には奥州藤原氏の4代目の藤原泰衡の首が納められていて、藤原泰衡の首は藤原泰衡の兄弟の藤原忠衡の首と中尊寺では言い伝えられてきたらしく、首桶が入っていた箱にも忠衡公と書いてあるらしい。藤原忠衡は平泉町にあった柳之御所にいて、和泉三郎といわれるらしい。
 
 奥州藤原氏の3代目の藤原秀衡は熊野詣に行ってきたらしく、熊野古道にある滝尻王子というところには藤原忠衡の出産の伝説があるらしい。秀衡桜といわれる桜の木も熊野にあるらしい。
 
 滝尻王子は和歌山県田辺市にあるらしいけど、ウィキペディアで調べると、明治41年(1908年)の神社の合祀で十郷神社になったらしいけど、昭和21年(1946年)に合祀からもとに戻って滝尻王子になったらしい。滝尻王子は栗栖川村にあったらしいけど、栗栖川村は昭和31年(1956年)に合併して中辺路町になり、中辺路町は平成17年(2005年)に合併して田辺市になってるみたいです。
 
 三重県熊野市に大馬神社があって、熊野国の総鎮守らしいけど、HPがある。大馬神社は坂上田村麻呂伝説の神社らしく、坂上田村麻呂が熊野の辺りを荒らす賊を討ち、賊の長の首を埋めたところに創建したことになってるらしい。大馬神社のそばには滝があるらしい。大馬神社は熊野市の井戸町にあるらしい。
 
 熊野市に鬼ヶ城というところがあるらしく、世界遺産になってるらしい。多娥丸という人が拠点にしてたようだ。鬼ヶ城のHPを見ると、鬼ヶ城は海に面した砦のようなところのようだけど、室町時代に熊野市にいた有馬氏が築城したようだ。
 
 熊野にいた有馬氏と久留米藩の有馬氏は違う有馬氏らしい。有馬和泉守という人が熊野にいたらしいけど、上手くできてるもんだよなあ。
 
 和歌山県田辺市にある熊野本宮大社の祭神は家都美御子大神で、スサノオのことらしい。明治24年(1891年)に現在地に遷ったらしい。インターネットで調べると、音無川の上流に船玉神社があって、熊野本宮大社の奥の院ともいわれるらしい。船玉神社が熊野本宮大社の奥の院でいいんだろうか?。
 
 熊野本宮大社ですか・・・。
 
 
 火をつけるか
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