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吉井勇の旅鞄 昭和初年の歌行脚ノート

2022年01月09日 11時42分03秒 | 新聞を読もう
  • 要旨(「BOOK」データベースより)

    「いのち短し、恋せよ、少女」「ゴンドラの唄」の作詞者・吉井勇の知られざる壮年期の激動―。
  • 目次

    序章 第一章 相模相聞居時代から渓鬼荘結廬まで 白秋描く「勇像」/猪野々日記/雅澄の妻/わびずみの記/春待つ心/巡礼日記/瀬戸英一の死/土佐への初旅/猪野々籠り/渓鬼荘/田村敬男と京都政経書院/夢二の死/歌集『人間経』/水蔭の客死と結廬 
  • 第二章 上京と「遍路」創刊 寂しければ/歌の師・鉄幹/微熱抄/娑婆風流/孤独地獄/市川仮寓と「遍路」の創刊 
  • 第三章 歌行脚 白鳥歌はず/杉皮装『わびずみの記』/歌行脚1讃岐路・伊予路/歌行脚2瀬戸の島々/歌行脚3中国路・鯉城歌抄/歌行脚 4九州路・「五足の靴」/歌行脚5九州路 ・火祭り/歌行脚6南予路・帰山/大原富枝の「渓鬼荘を訪ねて」 
  • 第四章 流離時代の終わり 駿河路の春/富士を仰ぐ/父と子の歌行脚/阿波行・モラエス/南国土佐大博覧会・茂吉の手紙/伯方島/戦雲来/益喜出征/薩摩がえり/築屋敷/天彦
    吉井勇の旅鞄昭和初年の歌行脚ノート[細川光洋]
     
    内容紹介
    「いのち短し恋せよ乙女(ゴンドラの唄)」で一世を風靡した若き伯爵歌人・吉井勇。
    その中年期は社交界を巻き込んだ一大スキャンダル「不良華族事件」からはじまる激動があった。
  • はじめて明かされる長い漂白と隠遁の日々。晩年の円熟した境地に至るまでを丹念に追う。

    図書館選書
    「いのち短し恋せよ乙女」で一世を風靡した若き伯爵歌人・吉井勇。その中年期は一大スキャンダル「不良華族事件」からはじまる激動があった。初めて明かされる漂白と隠遁の日々、晩年の円熟の境地に至るまでを丹念に追う。
  • 著者紹介(「BOOK著者紹介情報」より)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

    細川 光洋(ホソカワ ミツヒロ)
    1967年4月、横浜生まれ。静岡県立大学国際関係学部教授(日本近代文学)。
  • 早稲田大学教育学研究科博士課程単位取得退学。立教英国学院、桐蔭学園中等教育学校教諭、高知工業高等専門学校准教授を経て、2015年4月より現職

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今週の本棚

川本三郎・評 『吉井勇の旅鞄 昭和初年の歌行脚ノート』=細川光洋・著

 

 (短歌研究社・5940円)

旅する歌人の系譜継ぐ、寂寥と哀感

 吉井勇(一八八六―一九六〇)といえば「かにかくに祇園はこひし寝(ぬ)るときも枕の下を水のながるる」「先斗町のあそびの家の灯のうつる水なつかしや君とながむる」の歌や、松井須磨子が歌って評判になった「ゴンドラの唄」(いのち短し、恋せよ、少女(おとめ))の作詞者として広く知られる。

 そのためもあって遊蕩(ゆうとう)の歌人の印象が強いが、吉井勇研究の第一人者である著者は、本書でこれまで語られることの少なかった旅する歌人としての吉井を語る。実に新鮮で教えられることが多い。

日本には旅する歌人という系譜がある。
明治、大正、昭和を生きた吉井勇もまたこの系譜に属する歌人であったことを、著者は豊富な資料を駆使して明らかにしていく。
吉井勇は昭和に入って、革製の旅行鞄を持って、主として西日本各地を旅し、土地土地の歌を詠んでいた。
そこには紅燈の巷を愛した若き日の遊蕩歌人の姿はない。
世を捨てたように鞄ひとつで旅を続ける中年の歌人には孤独、寂寥、哀感がただよう。
奔放な妻、徳子が引き起こした「不良家族事件」のスキャンダルから逃れたのがきっかけになった。
妻と別れ四国の山なかに引きこもった。
そして土佐の草庵に住みながら昭和11年になると旅行脚と称して四国、中国、九州を旅して歩く。
一種、巡礼の旅である。
都会暮らしの垢を洗い流したいという思いがあっただろう。
昭和11年といえば二・二六事件があった年だが、吉井勇は現実社会に抗がって静かな自然に身をゆだねにゆく。
著者は、吉井勇が知人友人に出した多くの手紙を引用し、また、詠まれた歌の数々を紹介しながら、世を捨てようとする歌人の孤独な心に迫っていく。
吉井勇の評伝であると同時に昭和初年の文学史になっていて趣が深い。
勇が永井荷風を啓していたとは荷風好きにはうれしい。

 

 


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