監督 松田彰
村田牧子
鍋山晋一
とある夏の日に、男の子が女の子の部屋を訪ね、散歩するという物語。会話にも内容がなく、歩いている間、とりとめもなく続く。ただ、それだけの作品である。淡々としているが、決してポエジーではなく、むしろリアルである。資料によると、シナリオは男女別で渡されており、お互い、相手のセリフを知らずに撮影に臨んだそうだ。このユニークなやり方から、男女の自然な会話シーンが、実現されたのだろう。各シーンの間に、インタビューのような形で、それぞれの言い分が挿入されるが、それもまたリアル。まるで、友人の恋の話を聞いているような、新鮮さがある。監督は、自主映画界で活躍してきた松田彰。
小春とナベの二人は、初めて会った時からお互いを呼び捨てしあう仲だった。飲み会で知り合い、そのまま一夜をともにした。なりゆきでそういう関係になったのだ。日曜日の朝は、毎週ナベは自転車で小春のアパートに行き、二人で散歩した。でも、それだけ。友達以上、恋人未満。散歩しながら見つけた、フラメンコ研究所、ねこ、井戸。まぶしすぎる夏の日差し。小春が自分のことを、どう思っているのかナベは知りたい。小春にとって、ナベは弟のようだけど、気になる存在。でも、お互い、どうしていいか、分からない。
★★★★★
最近観た映画20本ほどの中で、いちばん印象に残った佳作がこの邦画『お散歩』だっていうのも不思議だ。確実に最も低予算だし、登場人物は男女ふたりだけだし、上映時間も50分。もう趣味で作ったホームビデオ映画とも見紛うほど安上がりに見える映画だ。でもいいんだなあ、これが。といって、斜に構えたスノッブをきどっているわけじゃない。ホント、面白いんだから!
映画は、休日、男が誘いにきて女が準備して出掛けてご近所をお散歩しているだけ。フツーの男とフツーの女のフツーのお散歩デート。二人の交わす言葉も、普通の会話を盗み録りしたような自然体。ドキュメンタリー番組かと思うくらい。『茶の味』という映画で、浅野忠信が元カノの中嶋朋子と再会したときのぎごちないボソボソした喋りや間合いがメチャメチャ好きなボクとしては、この二人のフツーっぽさがけっこう楽しめる。芝居がかっちゃうときのあざとさに不安を抱きながら画面を見守ることになっちゃうわけだ。
散歩の途中に、男女ひとりずつにインタビューしたかのような場面が挟まれる。素人恋愛バラエティ番組で男女分けて別々に気持ちを聞くみたいな感覚の場面。その部分で、男と女、それぞれの気持ちのズレや相手への意識、そして二人の馴れ初めから現在進行の状況までがわかってくる。
そんな休憩シーンっぽい場面を挟みながら、お散歩は続いていく。はたして、この映画を撮影していく時点で綿密な脚本は存在したのだろうか?きちんとカット割りを構成した上で撮ったのだろうか?もし、そうしていたとしたらそれはそれでスゴすぎる。ボクはきっと出たとこ勝負の即興で演出していったんじゃないかと思っている。撮り進めていく中でアイディアを練ってさらに撮って、というやり方。ヌーヴェル・ヴァーグの時代に流行った手法。ただ前衛的な面白さを求めるわけではなくて、自然体の面白さを前面に出すという目的のために。ボクの推理が当たっているとしたら、みごとに成功していると言える。
さて、この映画、ドラマらしいドラマなんてないっちゃあないんだけど、「バカと言った」「言ってない」の応酬という、つまんない口喧嘩がある。阿呆らしい言い合いっこともとれるし、単なる売り言葉に買い言葉ともとれるし。そしてなによりこんな会話って男と女の間であるある。でも、男が幕を引いたことで二人の関係に微妙な変化が生じる。互いに気がついちゃいないんだろうけど。これまで女は男を見下した感じだったけど、包容力を見せられて動揺したはずだし。男は、女が自己防衛に必死になる姿をいじらしく感じただろうし。それがラスト、女の左右の選択へとつながるわけで。
何気ない、ごくフツーの男女のお散歩だけを切り取って、地味に一歩一歩近づく心の機微を描くなんて。
いや~清々しい!いいもんを見せてもらった。
そしてこの映画、最高の助演者がいる。
おいおい、くさいドラマになるんじゃないか?と思った瞬間に吠えた近所の犬!(笑)
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