カメラ

2012年10月22日 | ショートショート



アルバム編集に手間取って、遅い昼食をとっていると街に轟音が鳴り響いた。
テーブルが倒れ、食器が割れる音。客たちの悲鳴。
一瞬、身の危険を感じてひるんだが、カメラを握りしめると店の外に走り出した。
近くのビルからもうもうと煙が上がっている。逃げてくる会社員たち。ボクは走った。
ボクは写真屋だ。
プロになりたいと夢を追い続けてきたが所詮夢。小さな写真スタジオの雇われの身にすぎない。
店舗の広告写真を撮ったり、卒業アルバムを編集したり。
そんなボクに今、願ってもないチャンスが訪れたのだ。
それにしてもカメラって不思議だ。
ツアー旅行に同行中、酔客が暴れることがある。修学旅行で学生が馬鹿騒ぎすることも。
こっちにとばっちりが来ることもあって、おいおい誰か何とかしろよ、なんて憤ってしまう。
ところが、カメラを覗いているときは違う。
おいもっと暴れなよ!もっとふざけなよ!いい絵もっとちょうだいよ!
そのイベントの興奮や感動を一発で蘇らせる一枚が欲しくて、そこに焦点を合わせる。
その感覚の変わりっぷりを我ながら不思議に思うのだ。
ビルに駆け込んだ途端、粉塵に包まれた。ハンカチで鼻から下を覆って歩を進めていく。
間違いない。爆弾テロだ。
視界の悪い中、逃げてきた会社員たちが肩にぶつかってくるのもものともせず、さらに奥へ。
書類や硝子が散乱したオフィスの中へ侵入する。
人が倒れている。
「助けて・・・くれ・・・」
「もうじき救急隊が来ますから」
そう言いつつアングルを決めてシャッターを押す。
ダメだ、こんなんじゃ。
今この瞬間を記録できるのは、このカメラだけなのだ。
この事件の非道を世間に知らしめる使命が、このカメラにはあるのだ。
奥から呻き声が聞こえる。
駆け寄ると、重役風情の男が血まみれで倒れている。お腹が裂けてグチャグチャだ。
よし、今度こそ!
カメラのフレームの中の、その男は、呻きつつも、気の抜けた温厚な布袋顔をしている。
もうじき死んでしまうというのに。そんなの全然リアルじゃない!
カメラを覗いたまま、男の腹に蹴りを入れた。
布袋様の顔が歪む。
それだよ、それ!最初っからそれが欲しかったんだよ!
無心に蹴りを入れてシャッターを押し続ける。呪文のように呟きながら。
「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ。
こんなヒドイことをしているのはボクじゃないんです。ボクはそんな人間じゃありません。
カメラが勝手にやってることなんです。ゴメンナサイ、ゴメンナサイ」



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