レントゲン

2012年10月26日 | ショートショート



彼女を見かけた瞬間、ボクは恋に落ちた。
透けるような薄桃色の肌の上を青い血管が走っている。
野辺にたゆたう陽射しの香りがここまで届きそうで、思わず深呼吸する。
一目惚れという言葉は、この瞬間のボクのために用意されていた。
彼女がボクの眼差しに気づく。そして目を逸らす。
でも君はもうわかっているはず。
ボクの眼差しが他のどんな男のそれとも違うという真実を。
再び視線を向け、慌てて目を逸らす彼女の胸の奥で脈打つ塊が、ひと際大きく鼓動するのを見つめた。
ボクには何もかもお見通しだ。
君の体の中も、心の中も、将来でさえ。
君は目を逸らし続けたが、それはもうボクを意識しているという事実の裏返しに過ぎない。
抗いがたい体の熱さに君は身じろぎし、そしてボクと視線を交わす。そして光を放つ。
するともうここは、駅の待合所であることをやめて向日葵の丘へと変貌する。
ボクは丘を駆け上がり、華奢な肩を抱き寄せる。
「愛し合おう。今日はそれに相応しい日だから」
「素敵な提案だわ」
彼女の体温がボクの体温と重なり合って、やがてひとつの温度に溶けていくのを味わった。
月明かりのシャワーを浴びながら、互いの身体のあらゆる筋肉を確認しあい、あらゆる部位に名前をつけていく。
毎晩、毎晩、飽きることなく。
すべてが珍しくすべてが愛おしい。永遠に。
そんな日常に、永遠なんてどこにもないという現実の波が襲いかかってくる。
「すべてが見えてしまうなんて、不幸なんじゃないの?」
彼女のなにげない一言。
何もかもが珍しくなくなっていた事実を突きつけられる。
たった一言の不意打ちに永遠が崩れていく。早回しで向日葵は色を失い萎れていく。
バケモノ呼ばわりされたほうがまだマシだ。
最初っから知り合わなければよかったんだ。最初っから。
出て行け。ボクの楽園から。
荒れ果てた丘に、構内アナウンスが響きわたる。
駅の待合所に女が座っている。
ボクの視線に気がついた彼女が顔を上げる。ボクは目を逸らしてホームへ向かう。



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