ショートショート『タイムマシンにお願い』

2012年10月06日 | ショートショート



おっと、ついウトウトしてしまった。
改札口に掛けられた丸時計を見上げる。21時08分。眠っていたのは15分ほどか。
時刻表を見上げていると、背中合わせのイスに座る男の電話の声が聞こえた。
・・・タイムマシン・・・未来・・・装置・・・
場違いな言葉が混じっているのに気がついて、耳をそばだてた。
「いやだからもう帰りたいんだって、未来。で、どこなの?最寄りのタイムマシン」
まちがいない。
背中合わせにいるのは未来人だ。電話で未来と交信しているのだ。
「うん、三つめの角を曲がったとこね。きわどいカモフラージュだな。じゃ行ってみるから」
男が立ち上がり、繁華街へと向かう。ボクは好奇心のままに跡を追った。少年探偵団にでもなった気分だ。
三つめの角、男がさっと身を隠す。逃がしてなるものか、ボクもダッシュで角へ。
明るいカラオケボックスのイルミネーションに目が眩んだ。
ここに入ったのだろうか?
店内に入ってみるとフロントの女性店員が明るく挨拶した。あれ?未来人は?
フロントで尋ねようとしたそのとき、背後から男の声。
「この人と二人、317号室で頼む」
ふりむくと、未来人がニヤリとした。しまった、勘づかれていたのか。
抵抗してもムダだろう。ボクは未来人とともに317号室に入った。
「なかなか勇敢だったな。君にささやかな時間旅行をプレゼントするよ」
男が装置を操作する。
ミラーボールの灯が室内を彩る。モニターから音楽が流れはじめる。
なるほど、カラオケボックスの一室を、タイムマシンとして活用するとは。
これがカモフラージュか。その秘密を知った以上、ボクの記憶は事後、キレイさっぱり消されてしまうにちがいない。
ボクは未来人がオーダーしたドリンクをぐいと飲んだ。
よ~し、しばし未来人の意のままに時間旅行とやらを楽しんでみるか。
こうしてボクは未来人とともに、さまざまな時代へと旅立った。
なつかしい少年時代、甘くほろ苦い初恋のころ、そしてムードたっぷりの大人の恋。
どれだけの時間、楽しんだだろうか。
気がつくとボクはひとり、カラオケボックスにいた。
未来人は、もう帰ってしまったらしい。
ボクの手元には一枚の請求書が残った。
二人分の料金を請求した、カラオケボックス『タイムマシン』の請求書。



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