3分間電話

2012年10月30日 | ショートショート



カップラーメンにお湯を注いでいたら電話がかかってきた。
最悪のタイミング。
ちょっと待っとけ。無視して内側の線ぴったりに熱湯を注ぎ、フタをする。
携帯を手にとる。オヤ、『非通知』?誰からだ?
「ハイ、もしもし」
「オレだよ」
「オレって、どなた?」
相手がため息をついた。
「オレに決まってるじゃないか。こっち、今、黄色電話からかけてんだよ」
黄色電話?10円か100円を入れる公衆電話の?今どき見かけないぞ。
「3分したら電話、切れちゃうから」
そいつは好都合。相手してやるか。
「で、用件は?」
「用件なんてない。ただおまえと話したくなってさ。そっちは?元気にやってる?」
なんだ、用もないのに電話してきたのかよ。
「ぼちぼちだな」
「そいつはよかった。落ち込んでないか?仕事はうまくいってる?いるの?彼女」
なんだよ、失礼なヤツだな。
「全部、YES。で、おまえいったい誰?」
「全部、YESか。よかった」
深いため息。それから鼻を啜る音。こいつ、泣いてんのか?
「オレさ、メチャ最悪なんだよ。ブチ切れ。どいつもこいつもムカつく奴らでさ。くたばっちまえ、糞野郎!」
電話口で怒鳴るなよ。
「糞!糞!糞!糞!世の中全部糞ばっかだ、畜生!」
大丈夫か、コイツ。情緒不安定だぞ。
「な、落ち着けって。深呼吸しろ、とにかくいっぺん深呼吸だ」
電話の向こうでホントに深呼吸する声がする。
「どうだ?落ち着いたか?何があったか知らないけどさ、自分を追い込んじゃダメだぞ。誰だって心が折れちゃうことがあるんだから」
電話の向こうで、オレの言葉を繰り返す声。
「生きてりゃ辛いこともあるさ。もちこたえるんだ。自分を見失わないようにしなきゃ」
「もちこたえる・・・自分を見失わないように・・・」
言葉を繰り返し、そして黙った。
電話の向こうでは微かに雨の音。そして街頭にかかる音楽が聞き取れた。何年も前の、忘れていた流行歌。
オレが若くて、青かった頃の。
その瞬間、霞が晴れるように記憶が鮮明によみがえった。
どうしようもなく落ち込んで、酒に酔って電話ボックスに入ったっけ。
もっと大人になった自分に電話したつもりになって、泣いたり怒鳴ったりした、あの3分間。
電話の向こうは、まさしくオレだ。あのときのオレなんだ。
「なんとかなるよな、なんとか」
そして唐突に3分間が終了、電話がプツッと切れてしまった。
カップラーメンは、いつもよりちょっとしょっぱい味がした。



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