ウエイターがキャビアを持ってきた。 「レモンさえあれば充分だ」 フェビアンはそう言って、輪切りにしたゆで卵と、玉ねぎののった大皿を断った。 「折角の美味を損なうような食べ方は、やめようではないか」 ウエイターは灰色の真珠を、スプーンで山盛りにすくって、僕達の皿に分けた。 僕がキャビアを食べるのは、生まれて4回目、 これまでの3回もハッキリ覚えていた。
アメリカの作家、アーウイン・ショーの 「真夜中の滑降」 の一節だが、ゆで卵を断ったのは正解. しかし皿に盛ったキャビアを、スプーンで食べるだけでは、あまりに色気がなさ過ぎる。 男だけの食事だから構わないが、ショーらしくない。 ショーが書く都会の女達は、上品で洗練された魅力があり、 しかも気の利いた台詞を口にする。 いずれこのブログで紹介したいと思うが、多感な年頃、彼の作品を読み漁ったのが思い出される。
北回りのヨーロッパ路線が開設されて間もない頃、 パリやロンドンから日本に帰る便は、給油のため評判の良くない、モスクワのシェレメーチエヴォ国際空港に トランジットする。 限られた乗客は、眠い目をこすりながら、真夜中の売店に向かう。 正真正銘の、「ロシア・カスピ海産」のキャビアを、きわめて安く買えるだ。 キャビアの入った粗末な容器を提げて機内に戻ると、スチュワーデスが冷蔵庫で預かってくれる。 たまたま近くの席で目にとまった、 デザイナーの森英恵さん夫妻も、大きな容器を提げていたのを思い出す。
一般的にキャビアとは、チョウザメの卵を指すが、フランスでは魚卵の総称で、使用する場合がある。 またロシアでは 「チョールナヤ・イクラー」、すなわち 「黒い魚卵」と呼ぶ。 主な産地は、カスピ海とアムール川が有名。 チョウザメの仲間で最も大きな 「ベルーガ」 は体長3~4m、体重300kgを超えるものもあるが、普通は100~200kgで、約15%にあたる15~30kgがキャビアとして取れる。 成熟までなんと20年の歳月を要する。 輸入キャビアは長期保存のため、高濃度の塩分で塩漬けされるため、本来の味とは言い難い。 原産国で塩分3~5%の本物を食べたら、きっとキャビアの認識が変わる筈。
私が推奨するこの珍味の食し方を紹介しよう。 まずキャビアをのせる、「ブリー二」と称するそば粉を焼いて作った、ロシア風パンケーキを作る。 そば粉を牛乳で溶かし、バターで練ったものを、フライパンで焼くだけ。 イメージとしては、よくオードブルや、カナッペに用いる小ぶりな薄いもの。 クラッカーで代用してもいいが、折角だから手間をかけた方がいい。 この上によく冷えたキャビアを、小さなスプーンでのせ、その上に、水でさらした玉ねぎのみじん切りを振りかけ、レモンを絞ったら出来上がり。 本来の飲み物はウオッカだが、やはりシャンパンか、ヴァンムースがお勧め。
シャンパン&キャビア、ジャズの歌詞でも歌われるが、 デフレの影響で少しは安くなったのだろうか?