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時の泉庭園

小説は、基本、ハッピーエンド。
話は、最後まで出来上がってからUPなので、全部完結済み。

(^◇^)・・・みん兎

またも、生命の危機・・

2016-04-28 11:46:36 | I Think I‘m Lost
 一体どうなっているのか。
嫌だと思っているアン・サヴィーネでさえ、常識を疑ってしまう、異例の結婚式だ。
 王族でも何でも、一旦、花嫁は花嫁側の親族とともに、控え室で待つというのに、いきなり、案内されたのは、皇帝一家のプライベート空間だった。
 謁見室でもない、広間。皇帝一家が、普段親しい親族や臣下も含めてだが、彼らとの憩いの場所であるその部屋に、皇帝一家、重臣、真ん中に仏頂面の花婿が立っている。
 そこに、花嫁側であるアリンガムの王族の第二王子、宰相、外務大臣、その関係者もいる。到着した花嫁をみると、ほっとした表情で、第二王子ハリーが、花嫁のもとにやってくる。
「すまない。コンスタンシアの気持はわかるが、これも、貴族の家に生まれた者の定めだ。兄上とのことは諦めてくれ。」
 ささやきが耳に入り、アン・サヴィーネは、はげしく首を横に振る。
 踵を返し、逃げようとし、拘束具の反発にあい、逆に体中、縄がしまったような感覚に、襲われ、それでも抵抗し、とうとう、床に倒れてしまった。
「大丈夫か?」
 ハリーが、花嫁の横に膝をつき、起こそうとする。
 向うから、テオドールも駆け寄ってくる。
「・・・・っ!」
 う~・・と、声にならない声をあげ、苦しむ花嫁に、訝しく覗き込み、そのベールを取ったのは、テオドールだ。
「君は・・!」
「アン・サヴィーネ・・?」
「どういうことだ!?」
 別人が現れたのだ。この反応は、当たり前だろう。
 アン・サヴィーネがしゃべろうとすると、息がつまる。赤いのを通り越し、顔色が白くなっていく彼女の異変に気づき、テオドールが、その場にいるはずの、魔導師を振り返る。魔導師の彼は、促されるまま、アン・サヴィーネの喉元をゆびさすと、「サイレント解除。」と唱える。指先が一瞬、緑に輝くと、アン・サヴィーネの喉に急に空気が通った感覚。
 他者がかけた魔術を解くには、余程、力のある魔導師でないと出来ない。
さすがに、大国の宮廷内だ。
「ごほ・・っ。手紙・・を・・届ける・・途中で・・ノワール・・侯爵につ・・捕まった」
 急に空気が肺に達したので、言葉をつむぐのが辛い。アン・サヴィーネは、げほ、ごほと、しばらく、咳き込んでいる。
「・・ハリー殿下。ノワール侯爵の勘違いで・・これは、国家間の争いになりますか?コンスタンシアの具合がよくなくて、取り合えず、ベールを被り、この場をのりきり、あとで、彼女を連れてくると、約束するのではいけませんか?」
 のぞきこんでいる、ハリーとテオドールにだけ聞こえるような小さな声で言う。
 白い顔。心細げな瞳。
 さすがに、アン・サヴィーネも、命の危機を予想し、普段の冷たい仮面が剥がれている。
 初めてみる彼女の表情に、ハリーは、愕然としている。
 ノワール侯爵の勘違いとはいったが、本当のところは、違うだろうと、ハリーは、悟る。
 難しい表情をしていたテオドールが、突然、表情を笑顔に作り変え。
「アン・サヴィーネ。間違いなどではない。君は、侯爵とは仲たがいしていると聞いていたから、彼も手荒に扱ったのだろうが、娘をよろしく頼むと、連絡はもらっている。」
 広間中に、聞こえるように、大きな声で言ったテオドール。
「テオドール殿下?」
「テオドール皇子?」
 アン・サヴィーネと、ハリーが、驚愕の表情で、彼を同時に見た。
 テオドールは、小声で応える。
「私も望みもしなかった婚姻が、原因で、国家間の争いになるのは、不本意だ。アン・サヴィーネも、ノワール侯爵が罪に問われると困るだろう。ここは、大人しく、私に従え。」
 ここに来たのは、アン・サヴィーネの意思ではない。
テオドールは、西師団へ行った朝、彼女が職務についていたのを目撃している。
彼が、見たこともない生き生きした表情。
アン・サヴィーネが、現状に満足して生活しているのが感じられた。
だから、彼女の言ったことに嘘はない。
いつもの、彼なら、公爵夫人の地位に目がくらみ、不仲な父親でもそそのかされて、その気になり、相手の同情を買う為に演技しているのかもしれないと、曲解していたかもしれない。けれど、つい最近、すれ違った彼女の表情が、本当だと直感する。
「・・・愛する方も罪に問われますものね。でも、どうして、私が、それを庇わねばならないのですか。」
 ぎゅっと唇をかみ締め、テオドールを睨みつける。
 この反抗的な態度は、やはり彼女だ。
テオドールは、不利な状況でも、決して屈服しないアン・サヴィーネを知っている。
テオドールは、口角をあげ、にやりといった笑いを浮かべる。
 つい、アン・サヴィーネをみると、いじってやりたくなる。
 すると、彼女は、瞳に反発の色を浮かべ、テオドールの目を真っ直ぐに見返すのだ。
「アリンガムには、私も守りたいと思う方々がおります。ですから、今は、テオドール殿下の仰せに従います。けれど、ノワール侯爵家には、これっぽちも、その気持はございません。今後一切、彼らの接触がないと、私に確約してください。一年ほどしたら、自由にしてくださるとも。でなければ、ここで、すべてをぶちまけます。」
 テオドールの真意がわかり、それが、アン・サヴィーネの中にある怒りのポイントにヒットし、カチンと来た彼女は、思いっきり、脅すような言葉を返してしまった。
 テオドールは、厳しい視線を返す。
「文句を付けられる立場か。アン・サヴィーネ。」
「愛する方のためですもの。承知なさるのではなくて?」
「・・・・・・。」
 彼らのやり取りを見ていたハリーが、アン・サヴィーネの目を見、
「アン・サヴィーネ。君が引き受けなければならないことではないと承知しているつもりだ。けれど、私は、王子として、やはり、君に頭をさげなければならないと思ってる。国のため、引き受けてくれないか。」
 いや、しかし、この構い方は、テオドールがアン・サヴィーネを嫌っていたからではないのではないか?この話を勧めないという選択肢は、政治的にないが、それでも、彼女にとっても、悪い結果にはならないのではないかと頭の端でハリーは考える。
双方が上手くいかない結果にしかならないなら、政略も意味はなく、反って、悪い結果を引き出すかもしれないと、ハリーは思っている。
が。今しがたのテオドールの反応が、小さい男の子が気になる女の子を苛める、それとよく似た印象を受けてしまった。
彼女は、まったく、気づいていないが、学院でのことも、このような雰囲気だったのかもしれない。アン・サヴィーネには悪いが、彼に預けてしまえば、悪いようにはしないだろうと、話を纏める方向へ促す。
「・・・・・・・。」
 アン・サヴィーネの脳裏に、アリンガムでの親しい人たちの顔が浮ぶ。
アベル伯爵家にしても、この帝国の臣下である以上、皇子を拒めば、立場上困ったことになるかもしれない。
 どうしよう・・・。
 命の危機にあった10歳のあの時、蘇った記憶は、今は、もう、役に立たない。
普通の一般市民の感覚は、役に立たないからだ。色恋のとばっちりで、修羅場といえば、言えるのだが・・・。
 じりじりと、焦りが渦巻く。テオドールの強い刺すような視線に、びくりとなる。
 アン・サヴィーネは、仕方なく肯く。
 なぜ、自分が・・・。境遇のため結婚は、あきらめていたが、でも、もしも、できるなら、愛する人と互いに思いあい、子供たちとにぎやかな毎日を送るような日々を夢見ていた。それは、蘇った記憶も同じ物を望んでいるから、より、強く憧れるのかもしれないが。
「よし、誤解は解けたようだな。」
 テオドールが、周囲に聞こえるように言う。
 アン・サヴィーネを立たせ、ファルケンベルク側の人間が立っているほうへ、引っ張っていく。
「テオドール殿下・・その女性は。」
 コンスタンシアとアン・サヴィーネを知っている人物が、不審な目で、こちらを見ている。皇帝の甥、ユリウス。彼も、かつて、コンスタンシアを慕っていた人物だ。だが、コンスタンシアが別の男を選んだので、そのまま、友人の立場に戻り、学院卒業後は、決められた婚約者と結婚し、すでに、妻帯している。自分よりも、失恋が尾を引き、もともとの女嫌いに輪をかけてしまったと思っている従兄弟を案じていた彼が、うっかり、息子のことを心配する皇妃に、済んだ話をしたのが、今回の発端だ。
 ユリウスは、純粋なコンスタンシアが、従兄弟を癒してくれると、この結婚を祝福していた。それが、何の間違いか、あの、冷淡な女を連れているのだと、疑惑に満ちた目で見ている。
 アン・サヴィーネは、うっかり、睨み返してしまわないように、俯く。
「父親のノワール侯爵が、勘違いしてくれてよかったよ。」
「は?勘違い?」
 ユリウスの、わからないという表情。
「どういうことだ。」
「どういうことです?」
 皇帝も皇妃も、状況が読めず、思わず、疑問を口にしてしまっている。
「ノワール侯爵の娘と聞き、彼は、残っている方の姉、アン・サヴィーネのことだと思ったようです。国のためならと、家長として承知したものの、色々、事情があり、長年、不仲だったアン・サヴィーネに、そんな願いを口にしたところで、聞いてくれるはずはないと思いつめた彼は、策を労し、彼女を捕らえ無理やり、この場に放りこんだということです。・・・良かったといったのは、私にとってということですよ。妹の方ではなく、アン・サヴィーネが来ましたからね。」
「まあ。あなたが、この話を渋っていたのは、その妹がくると思っていたからなの?」
「ええ。そうです。」
「そう・・それでは、そのお嬢さんなら、良いという事なのね。では、そのお嬢さんとなら、今すぐにでも?」
「先ほど、いきなりここへ連れてこられた彼女の疑問も、解きました。両国のためということで、今のところ、彼女も承知してくれています。私も、逃がすつもりはありませんから、彼女の気の変わらぬうちに、さっさと、契約を交わし、あとは、ゆっくり、くどくことにいたします。父上。母上。祝福していただけますか?」
「ええ。もちろんよ。あなたが、女嫌いを返上した方ですもの。」
 皇妃は、はればれとした表情だ。隣の皇帝は、いつもと違う息子に驚き、黙って、やり取りを聞いていたが、妻に促され、
「ああ。いいとも。はやく。進めなさい。」
 と、周囲を促した。
 花婿が拒否していた為、教会でもなく、豪華なお披露目があるわけでもなく、ただ、皇帝の目の前で、婚姻届にサインするだけの、まさかの、地味婚だ。
 内密の式の準備も、発表の準備も、ことごとく、事前に察知し、邪魔をした皇子殿下。
 今回、テオドールを騙して、この場に呼び出すのが精一杯だったのだという。
 それでも、後日盛大な式をと、うきうきとその準備の話をしている皇妃と、臣下たち。
 婚姻届に名を書きいれ、ふと、隣を見上げた時の、アン・サヴィーネの目に映ったテオドールの厳しい表情に、胸が冷え、理不尽な目にあっているのは、自分の方なのにと、怒りが再燃した。その怒りが、魔力をともない、暴走しそうになり、慌てて、拘束具へ意識をむける。ぱきっと、周囲の人の耳目を集め、アン・サヴィーネの腕から、真っ二つに割れた腕輪がはじけ飛ぶ。
 大理石の床に落ちた、腕輪。
「あら嫌だ。今頃、拘束具が壊れるなんて、遅いわ・・。」
 思わず呟く。
 波を打ったように、静かだった衆目を集め、アン・サヴィーネは、ごまかすように、苦笑を浮かべた。そうだ。私は、承知してはいないのだ。
静かに、挑発的な視線をテオドールへ向ける。
 いらっとした表情のテオドールが、彼女の腕を強く握る。
「アン・サヴィーネ・・?」
 腕を握る力よりも、体から力が抜けていく方が問題だ。
 アン・サヴィーネは、魔力を使いすぎ、くらくらと、意識が途切れていくのを自覚しながら、何とか立っている。
 衆人のなかから、魔導師が、床に落ちた割れた拘束具を確かめている。
「かなり、強い設定になっておりますな。これを壊すなんて、何て無茶なことを・・。」
「わけもわからず、捕まり、拘束具を嵌められたので、逃げられるように、今朝からずっと意識を集中して、何度も切断を試みていたのですわ。さっきの入室の際、抵抗した時に、完全に壊れて腕に引っかかっていただけなのでしょうね。」
 そういうのがやっとで、アン・サヴィーネは、ぐらりと肢体を揺らし、とうとう意識を失った。彼女の体が床に叩きつけられることはなく、テオドールがしっかりと抱きとめる。
「医師を。」
 テオドールに抱き上げられたアン・サヴィーネは、すぐに用意された客室に運ばれ、そこで、手当てを受ける。
 アン・サヴィーネは、その後、急速に体温を失っていき、一時は危なくなったが、持ち直し、今は、ぐったりと眠り続けている。
「ともかく、危険な状態は脱しました。目を覚まされたら、しっかり栄養を取らせて、しばらくは、安静に過ごすように。」
 前半は、付き添うテオドールに、後半は、世話をやく侍女たちに、医師は、そう告げて、出ていく。
アン・サヴィーネの青ざめた白い顔。
テオドールの知る、冷淡できつい性格の女は、今、どこにもいない。
閉じられた目の端に、浮んだ涙の粒に、手を延ばし、拭う。
「かわいそうに・・・。」
 呟いたのは、この部屋に運び込まれたあと、自薦で、看病を申し出てきたこの宮殿で侍女をしている女だ。イザベラという名の侍女は、学院時代、アン・サヴィーネの友人だったと名乗った。剣術の科目にも顔を出していたので、テオドールも、知っていた為、回復するまで彼女に介抱を頼むことにした。
「不仲とは聞いていたけれど、ここまで、酷い扱いを受けるほどとは、思わなかったわ。」
 部屋には、もう一人、侍女がいる。
 アン・サヴィーネに付き添い、宮殿につき、控え室で、待っていた侍女のローズは、外の廊下が騒がしくなったのを訝しく思い、様子を見に廊下に出てみれば、テオドールに抱き上げられ運ばれていくアン・サヴィーネの姿を見つけ、慌てて、後を追いかけてきた。
 主が運び込まれた部屋の外で、どうしたものかと、うろうろしていたところ、イザベラに問われ、事情を話した。ローズが、アン・サヴィーネの害にならない人物と判断したイザベラは、彼女も連れて、この部屋の扉をたたいたのだった。
 処置が終わり、後は、回復を祈るばかりになり、その間に、ローズから、詳しく、ノワール侯爵のようすを聞き、イザベラは、腹を立てた。
「あのような恐ろしい方なら、お嬢さまが、避けていたのは、当然だと思われます。」
「そうね・・・。」
 ローズの感想に、アン・サヴィーネの冷たすぎる手を擦ってやりながら、イザベラは肯く。
「学院で、コンスタンシア嬢を拒絶したことから、冷たく高慢な令嬢だと、誤解をした人が多くて、アン・サヴィーネは、苦労していました。けれど、彼女の立場に立ってみれば、ノワール侯爵家には一切係わりたくないという気持ちは、私たち友人には、分かっております。実際、アン・サヴィーネが、母親の友人の手を借りて、家を出なければ、自分たち母娘の命は危なかったと言っていました。そんなことがあっても、自暴自棄にならず、努力を怠らない彼女は、尊敬に値すると思っておりました。夢を叶えた彼女のことを、喜んでいましたのに・・・。」
「努力家なのは、認める。」
 イザベラのぼやきに、テオドールが、ぽつりと呟く。
 イザベラが、驚いている。
「殿下は、誤解なさっている仲間かと思っておりました・・・。」
「正妻と愛人の子が仲良くなれないのは、仕方がないことだとはわかっていた。だが、あの時、アン・サヴィーネが、あまりに冷淡にはねつけた為に、よからぬことを考えた奴はいた。授業で、問題を起こさせないために、組ませる相手も、公平な者を選んだのだ。たまたま、上位の者ばかりだったが、彼らとは上手く人間関係を築けていたようだから、牽制にはなっていた。彼らを相手に諦めて手を抜かない、アン・サヴィーネを見ていれば、嫌な奴じゃないのは、徐々に理解したつもりだ。どうやら、そのせいで、私に阿った他の教師たちによって、苦労していたようなのには、私も、頭を抱えた。」
 彼女が、それによって、授業を落とすことがないようにと、それだけは、手を回しておいた。一年の約束だったのを引き伸ばし、居残っていたのは、理不尽すぎることが立て続けにあり、気になって、結局、卒業まで、居残っていたのは、コンスタンシアとの時間を持ちたかっただけではない。今、彼女の事情を知るとともに、それだけしかしなかったことに、申し訳なくも思っていると、テオドールは、正直に認めた。
 当然のことながら、今回のことは、コンスタンシアのノワール侯爵家を助ける為の偽装だと、イザベラは、察している。テオドールには、アン・サヴィーネを恋する要素が全く感じられないと知っているからだ。
「そんな非難の目を向けなくても、アン・サヴィーネに、辛くあったたりしない。幸せにする。」
「贖罪のためなら、それは、無理ですわ。彼女の望むものが与えられるかどうか、それが鍵だと、私は思います。どうか、アニーのことをこれ以上傷つけないようお願いしますわ。」
 それから、眠り続けるアン・サヴィーネの側で、黙って、必要な世話を続けるイサベラ。
 テオドールは、押し黙り、しばらく、アン・サヴィーネの顔を見つめていた彼。
「少し、用を思い出した。彼女の世話を頼む。」
 思いつめたような顔で、立ち上がり、テオドールは、部屋を出て行った。
 アン・サヴィーネが、目を覚ましたのは、翌日のもう、日が暮れかかる頃だった。


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