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時の泉庭園

小説は、基本、ハッピーエンド。
話は、最後まで出来上がってからUPなので、全部完結済み。

(^◇^)・・・みん兎

バッテン印更新中 5

2015-06-27 22:38:51 | バッテン印更新中
 朝早く、執務室で、アレクシアは、不器用にかぎ針を動かし、最後の一目を拾い、ぎゅっと結び目を作りほどけない様にし、モチーフを完成させた。
「出来た!」
 アレクシアが、顔を輝かせ、作品を掲げるように見ていると、ひょいっと、横合いから、そのモチーフが奪い取られる。
 コーディだ。ここまで、護衛してくれ、その足で、帰国するつもりだったのが、大雪で、レーヌに逗留せざるをえなくなった彼。
 しげしげとモチーフを見つめながら、
「へったくそだな・・・。」
「かまわない。完成させることに意味がある。これで、賭けは私の勝ち。」
「賭け・・?」
 なんだかなあ・・という顔で、コーディが、首を捻る。
 それから、用を思い出し。
「ああ。さっき、やっと道が通って、外からの連絡も届いたぞ。・・ついでに、ウエルスタットの事件も飛び込んで来た。セシリア嬢が、毒を盛られて殺されかけたそうだ。犠牲になったのは、侍女の方だったらしいが。」
 幸福をとは言わず、幸運をと言ったのは、先に起こりうることが、アレクシアの頭に浮かんでいたからだが、それでも、危険を回避して欲しくはあった。
「・・・そうか・・やはりな。邪な者、そうでない者も、敵は多いから、幸運を祈ると言いはしたが、まず、無理かなとは思っていた。敵が多い状態なのに、あの王太子は、うかつだからな。特に、秘すべき妊娠をたてに、妃の交代を交渉した。」
 帝国という怖い後ろ盾のある、アレクシアなら、狙われる可能性は、ぐっと低くなるが、ほぼ、軽い身分のセシリアなら、消してしまえば、どうとでもなると考える者は出てくるだろう。我が娘をこそ、妃にとか、考える者にとり、子供が産まれると、目的を果たすのに少しやりにくくなるとか、そう言った意味で、不都合を思い切って処分しようとする向きは、あの国の宮廷のようすでは、出てくるだろうと推測される。
セシリアにとっては、秘しておくほうが、実は、守りやすい事情だったのだ。
 さすがに、それに、乗じたというか、利用したアレクシアは、はあ・・と、重いため息をつく。
「・・お前が、思いやりをかけてやる必要もないと思うぞ?あの時、ためらっていたら、自分の命の方が、脅かされるのだから・・。それに、真実、周囲が、脳みその中身を疑ったくらい王太子からの扱いは、酷いものだ。きちんと忠告はしたのだし、政務も手伝ってただろう?」
 実際、喉元に刃を充てられた状態だった。
 幽閉されれば、不都合な証言をされないように、アレクシアが暗殺されていただろう。病死と取り繕えば、あやしいとは思っていても、各国の酷評は免れる。帝国側は、もちろん、追及するだろうが、うまく捌けば、勝手に言いがかりをつけ、騒いでる印象をもたせられ、少なくとも、ウエルスタットの孤立は免れる。
「それは、城に滞在し飲み食いした費用分ぐらいは、民たちに対して、義務は果たした。」
「そういうこと。やるべきことは、やったんだから、もう、気にするな。」
 彼女から、幾分かの好意を受け取れなかったのは、向こうが愚かだったのだという言葉は、飲み込み、コーディは、アレクシアを慰める。
 アレクシアが、必要なら嘘もつくが、かといってそれに傷つく者に対し、痛みを感じないほど非常ではないことを彼は知っている。
 アレクシアは、常にない彼の態度に、しげしげと、彼の顔を見ている。
「どうしたのさ・・・・?珍しく、優しげな言葉をかけてくれるじゃないか。この前、婚約者に逃げられた時は、笑いとばされたのに。」
「あのなあ。あれは、適当すぎる人物に肯くからだ。話を断れなくもなかっただろう。安売りしすぎだ。今回は、本当にご苦労様としか、言いようがない。俺だって、友人を案じる言葉は持っているさ。」
「ふむ・・・?」
 アレクシアは、コーディの様子がいつもと違うような気がし、首をかしげる。
 心なしか、寂しそうなのは、気のせいか?
「帰るのか?」
「ああ・・。」
暇を告げて立ち去ろうとした所で、ちょうど、マルセラ侯が、入ってくる。
 彼は、コーディに会釈し、それから、アレクシアに。
「執務中かと思いましたが、歓談中でしたか。私は、帝都へと戻ると告げに来ただけですが、陛下と妃殿下にお託は何か、ございますか?」
「う~ん・・・伝言というか・・・。」
 アレクシアが、コーディがまだ手に持っているモチーフを取り返し、ほらっと、マルセラ侯に投げて寄越す。
「ちゃんと、完成したぞ?私の勝ちだな。何でも願いを聞くと言っていたよな?」
 マルセラ侯は、手の中のモチーフに、ちょっと苦笑し。
「・・出来上がりは、出来上がりですか・・まだ、編んでいたとは、驚きです。で?願いというのは、しばらく、こちらへ居座れるように取り計らえということですかな?」
「というか・・父上に、当分縁談が来ないようにかけあってくれないか?」
「・・・・・・。」
「?」
 アレクシアの言葉に、マルセラ侯は、じろじろと彼女を観察している。
「・・・わかりました。余程、今回のことは、お疲れになったということですね?」
 アレクシアが、こくこく肯いている。
 若干、彼が落胆したようなのは、アレクシアの気のせいか?
 マルセラ侯は、ちょっと、その美しい眉を寄せ、
「ですが、期限切れです。ということで、五分五分、ここは、互いに願いを叶えるということで、少し、内容が変質してしまいますが、よろしいでしょうか?」
「いいぞ。じゃあ、マルセラ侯も、願いを言ってみろ。叶えてやる。」
 気軽に、返事をしたのは、さすがに、主筋に対し、非道な願いの向きはなしと踏んだから、アレクシアの落ち度なのだが、マルセラ侯は、言質をとり、満足そうに、微笑む。
 胡散臭い、美形の笑み。
「では、手を出して下さい。」
「うん・・?」
 アレクシアが、差し出そうと手を動かす。
「う・・・?」
 差し出そうとした右手を避けられ、左手を強引に引き寄せられたかと思うと、アレクシアは、マルセラ侯の眼前に掲げられるようにしている己の左手を、まぬけな表情で眺めている。
「どうか。一日の終わりに、あなたの隣で眠る権利を・・貴女と共にあることを永久に。」
 マルセラ侯は、そのまま、彼女の左手にキスを落とす。そこから、懇願の視線をむけたが、すでに、アレクシアの手には、指輪は嵌っている。
それは、マルセラ侯の侯爵家に代々伝わる指輪。確か、奥方の指に嵌っているのをみたことがある。あれ・・?そういえば・・・・・今は、独身か。
「ちょ・・・何かの間違いではないのか?私は、バツ2だぞ。ついでに、帝国でも、指折りの美形のそなたから、憧憬をよせられる、造作でもないぞ。」
「死別ですが、私も、再婚ですから、それは問題ありません。ついでに、アレクシアさまより、十も年が上な私も、そろそろ、選り好みなどできない年齢ですから、誰も、意を唱えてくるものなどいないでしょう。」
 生真面目に答えてくれたが、ここは、やさぐれた方がいいだろうか・・・。
 アレクシアは、掴まれている手を引き抜くことも出来ず、その姿を見ている。
「よく知りもしない女を選ぶより、貴女がいいです。健康に問題はなく、何より、一生、退屈な思いはしないでしょうから・・。貴女の民に対する慈愛を、私の領民にも向けてくだされば、政略的にも適うことでしょう。貴女が慈愛を分け与えてくださり、私は、そんなあなたを、帝国という大国の中で、全力でお守りします。」
「・・・・本気か・・・?」
 政略というなら、納得できないこともないが、アレクシアは、まだ、驚きを収められないでいる。
「私の侯爵領と、ここは、離れておりますから、互いに、大きな勢力となる可能性もありません。皇帝も承知してくださるでしょう。将来的に、嫡男は、出来るなら勘弁してほしいですが、貴女が生んでくださるはずの、子供たちの誰かに、レーヌの君主に・・と言えば、帝国側も駄目とはいいますまい。」
「跡継ぎのことなら、別に、適任であれば、弟皇子から、指定してもかまわん。ただ、ローズテールの皇帝のものになるのだけは、避けたい。ここから、各国に巣立っていた者のために、他の国への示しもあるから・・実は、皇帝もそれは望んでおられないし。その・・私が、跡継ぎを生むことに拘っているわけではないぞ?」
「では、一人しか、子が得られなかったとしても、問題はないですね。念のため、申し上げておきますが、私も、兄弟はおりますから、嫡子の誕生を焦って、結婚を申し込んだわけではありません。」
「え・・・?ええ・・・?」
 アレクシアが二の句が告げられないで、ぽかんとしているその瞳をじっと見つめ。
「・・この際、勘違いを訂正しておきたいのですが、貴女は、十分、女性として魅力を備えています。その笑顔に魅せられた人は、私だけではないはずです。生命力を表すような赤い髪も、笑うと花が散ったように感じるそばかすも、貴女の持つ魅力の一つです。時に理知的に輝く、その青い瞳を我がモノにしたいと誘惑を押さえるのに苦慮したこともあります。アレクシアさま。」
「・・・・・・・。」
 マルセラ侯は、そう言い、アレクシアに微笑みかける。
 アレクシアの目元が、少し赤くなる。
「・・・反則だ・・・。」
「?」
 アレクシアは、敗北感を味わい、その破壊力ある微笑に屈した。
 こくりと、了承する。
「いい・・けど・・。皇帝を肯かせたらな。」
「愛する方のために、では、急ぎ、帝都へ行ってまいります。祝福を。」
「う・・。」
 当然のように、テレも偽りもなくかえされ、アレクシアは、追い詰められ、真意を見せる。
「無理をするな。道中、気をつけて・・そうなることを祈ってる。マルセラ侯。」
「モリスです。モリスとお呼びください。アレクシア。」
 マルセラ侯が、名で読んでほしいと願う。アレクシアの名を大事そうに呟く。
「モリス。待っているから・・・。」
 ちゅっと、頬にキスをする。
 マルセラ侯は、うなずくと、くるりと背を向け、部屋を出て行く。
 残されたアレクシアは、出て行きそびれたコーディと、気まずい雰囲気を、笑って誤魔化す。
「・・・ということだ。再婚することになった。」
「・・・そうか。まあ、彼なら、大丈夫だろ。俺も、おいそれと、ここに来れなくなるかもしれないから、安心だ。春に他国の王女を嫁にもらう事になってしまった。」
「慶事だな。祝いの品を贈るよ。コーディ、幸せになれよ?」
 コーディは、しばらく、試すように、彼女を見つめていたが、やがて、頷く。
「ああ。レクシーもな。じゃ。」
彼は、手をふり、また、遊びに来るとでもいうように、気軽に、背を向けて出て行く。
 アレクシアも、機嫌よく、見送り、それが、コーディの背中を押す。
 コーディは、部屋を出、慌てて、マルセラ侯の背を追う。
「マルセラ侯。」
 呼び止め、コーディは身につけている、剣帯から、その剣を外し、マルセラ侯に手渡す。
「王子。これは?」
「レクシーの父の形見で、生前、直に頂いた物だ。実際に戦場で活躍していた時に、使われていたと聞いた。このままだと、女の身で、彼女が、傭兵たちの長を含む、レーヌの王位を引き受けることになるだろうから、重い役目に心が折れそうになるかもしれない時は、守ってやってくれと。あの時は、側にあるという約束のもとに、これを受け取り、事情が変わった今ままでも、ずっと持ったままだったが、今は、ふさわしい者が、持つべきだ。侯なら、アレクシアを守れる。かわりに、その、編んだやつをくれ。」
 これは、姫君の・・・アレクシアの。
 紅塵の鷹と呼ばれたその人の、苦難の時を支えたその剣の意味を、マルセラ侯は、手の中の剣の重みとともに、受け取った。
 アレクシアの父親が他国出身の紅塵の鷹と呼ばれた傭兵だったと知る者は少ない。
アレクシアの母と出逢い当時のレーヌ王にも認められて、次代の女王の夫となる時に、その二つ名を捨てた。もっとも、レーヌには傭兵は多いから、そのことを隠した訳ではなく、かつて亡国の武官だったことを伏せる為その出自は、偽られているだけではあるが。
 かの勇名は、変化し、巷間に伝わっているが、実際には、君主を祖国の民を守った忠臣だ。すでに、亡国となり、ウエルスタットの一部として取り込まれた小さな公国で、彼は、代々宰相を輩出する家の息子だった。
文官が多い家であるけれど、自身は剣を振るう方があっていると武に傾倒し、近衛騎士として王に仕えていた。時勢により、公国を取り囲む大国のうちの一つウエルスタットに攻められて、陥落もやむなしというところになってしまった。
王は、城を枕にそこで生を終える覚悟を決め、若い武官たちに最後の命令を下した。
 逃げ込んできた一般の民たちを無事、戦場から逃がし、これまで、国を支えてきてくれた彼らの功にむくいよ、と。それが、公国の誇りであり、王としての最後の矜持であると、宣言し、王が落ち延びる説得を跳ね除けた。
その遺志を託された武官に、紅塵の鷹がいた。すでに、城は囲まれてはいたが、万一の時のために、落ち延びる為の抜け道がこの城にも用意されている。
王は、その道を自分の為には使わなかった。
その道を、武官たちに守られて、逃げ道を確保した一団だが、さらに安全な場所までの退路を確保する旅は用意ではなく、時には、公国内のあちこちで出くわすウエルスタット兵を相手に血路を開いて進む道のりだ。王に托された彼らを、ウエルスタットとはまた違う大国の確かな人物のところに預けるまで無事、守りきれたのだが、彼らを守っていた武官を統率していたのが、紅塵の鷹だ。彼は、そのあと、そこには残らず、ウエルスタットと敵対する国を転々と渡り歩き、傭兵として活躍していたので、特にウエルスタットの軍内では、鬼か邪のように伝わってい、その頃には、もう、彼が亡国の武官だと知る者は少なくなってはいたが、次期女王の夫として、その過去が外交に影響をおよばさないようにという配慮から、公には、彼はレーヌ生まれの傭兵とされている。
もっとも、執拗に伏せている事実ではなく、調べれば明るみに出ることなのだが、小さなレーヌの今の女王の若くして亡くなった父親に注意を払う者がいないだけなのだが。
マルセラ侯は、もちろん、抜かりなく、この小国の情報も持っているので知っている。
よく、ウエルスタットでその事実が囁かれなかったものだと、思う。それとなく、網をはって、注意深く見守ってきたのだが、かの国は、王子の振る舞いに注目していたために、アレクシアの粗探しをする者が出ず、マルセラ侯の危惧も徒労に終わり、彼は、心底、ほっとした。
マルセラ侯の、そうした人知れぬ働きに、コーディ王子は、気づいている。
武に傾いてると見てきたけれど、思ったより、油断はならない人物かもしれない。けれど、剣を譲った、その奥にある心がわかっていても、彼は、肯くことで応えるしかない。
アレクシアを得ることをやめるつもりは、更々ないからだ。
「・・・・・・・・。」
 マルセラ侯は、手にある剣に視線を落としたまま、懐を探る。
「コーディ王子。ご結婚なさるなら、思い出の品はもたないほうがよろしいですよ。剣ならともかく、モチーフは、あきらかに、女を連想させる。不和の種になると困りませんか?それに、これは、アレクシアが、私の為に、がんばった証拠ですから、駄目です。」
「ケチだなあ。レクシーを得られるんだから、いいじゃないか。」
 文句を言うコーディの手に、マルセラ侯は、はいと、内ポケットにしまいこんでるそれを、手渡す。
「それなら、こちらの方がいいでしょう。これは、もともと、彼女の持ち物でした。いつだったか、貸してくださった時に、ちゃっかり、返し忘れた物です。持ち歩いても、執務室にあっても、これなら、差し支えないでしょう。」
 ペンだ。アレクシアは、華美にこだわらないので、意匠も、シンプルで、男の物かと思うような品だ。
「ちぇっかり・・って・・・。」
「ええ。ずっと前から、彼女を欲していました。ですから、チャンスを逃す気はありません。あなたにも、遠慮はしませんから。」
「・・・・・・・。」
 瞬間。コーディは、その涼やかな目元をあきれたような、羨ましいような目で見つめた。
 ペンを受け取り、頷く。
「俺は、ただ、昔の過ちを正したかっただけだ。だが、いつも、喧嘩ばかりで、認識を正せず、それだけが、気がかりだった。同じ事を・・・たったあれだけの言葉で、レクシーに分からせた、マルセラ侯には、驚いた。二人で、幸せにな。」
 さっぱりとした表情で、マルセラ侯の前から、去っていくコーディ。
 マルセラ侯は、軽く、ため息をつき、思いを振り切り、自身の願いを叶える為、帝都へ足を向ける。
宮廷に伺候し、帰還の報告を済ませるなり、すぐさま、許しを請うマルセラ侯。
「やっとか。」
 アレクシアの継父の第一声だ。
何が、やっとなのか、この時、皇帝は明言はしなかったが。呆れたような、人の悪い笑みを浮かべ、マルセラ侯に、「返品は不可だぞ。」と、短く、結婚の許可を与えたのだった。
 マルセラ侯は、許され、小国レーヌの女王、アレクシアは、心を許せる、夫を得た。
 笑いの絶えない、その宮廷には、現在、バッテン印をスケジュール帳にいくつも記し、記録を更新中のラナという侍女の、にまにました気味の悪い、笑いも、含まれている。

                             おわり


バッテン印更新中 4

2015-06-27 22:38:19 | バッテン印更新中
 細い糸をかぎ針が拾い、ひとつ、ひとつ・・と、編み進む。
 ひとつ編むごとに、思いが重なっていく・・そうして、彼女の恋しい人の色々な表情を思い浮かべるのだ。突然、寂しそうな顔が浮かぶ。彼女の心は乱れ、「あっ・・。」一瞬、糸が解れ、するすると、編みものは後戻りする。はあ・・と、彼女は、ため息をつく。あの人に、会いたいと・・・。
 はあ・・・。
 いらっと、した現実のため息が聞こえ、ラナは、ペンを置き、立ち上がる。
「申し訳ありません。お茶でございますか?アレクシアさま。」
「・・・・ああ、香りのいいやつな。」
 アレクシアは、執務机の上に、頬杖をつき、この腹心の侍女の一人の背をうろんな目で見つめる。
 陶器の丸い愛らしい形のポットに茶葉を淹れ、いつでも、主に茶が出せるよう、沸いているお湯を注ぎ、時間を計っている、その背へ。
「ラナ。控えている間、自分の用事をするのは構わないが、声に出すのはやめてくれ。そのいかにも対象が誰なのか、ばればれなのは、何なのだ?聞いている方は恥ずかしい。」
「・・まあ。声にだしていましたか。あいすみません。で?お待ちの方は、まだですか?」
 ラナは、アレクシアの不機嫌なようすなど、気にしないで、期待を込めた、眼差しを向けている。
 アレクシアは、こめかみが痛くなるような気がした。
「ほほほ・・大事な方を待っている間、少しでも、主の、雰囲気を盛り上げてお慰めしようと思いました。出すぎたことを。」
 悪びれず、ぺこりと頭を下げるラナ。
「あのなあ~・・確かに、用を頼むために待ってはいるが、時めき要素はまるでないぞ?むしろ、用が用なので、殺伐とした内容だ。」
「もちろん、アレクシアさまが君主としてお仕事なさってる姿は、私も大好きですが、少し、乙女心を付け加えてもよろしいのではありませんの?ここにいては、めったに、お会いになれない方なのですから・・。」
「茶は、上手いのに・・・困った子だわね・・・。」
 アレクシアは、ため息をつき、ラナの言い分を正すのはやめた。
「ともかく、執務の邪魔になるから、声を出すのは、必要な時だけにして。」
 これだけは、きっぱりと、言っておく。
 もちろん、ラナは、肯いた。
 けれど、ちょうど、その人物が、侍女ミルカに案内され、部屋に入ってきた。
 扉は、開けっ放しなので、話が聞こえ、マルセラ侯が、その優美な面にいぶかしげな表情を浮かべている。
「呼びつけてすまぬな、マルセラ侯。」
 マルセラ侯は、実家の父の臣下で、嫁いだ身としては、彼はもう、彼女が気軽に用事を頼める筋合いではないのは、承知していると、匂わせる。
 マルセラ侯は、そんなことはなんでもないと、笑みを浮かべる。
 優雅に、貴族の男らしく、アレクシアに挨拶の仕草を見せる。
 心のうちを窺わせない、相変わらず胡散臭い笑みだが、侍女たちを魅了する、この美男に、アレクシアは、うっかり半眼になり、感情が一瞬露になってしまう。慌てて、とりすました彼女に、マルセラ侯は、ほんの少し口角をあげた。
 なにやら、満足げに見えるのは、気のせい・・・。
「マルセラ侯が帰国の途につくと聞いたので、父上に、託を頼みたいのだが・・。」
「おや、珍しい。便りとは・・・。贈り物ですか?」
「・・・まるで、私が親に不義理をしているような言いよう。マルセラ侯は、相変わらず、私にだけは、厳しい見方なのか。」
「とんでもございません、姫君。確かに、苦言を呈したことはございますが、それは、姫君が、宮殿の大理石の廊下を使い、どこまで丸い石が転がっていくかやってみたり、同じく、手すりをすべり、二階から階下まで降りた時など、確かに、その先に、なぜか、私がいて、大変な目にあいましたが、それも、姫君が子供の時のこと、私も昔のことをいつまでもねちねちと覚えているほど、狭量ではありません。今は、一人前になられているので、そのような含みなど、一切ございませんとも。」
 詩を朗読しているような、艶のある声が、感情をのせない口上で返ってくる。
 いやいや・・十分、覚えているではないか・・と。
 アレクシアは、気まずさを顔に出す。
 その様に、マルセラ侯は、柔らかな笑顔を浮かべる。
 ドキ・・ッ。
 何故か、素の表情に思え、アレクシアは、慌てて、視線を反らす。
 マルセラ侯は、笑っていても、どちらかというと、冷静な、冷たい表情に見られることが多い。それが、彼の涼しげな容姿とマッチしていて、貴婦人たちを騒がせているのだが、こんな親しみの篭った眼差しもできるとは、驚くではないか、と。
 何にせよ。美形は、サマになっているが、同じ金髪碧眼の美形でも、ここの馬鹿サマとは、正反対の印象だ。あっちは、好悪の感情が諸にでる。
王者として、それはどうかと思うのだが・・・。
「やっと、父上のお役にも立ちそうだからな。現物を持っていって見せたほうがいいかと思う。ブローチにしてあるから、重臣たちと会議が終わったら、あとは、マントをお召しになる時にでもお使いくださいと、伝えてくれ。報告と、詳細は、書面に。」
 大きな虹色に輝く石が中央にかがやく、そのブローチを、マルセラ侯が、確かめるように見ている。
「これは・・レーヌの鉱山で、昔、採れたという七色石ですか?普段は、透明なガラスのように見えるけれど、条件により、色々な色に変化するという・・高価な物ですが、レーヌではもう、すでに、採れなくなって久しいはずです。わざわざ、王室の所蔵品を出してこられたのは、何故ですか?」
 マルセラ侯は、この国で売られていた物をアレクシアが、手渡したとは言わない。その石は、大陸では、レーヌでしか採れず、そこが枯渇してしまった今、幻の宝石となっていたからだ。この石が富貴に珍重されたのは、虹色に輝くからではなく、これが、毒に触れるととたんに真っ黒くなり、墨と化してしまう。だから、これを、アクセサリーに加工し、持ち歩くなど、貴族には都合のいい石だからだ。
 マルセラ侯にとり、子供時代には、すでに、幻となっていたものだから、使用したことはなく、実物を何度か、目にした程度だが、謂れぐらいは頭にある。
 これが、どういう種類の毒に反応するのかまでは、知らないが、何かの化学反応が起きているのだろうと認識はある。
 レーヌ王室は、さすがにこれを産出していた国だけあり、自家でも所蔵しておいた分があるのだろうと、推測をくちにすると、アレクシアは、首を横に振る。
「これが採取できた場所については、書簡を読んだ父上から伺ってくれ。この石のことだが、毒に反応するのではなく、強い悪意に反応するのだ。」
「悪意?そんな御伽噺のようなことが?」
 マルセラ侯の鼻でばかにしたような返事。
 アレクシアは、首を緩く横にふり。
「わが国で御伽噺として伝わっているのは、繊細な妖精がこの石に姿を変えているから、人の強い悪意に耐えられず、真っ黒になってしまうからだという話だが、御伽噺を抜きにしても、原理はわからないが、ありうるのではないかと、私は思う。そもそも、人間が、とりつくろった相手から、真の心を読取るのは何故だろう?言葉やうっかり表した仕草・・色々な事象から、導き出しているからだと思うが、雰囲気というものは、それを表すのは曖昧なはずなのに、直感に左右したりするだろう?人を取巻く温度とか・・・その条件が割り出せないが、それが、この色を変える石の条件を刺激している、何らかの条件となりうると、考えられはしまいか?今の科学では、証明できないだけ・・と、マルセラ侯は、それも、否定されるか?」
「・・・・・いえ。」
「真偽はどちらでもいいのだがな。大金を生む石を手に入れて、帰るとなったら、これで、帝国の顔は立つかな・と、そう考えただけの話だがな。」
 駄目なら戻ってきてもいいよ・・というのは、そういう意味。
両国の架け橋になれず、居続けることが有害なら、戻る決断をしても可。けど、少しでも、帝国の利益になるものを分捕って来い、と。
 それは、一見非常にも思えるが、皇帝は彼なりに、アレクシアを大事に思ってくれているので、言外にそれを匂わせただけで、戻る選択肢を与えてくれた。
けれど、泣き寝入りしたままだったら、帝国での立場はおろか、レーヌという国も価値を下げてしまう。
そこのところは、継娘のことをわかっているので、必ずそうするだろうということも、分かっている。彼が、明言しなかったのは、不測の事態、已む終えない時には、ともかく逃げ帰れるようにと意図もある。
 アレクシアが、これ以上ここにいて、無視される程度ならいいが、万が一、王太子と愛する女との間に、子でも出来たら、我が子を嫡出にしたさに、邪魔になって暗殺ということも起こり得る。
そこで、帝国側に戦端をきる口実を与えるような利益は、皇帝も望んでいない。
 マルセラ侯の、そのガラス玉のような涼やかな青い目が、細められ、アレクシアを興味深そうに見つめる。彼は、時々、アレクシアにそんな視線を寄越す。
「・・・・迎えを寄越して欲しいということですか。」
 転んでもただでは起きない、この強かさ。逆境に、萎れず、逞しく花も実もつけていそうな、この姫君は、彼に、いつも小気味よさを与える。
 マルセラ侯の瞳に柔らかい光を映す。
 この石を掘り起こし、加工する技術は、レーヌが持っている。
ただ、帝国だけが、得をするわけではないのだ。
「ああ。」
 アレクシアが肯く。
 マルセラ侯は、しばらく、沈黙を守り、考えていたが、口を開こうとし、廊下の方で、大きな声で話す、その音が、この部屋に近づいているのに、気づき、さっと、石をポケットにしまう。
 声は、男女。男が二人に、女が一人。
 先に、女が、駆け込むように部屋に、身を滑り込ませてきた。
そして、アレクシアに、ぎりぎり、来訪者のあることを告げる。
 女は、侍女セルマ。彼女には、帰国するコーディに餞別を持たせ、届けさせていたのだが、帰る前に一度、会っていくという彼を、案内し、戻って来たのだ。
 すぐ、そこで、別の方向から、荒々しい足取りで部屋に近づこうとする王太子と、出くわし、いぶかしく思ったコーディが、声をかけ、彼と、半ば、嫌味の応酬のような会話が、聞こえてきていたのだった。
 王太子が、不機嫌そうな、今にも、爆発しそうな顔で、部屋に入ってくるのを、アレクシアは、無視し、コーディに声をかける。
「コーディ。わざわざ、餞別のお礼を言いに来てくれたのか?」
「いや。ちょうど、用があったから・・そうだな。夫君の用事のあとでいい。待ってるから。」
 そう言い、王太子のようすに、ちょっと肩を竦め、脇に避ける。
 当然だと、王太子が、アレクシアの執務机の前まで進む。
「殿下、私に何か、急ぎの用でも?」
 コーディは、立って迎えたのに、アレクシアは、面倒そうに、王太子を一瞥すると、さっさと着席し、机の上に広がっていた書類は、被害を受けないようにしまい、替わりに、四角い箱に入れ、脇に置いてある箱を、中央へ置く。
 王太子が、むっとしたのを、下から、掬いあげるような鋭い視線で、応戦し。
「ちょうど、よろしゅうございました。私も、国から送られてくる決済類の確認で忙しく、これを、どうしようかと、思っていたところです。これは、本来、王太子である、あなたがなさるべきことですから、全部、お持ちになって、目を通してくださいね。」
 ずずっと、机の上を王太子の前へと差し出された箱。
 王太子は、ああ・・と一瞬肯きかけ、はっと、我に返り、アレクシアを睨む。
「忙しい割りに、男を引き入れている暇はあるのだな。」
 どの口が言う・・といった嫌味だが、アレクシアは、あんぐりと口を開け、呆れたような表情をもう、隠さない。
よし、来い!酷い言葉を投げかけろ!そこで、一発、泣きまねして、実家に帰る。
後の交渉は、帝国に丸投げしとけばいい、と。
一言、アレクシアが去る口実を作らせろと、思わず、歓迎モードな心中がだだ漏れし、その異様な雰囲気に、空気を読まない王太子をもたじろがせる。
 融通が利かないが、感情も露にすることがない、人形のような女と思っていた彼は、何かがおかしいと、直感する。
アレクシアが、セシリアを助けた際の活躍は、彼が駆けつけた時、ショックを受けた愛する人を慰めるのを優先し、側近には、後で報告をきいたので、その時には、諸々の事情から、側近は、アレクシアの活躍はほぼ、省いて、報告しているから、王太子は、アレクシアのことを、誤解したままだ。王妃への、伯爵夫人の忠告により、側近は、王と王妃から、黙っていることを厳命されていたのだった。セシリア自身は、自分の思いが優先なので、まともに、順序だてて話すことはない。
今、はじめて目にする、アレクシアのふてぶてしい態度に、王太子は、目を丸くしている。
 だが、思い直し、自分が、見たくもない相手のところに訪ねてきた目的を果たす。
 これ以上は、我慢がならない。
 愛する人の涙に触発され、怒りに任せ、アレクシアに、まくし立てる。
 事は、先日の孤児院訪問の時に起こった。
 アレクシアは、姑である王妃に求められ、孤児院を慰問する一行に同行することとなった。そこに、同じように、セシリアが、来ていたのだ。帰りと行き、隣接する寺院の回廊で、すれ違ったのだが、避けるようにしたものの、セシリアは、足は止めずに、立ち去ることに焦っていたようだ。そのことに、王妃のお供の良識派の夫人たちは、眉を顰めたが、わざわざ、呼び止めてまで、咎めはしなかった。脇へどき、王妃に向かい、礼をし、ただ、黙って、彼女たちが行過ぎるのを待っているだけでよかったはず。
けれど、悪いことに・・というか、狙われていたのだと思うが、夜会で、彼女に絡んでいたのとほぼ同じ面子の令嬢が、ぞろぞろと、参拝を装い現れ、セシリアを責め始めた。彼女たちは、ここで、王妃や、夫人たちの応援も望めると思っていたようだが、さすがに、一人を取り囲み、攻め立てるような愚は、王妃たちもしない。見兼ねた、アレクシアが、寄って行き、彼女たちを嗜め、セシリアから難は去ったのだが、つけ入られる隙があったことを、アレクシアは、こっそり、セシリアに忠告をしたのだが、これが、彼女をさらに、追い詰めたらしい。
 頭を下げ、蒼白な顔で立ち去ったセシリアを見送ったのだが、それで、終わらなかった。その後、しばらく、じめじめ、泣いていた、セシリアに、心酔している侍女が当然ついていたのだが、その口から、令嬢たちや、助けたはずのアレクシアまで、悪者に仕立て上げられ、王太子に報告された。
 王太子は、もちろん、激怒し、夜会の一件も、王妃から、強く諌められたのを腹を立てていたので、アレクシアを、もう、顔も見ないでいい場所に追い出すと言いに来たのだ。
「出て行けとの言葉には、こちらとしても異論はないが、私は、帝国の皇女として、こちらへ嫁いだ身、何ら、罪咎ない身を囚人を扱うように、幽閉をしたとして、後に、何も起こらぬと思わぬほど、この国の嫡子は、馬鹿なのかえ?」
 アレクシアは、尊大に構え、部屋に乱入してきた男どもを睥睨する。
 部屋には、激怒する王太子のあとを追ったものの、追いつけずやっと、ここに到着した側近の若者たちが、無遠慮に、主の指示を待っている。
 その中に、この間の、文官の彼を見つけ、アレクシアが、問うようなきつい視線を投げかけると、彼は、いたたまれず、目を反らす。
「なっ!馬鹿だとっ!王太子に向かい、無礼な!」
「無礼は、どちらじゃ!私は、王太子どのの妃である前に、一国の君主だ!そのことは、そのお粗末な頭の中にあるのか?」
 アレクシアの有無を言わせぬ気迫に、押されてしまった王太子。
 大国のお坊ちゃま育ちなので、尊大ではあるが、今まで、頭を抑えられるようなことは少なく、しかも、女の反撃に、たじろぐ。
「・・レーヌのような小国・・・。」
 ばんと、アレクシアが、机を叩く。
 王太子の口惜しげな呟きに、嘲笑をあびせる。
 今にも、斬り捨てられるような、冷たい視線。
乱入してきた、王太子の側近たちは、武官が多いのだが、戦場で出会ってはいけない強い敵に出くわした時のように、彼らをも怯えさせた。
「・・・ウエルスタットの軍が、機能しなくてもいいのか?」
「わけのわからぬことを・・妃と王太子なら、軍は、王太子に従うだろう。」
「・・何も、わかっていないのだな。そりゃ、純粋のウエルスタットの兵ならな。だが、この国も、大国だから、正規の兵だけでは、維持できないだろう?全体を占める兵のうち、傭兵の割合は?レーヌが、帝国に未だに取り込まれぬ理由は、まさか、知らぬわけではあるまい?わが国が、レーヌの影響を受けた者たちを引き上げさせることは、可能だ。ウエルスタットだけじゃない、傭兵が必要な大国にあちこち、影響を及ぼせる、それが、レーヌが帝国に取り込まれぬ理由だ。・・その私を、引きずりだし、幽閉したら、どうなるか、想像がつかぬか?私を救出しようと、大騒ぎになったとして、各国の同情も、自国の民の同情も得られんだろう。嫡子としての評価が下がるどころか、不適格だと烙印をおされると、思わぬか?ここまで、詳しく解説してやらねばならぬほど、ウエルスタットの王子はぼんくらなのか?え?」
「・・・・・・・・・・。」
 レーヌの貸し出す傭兵は、国に戻れば正規兵として活躍できる、組織と馴染みやすい傾向があり、そのため、軍でも、かなり重宝されている。
 さすがに、そのことを思い出し、王太子は、くやしげに、顔をゆがめる。
 それでなくても、父王から厳命され、隣接する大国の皇女の再婚相手として、結婚の話を受けざるを得なかったことは、彼にとり、悔しい決断だったのだ。
 実は、レーヌが、各国に顔が利くのは、傭兵たちのことがあるということだけではないのだが、そのことは、口をつぐんでおく。小国で娯楽の少ないレーヌは、することがないからだろうか・・昔から、学問が盛んなのだ。何代か前の君主がそれに目をつけ、王家が経営する学校を建て、安い授業料を目玉に、学生たちを他所からも集めた。それが、思いの外、国を保たせることに繋がったのだ。今では、各種方面で功績を残す人材を輩出し、国へ帰った彼らの中にも、多少は影響を及ぼすことも出来る。ローズテールの皇帝は、そのことが良く分かってるから、レーヌに手を出さない。ひとえに、妃への愛のなせる業などと情の絡む話ではないことに気づいてる人は、少ないが、王太子は、気づいていないとすると、彼の視野は、狭いのだろう。
 このままだと、泥舟と一緒に沈みかねないな・・と、早いうちの決断をアレクシアは、決め、気迫を引っ込め、今度は、懇願の目を向けようとした。
 その時だ。マルセラ侯が、すっと、アレクシアを庇うように机と王太子との間に、身を割り込ませるように、立つ。
「このまま、退いてくださりませんか。ウエルスタットの王太子殿下。私も、お仕えする皇帝の大事な姫であるアレクシアさまに、無体を働かれるのを黙って見過ごすわけにはいきません。そちらの側近や貴方様を取り押さえ、両国に不和の種を撒くようなことは、不本意でございますから・・。そちらの、コーディさまなども、幼馴染の友人を侮辱され、暴れたそうな顔をなさっています。さらに、もう一つの国と争うようなことなど、貴方様もお望みではないでしょう。それに、今、騒ぎを起こしたら、それが原因で、父王に、愛しいお方と、今度こそ、引き離されてしまうのではないですかな?そうすれば、初めてのお子様のお顔も見れなくなってしまいます。ここは、避けるべきことかと存じますが。」
 アレクシアは、まじまじと、自分の前にある背中を見つめる。
 今、何て言った?有用な情報を悟られぬ形で、彼が、会話の中に込めたのへ、アレクシアは、すばやく、体制を整える。
「殿下・・・・・それは、朗報でございますわね。」
 アレクシアの策が決まったと確認し、マルセラ侯は、位置をずらし、王太子にその姿を見せる。アレクシアは、痛ましげに、王太子を見つめる。
「ですが、私の為に、無垢な赤子が日陰の子よと言われ、育っていくのを見るのはしのびない・・。」
 アレクシアは、よよよ・・と、泣きまねをする。
 今更、普通の人の良い貴婦人の真似をしたところで、王太子は、うさんくさそうにしているだけだが、アレクシアは、目じりの涙をぬぐい、気恥ずかしそうに、笑みを浮かべる。
「失礼しました・・・宮廷の人々には辛らつな方もいるというのは、私も、経験がありますから・・父である皇帝には大事にしていただきましたが、意地の悪い目をした人には、継子であるというだけでも、本人の落ち度のように責めたがる人もいましたもの。まして、私生児となると、その数も、意地の悪さも、増すというもの・・。よろしいでしょう。助け舟を出してさしあげますわ。取引いたしませんこと?王や王妃様をともに、説得いたしましょう。」
「・・・・!」
 驚いている王太子に、アレクシアは、
「王や王妃さまにとり、はじめてのお孫様は、やはり、何も憂いがない状態で、かわいがりたいものでしょう?それを、離婚の交渉材料に使うのです。私は、貴方に不満があるわけでもないですが、幼子の将来を思うと心が痛む、ただでさえ、思いあう恋人同士を引き離している負い目があり、日ごろから、悲しく思っていたから、これを機に離婚へ踏み込もうと思うと告げます。あなたは、そのあと、正妃としてセシリア嬢を娶ればいい。お子様がいるとなれば、決まったも同然ですもの。・・ただ、戻るだけでは、私の実家、ローズテール帝国の皇帝は、良い顔をされないでしょうが、少し、顔を立てる意味で、慰謝料をいただければいいのです。」
 アレクシアは、急に淑女の口調に戻っている。が、あまりにさっきと、ギャップがありすぎて、また、王太子に美味い話を提示して見せたので、まったく,その違いは気にもしないようだ。
アレクシアが、口調を緩めたのは、交渉を巧く進めるためなのだが、それも必用なかったかと思うくらい、彼は、自分の都合のいいことだけが耳に入るタイプのようだ。すぐ、機嫌を一転させた王太子。
 アレクシアは、内心、この国はこの王子の代になったら、潰れるかもしれないと、他人事ながら、心配になる。・・・・ちょろ過ぎるだろう・・・・・。
「・・・慰謝料?ふ、いくらだ?」
 王太子も、国家予算なら、一存では無理だが、自身の領地はあるので、多少の額なら融通できないこともない。アレクシアの策に、しっかりはまってしまった王太子は、頭の中で、その額を浮かべてみる。
 実際、額面を述べたのだが、アレクシアは、緩く頭を振り。
「いえ・・額はそのくらいが妥当かもしれませんが、それは、あなたの民が働いたお金でございます。私は、妃としての働きが十分だったと言い難いですから、そのような額は心苦しいですわ。」
「では、宝物庫のなかから、皇帝が喜びそうな物を持っていくか?」
「そうですわね・・・。」
 アレクシアは、首を傾げ、考えるふりをする。やがて,妙案を思いつたというふうに、手を打ち。
「殿下のご領地の近くだったと思うのですが、国境地帯の、グール山とマルメル山の私有権を頂戴できませんか?」
「グール・・?ああ・・。あんな、人も近寄らぬ山を?」
 そこは、山岳地帯の真っ只中、人もその辺りには、分け入らない、不要の地なのだが、国境地帯につながり、国境線維持のため、手放さないだけの土地だ。
「ええ。あの辺り、温泉が出ると聞いたことがあって、私の所有する土地となったら、ゆっくり羽を伸ばせる場所を作れるでしょう?・・一応、領地の割譲みたいには、なっていますから、それで、帝国を全面的に立てる体裁にはなり、きっと、議会を父が納得させてくれます。アウトドア派の皇帝は、ああいう、何もない自然が大好きなのですよ。レーヌにも訪れて、母という、愛する女を見つけたこともあるくらいですから・・。」
 無邪気に、良いことを思いついた・・というふうな顔で、アレクシアは喜んでいる。
 どうだ・・と、得意げに、提案するその面を、王太子は、見つめていたが、肯いた。
 あの山が国境線ということはない。間に、人も入らぬ山が続くが、その山々は、領地に近いほうだ。まさか、ほいほい・・と、皇帝が国境を越え、遊びにくるまいが、と、さすがに、返事をためらっていると・・。
「温泉でゆっくり骨休みしたいというのは、私の本音ですけれど・・・いつも、苦労をかえけてる城の者たちや、怪我をおって戻ってきた傭兵たちの回復の為に、療養施設を建てたいのです。あの・・何でしたら、必要な物資など、この国の商人にお金がおりるように考えますわ。」
 別に、そこを基点に侵略しようというのではないと、アレクシアは、アピールする。あの山に、商人たちが入るなら、宿泊は必須だ。様子を探ることも出来る者を招くということは、行動を監視することは出来る。
 それは、王太子にも伝わったようで。
「その辺りは、私の、領地の一部だから、そこだけ、与えることは可能だ。ただし、入国その他は、他国の民として、扱わせてもらう。私有権を認める書状など、すぐにも、用意させる。さっそくだが、今から、王と王妃の説得に行く。」
「ええ。よろしいわ。」
 温泉を掘って、その過程で、石がでても、もう、文句は言えまい。
 アレクシアは、肯き、王太子に付き従う。
 今まで、宮廷で誰の目にもわかるように大人しく義務をこなしていた、アレクシアを見ていた者たちに、彼女の言葉は届き、晴れて、二束三文の土地とともに、アレクシアは、国へ出戻ることとなる。ウェルスタットにとり、その土地が、アレクシアに渡ったとたん、大金を生む場所だと、わかったのは、ずっと後になってからだ。
 セシリアの腹が目立たぬうちに・・と、アレクシアは、目的の、書類を手にすると、翌日には、城を出ることにした。
 城を出る際に、あの、王太子が、何と、見送りに来た。
 礼を述べた彼に、絆されたわけではないが、アレクシアは、
「私も、傷心を装い、しばらくレーヌに引き篭もれそうですから、最後に、お礼代わりに忠告です。セシリアさまには、宮廷でご自分の立場を守れるように、周囲の人と馴染める努力はさせるべきです。周りで敵を増やすのは得策ではありませんもの。ですから、本当に彼女を守る為に、今、どう対処し、あとに繋げるか、殿下もよくよくお考えになり、行動なさってくださいね。それが、本当の意味で、愛する方を守るということです。お二人の幸運を祈っておりますわ。では、ごきげんよう。」
「あ・・ああ。すまぬ、そなたには、きつく当たったのに、ありがとう。」
 おや、素直な一面もあったのか・・と、アレクシアは、思ったが、晴れやかな笑顔を残し、馬車に乗り込む。本当は、馬でかけ戻りたいぐらい、開放感を味わっていたのだが、同乗する侍女たちに胡乱な表情で見られ、この国を出るまでは自重しなくては・・と、自分を戒める。
 がらがら・・と、馬車の車輪は、動き出す。
 アレクシアの馬車は、帰国する、マルセラ侯の一行に守られ、帰国ついでに滞在をのばしていたコーディとその護衛、途中から追って来た、この国で働く傭兵たちが、休暇をとり、自分の持ち場から次の人物のいる場所へと護衛をしてくれて、途切れず、心強い兵に守られ、何事もなく、帝国領内へ入ることが出来た。
 そのまま、帝都へは戻らず、アレクシアは、レーヌの我が城へ入る。

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2015-06-27 22:37:54 | バッテン印更新中
 ひっそりと片隅で暮らしている・・とは言っても、アレクシアは、ウエルスタット王や王妃、首脳陣に招かれた王太子の妃であるからには、主だったサロンへの顔出し、公式行事には、もちろん、参加はしなければならない。
 腐っても小国の君主、大国の皇女なので、その辺りの義務とかけひきの関係は心得ているので、そこは、きちんとこなしている。
 その夜も、社交シーズン開幕の王宮舞踏会で、欠席というわけにもいかず、アレクシアは、見事に、壁の花として参加している。
 アレクシアも、時々、周囲に話しかけているから、悪目立ちはしていない。けれど、相手が時めかないとわかっている妃ならば、社交辞令や多少の立ち入った話はあっても、皆、敢えて、それ以上親しくなるのを避けるため、少しの会話でどこかへ行ってしまうものだ。
 よくよく考えてみれば、失礼な対応なのだが、小国の主として、こういう反応には慣れているので、アレクシアも、咎めはせず、後は、ほとんど、堂々と、壁の花と化す。
 人々の動向に、さりげなく、耳をそばだてて、情報を得るのだ。
そんな中で、会場を見回していて、隅っこの、テラスへと繋がる、大きなガラス窓のところで、ぽつんと一人所在なさげに立っていた人物が、意地悪そうな令嬢たちに囲まれて、泣きそうになりながら、ついに、雰囲気に負け、ガラス窓の向うへ逃げてしまったのをみつけてしまう。
 おやおや・・・・。
アレクシアは、一瞬、どうしようかと、迷った。
あのまま、令嬢たちに厭味を言われていたほうがまだ、ましだったろうに・・と、広げた扇子の影で、ため息をつく。
このような夜会の庭園など、女の身には危険だと、わからぬのだろうか・・と。
庭園はきっと、刹那的な恋を求めて、多くのカップルの情事の現場となっているだろう。そんなところを一人でうろうろしていたら、一夜の相手を求めているのだと、勘違いされてしまうかもしれない。倫理など完全アウェイの夜会の庭園だ。
王宮だけではなく、大なり小なり、貴族の催す夜会は同じようなもの。
一応、貴族のはしくれだと聞いたが、それも、わからぬとは、実家が余程、困窮し、他所の夜会にも参加しないほどだったのだろうか・・。
あの令嬢には、保護者、或いは、教育者が必要だな・・と、アレクシア。
人に不快感さえ与えなけれいいと、アレクシアは、貴婦人としては及第点スレスレだと思ってる。ドレスも、飾らない、シンプルが好きではある。
国にいたとき、大概、貴婦人としての振る舞いに、あれこれ、言われたほうだが、そのアレクシアから見て、そう思うのだから、宮廷の人々の感想は押して知るべしだ。
夜会に出るのに、質素にすぎる服装もそう・・。貧乏であるにしても、彼女を同伴した、王太子から、相応の支度金くらいはでているはずだが、それはどうしたのだろうか。
否。
支度金は、出ている。
時々、王太子が執務を放り出し、彼女を住まわせている郊外の居城に入り浸ってしまうので、決済が滞り、困った執政官たちに縋られて、アレクシアは、仕方なく、中を確かめ、どうしても、急ぎの物だけ、まとめて、使者を送り、彼に認可のサインを促すようになってしまったから、予算の中身まで、頭に入っている。今現在、王太子の持つ城であるそこに住む彼女には、確かに、予算が出ている。
彼女が、その予算で、サロンをきちんと築き、妃に相応しい振る舞いを身につけようとする、野心家なら、アレクシアは、今頃は、もう、とっくに、出戻る算段をつけ、ここにいないはずなのだが・・・・。善良なのかもしれないが、ひたすら、愛におぼれるだけで、何ら、変わろうとも、いじらしく愛人のままでいると意思表示するでもなく、暮らしている彼女に、アレクシアとしても、首を傾げている今日この頃。
顔をあわせると、アレクシアに対し、怯えた表情を見せはするが、それは、正妻に対するとか、ライバルにする表情ではなく、他の貴族たちに対する態度と変わらない、そっけなさだ。愛しい男を獲りあうライバル認定されていないからかもしれないが、彼女が怯える度に嫌味を聞かされる身としてはうんざりする。あんなに嫌そうにしているのだから、それならそれで、しばらく、公の席に出席させなければいいのにと、思うのだが、当の王太子が、彼女の大事さを示したいが為につれまわしている状態だ。
それは、一般貴族の顰蹙を密かにかっているのだが、まったくどこ吹く風の王太子。
さすがに今までは、これほど、公的な行事に連れてくる事はなかったのだが・・・。
王太子が、正式な王宮舞踏会に、彼女を同伴してきた時には、アレクシアも、一応、不快感は表にはだしたが、だからといって、別に、王太子を慕っているわけではなく、公式の場での、自分の面子を保って置かないと、立場の侵害は、アレクシア自身に、あとあと、難がふりかかるかもしれないからだ。
一応、入場のおりには、アレクシアの手をとってはいたが、主催者側の王族としての勤めを果たす為、主だった者に声をかけてやる、会場回りには、後ろをついて回る側近、一向の中に、彼女もいた。
王太子は、半ばで、アレクシアの手を放し、見るからに、顔に苛立ちを示し始めたので、アレクシアは、譲歩してやり、自分は、少し疲れたから、あとは、代わりを頼むと件の愛妾に伝え、少しだけ、席をはずしたのだ。
その間、彼にエスコートされ、彼女は、妃の代わりを勤めたはずだが、どこへ行ったのか、彼女を一人にし、王太子の姿が、会場に見当たらない。
会場内にいるべき、王族がアレクシアしかいないので、どうも、王の機嫌を損ね、王と王妃に、別室に呼び出され、王太子は説教中の模様だ。
慣れない場所で、保護してくれる人もいなくなった彼女は、所在無げに、壁際ならぬ窓際にいたのだ。
確かに、美しい顔立ちはしている。はかなげで、繊細なイメージ。
質素な装いも、場所が違っていれば、彼女の美を効果的に演出してくれはするだろう。
が、周囲と大きく違い過ぎるものは、駄目だ。
金に困っているなら、世の中には、体裁を整える為に、借り衣装という手もあるのに・・
公の場で、礼を失する装い。
あれでは、第一印象で、周囲と折り合いつけませんと、表現しているようなものだ。
お近づきになりたい人すら、二の足を踏ませることになる。
公の場であり、今日は、他国からの客も多い、彼らの目に,国の中枢に近い人物がみすぼらしい格好でうろうろしていれば、どう目に映るだろう。貧困にあえぐ国ではないのだから、文化程度が低いと印象づけるとは、考えなかったのだろうな・・・。
何より、王太子に、恥をかかせるということに思い至らないとは、彼女が妃となれば、政策を助ける面で、もっと、難しい局面で果たして気を利かせるということは期待できない。人の機微に疎ければ、うっかり、人を遠ざけかねない。そんなことが重なっていけば、王太子自身にも影響する可能性が出てくる。
・・・・・・・。貧しい人たちや、孤児たちに施しをする、良き人だと聞いたが、彼女は、施しをするまま、自分も、どんな時でも、質素が一番だと思っているのだとか・・。ただただ、善良に酔っているだけの女なのか・・・。
あの予算の行く先は、おそらく、そんな慈善先だろう。
彼女が望むような、施しをする為には、余裕のあるある収入源が必要なのだが、どうやら、その収入源の元に対する義務は果たす気はゼロとみた。
必要なら、王宮の貴族たちの機嫌をとってみる気はなし・・・。
一員になる気はないですって、言ってるような態度は、拙い。
というか、ぶっちゃけ、妃の地位に、野心をみせて、努力しろよ・・そうすれば、アレクシアも、上手に退陣してやるぞ、まったく、と、これが、本音だが。
アレクシアは、そんなことを考えながら、さりげなさを装い、会場をゆっくりと歩き、目的の人物をすばやく探す。目で、その懐かしい姿を捉え、今、ちょうど、女に取巻かれて、話かけられる状況から抜け出した、彼に、近づき、遠慮なく、助力を要請する。
黒い髪の精悍な顔立ちをした人物が、一瞬、呆れたように、口を開けたような気がする。
「おい・・。一応、俺も、遠慮して、話しかけなかったのに、いいのか?」
「え?別に。私が誰と親しくしようが、もう、おそらく、誰も、気にしません。王太子殿下なんか、鬼の首をとったように、堂々と、あの令嬢を王宮に呼び込むのではないかしら・・?何?元婚約者ということを気にしてらしたの?コーディ王子。」
「・・・・・・・・。」
 周囲に誤解を与えないよう、コーディは、珍しく、気を使ってくれたようだ。彼も、外交筋でここに参加しているのだろうから、アレクシアの立場が、はじめから、不安定なものだということも理解していた。てっきり、さすがの彼女もしおれていると思っていたが、それを、ふてぶてしく返され、コーディは、二の句につまり、けれど、不幸に彼女がひねているわけでもなく、ただ、事実として状況を理解していることに、安堵した。
 大国ウエルスタットの嫡子の愛人問題は、他国にも聞こえてくる程になっている。
 負けん気の強い彼女も、しおれているのではないか。
コーディは、案じていたのだが、杞憂に終わり、少しだけ気が晴れた。
そういえば、優先順位がはっきりしていて、割り切った考えの持ち主だ。
アレクシアにとり、一番は、小国レーヌ。あくまでも、君主として頼りになる女だが、だからといって、彼女の情に訴えることができない人物でもない。
ちゃんと、その大事なもののなかに、自分をかわいがってくれた継父や、弟たち、帝国で親しい人たちのことも、その中に、加えていることも、わかっている。本当は、柔軟な温かみを備えていることを、幼い頃からの付き合いで、コーディは、知っている。
「・・・お前。つくづく男運が悪いな。」
 ぼそっと、思わず口にしてしまい、コーディ自身も苦い笑みのような表情を浮かべる。
 言わずもがなのことを言って、彼女を又、傷つけたかもしれない。
 そばかすだらけのアレクシア。女として選ばれることはあきらめているような気がするのは、気のせいではないだろう。最初の原因を作ったのは自分だと思ってるコーディは、気が咎めて、これまでそれを正そうとしたが、顔をあわせれば、言い合いになり、結局、アレクシアの評判を下げ、足をひっぱっただけだった。そんなこともあり、今日は、声をかけるのを遠慮したのだが・・・。
 アレクシアは、何ら気にするふうでもなく、彼女の目的を果たす為に、目に入った、女性に声をかける。伯爵夫人である彼女は、良識のありそうな落ち着いた佇まいだ。
 アレクシアは、彼女にも助力を仰ぎ、途中、また、今度は王太子の側近の一人の首根っこを捕らえ、引きずるように、庭園内へ連れて行く。
「アレクシアさま。いったい・・・。」
 伯爵夫人は、いぶかしげにしている。いやいや従う側近をアレクシアが、強引に、首根っこを捕らえ、連れているのに驚いてもいるようだ。
 ここでは、ずいぶん大人しくしているのだと・・コーディは、思う。
「私の、杞憂で終わればよろしいのですが・・。」
 あの令嬢たちが、まるで図ったように、あそこでセシリアに嫌味を浴びせていたように感じたのだ。退路は、一つを残し、絶った状態で・・・。
 きょろきょろと・・暗い庭園内を見回す。
 もし、計算したのだとしたら、共謀者がいるかもしれないと。
恋の無法地帯の庭園は、自分たちの事に夢中で、叫ぼうが、助けてくれる人などいないかもしれない。・・・いや。何事がなくとも、彼女自身が、相手を探してたと、噂が流れるかもしれない。
「セシリア嬢が、うっかり庭園のほうへ行かれたのを見たの。その前に、少し、気になることもあったから・・・。何事もなければ良いけれど。」
 そういうと、側近は、急に引きずられるのをやめ、自ら、その姿を探すようになる。セシリア嬢は、王太子の愛する人だ。
「夜の庭園へ?・・そりゃ、うかつだな。」
 コーディが、軽く肩を竦める。
「セシリア嬢は、無垢な令嬢だ。こういう場所には不慣れなのですっ。」
 側近の男は、彼女を庇うように、むっとした表情で言いつくろう。
「・・無垢な令嬢ね・・・。」
 愛人やっててそれはないだろう・・という言葉はさすがに飲み込み、そうですかという意味を込めて肯くコーディ。もちろん、面倒くさそうにため息もつくのを忘れない。
 不遜な態度だが、さすがに、他国の王子にこれ以上噛み付くわけにもいかず、側近も不機嫌そうに黙り込む。
 アレクシアは、側近を促す。
「つまらぬ事で言い争ってないで、早く、探した方がいいのではないかな?」
「アレクシアさま方は、もう、お戻りくださって結構です。」
にべもない、冷たい言葉が返って来、そのアレクシアへの態度の悪さに、コーディが険しい表情になったのをアレクシアは制す。正式な王子妃であるアレクシアへの態度の悪さに、温厚な伯爵夫人すら、眉を寄せている。
「緊急の折、小事に目を瞑ろうと思わぬか?私が、なぜ、この面子を揃えたのか、わからぬなら、そなたも、側近として、大分修行が必要なのではないかえ?」
「なっ・・・。」
 言い返したかったが、アレクシアの有無をいわさぬ雰囲気に気おされて、側近の男は、思わず怯む。
「これはたまたま、見つけてしまったから見過ごすこともできず、もしもの時は、秘密裏に処理できるための処置だ。私にとって、敢えて関わりたいとは思わぬことだと、思い至らぬか?これは、単なる親切。それを振り払い、そなた、一人で救出したとて、その帰りはどうするのじゃ?暗い庭園に、セシリア嬢と二人。確かに、殿下は、愛しいお方を信じるかも知れぬが、ここは王宮、人の目は、そなたらに好意的な者ばかりではないということぐらいは、心得ておろう?側近のそなたが、気をまわし、事後のことまで考慮しなければならぬのではないのか?」
「・・・・・・。」
「殿下がいらっしゃれば、そのまま、私も、忠告だけして、丸投げしていたとおもうが、たまたま、目に付いた側近が非力そうな文官のそなたしかいなかったから、コーディ王子に助力を仰いだ。また、私も、夜の庭園を男どもを連れて、あらぬことを噂されるのは迷惑じゃ。良識のある、伯爵夫人には、申し訳ないが、私の付き添いを願った・・・もちろん、セシリア嬢を見つけてからのこともある。」
 きっぱりと言われ、側近は、さすがに、自分の考えが至らないことを悟る。
 それでも、不服そうに、承服した旨を伝えようとした彼の耳に、女の悲鳴が届く。
「あちらじゃ!コーディ!不届き者を取り押さえるぞ!」
「あっ・・!おい・・っ!」
 アレクシアが、声のした方へ、一番に駆けてゆく。
 コーディは、その背を追う。
「おいっ!実家じゃないんだから、大人しくしてろよ、もう!」
 仕方のない奴だと、ぶつぶついいながらも、コーディは、すぐにアレクシアに追いつき、その背を追い越していく。
 白い敷石の道を突き当たった小さな噴水のある場所へ出る。
 セシリア嬢が、数人の男に囲まれている。
 コーディが、セシリアを地面に押し倒している男を引き剥がし、力任せに一発ノックアウト。つぎつぎに、逃げる男どもに拳をお見舞いし、のしていく。
 アレクシアも、手に持つ扇子を凶器にして、ばしばしと相手を殴り、とうとう気絶させてしまう。遅れて到着した側近は、あんぐりと口を開け、二人が、暴れるさまを見ている。
「レクシー、右!」
「・・!」
 思わず愛称で呼んでしまったコーディの声に、アレクシアが反応した時は、背後から男に捕まり、どこから出したのか短剣を喉元に突きつけられる。
「この女の命が惜しければ、道をあけろ!」
「ま、まて。早まるな・・・。」
 コーディの制止の声。
「ふっ、そうだ。そこをあけろ。逃げきるまで、この女は連れ・・っ!」
 ガブ・・ッ!男が台詞を言い切らないうちに、アレクシアは、その腕に、思いっきり噛み付く。
「何しやがる!この女!」
「うるさい、無礼者!寄るな!むさくるしい!」
 アレクシアは、一喝と共に、ドレスの裾に隠してある短剣をさっと取り出し、男へ向かい、振り回す。左へ右へ、上へ下へ、心臓のすぐ上の衣服を破き、それは微妙な力加減で、掠るか掠らない場所を、物凄い速さで一巡した。
 暗殺者もかくやという鬼気迫る勢いに、男は、身動き一つ出来なくなる。
 アレクシアは、最後に膝を思いっきり上へ蹴り上げ、男の急所に一撃を食らわせ、地面にうずくまらせる。
「言え!誰に頼まれたっ!」
「・・・も、申し訳ありません・・っ・・あの令嬢が庭を一人で歩いていたので、てっきり相手を物色中かと思い・・・勘違いです。見逃してください!こんなところで、あなた方とお待ち合わせだと思わなかったのです!」
 男は、卑屈に懇願する。
 アレクシアは、ふんと、その目に視線をあて。
「伝説の傭兵、紅塵の鷹を知ってるか?」
「ひっ・・・・あの、通ったあとには血のあとしか残らないという?一人で、一個中隊を殲滅したとか、あちこちの君主からひっぱりだこだった?・・・もう、どこかで見たとか、噂は聞かれなくなりましたが、あの・・・お嬢さまは、まさか、お知り合いで?」
 暗がりなので、アレクシアが誰だかまでは、判別がついていないようだ。男は、彼女が若いので、とりあえず、お嬢さまと言っておく。
 その傭兵は、活躍した時期は、短期間で、随分昔の話だが、通り名は、未だに語り継がれている。子供が悪いことした時に、紅塵の鷹に連れて行かれて、怖い場面を見せられてしまうよ・・と、親たちが脅しに使うようになってしまったので、その名は、彼らのような若い男でも知っている。実情がどうだったか分からない分、いろいろな味付けが加わり、もう、人の所業ではないようにも思われている人物だ。
 紅塵の由来は、戦士として彼が有名になった戦で、戦のあと戦場は敵兵のあげた血で、砂漠の黄色い塵が舞うように、その空間が染まっていたというものからだ。
 このウエルスタットでは、残虐非道な傭兵だと思われている。
 事実は、少し違うのだが。
 アレクシアは、にい・・と、気味の悪い笑顔を浮かべ。
「師匠だ。師匠は、うそつきには、ほうら、このとおり、罰を与えても構わないと言っていたからな。」
 きらっと、アレクシアの手の中で、短剣が光り、どすっと、一度、男のすぐ近くの、地面に突き刺さる。
「さあ、本当のことを言え!」
「はい、い・・・・・・っ!」
 他者を圧倒する迫力と。
 男は、先ほどのアレクシアの容赦のないナイフ捌きを体験しているので、もう、聞かれもしないことまで、べらべらと、喋り捲る。
 あらかた男から聞き出したあと、アレクシアは振り返り、隣で呆れているコーディを促す。はいはい・・と、コーディは、拳を振り上げ、男を殴って昏倒させる。
 離れたところから、成り行きを見守っていた伯爵夫人が、ふらふらと地面に膝をつく。
「ああ。暴れた。暴れた。すっきりしたあ。」
 アレクシアは、ドレスについたほこりをぱんぱんと掃う。
「レクシー・・何一つ、変わっていないな。バツ2決定か。」
 コーディの揶揄に、アレクシアは、ふふふと、機嫌よく彼を無視し、伯爵夫人に近寄っていく。
「驚かせて、すまぬ。私はこれでも、小国の主として、有事の際は、自分の身は自分で守れるように仕込まれた。何せ、盗賊たちに攻め込まれても、人手が足りぬから、幼い子供以外は、女も相応の働きをしなければならなくてならなくてな。大国での貴婦人としての振る舞いから外れていると、そのまま、王妃様に報告していただいてもかまわぬよ。」
 アレクシアは、もう、うきうきと、伯爵夫人に告げる。
 この伯爵夫人が、王妃と仲が良く、彼女の進言なら王妃も考えを改めるかもしれない。アレクシアを王子妃とし、宮廷で一番に擁護してくれる彼女が見放せば、ますます、立場を追われていくアレクシアが、泣いて・・もちろん、ふりだが、実家へ戻っても、もう、あの執拗な要請は、彼女を追って来ないだろう。継父である皇帝を納得させる交渉材料も手に入れたので、アレクシアは、もう、猫を被る必要を微塵も感じていない。
 だが、意に反し、夫人は、生真面目に肯くのみだ。
「いえ・・・かの国は、各国にすぐれた傭兵を斡旋なさっていると聞いたことがございます。王は、彼らの長であり、自身もそうであらねばならないと・・アレクシアさまは、女性なので、例外かと思っていましたが・・・やはり、そういうわけにもいかないのでございますね。ほほ・・失礼いたしました。」
 そう言い、すぐに持ち直した伯爵夫人は、温和ななりに、意外に、性根の座った人なのだろうか。震えているセシリア嬢に、近づき、労わるように、彼女の世話を焼いている。
 ちっと、内心で舌打ちしながら、アレクシアは、側近へ。
「さっきの男の言、聞いておったのであろう?後で、殿下に黒幕の報告をしておけよ。で、とりあえずは、セシリア嬢を運んでやれ。あれでは、歩くのは無理だろう。」
「女性は、そういうものではありませんかな?」
 側近は、厭味を込めてそう呟き、セシリアを抱え上げる。
「・・・守られる者とそれは望めぬ者、在り方が違って当たり前だと思うぞ?関わらないと決めたからには、どう思われようと構わぬが、そなたら、側近は、思考まで、殿下に右に倣えでいてはいけないのではないかと思うが?それぞれの視点で考えるのが部下のそなたたち、どれを採用するか決めるのが殿下。そなたたちが、一元的では、殿下の思考も狭くなる一方じゃ。国を動かす方がそのようでいては、先行き危ういのではないか?それと、セシリア嬢も、少し、振る舞いを考えるべきではないか・・・。」
 ショックを受けたところだというのに、このアレクシアの言葉で、セシリアが、じめじめと泣き出す。それに対し、アレクシアは、駄目だなと、落第者を見る目で見つめる。
 アレクシアは、厭味にはそう応え、また、反発を食らう前に、すたすたと歩き出す。
 少し、先を歩き、互いの姿が見えている、つかず放れずのまま、王宮の建物へ近づき、人目の少ない廊下へ滑り込むと、振り返り、側近へ。
「セシリア嬢をどこかで休ませてやりなさい。伯爵夫人、助力、ありがとう。まだ、少し、殿下が来られるまで、彼女の側についていて上げてください。」
「あの・・アレクシアさまは?」
「私は、疲れたので、もう、自室へさがります。では。ごきげんよう。」
 コーディは、建物に入る前に、いつのまにか、姿が見えなくなっている。
 アレクシアの、ぴんと伸びた背筋が、廊下の向うに消えていった。
 彼女が見えなくなったところで、伯爵夫人は、自分の息子ぐらいの年の側近に、
「アレクシア妃が、心の広い方でよろしゅうございました。気丈なお方ですが、見知った人のいない国へ来て、普通でも不安におののくものでしょうに・・何の落ち度もなく、憎まれた、あの方の今のお立場を思えば、人として、思いやりに欠ける態度でしたよ。」
 年配の落ち着いた婦人から、諭すように言われ、さすがに、側近も肯かざるを得なかった。セシリア嬢は、暗に自分が責められているのかと、また、涙を瞳に浮かべる。
 それが、後からやって来た王太子を、怒らせる結果となったのだが、そのようすを見ていた伯爵夫人は、そっと、ため息をついた。彼女の感想は、やはり、セシリア嬢よりも、アレクシアの方に、妃でいて欲しいと、軍配があがっているが、先ほどの、彼女の様子から、もしかしたら、国へ帰ってしまうかもしれないと、考える。
 ともかく、国の将来のために、王妃には、自分から好意的な報告を入れ、少しでも、彼女を国に留めておこうと、伯爵夫人は、王太子とセシリアの許を辞し、その足で、王妃のいるところへと、急いだ。
 そのお陰で、アレクシアが、いくら待っても、離婚への布石が転がり込んでこなかったのだった。




バッテン印更新中 2

2015-06-27 22:37:27 | バッテン印更新中
 窓の外を見遣ると、雪がちらついている。
 温められた部屋で、レース編みをしているアレクシア。
 本国から連れて来た侍女にあれこれと世話を焼かれながら、王宮の片隅でぽつんと、一日の無聊を慰める生活。アレクシアは、手を止め、ふうとため息をつく。
「アレクシアさま、いい加減お諦めになったら、どうですか?」
 侍女のセルマが、呆れた視線を送る。
「い、や、だ~!私も、これを完成させるっ!・・・あっ!」
 アレクシアが無駄に手に力を入れたため、指にかけていた糸がはずれ、慌てて、持ち直そうと何故か、両手を動かしたため、弾みで、レース編みの不揃いで緩々な目が解ける。
 セルマは、口をぱかんと開け、主を見守ってる。
「ああ、もう・・・っ!いつになったら、完成品になるのさ・・。」
「そう・・ですわね・・今の調子だと、あと一年はかかるかもしれませんわね。」
 セルマの、遠慮のない返事に、アレクシアは、い~っと、歯を見せ、うんざりした表情になる。
「モチーフ一つに、どれだけ、時間かかってるんですか。アレクシアさまには、向きませんよ。ああ・・でも、退屈しないお陰で、バッテン印は、更新中ですけどね。」
 にやにやしながら、手帳の印を確認していた、別の侍女、ラナが言う。
「バッテン印?ラナ、そなた何を数えているの?」
「うふふ、見てください。使い終わったスケジュール帳を利用しているのです。半年ですわ。陛下の結婚生活。・・ふふふ。賭けは、私の勝ち。陛下のお陰で、儲けさしてもらいました。ありがとうございます。・・本当は、これで、好い旦那さまとの生活を更新中でしたら、なお、よろしいのですが・・。」
 ラナは、本国にいる仲間の侍女たちと、アレクシアの結婚生活を対象に、賭けをしたのだという。大半が、即日、ないし、一週間、一月以内だったなかで、ラナだけは、長期間と賭けた。長期間とはいえ、区切りがあるので、半年と賭けた最後の、一人に一日でも長ければ勝ちということになった。今日は、その一日、後なのだ。
「最後のお方は、侍女仲間ではなくて、マルセラ侯でございますけど・・大層、掛け金を出していただきまして、私、ちょっとした小金持ちでございますわ。」
「む?何だと、マルセラ侯・・あやつめ。それで、ここのところ、宮廷で会うたび、厭味なことをぬかしていたのか。友好の使者のくせに・・・」
 マルセラ侯は、駐在大使ではないが外交で、ローズテール帝国からやってきている人物で、当然、両国の友好を取り持つ立場のはずである。
 そう言えば、奴も、金髪碧眼の美形だ。
 いつも、面白くなさそうな、冷めた目でまわりを見ている、その顔を驚かせてやりたくて、アレクシアは、ちょっかいをかけていた。
勿論。そういう目をした人間は、貴族たちの中には多いが、とりわけ、彼のは酷い。
涼やかな容姿をしているので、冷めた態度も、国で有数の大貴族ゆえだと、寧ろ、周囲は納得していたし、また、必要な表情は、取り繕い、周囲は気づかぬままだったけれど、アレクシアの第一印象は、こいつ嘘くさい、だった。 
小国から、帝国へ来たばかりで、貴族らしい人達というものが、まだ、よくわかっていなかったからだろうか。レーヌでは、一応、爵位があっても、その辺の村のまとめ役だったから、ぐっと庶民的なしたたかさを備えた者ばかりだ。そのトップの王族なのだから、小国よりはるか領地収入にめぐまれた帝国の大貴族と比べれば、在りようが違う、とか・・・そんなことは、当時、アレクシアも思いもしなかった。
 奴は、人間らしい温度が感じられない。その青年を見て、何があったのだと思った。
 あの、冷ややかな表情を、怒らせてやったら、ちょっとは、人間らしい顔になるだろうかと、数々、悪戯に巻き込んでやり、もちろん、さすがに最近はやらなくなってはいたが、何時までも、それを根に持ち、マルセラ侯は、アレクシアの顔を見るたび、小言を垂れる。
本当に、顔のいい男は、碌でもないのが多い・・と。
自分のやったことには、目を瞑るアレクシア。
アレクシアが憮然とした表情で応じると、ラナは、目を細め、にっこりと笑みを浮かべる。
「陛下、きっと、愛ですわ。」
 アレクシアが離婚したら、今度こそ、永遠に独り身が決定したようなものだ。
 さしてうま味のない小国、帝国皇女でもあるので、粗略にも扱いにくい、非常に、取り扱いの難しい存在ゆえに。
侍女のラナにだって、それはわかっている。
 結ばれないお方を思い、適わぬなら、せめて、誰にも手の届かないお方へと望む・・と、ラナは、強引に、勝手に妄想を膨らませ、メロドラマを作り上げている。
「・・・なわけがなかろう。私は、己の分というものぐらいは承知している。どう贔屓目に見ても、陰ながら思われるような造りではない。大陸一の美女と名高い母上と同じなのは、青い目の色だけだ。赤毛で、そばかすだらけではなあ・・似ても似つかぬ田舎娘のようだと揶揄されるとおり。背も女にしては高い・・かわいげないだろう。相手に困らぬマルセラ侯などが、本気で思いをかけるわけないさ。」
「逆玉の輿?」
「・・・帝国の大貴族の奴の領地収入のほうが確実に、うちより上だ。貧乏ってわけではないが、レーヌ女王なんて、奴にとって価値のない飾り程度のものだろ。」
「・・そんなあ。勘違いいいじゃないですかあ。それが、恋に発展するかもしれないですわよ?陛下も、ときめきというものを味わったっていいと思いますわ。・・このままでは、お世継ぎが得られませんもの。」
「ラナ。今は、この国の人間はいないが、誰が来るかわからん。ここで、陛下言うな。・・それから、不倫ではないか。嫡子にはならん。」
 きゅっと眉間に皺を寄せたアレクシア。
 主の意外に、融通の利かない面は、承知しているラナも、返事がそう返ってくると分かっていながら、敢えて、そう突く。
 確かに、そばかすが目立つ肌のせいで、美人とは言いがたいが、その分、笑えば、親しみやすい表情になる。時々、身も蓋もない意見がその口から飛び出すが、一度、懐にはいってくると、それなり思いやりも感じられることもあり、案外、ほろっと、それに転ぶ人もいるのだが、主には、それがわかっていない。
姫君の赤い髪とそばかす、笑うといきいきと生命力を発散させ、彼女の逞しい性格をより魅力的にしている・・とは、帝国にいたときに聞いた、そのマルセラ侯の評なので、ラナは、可能性はあると思ってる。
にっこり笑えば、和らいだ雰囲気さえ演出してしまえるのに。
姫君は、正直すぎて、ここぞという相手にそれをしないから、損をしている・・とは、賭けに参加する時の、マルセラ侯の言い分だ。
それを言う、マルセラ侯のガラス玉のような青い瞳が、外の光を受け、瞬時空のように澄んだ色合いだったのを、ラナは、常にないことだと思った。光が反射し、何ものも感情の浮ばない瞳。それは、マルセラ侯が、少し、顔の角度を変えたからなのだが、あれは、表情を読ませない為だったのではないか。
侍女ごときにまで、気を使うとは考えにくいが、彼女もアレクシアに仕え長いので、腹心の一人として脇で、じっと貴人の動向を観察することもある。そんな彼女に感づかれるのを避けたかったのではないか・・・と。
ラナは、あの王子のはじめの一言に、アレクシアがキレていることをマルセラ侯が気づいていることにも、驚いている。
 帝国にいた時も何だかんだ、宮廷で顔を合わせれば、角つき合わせていた二人。
涼やかな容貌の眉が瞬間ぎゅっとより、こめかみに青筋が立っていそうなようすで、小言をいうマルセラ侯に、アレクシアがどこ吹く風で、やり返す。大概、嫌いなら寄らなければいいのにとは、周囲の貴族たちの見方だが、しかし、何だかんだで、帝国で難しい立場のアレクシアに、付き合っていたのは、マルセラ侯が好意を持っているからではないかと、アレクシアの侍女たちは、生ぬるい視線を送っていた。
可能性はある。
ラナは、いつも持ちあるいているノートを出し、さらさらと続きを書き込んでいく。
「ラナ・・・?」
「まあ、この子、また、物語思いついてる。いつも、突然なんだから・・。」
 セルマと、もう一人、別の侍女、ミルカが、呆れたように叫ぶ。
 それから、二人は、ふっと笑い。
 アレクシアへ。
「アレクシアさまのお子様なら、どなたがお相手でも、レーヌ王国の者は、誰も、反対いたしませんよ。あの、脳みその足りないウエルスタットの王子のお種より、マルセラ侯の方がましですかも。いいえ、いっそのこと、喧嘩相手だったコーディさ・・ゲルト王国第四王子でもよろしいかも。好き放題おっしゃるけれど、決して、アレクシアさまの存在を頭っから否定なさるわけではありませんものね。」
 レーヌは、一地方領主といっても差し支えないほど、小国だ。大国の、ローズテールや、ウエルスタットほどの国なら、田舎の小領主程度の国土ゆえに、君主とはいえ、それほど、対面や、宮廷貴族の既得権を害する心配もなく、相手を選ぶことも可能だ。
 皮肉なことに、それを欲している男は、大国の王子、こだわりを持たないアレクシアのほうが、その可能性を有していたとは・・・世の中は、上手くいかない、と、アレクシア。
「ミルカ。何故、ここに、その名がでる?」
 ゲルト王国の第四王子は、アレクシアの一番最初の婚約者であった。
見合いの日。アレクシア自身も幼かったが、顔を合わせ、ものの数分と経たぬ内に、互いに取っ組み合いの喧嘩に発展していた。顔を合わせるたびに、そんな感じだったのだが、たまに、意見の一致も見られることもあったから、何だかんだで、よく、コーディは遊びに来ていた。アレクシアが、レーヌの王女のままだったら、そのまま、彼と一緒になっていたかもしれない。母が、再婚した相手が、ローズテール帝国の皇帝だったために、アレクシアも、母とともに、居を移り、当時も、今も、皇帝には女子はいないので、継娘の彼女は、帝国の駒となる皇女と見做され、婚約は解消された。・・・とはいえ、ゲルト王国も力のある国で、友好国として、帝国にコーデイが、遊学と称し滞在したりしたから、存在を無視するわけにもいかず、催しなどあれば、彼も宮廷に招待されてはいた。・・そこで、仲良くといけばいいが、よく、喧嘩する二人の姿は、周囲の眉を寄せさせた。主に、アレクシアの、淑女らしくない、気の強さが強調されたようで、そのせいで、縁談話は、何度も成立直前で撤回された。
 アレクシアにとっては、ゲルト王国第四王子、コーディは、厄病神のようなものだ。
 アレクシアの疑問に、ミルカは得意顔で、応じる。
「今朝、侍女仲間の井戸端会議で、今度の宮廷舞踏会で、ゲルト王国からは、第四王子が来られると、聞いてきましたの。久しぶりに、華やいだ気分になれそうですわね。陛下・・っと・・アレクシアさま。」
「・・・何故・・そうなる・・・。」
 アレクシアは、うろんな表情で、ミルカを見ている。
 ミルカも、セルマも、さっきのラナのように、妄想を膨らませて、勝手に盛り上がってる。当の原因を作った、ラナは、目の前のノートにペンを走らせるのに没頭している。
 アレクシアは、ちらりと、その様子を見、にやりと、悪い笑みを向ける。
「ラナ。それをお貸し。」
 ぱしっと横合いから、ノートをひったくると、目を通し始める。
「ほ~ほ~・・なるほどの。あの男がモデルなら、こんな極甘な台詞を吐くものか。だいたい、最初から、溺愛しすぎて、このままでは、流れもへったくれもないストーリーじゃないか。ちっとは、反発したり、障害がなければ、う~ん・・ミルカもセルマも、何か、いいアイデアはないか?」
「あら、そうですわねえ・・」
「どうせなら、他にも、色々、好みの方を出しませんこと?逆ハーで、萌も萌~のお話なら、ラナの好みの、極甘も喜ばれるんじゃないかしら?」
 侍女二人の反応に、アレクシアは、にんまり。
「なるほど~・・では、良いのができたら、きちんと装丁を整えた本にしてあげる。かかれ~!」
「え~!がんばらなくっちゃ。」
 ラナは、ノートを一旦置き、アイデアを書き記すべくペンを持ち直す。
 ミルカとセルマが、希望を出し、ラナが、それをごく短い一場面に書きだす。アレクシアは、客観的な意見を述べる。わいわい、やっているうちに、何とか、一つの流れが見えてきたラナ。
「ありがとうございます。きっと、本にしてもらえる話がかけると思いますわ。がんばりますっ!・・と、もう、夕食の時間ですわね。仕度をするように言ってきますね。」
「ああ、ゆっくり、納得のいく話をお書き。まだ、しばらくは、ここにいるから。」
「はい。・・・ん?」
 部屋を出て行きかけた、ラナとセルマ、ミルカが、振り返る。
「え~・・・っ!やっぱり、出戻りですか~・・・っ!」
「うん。まだ。機を狙ってる最中だが、そなたたちも、そのつもりで、言動その他、要注意だよ。わかったね。」
「かしこまりました。」
「うんうん。帰りは、レーヌにしばらくいられるから、楽しみだな。」
 アレクシアの偽りのない笑顔に、侍女三人も、目を細める。
「・・・・さようでございますね。」
 と、退出していく。
 一人になったアレクシアは、窓の外にチラつく雪を見ながら、つい、二三日前、もたらされた朗報を思う。高地である、レーヌは今頃、雪に閉ざされているだろうに、その中を、報告を持ってきた家臣には感謝している。
どうしようかと、退陣の作戦を練るアレクシアは、先ほど、レース編みに興じている時よりも、生き生きしていた。

バッテン印更新中 1

2015-06-27 22:37:02 | バッテン印更新中
お次は、政略結婚、冒頭から花婿に拒否られるありがちな設定。
架空世界です。




バッテン印更新中


豪華な式典用の衣装を着た金髪碧眼の美形が言った。
「おい。俺には、この女と決めた人がいる。お前など、ローズテール帝国の皇帝のごり押しがなければ、妻になどしてはいない。身の程をわきまえ、大人しくしていろ。以後、俺に関わるな。」
 華燭の典がはじまる、聖堂へ移動する直前だ。
 花嫁衣裳を着たアレクシアは、その顔を覆っているベールを上げ、勝気な青い瞳を美形に向ける。花婿予定の隣国、ウエルスタットの王子。
 いつものアレクシアなら、喧嘩を売られたら、不機嫌そうに、じろりと相手をねめつけ、言い返していただろう。けれど、開口一番、あまりにも非常識な、この花婿王子の態度に、呆れ、怒りよりも哀れみに近い心境に至る。ここは、説教を垂れるべきか・・・。
 う~ん・・・しばし、考える。
「不細工が、泣いても知らん。恨むなら、自分の養父を恨め。」
 沈黙を、勘違いし、アレクシアに、追い討ちをかけたがってる言葉。
 良いのは顔だけで、脳みそは、全くだな・・と、内心で毒ずく、アレクシア。
 養父ではなく、継父だ。アレクシアの父と死に別れた母が再婚した相手が、ローズテールの皇帝だった。その母は、正妃となってい、アレクシアにとり、年の離れた弟たちになる正嫡の皇子たちとも半分だが血のつながりもあり、政略でここへやって来たアレクシアは、こんなふうに、貶められる言われはない。
 だいたいが、政略結婚で、不本意なのは、お互いさまだ。
 アレクシアは、お相手が、すでに気に入りの女がいるのを承知で、承諾した。
 アレクシアは、母方の祖父から受け継いだ小国だが、一国の君主でもある。
しかし、帝国にぽつりと取り囲まれるかたちである小さな一領主といった領土であり、吹けば飛ぶようなその国の存続の為には、帝国との関係は常に良好を保たねばならない。一方で、頼り過ぎない姿勢も保たねばならないので、他国との関係も色々と、考慮しなければならない。
しがらみが、アレクシアに、肯かせた。
決して、美形に期待したわけではない。
 そりゃあ、誰しも、互いに思い合う人と生涯を共にしたいというのが本音だろうさ。
 けどね。王族として、恩恵を受け育ってきた身で、必要であればそうせざるを得ないのは、当たり前の話。役目を果たしたくなければ、早々に、王族を下りるなりなんなりするべきだろうさ。恵まれた生活に、縁も皆捨てて、一から自分の力で、庶民として生きてみろよ。できるならね。お相手の女は、果たしてついてきてくれるだろうか。・・・ね?王子さまよ?・・・と、アレクシアは、心の中で悪態をつく。
 この王子、一人息子なので王太子であり、普通なら、早く世継ぎが望まれるはずで、相応しい女なら、多少のことには目を瞑り、妃として認められたはず。それを、わざわざ、隣国のバツ一皇女、売れ残り決定のアレクシアに、ウエルスタット王国がぜひにと、頼み込むほどということは、性格的に不適切であるか、或いは、話にならないような身分の女か、どちらかだろう。ウエルスタットのしつこいまでの要請で、アレクシアは、肯かざるを得ない状態に追い込まれ、ココに来た。
 目の前の王子の様子から察するに、ウエルスタットは、下手に自国の貴族令嬢を充てがれば、非常な手段でその女を排除しかねない。そうすると、自国に不和の種を撒いてしまう。だから、内政に影響しない、他所の王女、ないし、王族を探したらしい。とはいえ、他国と揉めるのも困るので、何かあっても突っぱねられる弱い関係、大国は外したらしいのだが、適齢期の該当者は少なく、王子の愛人問題は聞こえていたから、断られ、レーヌという小国の女王であるバツ一のアレクシアに、目をつけたらしい。
 甘く見られたものだ。
 帝国の皇女としての身分もあるが、継子なので、たいして影響はないだろうと、ウエルスタットは、計算したのだろう。
 はじめの結婚が、たった一日で終わったこともあり、その後も、婚約までにいたるものの断られてきた、アレクシアは、このまま、嫁き遅れて生涯独身だろうと、見られていた。
 ちょうど、母にせっつかれた皇帝が、婿探しに焦りはじめていたこともある。
「なあに、一回が二回でも同じことさ・・というつもりで、嫁いで来い。」
 と、継父のアホな一押し。
 アレクシア自身も、自分が絶世の美女と名高い、母親と似ても似つかない、並みの女なのは承知の上で、一目で自分が気に入られるとは思ってもいない。
 けれど、今は帝国の保護下にあるが、小国の主でもある、アレクシアは、跡継ぎを確保しなければならないので、そこのところは、ドライに割り切り、子さえ得られれば、他の事は目を瞑ろうと思っていた。
 だから、この王子の発言は、言わずもがなのことである。
 黙っていれば、いいものを。
 ・・・・・・・・。
 まあ、これだけ、はっきりと拒絶されていれば、良好な関係は築けまい。
「父上の言われた通りの結婚か・・・。」
 駄目なら、戻ってきてもいいよ・・と、信じられないような一言が付け加えられていた。
 アレクシアが、ふっとため息をつくと、その呟きを、自分の意を理解し、彼女があきらめたととった王子は、満足げにしている。
 王子が、アレクシアの手をとり、豪勢な華燭の典は、行われた。
 けれど、アレクシアは、別に、王子に屈服したわけではない。
 それならそれで、方針を変えるだけである。
 誓いのキスの時、間近にせまるそれをふと反らし、ぎりぎり頬にされるようにしたのは、アレクシアの警告だ。アホ王子は、ただの、事故だと思い、彼自身は、ほっとしているようだったが・・・。