時の泉庭園

小説は、基本、ハッピーエンド。
話は、最後まで出来上がってからUPなので、全部完結済み。

(^◇^)・・・みん兎

飛行便・・・1

2016-04-28 11:36:49 | I Think I‘m Lost
朝だ。
気持ちのいい朝。
アン・サヴィーネは、ベットから飛び起きる。
季節は、夏に向う途中、そよ風が心地いい季節。
窓を開け、風を部屋に呼びこむ。出勤前に窓を開けて部屋の空気を入れ替えておくのは、最近の習慣だ。歳月の経った木の床、部屋は寝室に当たる小部屋とリビングを兼ねたダイニングキッチンに、水周りがあるだけで、お嬢さまであるアン・サヴィーネがこれまで生活したことのないような質素な部屋だったが、自分の力で借りた部屋だ。
アン・サヴィーネは、念願だった飛行便で働いていた。
 彼女は、今、満面の笑みで満足そうに、自分の城を見回し、小さなキッチンで目玉焼きとベーコンを焼き、皿に葉野菜のサラダを添える朝食を手早く作ると、ダイニングにある一人掛けのソファに腰かけ、食事をする。食卓と椅子は、部屋が狭い為、どちらを優先するか迷ったすえ、母の再婚先の義理の家族がちょくちょくここにやってくるので、応接セットを優先した。継父は、騎士団に就職した時も、アベル家から、通えといってくれたのだが、夜勤もあるのでと、アン・サヴィーネは、独身寮に入り、そこで仲良くなった先輩の伝で、ここを借りることになった。
この生をうけてからはじめて、毎日が、満たされた思いで、過ぎていく。
年齢的にも、大人と扱われる年になり、社会人経験が三年ということもあり、前世の記憶の影響で、周囲の子供と馴染みにくかった感覚がなくなったせいもあるだろう。
今は、楽に呼吸ができる。そんな感じだ。
 今日の勤務が終わったら、しばらく、休暇がとれる。そのまま、伯父のフレーベル公爵を訪ね、寡婦となりノワール侯爵家から追い出されるように、王都の片隅で世話役のメイドと二人住まいの祖母を見舞う予定だ。アン・サヴィーネは、厳しいけれど、彼女の生命を守ってくれた祖母のことは、感謝しているので、時々、侯爵には内緒で、様子を見に行っていたのだった。どうやら、祖母は、自分が管理している町の借家のわずかな収入で生活しているようであり、侯爵は母親を放置したまま、一切感知していないので、祖母が寂しがるようなら、もう少し広い場所を探し、呼び寄せてもいいかとも思っている。
 久しぶりに、長い休暇を取れることが出来たので、仕事を終えたら、その足で、故郷へ向うことにしている。
 アン・サヴィーネは、部屋を留守にしてもいい状態に整えると、飛行便の制服に着替え、部屋をでる。
 通いなれた道を行く。
 飛行便の事務所は、帝国騎士団西支部のある敷地のすぐ隣だ。
 転職後も、同じルートであるため、前の職場の人とも出会う。互いに挨拶をかわし、すれ違っていく。
「アニー。今日の夜、食事でもどう?」
 青い騎士団の制服を着た人たちに声を掛けられる。アン・サヴィーネと仲のいい人たちだ。
彼ら騎士団に対し、飛行便は、グリーンの上下。高価な飛行便を使う人は、貴族も多く、普通の郵便ではなく、屋敷に通され、直接手渡すので、見苦しくないように、男性は、クラバット着用。数少ない女性も、同じように、薄いクリーム色のブラウスの襟にリボンをクラバットのかわりに結び、ジャケットは、短め、スカートはさすがに不都合があるので、バルーン状のキュロットで一見細身のドレスのスカートのように見えるものを着用している。騎士団の時は、男のものと同じ制服だったが、飛行便に変わってからは、女性らしくみえると、本人たちにも周囲にも、概ね公表だ。
声を掛けてくれたのは。入団当時、いかにも、お嬢さま然とした外見の彼女に偏見の目を向けなかった気のいい人たちで、彼らが何かと声を掛けてくれたので、周囲もすぐに彼女を受け入れてくれた。感謝している。彼らは、彼女にだけ親切なのかというとそうではなく、騎士団も飛行便も女性が少ないので、彼女たちは、もれなく、世話になるのだが、アン・サヴィーネは、特に、馴染めなさそうに見えたので、手間をかけさせた部類だ。
「ごめんなさい。今日仕事が退けたら、そのまま、故郷まで旅するから、行けないの。」
 飛行許可をとってあるので、明日にというわけにはいかない。
「何だ。残念。今日は、王都の本部から人が来て、その人たちと、合コンなのに。すっごいイケメンばかりだ。アニーで釣って、二次会に持ち込もうと思ってたのに。」
 と、その中の一人が言う。もちろん、生物学上は、男。
「嫌だ。私なんかで、男の人が釣れるわけないじゃないじゃないですか。つんとしてて、生意気とか、影で言ってる人多いの知ってるでしょう、先輩。」
 アン・サヴィーネも、異性というより、同性の先輩感覚で話す。イアンという名の彼は、女性を付き合う相手に選ばない種類の人間だ。彼とその仲間は、概ね、同じ趣向の同志なのだが、とはいえ、おおっぴらに職場の人間に誘いをかけるかというと、そこのところは、節度を守っている。彼らなら、男女のトラブルになることはなく、その性癖を知る上司から、利用されて、騎士団に新人の女子が入ってきた時には、彼らに教育係や、先輩として世話を焼くようにと任されるのだ。そんな中でも、アン・サヴィーネは、他国の高位貴族出身で、西師団の管轄であるこの地方で、有力貴族の義理とはいえ、令嬢であり、書類上では、とりわけ、要注意人物として見られていたようだ。通常より大目のお目付け役を言い渡された先輩たちとは、今では、同期の子たちを含め、飲みに行ったり、仲のいい、友だち付き合いをしている。上部の大げさな配慮だったが、お陰で、孤独を感じることもなくなったので、ありがたく思っている。
「また、そんなことを言って、壁をつくる。きちんとしたアニーのことが好きって男も結構いるのだから、たまには、目を向けてみなよって、いつも言ってるだろう。今回は、中央のエリート集団が主だから、もし、付き合うことになってもアベル伯爵も反対するような家の男はいないから、安心だと思ったんだが。」
「父なら、私がいいと思ってる相手なら、身分は気にしないと言っていますわ。・・でも、正直、子供の時に、実の両親の鬼気迫る関係を見ていたので、結婚どころか、お付き合いするという気にもなれないというのが本当のところですの。お友だちなら、歓迎します。けれど、今日のところは、本当に、参加できないんです。しばらく様子を見にいけなかったので、祖母を見舞ってやらないと。休み明けに、あちらで今流行ってるとかいう、チュロスという揚げ菓子を差し入れに行きますわ。」
 そう言って、イアンたちに、手を振り、飛行便の社屋に向う。
 向う途中で、上を見上げたら、箒に乗った騎士の一団が眼に入る。
 ちょうど、向こうは着地の体勢に入っていて、高度を下げている途中だ。
 あれが、イアンが言っていた中央のエリート集団か・・・と。アン・サヴィーネが、見るともなく見ていたら、ちらりと、こちらに視線を向けた人がいる。
「え・・?」
 集団の中心人物だ。
 アン・サヴィーネにとって、まさかの人。出来れば、一生お目にかかりたくない、剣術講師だった男。異母妹、コンスタンシアがお気に入りだった、現皇帝の次男、テオドール・ヴィクトア・フォルクマー公爵。地位が高く、当時も軍での仕事も忙しかった彼が、学院の一講師を引き受けていたのは、ひとえに、お目当てのコンスタンシアを見るため、気まぐれに講師を引き受けていたからだ。
 アン・サヴィーネは、慌てて、貴人への挨拶の礼をする。声がかかるような位置ではないが、視線を伏せ、できるだけ、じぶんだとわからないようにする。
「ええ・・っ!うっそ、今回の合同演習って、エリートが来るって聞いてたけど、皇子殿下直属の集団じゃない。結婚準備が忙しい、この時期に、殿下もまじめな方だねえ。」
 飛行便の先輩がいつのまにか、側に来ている。
「アニー、どうしちゃったの?がちがちに緊張しちゃって・・こんな遠いところで、きちんとしなくっても、咎められたりしないと思うけれど・・。」
「あ・・そうね。そうよね。」
 ほっとした後輩に、先輩は、よしよしと飴を渡す。
「あ、先輩。結婚準備って、何ですか?」
「知り合いから聞いたんだけど、女ぎらいで有名な殿下を心配して、周囲が世話を焼いて、やっと、殿下の好みの女性と、結婚することになったんですって。アリンガム王国のノワール侯爵の令嬢ということらしいけれど・・。そう言えば、アニーの生まれた国は、アリンガムだっけ?知ってる?」
「ええ・・。」
 この先輩とは、年が離れているので、人気者だったコンスタンシアのことは知らない。ノワール侯爵家のことも、ここでは話していないので、アン・サヴィーネとは、関係があるとは、考えもしていないようすだ。
 それに、安堵し。
「確か、アリンガム王国の王太子と恋仲だったはずですが・・・。」
「貴族のお嬢さまって、政略なら、従わざるを得ないんじゃない?アリンガムより、ファルケンベルクの方が、強国だもの。」
「そうですわね・・・。まあ、執着があるなら、大事にはするでしょうから、コンスタンシア嬢も不幸にはならないでしょう。」
 アン・サヴィーネは、考えても仕方がないことなので、そんな感想で留めておく。
「執着って・・・もう少し言いようがあるでしょう。あれ・・?そういえば、アニーたちの代って、殿下が剣術指導じゃなかったっけ?」
「ええ。私は、本当に弱かったですから、最低の生徒として扱われました。そのせいで、バツも多かったですし、ダメな生徒として、覚えてらっしゃるかもしれません。」
「ああ~、なるほど・・。さっきの緊張はそれかあ、納得。末端の私たちが、お会いすることもないから、構えなくても大丈夫よ。じゃ、早く、仕事で、町を出ちゃいましょうか。」
「はい。」
 アン・サヴィーネは、先輩にうながされ、カウンターへ向い、受付の人から、配達の手紙類の有無を問う。そこで、首都へ運ぶ手紙と東の方へ運ぶ手紙とがあり、知人からアン・サヴィーネが感じがよいと聞いたので、是非にという注文がついていたので、その二つを受け取り、二箇所まわるだけで、時間を要するので、戻ってこずに、そのまま直帰すると、伝えておく。
「わかりました。アニーさんは、明日から、休暇ですね。楽しい休日を。」
「ありがとうございます。それでは、行って参ります。」
 アン・サヴィーネは、まず、首都を目指す。
 意気揚々と空へあがると、眼下に騎士団の敷地が目に入り、彼らが中央のエリートたちに見守られながら、模擬線をしているのが目に入る。
テオドール殿下が、剣を振るってる姿をみとめる。もともと、そういうのが好きなのか。学院へ来てたのも、コンスタンシアに会うだけが目当てというわけではなかったのかも。と。いきいきと、参加している姿が確認でき、アン・サヴィーネは、ぼんやりと考える。
 ふと、彼が顔をこちらに向けそうな気配がし、アン・サヴィーネは、慌てて、そこから、急速離脱していく。
 風の抵抗が、心地いい。知らず楽しげな表情を醸し出している、その姿を、テオドールが、見ていたのをアン・サヴィーネは、気づかず、その場を離れた。


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